43話【妖精が笑って通り過ぎた後では愛しい人が死んでいた】
易しい嘘?
とんでもない、ただの欺瞞です。
「これは外見だけを取り繕った、偽物です」
関係者の誰も確認しようがないと思い込んでいたのでしょう。
恐らく今ここで私が暴露しなくても、クレア様が隣国に戻れば同様にブローチは調べられる筈なので、魔法が付与されたブローチなんてこの場でしか通用しない嘘です。
これを善意の嘘だったなんて考える方が烏滸がましい。
「……私を騙そうとしたと言う事ね」
クレア様と私の目がデューイに集まります。
こんな事をして意味がある人なんて一人しかいません。つくづく考えの足りない事です。
何か言い訳をしようとデューイが口を開こうとしたので、
「学園がなくなって何年経ちます? 今でも肥大した優越感をお持ちのようで、私は大変驚きです」
受け売りですけど、傲慢さは発想を鈍らせるものです。
そう、自分が作り出した『アルメイダ様が無事に何処かに避難してクレア様の今後を見守っている』なんて、出来すぎた綺麗な物語がクレア様の為になると思い込める程度には。
「分からないなら分からないで良かったでしょう。私はただ真実が知りたいの。綺麗なだけの嘘をつくなんて、私からしたら随分高慢な考えだわ」
生きているという希望を持たせたかったのは分かります。
ですが、それは単なるデューイの偽善です。
「……参ったな。見下していたつもりはないんだが……確かにブローチは私が用意した偽物だ。アルメイダが無事だと思っておいた方がクレア様の今後にも良いと単純に考えただけなんだ」
「なら、無駄な演出はいらなかったでしょう。きっと生きている。分からないなら、それだけで良かったのです」
クレア様はブローチをつまみ上げました。
アルメイダ様とは無関係な偽物だとしても、そのブローチは素晴らしい出来で……
「全く。私も何で直ぐに気付かなかったのかしら。こんな物が出てくる時点で夫が関与しているわね。腹立たしい!」
感情的で意味不明な部分が多い叫びを交えたクレア様の後の言葉を要約すると、「このブローチを所持していると知っているのは隣国の王太子だけで、同じ物が作れるのも隣国の王太子だけ」だと言う事です。
デューイは自分で用意したと言いましたけど……私がジト目で見ると、目どころか体ごと逸らそうとしていました。どうやら、私も考えが足りず、もう一人嘘をつく意味があった人を見逃していたようです。
「ハリエンジュのブローチを藤にしている時点で気が付くべきだったわ!」
ハリエンジュって何でしょうと思うと、リシス公爵から「藤に似た花だ」と言われました。そんな花があるのですね。
取り敢えず、クレア様が所持していたブローチはそっくりに見えて、違う花をモチーフにしていた訳ですか。
……その花の違いは見て分かる物なのですか。モチーフとなると色々省略されている物で、どう見ても私からすれば全く同じ形なのですけど。
まあ、クレア様が分かれば良いという事なのでしょう。
隣国の王太子は存じ上げませんが、何だかクレア様への愛が重そうな感じがします。
デューイが用意したと見せかけて王太子が用意していた最高級品のブローチは、嘘から解き放たれて一層キラキラと輝いていました。
アルメイダ様という母国への心残りを断ち切った上で、こっそりモチーフを変えて自分をアピールするという行動がまた、前の王太子とは別な方向で面倒臭そうな相手のような気がしました。
結局、私も最後までブローチには翻弄させられたようです。
やはり高価な物でポケットに雑に入れてはいけない物だっただとか、そこら辺もありますけど、ブローチ一つに情報と演出が多過ぎたからでしょう。
劇的に同じ物が出てきた時にもっと考えるべきでした。
魔法の部分や他に重要な話があったので後回しとなっていましたが、アルメイダ様が用意したなんて最初に言い出した時にデューイをぶん殴るべきでした。騎士団や婚約者からも逃げているにしても何にしても、金と手間のかかる装飾品を用意出来たなんておかしいでしょう。
次にデューイが言い出した自分が用意したと言い出した時も、蹴り飛ばすべきでした。当日いなかった人間にクレア様が追放された時にアルメイダ様のつけていたアクセサリーが分かる筈もなく、今のクレア様の手元に何が残っているかに至っては知っていたら更におかしい事でした。
こんな巨大な不自然さを追及し忘れてしまったなんて、私としても一生の不覚かもしれません。
と言うか『魔法使い』は魔法と言う言葉に頼りすぎて、穴だらけの理論なんですよ。これは確かに国の中枢向けではなく学園で相当頭が錆び付いたにしても、精々学者の末席程度……。
「そう言えば、デューイさん、良い仕入れが出来ただの隣国のお守りだの言っておられましたね……」
「そこは向こうの王太子が結婚祝いに格安で売ってやれと。何ならサービスで一つつけても良いと」
もしもリシス公爵が乗り込んでこなくて買い物を続けていたとして、私は叔母達が望むように結婚祝いを買う事が出来ていたでしょうか?
