45話【妖精に友人などいない】
フランベルを恨んでいる人は少なからずいるとは思っておりました。
いくら伏せられ隠されていたとしても、フランベルが学園中を惑わしていたという事実に私程度でも辿り着けました。
恐らく黙っているだけで、真相を掴んでいる者はそれなりにいるのではと思っておりました。
その一人がレセラ伯爵夫人だったとしても、ここまで見事なくらいに無駄に翻弄されてきた私からしたら、ただ世間は狭いと言うだけの事です。
取り敢えず、レセラ伯爵夫人は私を直接害そうとはしなかった。それだけで十分許容範囲内でした。
アルマ伯爵家のサロンで黙り込んだ私がそう言った考え事をしていると、前に座っていたロウリスが心配そうな顔をしました。
「ショックだったか?」
「そうね。伏せて隠したりして、なるべく傷付かないように配慮した結果、不幸になったなんてショックね」
何度となく言った気がするのですが、隠す事に意味はありません。
しかも今の状況を利用してレセラ伯爵が愛人の子を後継に据えるなど、許されざる横暴を行っていた事実も発覚しました。探せば他の家でも状況を利用した不正めいたものがあるかもしれません。
これらの事実に今も生き残っている当時の関係者が何を思うのか。
思うだけではなく、こんどこそ明確に行動して欲しいと私は思っております。
「うん? 何の話だ。ジェイクの話だろ」
「あらそっちなの。……そうね、ジェイク様の話はショックと言えばショックだけど、驚きだけしかないわ」
ジェイク様がフランベルだけでなく、レセラ伯爵夫人にも騙されて殺人事件を犯していた事は、関係者のみに知らされました。
ロアズ伯爵家も関係者として正式に騎士団から連絡を受けて詳細を知る事が出来たのですが、正直私には言葉もありません。
殺害されたのが、フランベルの一方通行の相手だった事についても同様です。
ただ、ここまで来るとジェイク様はかなりの被害者になってきました。
「とは言え結局話を突き詰めると、全部フランベルが悪いのよね」
「結局そうなるな」
私だけでなく、ロウリスも同じ結論に至ったようです。
ジェイク様の不幸の原因は、どう考えても全方向でフランベルの所為です。
フランベルが『味見』がしたいだけの為に私だと偽らなかったら、フランベルも家族と絶縁されず騎士団に捕まらず姦通罪を問われず離婚もせず思い人を死なせる事もなかったでしょう。その罪を並べると意味不明さも異常な気がしました。
「馬鹿よね」
学園に行くまでは婚約者の事で不安に思っていた筈なのに。
『味見』を覚えてあらぬ方向に向かってしまったフランベルは、あちこちで適当な事を囁いて、愛よりも身分を選んで結婚し、愛は貫けずに繰り返し不貞に走り…………やはりこれも並べると意味が分かりません。
妖精なフランベルの事を考えているだけで疲れ切った私とロウリスが、どちらもぐったりと椅子にもたれかかっていると、控え目なノックの音がしました。
「コラント辺境伯令息がお見えです」
予定通りの来客を告げる執事の声に、私とロウリスは揃って身を起こしました。
色々振り回されていたのは私達だけでもありません。
誰しもがフランベル達の起こした問題の理不尽な余波を乗り越えて、前に進むしかないのです。
私がアルマ伯爵家でロウリスの婚約者として来客対応に同席するのは、今回が初めての事です。
他の家でのお茶会などは一緒に参加していても、婚家となる予定の家で来客と会うのは別の緊張感があり、少し私の胸はドキドキしておりました。
「元だが、義姉だった女が今朝方処刑された」
互いの近況と結婚に関する報告と聞いておりましたが、初っ端からコラント辺境伯令息の口から出てきた話題は、別な意味で私やロウリスをドキドキさせたかったのでしょうか?
