33話【妖精の騎士はなまくらの剣を振るう】
断罪時に誰が何をしていたのか?
私としては結構不思議に思っておりました。
まともに仕事もしていなかった前の王太子に大勢の側近候補なんて必要もないのにいた事は勿論、それだけの人数がいて偽断罪を止められなかった事です。
「側近候補達?」
「はい。前の王太子の愚行をどうして許してしまったのか気になりまして」
例の女性に入れ込んでいた辺りにフランベルが関わっていそうで聞きたかったのですが、例の女性に関してはセルーア侯爵令嬢の件があるのではっきりと尋ねる事は躊躇ってしまいました。
「……そうね、何でも答えると言ったのは私よね。数多くの問題が山積しているから、あの方達も私達のような些事には構っていられないでしょう」
あの方達?
私はもしかするとはっきりと怪訝な顔をしてしまったかもしれません。
セルーア侯爵夫人は私を見て小さく吹き出しました。
「どうして許してしまったのかも何も……側近候補達の後ろには家があり、派閥があり、それぞれの思惑があったからでしょう。側近候補達の個人的な考えで動けるものではありません」
「王太子を嵌めるのも止めるのも、家の意思だったと?」
「側近候補に選ばれる優秀だった方達が、その場の刹那的な感情で動く事もありません」
当時の真実を見ていた筈のセルーア侯爵夫人の口から出てきたのは、私がこれまで聞いていた話とは真逆の話で、私はとても困惑しました。
「側近候補の方々も随分女性関係を拗らせていた話を聞きますが?」
「その噂は本当に悪意に満ちているわね。前の王太子だけが女性関係を拗らせていただけで、側近候補の多くは前の王太子が気に入った女性を持て余していたのが正しい話です」
「お姫様扱い……」
「前の王太子とその女性が癇癪持ちだったので、何とか宥める手段が他になかっただけです」
「自分の婚約者と婚約破棄……」
「王太子が矯正不可能だと悟って何かあった場合の連座になる事を避けたと言う事です」
あれ?
「お話の限りなら、彼らは真面目な側近候補達だったのでは?」
「だから私達も処分を躊躇ってしまったのですよ。噂はよく知らない者達が勝手に推測した話も混じっているものです。無闇矢鱈に信用しないように」
それが真実なら、全然話の前提が違ってくるのですが。
私は必死に頭の中を整理します。
そもそもまず、私が信じていた女性がお姫様扱いされていたなどの話は基本的には又聞きの、噂に近い話でした。最初の出所など分かりようもない話が多く、確かに信頼出来る情報だったとは言えないでしょう。
ただ、それとは別の信頼出来る筈の筋から、元側近達が乱れていた情報を裏打ちするような話を聞かされておりました。
躊躇いはまだありましたが、私は言わずにはいられませんでした。
「私は騎士団から……エリゼ様を例の女性が襲った事件に関わった元側近候補の方は、例の女性を愛していたからだったと伺いました。それは……」
「お待ちなさい」
鋭いぐらいの強さで、セルーア侯爵夫人は私の言葉を遮りました。
「愛していたとはどういう事なの? 側近候補達は『王太子のお気に入り』だと思っていただけで、恋情はなかった筈よ」
「どういう事も何も……騎士団からそう説明を受けました」
「私はそんな説明は受けていません」
セルーア侯爵夫人の仰る意味が私には直ぐには理解出来ませんでした。
恐らく、私が騎士団からの報告をロウリスから聞かされた為に、婚約者を疑うのがおかしいと、思考が一旦止まったからでしょう。
私とセルーア侯爵夫人が聞いた説明がそれぞれ違う?
同じ事件なのですから、違う説明になる筈もありません。
まず私の頭に浮かんだのが、どちらかが虚偽説明をされたのではないかという疑いでした。
ただ、騎士団がそんな事をする意味は私には思いつきません。
しばしセルーア侯爵夫人は考え込み、
「私はあの事件はあの女性の突発的な偶然の犯行だと聞かされました。元がそう言う女性でしたから、それで納得してしまいましたが、貴女の方は?」
「……私は騎士団の下働きをしていた元側近候補の方がセルーア侯爵家の外出の計画を知り、あの日あの場所に女性を誘導してセルーア侯爵家の護衛に……つまり計画的に殺害したと聞いております。それと、女性の殺害を計画した理由はその元側近候補の方の女性への愛だったと」
私の話を聞いたセルーア侯爵夫人の周囲の空気の温度が一気に下がった気がしました。
セルーア侯爵夫人の近くに控えていた侍女は勿論、壁際に立っていた執事やメイドの様子も何だか静かに怒っているような?