と言うか、叔母以外現物をくれる人ばかりなので、叔母も倣って現物を送って欲しい所です、
「ブローチの話はもう良いだろう。クレア」
一人会話に入らず様子を見ておられたリシス公爵が、結局夫に振り回されていた事で疲れ果てて椅子に寄りかかっていたクレア様の肩を揺らしました。
ため息をつきながらクレア様は姿勢を直すと、
「取り敢えず、ブローチの件は忘れましょう。ええ、ここから先は夫婦の話し合いが必要な部分ですから。ですので、もう一つの本題に入りましょう。……これが私が今ここにいる意味ですから」
半年前にクレア様がこの国に帰ってきた理由に関わる話が始まるのですか。
少し部屋の空気が変わりました。
流石に私も今度は部外者ですよね。
クレア様の目は真っ直ぐにデューイに向けられており、私は大人しく口を挟まないよう気持ち離れてみます。
ところでやっぱり聞いていても良いのでしょうか?
「……これも私を捕まえての事なら、私に聞きたい事があると言う事か」
「ええ。話自体はとても単純なのだけど、学園の元教師の方の話なの。その方は半年程前に病死をされたそうよ」
うん?
……いやでも、口を挟んではいけません。
「されたってなると、死因は違う訳だな」
「死因は毒殺。しかもこの国ではなく、うちの国でしか作れない毒で殺されたの」
「それだけなら意味深だが、道具だから何処で作られたかなんて意味はないだろう。それとも、他の教師達もその毒でやられたという話か?」
「違うわ。その方は今の王太子の家庭教師もしていた方で、本来は『除外』された方だったそうよ。なのに、ある日毒殺された。今の王太子も何度か調べたんだけど、なかなか秘密が多い方らしくって」
流石に違う?
まあ、ちょっとくらい条件に一致していたとしても、普通に考えれば誤差の範囲で私の考えている人な筈はないですよね。
「あいつの話か。それで、殺された事で条約を妨害しようとしている層の暗躍だと思った訳か」
「慎重派が犯人がはっきりするまではって、うちもこの国も引いてしまったのよ」
「それは大変だ。それで? それで、何を聞きたいんだ?」
「あの先生は王太子の仕事関係以外だと学園関係者とは度々会っていたそうよ。最後の頃に会っていたほとんどの人の目星が付いている中で、唯一全く素性が分からない人がいる」
何か割と重要な話な気もするのですが……どうでしょう?
いても良いのか戸惑いますし、何やら段々嫌な予感が強くなってきました。
まさかと思いたいのですが……。
「……つまり、その人間を探すのか?」
「少ない情報しかないけど、多少錆び付いていたとしても『魔法使い』なら出来るでしょう。相手は若い男で名前は『ジェイク』」
「フランベル!」
思わず私は立ち上がって叫びました。
他の三人がぎょっとした顔をしますが、そんな事は構っていられません。
何処まで引っかき回すつもりなの!?




