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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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37話【妖精は愛の重さを破滅で量る】

 破滅なんて流石に大袈裟ではないかと思いました。

 いくら各方向に混沌を振りまいていた妖精でも、その身一つでやる事ですから限度があると言うものです。


「流石にフランベルと近しい関係なのは認めざるを得ないけど、私の方は破滅はしていないわ。精々三度命を落としかけて、二回だけ実際に死にかけたくらいよ」

「余程な目に会ってるだろ。麻痺してるんじゃないのか?」

「麻痺じゃなくて事実を言っているだけよ。それに色々なところで言っている事だけど、私はフランベルとは長年離れて生活していたから姉妹と言っても顔を合わせる事もほとんどなかったわ。麻痺する程の付き合いもないのよ」


 フランベルが破滅をもたらしたと断言した割に、従者は周辺で何が起こっていたのか何も事情を理解していなかったようで、あからさまに怪訝な顔をして、


「歴とした姉妹なのに、そんな生活していたのか? と言うか、それが正しいなら君の姉は調べればあっという間に分かる嘘をついていたのか」

「案外調べない人が多いから、まだフランベルに騙されている人はたくさんいるかも知れないわね」


 いくら調べるのが貴族の習い性とは言え、特に親しい訳でもなくただ同じグループにいた程度の相手の家庭事情など、通常わざわざ調べる事はありません。それに本当にフランベルが虐められていたと訴えていたとしても、身綺麗にして健康状態も良ければ緊急性もなく、当時の周囲もただの話として聞いていたでしょう。

 怖いのは、嘘を聞いたまま時間だけが経過していたなら、その嘘は聞き手の中では真実になっている可能性があると言う事です。


 何というか、対処のしようがない事実が判明しましたね……。


 他に誰にどういう嘘をついたのか、恐らくその場で都合良く嘘をついたであろうフランベル自身に聞いても分からないでしょう。

 実に面倒な事態です。


「フランベルに関わった者は破滅する……ね」


 とうとうフランベルは妖精から呪いのアイテム的なものになった事実はさておき。こんな信じるに値しない、普通に考えれば穴だらけのフランベルの嘘をあっさり信じるような人なら、確かに何処かで人生破滅しても特に不思議ではないでしょう。

 そうなるとフランベルの所為と言うより当人の問題な気もするのですが、もしやこれは責任転嫁?


「ここまでにほとんど破滅しているよ。それこそ一人も知らないのか?」

「……一応考えてみたけれど、やっぱり知らないわね。多分、私の家族も知らないと思うわ。そんなにいるの?」

「いるよ」


 そんなに間抜けな人がたくさんいたのね、なんて軽く思った私は、次の従者の言葉を聞いて大いに後悔しました。


「学園時代、フランベルと付き合っていた者達や結婚後の火遊びの相手、ほとんど死んでいるじゃないか」


 破滅が死を意味していたなんて、それこそはっきり言って戴かなければ分かりません。

 フランベルの不倫の相手を騎士団がいくら探しても出て来なかったのは、当然と言えば当然だったようです。


 『いない』者は探せない。

 『いない』者は口をきかない。

 だから、誰かに不貞を見つかる前に相手が『いなくなった』フランベルには醜聞なんて存在しなかった。


 私の口の中は乾ききって、匂いも気にならず目の前の紅茶を飲み干しました。

 味なんて渋みしか分かりません。


「フランベルがその人達を殺したと……?」

「その可能性は低いって言っていた。君の姉に全員を殺す理由はないって」


 動揺を隠せない私に対して、元々当事者でも関係者でもなかった従者は落ち着き払っておりました。基本的に従者は伝聞情報だからでしょう。


「他の死んだ奴ら同様に君の姉と付き合っていたあいつも死んだけど、事故でも事件でもない。病死」

「……本当に?」

「周囲も疑って調べたけど、本当に病死だった。不思議な事にな」


 ようやく従者が私を確認しに来た意味が分かりました。

 事故でも事件でもないのにフランベルに関係した者達が不審に次々死んでいくので、果たしてそれが偶然なのか何なのか、手がかりを探しに来たのでしょう。同じ立場だったら、私も同じ事をしたかもしれません。

 ただ、確実に病死だったと言われても、私の中の不安は晴れません。


「まあ、今のところ大丈夫そうだけど、君も気をつけると良いよ。ほら、最近も不倫を手引きした人間が死刑になったじゃないか」

「そうね、四度目は避けるよう努力するわ……」


 不倫の手引きしたって、もしかして使用人の話でしょうか?

