46話【妖精の父親でもなく夫でもなく】
フランベルの処刑が決まったと連絡があった後、父と母は小さな箱一つにフランベルの私物を収めました。
伯爵令嬢から公爵夫人とまでなった女性の私物としては明らかに少ない量です。
それは罪人になったからではなく、両親がフランベルと過ごした思い出の残る品がこれだけだったからと父が言いました。
「本当は悲しんではいけないのだろうな……」
ジェイク様がフランベルの為に殺人まで犯していたと知った父は、爵位を兄に譲り渡して蟄居する事を決めました。
母や兄がそれについて何も言わなかったので、私も何も言いません。
後日、その小箱の中にフランベルが強い思い入れを持っていた【Fool】のリングを入れておきました。
渡して下さったリシス公爵も特に何も仰いませんでしたし、父も何も言いません。
「いつか私が死ぬ時に、この小箱は一緒に棺に収めてくれ」
フランベルが周囲から謗られる存在になったとしても、家を守る為に『妖精』としたとしても、父にとってはフランベルは大事な娘のままでした。
犠牲になった方達には申し訳ない気持ちもありますが、父の思いを私達家族だけは責めない事にしました。
そんな父は勿論の事、処刑の日付が一日一日近付くにつれ、気持ちを完全に切り替えていた筈の母の口数も減っていきました。
兄についても落ち着きがなく、使用人達も何処か居心地が悪そうでした。
私の方はというと、
「これで申請を受け付けました。当日は安全面からも騎士が同席する事になりますが、それについては宜しいですか?」
「はい。構いません」
ただ時間が過ぎるのを待つだけの家族を余所に、私は騎士団へフランベルとの面会を申請しました。
これが本当にフランベルと話せる最後の機会です。
前もって書いてきた面会申請の書類は、騎士団特有の強い癖のある書式でした。
元騎士のロウリスと現役特殊部隊のマリスが手伝ってくれたおかげで書類の不備を指摘される事もなく、すんなり申請は受理されました。
「では、許可が出次第ご連絡をいたします」
一応フランベルは重犯罪者の扱いですから、面会するには審査を経て許可を得なければいけません。
ロウリス達は特に難しい審査ではなく、数日で可否が出ると言っていました。
それでも稀に審査に落ちる事はあるそうで、私は祈りながら騎士団の受付を後にしました。
「こっちは駄目ですよ」
馬車止めに向かっていた私の前にマルスが現れました。
騎士団の制服ではなくアルマ伯爵家の使用人の服装をしていると、普通の従者にしか見えません。
「……何でいるの?」
「仕事だからいるんですよ。向こうに刃物を持った女性が潜んでいます。騎士達が対処するのを待つか、迂回して下さい」
「教えてくれてありがとう。でもここは騎士団本部内よね。どうして不審者が潜んでいるのかしら?」
「……………………不思議ですね!」
指摘されたくなかった事のようです。
マルス自身で捕まえれば良いのに騎士にやらせようとしている事も、きっと指摘されたくない事でしょう。騎士団内部も色々あるそうですから、仕方ない事でしょうね。
しばらくすると、騎士達が集団で駆け抜けていきました。
そして消えて行った先から聞こえてくる複数の怒声。
「お嬢様、これは相当危険かも知れません。早急にこの場を離れた方が宜しいでしょう」
ロアズ伯爵家の護衛の言葉に私は頷きました。
直後にまた別の騎士が集団で同じ方向に走っていきました。
「……潜んでいたのは女性なのよね?」
「女性でも刃を持っていると、怪我をさせないように確保するのは大変なんですよ」
つくづく騎士は大変な仕事です。
不審者は切り捨てて終わりにしていた時代もあったそうですが、今はきちんと動機を調べるので、犯人はなるべく生きて捕まえたいそうです。
邪魔になってもいけませんし、私が別の通路に向かおうと歩き出すと、マルスも一緒に付いてきました。予想通り、私の護衛の仕事ですか。
「その不審な女性というのは、私を狙っていたのかしら?」
「ただ潜んで待っていただけなので、誰でも良かったと思いますよ」
「最悪ね」
近頃の王都にはあちこちに不審者が現れております。騎士団本部内という場所はともかく、今暴れているらしき女性もその一人でしょう。
彼女達の状況には同情はしますが、私だって八つ当たりのように刺されるのは嫌です。
王都民を悩ます多くの不審者達の正体は、私が最初に騎士団本部を訪れた際、門の前で集まっていた女性達です。
あの時、相手が分からないので止めようのない夫や婚約者の不貞に苦しめられていた女性達の問題は、今も何ら解決しておりませんでした。しかもただ解決していないどころか、最悪な事に事態は悪化しているのです。
「事件を起こせば離婚や婚約破棄が出来るからって言うのが、何とも悲しいところですね」
「愛人が一人いたら不倫なのに複数いたら趣味嗜好って、下らない判断した貴族院を刺すべきなのよ」
「普通の貴族令嬢や夫人には無理ですよ。セルーア侯爵夫人が一人一人血祭りにしておられますが、なかなか丁寧な仕事をしておられるので時間がかかっていますからね」
この件についてセルーア侯爵夫人は無関係ではありませんので、拳を振るう理由はありました。
多くの人間と不倫している夫や婚約者、恐らくその不倫相手自身も、よくよく調べてみると価値観のおかしくなっていた頃の学園に通っていた者だったそうです。
以前図書館で会った司書のような安全そうな元学園の生徒には見張りが付いているのに、世の中非常に不思議な事に、本当に見張っていないといけない人には見張りなんていないのですよ。
本当に、セルーア侯爵夫人達が温情をかけた意味はなかったと思います。
貴族院にしても、愛人が二人はいたと判明したフランベルの事が無罪放免になる発言は控えて欲しいと思います。
「何とか良い解決策があるといいのだけど」
「ロアズ伯爵令嬢?」