あれで元コラント辺境伯夫人は周囲の思惑があり、処刑は難しいのではないかと思っておりました。
驚いた私達の目の前に座るコラント辺境伯令息の表情はとても複雑そうで、私はロウリスと顔を見合わせました。
眉を顰めたロウリスが、
「急ですね」
「今は隣国との関係改善直前だ。憂いとなるだけの元王女を処分したのだろうと父が言っていた」
隣国の王太子妃としてクレア様が水面下で今の王太子達と進めていた平和条約は、数日前に締結されたと発表がありました。
これから本格的に関係改善が進められる中で、問題ばかりでクレア様の追放にも一枚噛んでいたらしい元王女は今後の懸念にしかならず、処刑という判断自体は分からなくもありません。
ただ、元王女を擁立しようと画策していた者達の動きが気になります。
「罪状は? 確か貴族院が処刑には反対していた筈ですが」
「元王女はあくまで元王女でしかなく、夫だった兄がいない今となってはただの平民なんだ。国の問題を前にしたら、一人の平民の命なんて一顧だにされない」
「え、平民?」
ついロウリスとコラント辺境伯令息の会話に口を挟んでしまいました。
貴族関連を扱う貴族院が口を出している時点で、私同様に多くの人が元王女は少なくとも貴族だと思っていたでしょう。
相変わらず貴族院は謎の事をしているようです。
「それなら最初から貴族院の判断など聞く必要はなかったのではないでしょうか?」
「ああ、いらなかったよ。あれは貴族院が勝手に言っていた事らしい。あそこまで言うんだから、死んだ私の兄の代わりに元王女と結婚して面倒見ると言い出す貴族が出てくると陛下は期待したそうだが、結局誰も名乗り出なかった。もしも結婚相手がいたなら元義姉の命だけは繋がったのだろうけど」
「結婚を申し込む者なんている訳ありません。そう言う意味では元コラント辺境伯は惜しい方でした……」
「惜しいけど、最後が反逆だったから……。何でそんなにあの女が好きだったのか、私には今も理解出来ない」
私にも亡くなった元コラント辺境伯の気持ちは理解出来ません。
愛していたと言っていたにも関わらず、結局元王女を王族から排除するだけに留まらず、処刑にまで導いたのは元コラント辺境伯だからです。
最低でも不貞が問題となった時に監禁していれば私を刺す事もなく、元王女は貴族夫人のまま生きて行けたのです。そして、恐らく元コラント辺境伯が妻を取り返す為に王家に楯突いた事も処刑を後押ししたと思います。
ロウリスやコラント辺境伯令息は「惜しい」と言ってますけど、全く惜しくありません。
悲しい程に、元王女と元コラント辺境伯は相性も何もかもが悪かった。
そう言う意味では、元王女は十分な罰を受けていたとも言えるかも知れません。
「もう祭り上げる存在もいない。元王女派はこれで完全に終了した」
突然の処刑は、元王女派の妨害を躱す為でしょう。
とうとう王族どころか貴族夫人の自覚も持てなかった元王女は、処刑を前に自分が死ななくてはいけない理由を何処まで理解していたでしょうか。
もしかすると、その死の間際までフランベルの所為だったと言っていたかも知れません。
「罪人の墓に入るから、また兄と同じ場所になる。死んだ後も兄と一緒なんて元義姉にとっては地獄だろうな。一応意図した訳ではないらしいが、罰も死後まで続くのは恐ろしい」
かつて王女として多くの祝福の中で生まれた筈の元コラント辺境伯夫人は、こうして平民の罪人として人知れずこの世を去って行きました。
都合と言えば都合。
王族としての責任と言えば責任。
特にフランベルと関わらなくても間違いなく破滅した人だったので、私は元王女の処刑を一連の問題の一区切りとは考える事はありませんでした。
けれど、他の場所ではその死には意味がありました。
「やっと処刑したの?」
かつてフランベルが起こした問題は、元王女が関わった事で取り返しの付かない問題へと発展した。
元側近候補達を巻き込んで破滅した前の王太子よりも、元王女の行いに感化されて破滅した者の方が多い。
本来なら学園時代に処刑されるべき存在だった。
「不倫相手の裏が取れるまで時間がかかったそうですよ」