流石の私も身を縮こまらせました。
手にした扇で自分の手のひらを打ち付けたセルーア侯爵夫人は、
「なるほど。騎士団も舐めた事を……」
まさしく魔女のような笑みを浮かべました。
何かの虎の尾的なものを踏んだのでしょうか?
悄然として蟄居を口にしていたセルーア侯爵夫人の変わりように、一度私の体は恐怖で震えました。
侍女に今聞いた話を侯爵と後継の長男に伝えるように指示すると、セルーア侯爵夫人はにこやかに私を振り返りました。
「やはり貴女を呼んで良かったわ。騎士団が私達だけでなく、貴女にも嘘をついていた事が分かったもの」
元側近候補の方が例の女性を愛していたと言う説明については、完全なる嘘だったようです。
整理すればもっと騎士団のついた嘘は出てくるかも知れません。
これまで一連の話でお目にかかった多くの方々は、隠したり伏せたりした事はあっても、嘘だけはついておりませんでした。
なのに、どうしてここまで話が複雑になってしまったのか。
「何故、騎士団が嘘を……」
まさか騎士団が嘘をつくなんて、誰も思ってもみなかったでしょう。
騎士だったロウリスさえも嘘をつかれていたなんて、流石に信じられない思いでした。
「騎士団も一枚岩ではないわ。騎士達にはそれぞれの家があって、騎士と言う仕事をしているだけ。本来は家同士の関係などを見て不正がないように管理職が調整する筈なのですが、この調子では上手く機能していないようね」
思い返せば、メモの一件での報告書でも、私がメモを受け取った時にロウリスがわざと呼び出されていた事への説明は割愛されていました。
嘘同様に、気付かなかった不正はもっとあるかも知れません。
一度誤魔化しがあった事を知ってしまうと、どうしようもなく気分が悪くなってくるのを感じました。
不快感など今更なのでしょうか、冷たい表情のセルーア侯爵夫人は、
「私にその側近候補だった子の話をしなかったのは、襲撃の関係者が騎士団にいた事を私に追及されたくなかったからでしょうね。相変わらず、馬鹿馬鹿しい」
かつて、セルーア侯爵夫人は魔女とまで呼ばれたそうです。
若い時の苛烈な性格と果断な行動は、時として王族を恐れさせ、剣を突きつけた騎士には言葉だけでたたき伏せたとか。
私が会った時には気落ちしていたからか、そんな逸話がある女性とは思えなかったのですが、今私の目の前で立ち上がった姿は誰よりも毅然として、戦う意思を漲らせた『現役』でした。
「私はまだやる事がたくさんあるようね」
優雅に微笑みながらセルーア侯爵夫人が指示を飛ばし始め、使用人達も慌ただしく動き始めました。
色々と独自の言い回しも入った指示だったので私には内容は分かりませんが、嘘をついていた騎士団へ働きかけるだけでなく、動き出した使用人の数的にも他にも何かあるかも知れません。
こうなると、私は邪魔ですので、ここでお暇するべきでしょう。
「夫人、私はそろそろ帰ります。本日は貴重なお話を拝聴出来て、大変感謝しております」
「ふふふ。私の方こそ今日はありがとう。ああ、折角だから教えてあげるわ。騎士団には注意をしなさい」
騎士団?
