36話【妖精は死へ導く】
フランベルの話にいつまでも拘っている訳にも行きません。
結婚に纏わる面倒事もまだ終わってはおらず、私とロウリスは今後アルマ伯爵家に新しく雇い入れる使用人達の面接を行う事になりました。
「代替わりで使用人達が入れ替わるとは聞いていたけど、結構多いんじゃないか?」
興味津々に私が横に置いていたリストを見た兄は、このまま父がショックから立ち直らなかったら同様に職位を継承するしかないでしょう。私達の相談にも乗ってくれますが、基本的には御自分の時に何をするべきかの確認だそうです。
「先代の時のやり方そのままを続ける人が多かったのです。ロウリスが当主になったのに洗濯はしなかったり、食事は少しだけ作ったり作らなかったりだったので、斡旋所に連絡の上、叩き出しました」
「ああ……主に使用人は似るとは言うけどね」
少し前、これまで主だった先代アルマ伯爵の意向という言葉を盾にして仕事をサボっていた半分近くの使用人達を整理しました。
彼らには再三代替わりに伴い、新たに雇用関係を結び直さないと屋敷に勤める事も出来ない事を知らせたのですが、何故かロウリスと私を正面から嘲笑って屋敷に居座り続けておりました。
ここまで来ると私も驚きよりも呆れが勝ちました。使用人教育以前に、基本的な教育を受けていたのかも疑わしいでしょう。
多少強引な手を使って追い出した彼らは、その足で無賃金だったと騎士団に訴えたそうです。そもそも雇用契約が成り立っていないので賃金は発生せず、相手にされなかったそうですけど。
中でも家の書類を勝手に隠したり鍵を変えたりした一部の元使用人達はこちらから騎士団に突き出しました。縁故とは言え平民が貴族の家で勝手にしていた扱いですから、間違いなく厳罰を受ける彼らには二度と会う事はないでしょう。
「縁故だけで採用してはならないという例です。お兄様もお気をつけ下さい」
「これだけ酷いのはなかなかないと思うけどね。まあ、訳が分からない内に問題がある者を押しつけられるケースはそれなりにあるし、マリーも気をつけるんだよ」
「だから、縁故は取りません」
と、話していたのは何かの予兆だったのでしょうか?
使用人候補との面接日、私はセルーア侯爵家とオーリス王女からの推薦状を持って現れた使用人候補?の方を前に、どうしたらいいのか困惑で表情が無になっておりました。
これも縁故? いえ、セルーア侯爵家とはそれ程親しい付き合いでもなく、オーリス王女に至っては一度きりしか会っておりません。なにがどうしたら推薦状が飛び出てくるのか、私には理解不能です。
ロウリスは何処からの推薦状であったかよりも内容が気になったようで、
「しかも騎士団所属」
「給料は二重払いは認められないとの事で、アルマ伯爵家の使用人としての給料に騎士団からの危険手当が付く事になります」
「そこの話し合いは前もって終わらせてきたのか。何というか、ケチ臭いな。私からしたらアルマ伯爵家からの給料を危険手当相当とするべきだろう」
話がずれてますね。
まあ、私にしてもロウリスにしても、王家からの直々の推薦状を出されては、断る事は出来ないのでしょうが。
騎士にしか分からないような内輪の話を何度かした後、ロウリスは採用を決めました。
「本日から働けますが、どうしましょうか?」
「それをやると不審だと注目されかねないから早くて明日からだな。それでも当分は通いになるし、マリーがここに住むのはもっと後だ」
「分かりました。では、明日からで」
帰って行く背中に私は何も言う言葉が出てきませんでした。
うーん……余所の家の関係者を身の内に引き込むのは危険ですし、まして色々闇が深い騎士団関係者です。
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないから出張ってきたんだ。取り敢えず獰猛な猟犬の狩りに巻き込まれるよりは、鎖で繋がれた番犬の方がましだ」
何の喩えでしょう?
気になったものの、まだ数人面接が残っていたので後で聞こうと思った私は、残念ながらそのまますっかり忘れてしまいました。
ロアズ伯爵家とは違って、大きく人員を減らしてしまったアルマ伯爵家邸宅内は安全とは言えなかったからです。
新しく雇って既に働いている一部の使用人達は、元々はロアズ伯爵家の屋敷で働いていた者達です。
私がアルマ伯爵家に嫁ぐと決まると、同じ王都の邸宅ならとこちらに移る事を希望した者達でもあります。
「家で旨い食事が食べられるなんて思わなかったな」
ただし、やや料理人に偏っております。
ロウリスのたくさん食べる姿に料理人はひかれるものがあると言う事で、ロアズ伯爵家の料理長の一番弟子が独立する形で入ってきました。おかげで、アルマ伯爵家の食費計算おかしくない?的な食事はすっかり改善されております。
「次の者達が来るのはもう少し後だな。少し休憩をしようか」
「食べた後だからって昼寝しては駄目よ」
「書類の確認があるから昼寝する時間もない。用事があれば私の部屋にな」
……暢気にしている私と違い、爵位を継いだロウリスは忙しいようです。
まともな引き継ぎもなく先代アルマ伯爵が外国に逃亡し、先日まで助けてくれていたラドリク様も旅立って行かれました。ここから先はロウリス一人です。
婚約はしているものの結婚前の身分では、まだ私は書類を直接手伝う事が出来ません。
せめて邪魔をしないようにと、個人的な休憩室がてらに使わせて貰っている客室に向かいました。
今現在はプリシラも今後働く事になる邸内を把握している最中で、部屋に戻ると私一人きりでした。
とても珍しい事に他の使用人の姿もなく、本当に一人きりです。使用人は明らかに足りていないのが良く分かります。