王城の同じ部屋でお茶を飲んでいたセルーア侯爵夫人はさらりと言ったが、騎士団はその事を一切公表しておらず、現在のコラント辺境伯も聞き及んでいない事だった。
警備に立っていた騎士は相変わらずのセルーア侯爵夫人の情報収集能力に、今更驚きを見せる事はなかった。
「結局、王女にも貴族夫人にも向いていなかったわね」
クレアは何度も煮え湯を飲まされた元婚約者の妹に同情する事はなかった。
向いていなくても何かの努力をすべきだったのに何もしなかった元王女は、クレアの中で何の価値もない人間だった。
まして、元王女は不倫相手に金も情報も渡していた。
金は当然おかしいし、情報を渡す事がどのような問題に発展する可能性があるのか、王族として教育を受けた筈の元王女は何も理解していなかった。
何とかコラント辺境伯家が一部の取引などで損をしただけで被害は留まったが、恐らく元王女は望まれたなら国防上の情報も簡単に話していただろう。
「フランベルの親友ですからね」
「そうだったわね」
最終的に元王女は自分が火種だった事を自覚していなかった。
いつだって、元王女は何も分かっていなかった。
そのしわ寄せは全てクレアが受けていた事も、きっと何も理解していなかった。
元王女の処刑は、クレアにとって前の王家からの解放でもあった。
「フランベル自身はまだ生きているけど、私はそろそろ国に帰らないといけないわね」
火種は可能な限り消し終え、元凶だったフランベルも処刑を待つのみとなっていた。
後の細かい部分は、セルーア侯爵夫人かマリーベルが何とかするだろう。
これで終了、晴れ晴れとした気分でクレアが立ち上がろうとすると、
「では、私も最後に一つだけ申し上げても宜しいでしょうか?」
来客ではなく最初からクレアの待機部屋にいたセルーア侯爵夫人には、直接言いたい事があるのは分かっていた。
ほとんど終えた筈なので、クレアには心当たりはない。
「私の許可をわざわざ取らなくても宜しいでしょうに」
「ふふふ……別に言っても言わなくても変わらないかも知れない事なので」
本当に変わらないと思っているならば、多忙なセルーア侯爵夫人はわざわざ待ち構えないだろう。
状況と言葉の矛盾に怪訝な顔をしたクレアに、実に人の悪い笑みを浮かべているセルーア侯爵夫人は、
「どうしてフランベルがクレア様が前の王太子に追放される時に助けなかったのか。その理由が分かりました」
流石のクレアも動揺してスプーンを取り落とした。
マリーベルからフランベルが何をしでかしたのか聞いていた事もあり、クレアも今更友人だったとは思っていない。
ただ、間違いなく仲良くしていた筈なのに、あの時フランベルが自分を見捨てた理由だけは知りたかった。
「……その理由は?」
「フランベルはクレア様の事が嫌いだったからです」
長らくクレアが悩まされた割に、セルーア侯爵夫人が告げたのは何とも単純な理由だった。
あまりにシンプルすぎて一瞬まさかと思ったものの、大凡単純なフランベルの事である。シンプルな理由だからこそクレアは説得力を感じた。
「本当に?」
「本当ですよ。リシス公爵の妹であったクレア様が疎ましくて、嫌いだった。こんな結論のくせに辿り着くのに十年かかりましたね」
嫌われていた事に関しては、クレアは否定する気はなかった。
問題があるのは嫌いだった理由だ。
「私は妹でしょう?」
普通、妹はいくら女性であっても兄の周囲の異性とは扱わない。
フランベルにとっては違っていたとしても、クレアにはリシス公爵はただの兄でしかなく、意味が分からなかった。
理解不能な発想がここまで来ると、それこそマリーベルの言葉ではないが、クレアにしてもフランベルは妖精だったとしか言い様がない。
「取り敢えず、気にかかっていらっしゃったので、お伝えしておこうかと」
確かに知って何が変わるというものではなかった。
一応心残りは解消はされたのだが、
「……知りたくなかった気がするわ」
妖精の考える事は誰にも分からない。
クレアは短い学園時代の貴重な友人は、今後幻の存在だったと思う事にした。
ちょっと頭痛が続いている為、更新がない日があって申し訳ありません。
何とか一日一話か二話を維持するよう気をつけます。




