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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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38話【妖精は嘆きを笑い声だと思う】


 それはまさしく五度目の事でした。

 ただし、私の記憶にあるのはこの半年の間にあった三度の事だけ。


 工具を弾き飛ばしたのはロウリスでした。

 少し離れた場所で特殊部隊の青年に取り押さえられながらも意味不明な言葉を叫んでいた女性は、ある瞬間にぐったりと倒れ込みました。


「そいつは騎士団に突き出すから、そのまま持って帰ってくれ」

「……私が連れて行くと所属的に拷問室に入る事になるけど良いかな?」

「どっちでも。どうせその女は歴とした貴族令嬢を襲った時点で人生終わっているだろう?」


 前回の元コラント辺境伯夫人とは違い、この女性は平民です。平民が貴族を襲った場合は一応聴取はされるものの審議はなく、必ず死刑と決まっております。

 ロウリスの手を借りて立ち上がると、無理に走った所為で靴擦れを起こしたらしく結構痛みました。


「一応お伺いしますが、この女性に見覚えは?」

「内装工事の業者の事務員だと思います。私に声をかけてきた時も内装の確認の事でしたし、間違いないと思います」

「それだけですか?」

「『妖精』のくせにと言っていたので、フランベルの関係者ではないかと」


 二人とも「あー」と呻きました。

 皮肉にも元コラント辺境伯夫人が襲ってきた時と同じ言葉です。


「他には?」

「妖精があの方を惑わさなかったらって言っておりました」


 ロウリスも特殊部隊の青年も非常に苦々しい表情で押し黙りました。

 別に説明されなくても、その言葉の意味するところは一つしかありません。


 立場のある貴族男性しか狙わないフランベルの所為で婚約か……もしくは表沙汰になっていないだけで結婚生活が壊れた末の凶行だったのでしょう。所作の端からも貴族の生まれを感じさせていたこの女性は、フランベルの被害者の一人と言う事です。


 ただ、妖精なのはあくまでフランベルですよ?


 妖精だからと殺される所以は私にはありません。

 と言うか、絶対にその理由だけは私は嫌です。騎士団が保管する陰惨な殺人事件の記録の中に、突然ファンタジーな理由で殺された令嬢として残るのだけは絶対に嫌です。


 当事者のフランベルの罪状は現実的な理由が並んでいる筈なのに、とばっちりの私は何処まで被害を受ければ良いのですか!




 アルマ伯爵家は不審者が入り込んでいた事で、屋敷内全てを確認する事になりました。

 警備が思ったよりも手薄な事が明らかとなり、狙われたばかりで落ち着かない私はプリシラ達の懇願もあったので、予定を切り上げてロアズ伯爵家に戻ります。


「ロウリス、五度目って?」

「ああ……その言葉を覚えてたのか。お前が命の危険に晒されたのは五度目というだけの話だ」

「私はこれを入れても四度しか記憶にないわよ」

「ふうん……」


 ロウリスはそれだけでした。

 何も説明する気がないようで、私はそのまま馬車に押し込まれました。


「ロウリス!」

「落ち着いたら色々説明するから」


 何か言おうとした私は、ロウリスに駆け寄る執事に気が付きました。

 他にも集まってくる使用人達にあれこれ指示を出し忙しそうな姿を見ると、私は文句も言えなくなり、


「……次に会った時には教えてね」

「ああ」


 ロウリスは約束を破りません。

 出発した馬車の中から見えなくなるまで私はロウリスを見ていました。





 ロアズ伯爵家は恐らくフランベルが『妖精』となった事情を完全には理解していないとロウリスは思っていた。


「『妖精』って怖いですね」

「怖いから『妖精』って呼んでいるだけだ」


 まるで本当の妖精のように人を誘惑し惑わせてきたフランベルは、その実、単に目が良いだけだと分かっていた。

 目の前の相手の表情、細かな仕草、声の響き……そう言ったものから正確に相手の心情を読み取り、必要な言葉を投げかけているだけに過ぎない。当然そこには何の魔法も存在していなかった。