そう言われても、ロウリスも騎士団を退団しており、私には騎士団を気をつける理由も特に心当たりがないのですが。
困惑して立ち止まっている私に、
「これは本当の本当に秘密なのだけど、あの前の王太子が気取った断罪で、実際にクレア様を追放したのは騎士団よ」
断罪時に誰が何をしていたのか。
それをずっと考えていた私ですが、その断罪が当時の大人達に仕組まれていた事をよく理解しておりませんでした。
王太子の廃嫡を望んでいる勢力にとって、邪魔なのはクレア様も同様だったと言う事です。
私がセルーア侯爵夫人と会っていたその日、ロウリスは遠い親類への挨拶に出かけておりました。
結婚前の挨拶回りの一環で、王都から少し離れた領地に住む男爵夫妻に、ロウリスは一人で会いに来ていた。
縁戚と言ってもアルマ伯爵家とは血の繋がりは非常に薄く、爵位的にはロウリスが呼び出すべきところだったが、わざわざ呼び出す程の付き合いもない。アルマ伯爵家からしたら実に中途半端な家だった。
ただし、それは男爵家にとっても同様の事であった。
本来伴うべきマリーベルの姿がなくても、今後も薄い付き合いだけと理解している男爵達はロウリスには思う所はなかった。
挨拶と当たり障りのない話だけをして、どちらも終える予定だった。
ロウリスが何気に伯爵になる前は騎士だった事を話すと、男爵夫妻は顔色を少し変えた。
マリーベルがいたなら何かしら追及はしただろうが、ロウリスは不思議に思うだけで何も問う事もなかった。
長居する気もなく、王都に日帰りするつもりだったロウリスが帰ろうとすると、男爵がそっと呼び止めた。
「たとえ貴方が元騎士であっても、騎士団の話にはお気をつけください」
「何?」
「私達ではそれ以上は言えません」
その男爵の態度は、ロウリスからは何かに脅されているように見えた。
問い詰めたい気がしたが、恐らく男爵は『話せない』事情がありそうで、今度こそマリーベルを置いてきた事をロウリスは悔やんだ。
一度家の奥に行っていた男爵夫人の方も戻ってくるなり、ロウリスの手に真新しい小箱を押しつけた。
「リシス公爵へ、急ぎこれをお渡し出来ないでしょうか。お渡し頂ければ、公爵なら意味が分かると思います」
「いや、こういった物は私に渡されても」
「私達では事情があって渡せません。お願いです。気になるのでしたら、確認して頂いても構いません」
何故か男爵夫人は必死な様子だった。それを見ている男爵も止める様子もなかった。
困ったなとロウリスは思った。
事情が上手く聞き出しづらい自分の性格と、なりたての伯爵の立場では、如何に薄い付き合いと言っても家門を支える家の一つからの頼みを断り辛かった。
しかし、渡す相手がリシス公爵なら流石に断るべきか。
逡巡するロウリスに、男爵夫妻は揃って頭を下げた。
「お願いします!」
帰ったらまずはマリーベルやロアズ伯爵家に確認し相談しよう。
結局老夫妻の頼みを断り切れなかったロウリスは、取り敢えず中身を確認する為、紙箱にしてはかなりしっかりとした作りの小箱を開けた。
箱に入っていたのは、紫の石が美しく並んだブローチだった。
あまりアクセサリーに興味がないロウリスでも分かる程度に、藤を精巧に象られていた。
手に持って軽く揺らしたら現実の藤のように美しく揺れそうな、アメジストの藤。
ブローチを見たロウリスは、男爵夫妻が本当は誰に渡したいのか気付いた。
「どうして……」
「お渡しになれば分かります」
男爵夫妻は説明する事は出来なかった。
ブローチを託したロウリスにすら話せない程に、騎士団を警戒していた。
預かったロウリスの小箱を掴む力がほんの少しだけ強くなった。
藤は隣国で愛されている花だった。
何の繋がりもある筈のない男爵夫妻が持っていたブローチは、明らかに隣国の王太子妃となったクレアの為の物だった。
断罪の後の追放劇で何があったのか。
それは断罪を仕組んだ者からしても想定外で、予定では騎士団は動かない筈だった。
けれども実際には、勝手に王太子が言い出した追放処分に従った騎士団の手により、クレアは王都から出る為の馬車に無理矢理乗せられた。
「私は学園の教師です! 責任者です! 今回の事は最後まで見届けます」
あの時、一人の若い女性教師がクレアの乗せられた馬車に飛び乗った。
そして、学園に二人は帰ってこなかった。
「クレア嬢!? どうして、こんな所に」
隣国の公爵がクレアを助けたとき、クレアは一人きりだった。
女性教師の行方は、今もって杳として知れない。
予約忘れてました…