ただ、その分とても静かでした。
日当たりの良い場所に置いた椅子に座った私がついうつらうつらし始めた頃、不意に控え目なノックの音がしました。
「はい?」
「お茶をお持ちしました。入室の許可をお願いします」
「どうぞ」
その時私は少し寝ぼけていたようで、女性ではなく男性の声だったにも関わらずあっさり入室の許可を出してしまいました。
一応ちょっとだけ、メイドの数が足りないから従者がメイド代わりをしているかも知れないと思ったのもあります。
ワゴンを押して入ってきた青年は、ぼんやりとした目の私を見て何故か一瞬迷う素振りをみせたものの、少し拙い手つきでお茶の準備をしました。
その紅茶は口に近づけると『いつも』と違う匂いがしたので、私はカップをソーサーに戻しました。
「……問題が御座いましたでしょうか?」
「単なる好みの問題よ。次にいれる時は柑橘系ではなく、それ以外でお願い出来るかしら?」
恐らく先代アルマ伯爵夫妻の好みで揃えられた紅茶なのでしょうが、そもそも香料がとてもきつく、私とは食の好みも合わなかった事が分かりました。
好みの問題とは言え匂いが鼻につきすぎて、飲む気にもなれません。
本来私のその言葉で話は終わり、従者の青年は退室するのが普通ですが、その後も従者は私の横に立っているので、
「どうしたの?」
「君がフランベルの妹のロアズ伯爵令嬢?」
フランベルの名前を聞いた私は、驚きのあまり声も出せずに体が固まってしまいました。
私を見下ろす従者はとても冷めた目をしていて、主に近しい者を見る目と言うよりも、何かを観察するような目でした。
突然の事に混乱してどうしたら良いか分からない私でしたが気力を振り絞り、
「……フランベルの知り合い?」
「違う。僕は知り合いだった人の知人。当人は半年前に亡くなったよ」
従者の声には温度もありませんが、敵意も感じられません。
知人が何故、と私が思っていると、
「君がいた所為でフランベルは家族と上手くいかず……随分虐められていたって聞いていた」
「は?」
うっかり地の底から響くような声で聞き返してしまい、従者は驚いて後退りました。
眉間に思い切り皺を寄せて私は従者に聞きます。
「随分虐められていたって、どういう事かしら?」
「僕も聞いただけだよ! 妹が行きすぎた意地悪をするから家でも孤立しているって言っていたって。母親なんか妹の君の事ばかりで、目も合わせてくれないって」
「領地に住んでいただけよ! そもそも私と母は王都にいなかったのに、孤立? 目も合わせない? いないものをどうやったら、そうなるのよ!」
フランベル!
こんな嘘をついていたなんて、今初めて知りました。フランベルが会う人に合わせて態度を大きく変える事は知っておりましたが、まさか可哀想な令嬢だと偽っていたとは……これは父に伝えたらショックで二度と部屋から出て来なくなるかも知れません。
嫌われていたにしても理不尽もここまで来ると、フランベルの言葉を信じる方も意味不明に思えてきます。
「それで? 貴方は当時十六才から十八才の成人間際のフランベルが、よりによって八才から十才の子供の私に虐められたと言う訳ね。残念だけど、私達の年の差は八才もあるよ? この時点で逆はあっても、フランベルが私に虐められていたなんて滅茶苦茶変でしょう!」
妖精の考える事は分かりません。
妹に虐められる可哀想な姉を気取りたかったにしても、年齢差の所為で寧ろ凄く滑稽な事になっております。本当に勉強しか出来なかったにしても、流石に年齢差の異常さくらい認識して欲しかったと思いました。
と言うか、この従者も来る前に分かっていてもおかしくないでしょう!
私の剣幕に動揺したのか、数歩後退していた従者は目を彷徨わせながら、
「……いや、年齢差以前に、君を見た瞬間『ない』と思った。フランベルは時々嘘をつくとは聞いていたから全部を信用していた訳ではない」
「へぇ……まあ、貴方は見た目以前に誤解する筈もない誤解が解けたとは言え、その知人の方は良く分からない誤解をしたまま亡くなったのかしら。なかなか計算は難しかったのね」
「いや、当人はフランベルの話は一つも信じていないと言っていた。付き合っている頃から自分をよく見せたいが為に嘘をついていたらしい。まあ伝聞ばかりだし、僕もあいつが断言するからと言って頭から相手の言う事を嘘だと決めつけるのは良くないと思っていたのだけど……」
従者にとって知人とは相当近しい存在だったのでしょう。
たどたどしい言葉と共に何かの思い出を辿るように目を細め、
「でも、やっぱり嘘だった。あいつが言った通りだったんだ。見栄の為に愛も嘯くなんて、聞いた通りにとんでもない女だった」
フランベルが愛を嘯いていた相手。
直ぐに私は不倫の証拠としてリシス公爵が確保した、あのアクロスティック・リングを思い出しました。
丁度半年前というと、その頃からフランベルは私の名前を使ってアクセサリーを買うのを止めております。てっきり私は自分が王都に来たから使えなくなったと思い込んでいましたが……。
あれはもしかして、渡そうとしたけれど間に合わなかったという事?
「……貴方はその方が亡くなった事を私に、フランベルに伝えたかったの?」
「別に二人が恋人同士でも何でもないなら、そんな必要ないだろ。僕はただ単にフランベルの妹に会ってみたかっただけだ」
私に?
私がまじまじと従者を見ると、何故か不機嫌な顔をして、
「フランベルに関わった者は破滅する。特に利用しようとした者は破滅する。そう聞いていたから、話ではフランベルを利用していそうだった妹がどうなっているのか確認したかったんだ」