 なのに、ロウリス達の目には、フランベルの被害者達はまさしく魔法にかかったようにしか見えなかった。

 それが騎士からしても堪らなく恐ろしかった。


「今の今までよく訴えなかったものだな。最近までフランベルを信用していたのか何なのか知らないが」

「それだけ見ると凄い技能で、うちにも欲しいと思うのですが」


 実際に声には出さなかったが、ロウリスも特殊部隊所属のマルスもどちらも逆接の接続詞の後に続く言葉は同じだった。

「が、フランベルは自分の言葉がどう影響するか全く分からずに話している」

 それがフランベルに対する騎士団の最終的な結論でもあった。


 その先どうなるかをフランベルは考えない。



 アルマ伯爵家の地下牢では女性が目を覚ましていた。

 叫ぶ事も暴れる事もなく、簡易ベッドに静かに腰を下ろしていた。


「騎士団の詰め所じゃないわね?」


 牢の前に立ったロウリスが話しかける前に女性は話し出した。

 突き出せば確実に死刑となると理解していれば、今更礼儀も何もないと言う事だろう。


「私も他で色々忙しいものでな、後回しにしただけだ。お前を屋敷内に入れてしまった使用人の対処だとか、随分仕事を増やしてくれたものな」

「……それは悪かったと思っているわ」

「どうだか。こんな事をしでかして、お前の勤め先にも影響があるだろうな」

「それは大丈夫よ。きちんと退職してきたし、私とは無関係よ」


 ロウリスは大袈裟にため息をついた。

 彼女もまた、平民になって何年も経っている筈なのに平民らしい狡猾さが欠片もないどころか、


「そんな訳ないだろ。辞めたとしてもその勤め先の名前を利用して潜入したんだ。無関係とは言いがたいに決まっているだろう。下手をすると勤め先の何人かも関係者として責任を問われ、死刑になるだろうな」


 これは元騎士だったからロウリスには分かるのではなく、貴族と平民の関係を理解していたら分かる程度の話だった。

 そもそも関わりがあると判断されたら、と言うレベルの問題ではなく、平民は疑いがあった時点で厳罰に処される事もよくある事で、彼女の考えはあまりに甘く無知にほど近いものだった。


 皮肉な事に、何処かの誰かと同じように彼女は自覚なく他人を巻き込んでしまったのだ。

 しかも本当の意味で彼女の問題と全く関係のなかった罪のない平民で、顔色が蒼白になった所で、彼女には最早取り返しはつかない。

 慌てて縋るようにロウリス達の元に駆け寄った彼女は、


「本当に無関係なの! まだ騎士団に行く前なんでしょ。このまま黙っていてくれたら……」

「何で私の屋敷で私の婚約者を殺そうとした女の為に黙らなければいけない?」


 何かしたら勤め先が破滅するからと、彼女はまず踏み止まるべきだった。

 連座制は犯罪の抑止力となる筈のものだったが、きちんと理解していなかったら抑止力にはならない。

 彼女の罪は周囲の罪となる。

 第一、貴族令嬢を殺そうとした人間が勤めて潜入の隠れ蓑にまでしていた業者であれば、裏がないと判断される訳もない。


「何で!? やったのは私だけで、計画したのも私だけじゃない!」

「逆の立場になって考えたらどうだ? 貴族の自分や家族が襲われて、犯人のみ処罰するのか?」

「そんなの……!」


 彼女からは続きの言葉はなかった。

 自分が襲われる立場だったら許せないに決まっている。


 立っている力を失ったようにその場に座り込んだ書類上平民だと偽って生活している貴族令嬢を、ロウリス達は冷たく見下ろしていた。

 何も彼女は分かっていなかった。


 ほとぼりが冷めたら。

 元側近候補同様に、彼女もそう言われてきたのだろう。

 けれど、今回事件を起こした事で、彼女は貴族令嬢ではなく書類通り平民として処罰される。いつか書類上も貴族に戻る筈だったなんて、何の意味もなさない。

 無関係な立場でいられるのは彼女の実家だけだ。


「……何でよ。何で、私ばっかり!」


 自分が大きく計算違いをしていた事を理解した彼女は、八つ当たりのように何度も鉄柵に手を打ち付けた。頑丈な鉄柵は女性の手の力では揺れる事もない。それでも何度も何度も打ち付ける。


「フランベルに仕返ししなきゃ私だけが可哀想じゃない!」

「……妹だからって殺そうとされた婚約者の方が可哀想だが?」

「知った事じゃないわよ! あいつはフランベルが滅茶苦茶可愛がっていた妹なんでしょ!? あいつを殺したらフランベルも嘆くだろうし、いい気味じゃないの!」


 フランベルの言葉は相手によって違う。

 それをよく知っているロウリスだったが、やはりマリーベルを利用していたフランベルの嘘を聞くのは不愉快だった。


 誰も優しい声をかけないと知るや、彼女は声を上げて泣き始めた。

 それもあくまで自分の為。

 何処にも同情の余地はないと思いながらロウリスは、


「フランベルはなかなか自分の都合の悪い事が耳に入らない人間だ。たとえ本当にお前がマリーベルを殺したとしても、フランベルは絶対に信じない。絶対に嘆く事にはならないんだよ」


 大きく目を見開いた彼女は絶叫のような嘆きの声を上げた。


 妖精には意味がない。

 妖精には届かない。


 彼女の死んだ元婚約者を妖精は思い出す事もないなら、彼女がいた事すら思い出す事も絶対にない。






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