34話【妖精の舞台の後には笑い声だけ響いている】
セルーア侯爵夫人は忙しくなったので、セルーア侯爵に見送られて馬車は出発しました。
これからセルーア侯爵家としてあの方達がどうするのかは分かりません。ただ、ここまで舐められたからにはそれ相応の対応をする事は間違いないでしょう。
一人で馬車に揺られながら、私はセルーア侯爵夫人から聞いた話を思い返しておりました。
私はため息しか出てきません。
今までずっとフランベルから起きた一連の問題は、生徒間だけの問題だと思っておりました。
前の王太子にしても例の女性達にしても、元コラント辺境伯夫人のように自分の意思で盛大に踊っていたのだと思い込んでおりましたが、結局は大人の思惑と都合が挟み込まれ、翻弄された結果でした。
これも貴族院にいるような方達からすれば、利用される者達が悪いと言うのでしょう。
私は貴族令嬢として、当時の親達の行動には納得出来ないものがあります。
大半の貴族子弟子女達は家の意向に従えと言われて育つものです。学園で起きた問題に当時の学生達は正しく家の意向に従った結果、廃嫡などの処分を受ける事になりました。
果たしてどのようにしたら貴族子弟子女として『正しかった』のか、私は正直貴族院に教えて欲しいと思います。
元側近候補の暴走も、現実へのやるせなさがあったのかも知れません。
本当はこのまま真っ直ぐに帰るべきなのでしょうが……少し迷って私は行き先の変更を頼みました。
王都の外れのその地区は、すっかり寂れておりました。
例の女性が潜んでいたのも亡くなったのもこの地区で、かつて通い慣れた場所だったから潜伏出来たのだと思うと、逆に物悲しい気にもなりました。
兄が言うには、フランベル達が卒業と同時に学園は廃校となったそうです。
フランベル達が一年の時に風紀が乱れて前の王太子が偽断罪を起こした結果、翌年以降の入学者は留学などの理由をつけて多くが逃げ出し、一、二年生はほとんどいなかったとか。それは無理もない事だと思います。
学園があった場所には建物の残骸一つなく、不自然に広い空き地となっておりました。
馬車から降りた私は周囲を見回しますが、
「本当に何もないわね……」
何一つここに学園があった痕跡がありません。
ここまで執拗に存在した事を隠すなんて、この場所で起きた事を余程なかった事にしたかった誰かがいたように感じました。
流石に瓦礫一つないのは明らかにやり過ぎです。
私は思わず眉を顰めました。
学園があった場所自体は、王都に住んでいた者達は割と知っているそうです。ロアズ伯爵家では王都で生まれ育ったメイド達も普通に知っておりました。
知らないのは何があったのか、です。
こんなに近くにあってよく下の世代に学園があった事を隠せた物だと、私はいっそ感心したのですが、平民の御者に言わせると、
「普通の貴族様は平民とは話しませんし、学園よりも自宅学習の方が相応しかったと言われたら、まあ、そうなんだなぁと思うだけです」
貴族しか通えない場所の話だと平民にはあまり興味がなく、発表をそのまま受け止めて忘れ去っただけだったと言う事でしょう。
学園への入学に近かった貴族子女は楽しみにしていた者もいたでしょうに……。
そう言った兄弟姉妹の愚痴から学園の存在を知る事がないよう引き離されていたと気が付くと、本当に私達の世代はただただ理不尽に振り回されていただけだと思いました、
「……」
フランベル達が卒業すると、下の学年の生徒達は全員学園の都合による退学となったそうです。
実に生徒達の事を何も考えていない結論ですが、学園で何があったか知っていると、フランベル達の卒業までよく待ったものだと思う部分もあります。
私は何もない場所を奥に向かって歩き出しました。
特に目的はなく、ただ歩いているだけです。
学園がなくなって、学園で教壇に立っていた教師達はどうしたでしょう?
何処にも痕跡が残っておらず、当時誰が教えていたのかも、どんなに探しても記録は見つかっておりません。年齢で探せばある程度は分かる生徒達よりも、教師の方が探すのは困難でした。
更に探すのが困難なのは教師達の行方です。
「お嬢様、あまりウロウロされるのは……」
護衛から声をかけられ気が付くと、私は思った以上に奥に歩いていたようです。
「あら、ごめんなさい。用事も終わったから帰るわ」
「……そうなのですか? あ、いえ、これは聞かなかった事に」
「何もない所だものね。不思議に思ったのは分かるわ、私は単にもしも私が学園に通っていたらと思ったのよ」
あれだけ色々聞かされていますが、やはり学園に通う事が出来たフランベル達が羨ましい心もあります。
本当に理不尽な事です。
当時、無駄に寛容の精神を発揮していた教師達の行いが、私達から学園に通う権利を奪う結果になったと考えてしまうと特に腹立たしい。
彼らは断罪時に何をしていたのでしょう?
誰が何をしていたのか少しずつ分かってきましたが、教師達が何をしていたのか、未だ欠片も話題に出てきておりません。
まさかの騎士団の動きは出てきたのに、一番の学園関係者の行動が一切分からないなんて、おかしいのにも程があると思うのです。
私が乗り込むと、馬車は直ぐに動き出しました。
窓から遠ざかっていく学園跡地を見ながら、私はとある可能性について考えておりました。
もしかすると教師達は逃げたのかも知れない
騎士団が嘘をついてまで何を隠そうとしたのか。
教師達は逃げてまで何を隠そうとしたのか。
「『Fool (愚者)』……」
あの時の大人達の企みは、ほとんど失敗したも同然です。
唯一前の王太子が排除出来ただけで、それに纏わる処分は甚だ不透明で公平さもなく、学生達の心にも遺恨を残す結果となっただけ。
騎士団は失敗し、教師達は過ちを犯しただけ。
少し疲れた私は目を閉じ、座席にもたれかかりました。
深く考えても知らない答えは見つかりません。
フランベルに誰が指輪を贈ったのか。
リシス公爵は学園関係者だと仰っていました。
私は思い込みから生徒だと思い込んでおりましたが、そもそも学園関係者は生徒に限ったものではありません。
私はまたも愚かしい程に基本的な事を見落としておりました。
フランベルが豪華なアクロスティック・リングを贈ろうとしたのは、相応の方だっただけ。
誰とは分かりません。
名簿一つないのですから結局何一つ分かりませんが、フランベルの本命だったのは、恐らく教師の一人だったのでしょう。