 平民の処罰は話題になる事が少なく、そう言った関係者も処罰されている事を私は初めて知りました。


 フランベル自身はまだ生きているのに。




 私に話す内容からして今日退職する予定にしていたという従者の言葉遣いは、今回限り不問とする事にしました。

 割と重要な話でしたし、あの不貞不貞しい態度の割に本人的には一生懸命説明していたつもりだったと聞かされて、それが私的にちょっと面白かったと言う事もあります。


 私は知り得た情報をロウリスと相談する為に、執務室へと向かっておりました。


 かつてフランベルと親しかった筈の者達の不審死について、一体誰が情報を止めていたのかと真っ先に気になったのですが、これに関しては単に学園全体の出来事を伏せて隠した煽りで今まで闇に沈んでいた可能性が高い気もしました。

 事実、学園時代に誰がフランベルと付き合っていたのか、それすら私達には隠されたままです。


 隠して隠して……。

 それがなければ、今起きている事の多くが防げたのに。


 考え込みながら歩いていた私に、使用人の服装ではない一人の女性が近付いて声をかけてきました。


「申し訳ありません。部屋の内装の確認をお願いしたいのですが」


 廊下の途中にいたのは、内装の変更を頼んだ業者の……確か事務の女性だったような。

 私よりは年上で、フランベルよりは年下の、丁度兄と変わらないくらいの年齢の方でした。ちょっと所作が貴族っぽいので気になっていた方でもあります。


「確認?」

「はい。ご希望通り窓枠を変更しましたので、確認をお願いします」


 女性の表情にも言葉にも特に不審な点はなかったのですが、私の足は動きませんでした。

 今さっき注意を受けたのですから、警戒するのは当然でしょう。


「……どうされました?」

「貴女、どうしてここにいるの?」


 彼女の役職は事務でしかありません。

 書類の作成に関わる事が業務で実際の施工には何ら関係もなく、窓枠であろうが確認をお願いに来る事自体おかしい事です。それに、本日の来客予定の中に彼女の名前はありませんでした。

 本来いる筈のない人間を私は睨み付けました。


 困ったような悲しげな顔をした女性は、


「『妖精』のくせに」


 内装工事の現場から持ち出したと思われる工具を振り回しながら、彼女は私に迫ってきました。

 今回ばかりは私も悲鳴を上げて逃げました。


「妖精が惑わしたから……! 妖精のくせに、妖精のくせに!」


 運悪く走りづらく脱げにくい靴だったので、女性を引き離す事が出来ません。

 向こうも選んだ工具が重たい物で速度がなかったのは幸運でしたが、女性の振り回した工具が壁に穴を開けました。当たったら間違いなくひとたまりもなく、私は恐怖で泣きながら走るしか出来ませんでした、


「妖精があの方を惑わさなかったら……!」


 振り返った私がバランスを崩したと同時に、女性が振り回していた工具は勢い余り手から離れ、私目がけて飛んできました。

 自分の体が倒れるのを感じながら、私は次に来るだろう痛みへの恐怖から目を閉じました。


 鈍い音と、工具が床を転がる音。


 その次には転んだだけの衝撃しかなく、私は慌てて前を見ました。

 見慣れた背中と、その向こうで例の特殊部隊から来た使用人候補の男性が、不法侵入してきた女性を取り押さえていました。


「五度目なんて洒落にならない……」


 ロウリスはそう、ため息交じりに呟きました。




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― 新着の感想 ―
主人公、あまりに迂闊すぎませんかね…
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