31話【妖精の因果を断ち切る者】
ロウリスが騎士団長から頼まれたお使いは上手くいかなかったが、リシス公爵の言葉通りダメ元であった。
失敗したと伝えても怒る事なく、約束通りロウリスは面会を許された。
「ああ、君がロアズ伯爵令嬢の婚約者か」
平民として十年近く生活してきたという兵士を兼ねた下働きの青年は、経過時間の割に平民落ちした貴族の独特の卑屈さはなかった。寧ろ少し大きめの店で貴族担当の何かをしていそうな小綺麗感があった。
兵士でも下働きでも身なりを整える程の給料もない筈で、ロウリスが不審に思っていると、
「当然実家の援助を受けているよ。ついでに言うなら、ほとぼりが冷めたら家の仕事を手伝う予定だった。まあ……親達はそんな感じで楽観的に考えていたけど、ほとぼりなんて冷める訳がない」
数年したら冷める筈だったほとぼりは、今や消す事は容易ではない大火となって国中を翻弄していた。
大人達の誘導にかかり必要のなかった断罪を行った結果、不快なパフォーマンスだったと隣国を含めた周辺国との関係は悪くなった。
不貞を恐れ男女を遠ざけると言う名目で引き離した貴族子女の教育は、当たり前の常識も身についていない貴族を増やしただけだった。
当時の表面だけを取り繕おうとした処罰は、一部が有利に一部は泣くだけの結果となり、今も貴族達の中で見えない断絶が起きている。
その他にも大小様々な問題が起きており、今の国王や王太子はそれの収拾に忙しく、『王弟』を押していた者達は無責任に落胆をするだけだった。
「それで、私が周囲に話した兄の逃げ方と同じ方法を使って、どういうつもりであの女に復讐しようとした?」
「ああ、そこが気になったのか。都合が良かったから参考にしただけだよ。それ以上でも以下でもない。あの女に復讐出来るなら本当に何でも良かったんだ」
「愛していたのに、裏切られたからか?」
偶然口を突いて出た言葉だったが、その言葉聞いた青年は心底不快だと言わんばかりに顔を歪めた。
「……違うのか?」
酷く乾いた笑い声が独房に響き渡った。それはもしかすると、自嘲だったのかも知れない。
未だに利用されかけていた青年は、誰もが誤解していた真実を語り出した。
「あの方を死に追いやった復讐だよ。自分が次の王太子と結ばれたいから、あの女はあの方を裏切った」
愛していなければ、誰を傷付けても構わない。
クレアが前の王太子に言った言葉は、皮肉にも例の女性にも当て嵌まっていた。
「でも結局、あいつが王太子妃になれるなんてどちらも嘘だったけどな!」
その嘘は、『誰』が囁いた?
前の王太子はやはり仕組まれた死のようです。
元側近候補の何人かの家も関係した前の王太子の排除計画があったのでしょう。
その何かの切っ掛けとなったのがフランベルの言葉だと思うと、私は気分の悪さで辛うじて立っている状態でした。
「……偽断罪の時、一応フランベルは何をしていたのか御存知ですか?」
「ホールにいてオロオロしていたって言っていたわ。上級生の、まして王太子が何か始めたら、フランベルの立場ではそれくらいしか出来ないでしょうね」
クレア様とは友人だったにしても、その状況ならおかしくないのでしょうか。
でも、何か引っかかるのです。
あまりに漠然とした引っかかりなので、母に何かを聞くような段階でもなく、それは一旦頭の隅にしまい込みました。
「そう言えば、水門の事を伺いたかったのですが」
こちらも何か引っかかっていました。
子供の私が壊れていたからと言って水門を開けられるものなのでしょうか?
プリシラは普通に信じておりましたが、現物を見た事がある私はあり得ないと思っていました。
「水門? 何のこと?」
「私が幼い頃に水門を開けたと言う話です。プリシラにそんな話をしたでしょう?」
「そう言えば話したわね。……貴女、その話を覚えていないの?」
「全然さっぱり覚えておりません」
「言われてみれば、アルマ伯爵夫妻の事もすっかり忘れていたし、水門の事も一緒に忘れてしまったのかも知れないわね。結構大騒ぎになった事だから、てっきり忘れられない話になっていると思っていたわ」
アルマ伯爵夫妻ってロウリスの両親ですよね。
私が首を傾げていると、母は説明してくれました。
「ロウリスを連れ帰ろうとしたアルマ伯爵夫妻は、邪魔をしていたマリーをかなり乱暴に振り払おうとしたそうよ。それでもマリーはロウリスにしがみついて離さず、アルマ伯爵夫妻は暴力を振るおうとしたと聞くわ」
「え……よく私に婚約を持ちかけられましたね。それによくお母様達も了承しましたね」
「アルマ伯爵夫妻は他の家とも揉めすぎて忘れていただけよ。ちゃんと私達は『覚えているでしょうね?』って手紙は送ってあります。ちゃんとその意味程度は分かっていたようで、逃げ惑っていたでしょう」
アルマ伯爵夫妻に一度も会えなかったもう一つの理由ですか。
自分の子供への虐待に他の家の幼い令嬢を暴行しようとしたなんて発覚したら、流石に貴族でも何でもなくなるでしょう。
「それは早くに言った方が良かったのでは……」
「貴女達を助けた方達の都合もありますから仕方ありません。それも忘れていたのね?」
兄の話では確か……いえ、結局兄はただ部分の話をしただけでしょう。
元々幼い子供が何か言ったくらいで帰るような夫妻ではありませんので、当たり前のように続きがあっただけです。
「その方達が貴女達を助けようとしてアルマ伯爵夫妻ともみ合い、その結果、壊れていた水門が開放されてしまった」
壊れていたのは壊れていたのですか。
でもやはり、水門なんて生活に関わりますから年に何度か確認している筈で、壊れていたのは不自然な気がしました、
「本当に壊れていたのですか?」
「壊れていました。領主の幼い娘が壊れた水門を開放してしまった。それで良いのです。隣国の公爵家が壊したなんて事はなかった。良いですね?」
何か別の問題の隠れ蓑にされておりました。
これも色々対外的に面倒だったので事故の形にして伏せましたね、お母様!
「こんな話をお転婆話として言いますか!?」
「貴女がしがみついて離さないからお転婆って話です。普通は人を呼ぶのですよ」
覚えていない事で怒られるって、何だか理不尽な気持ちになります。
いえ、余所の方の手を煩わせているので、責められるのは仕方ないのですが……。
「ほら。貴女もこんな話で時間を浪費しないで、きちんと嫁ぐ為の荷物の確認をしてきなさい」
「そこまではありませんよ……」
「クレア様にいただいたアクセサリーの確認はしたのです? 何の宝石があしらわれているのかくらい答えられなければ、盗品だと言われて面倒な事になるのが貴族社会ですよ」
この前の姉が隠し持っていた指輪の宝石も分かりませんでしたから、母に言い返せませんでした。
話も一応終わっていたので、私は母の部屋を後にしました。
実際には貰ったアクセサリーの宝石が分からない事は時々あるので、貴族社会では問題にならない事は、この時の私は知りませんでした。
そもそも母も確証がなかったのでしょう。
追放されたクレア様を助けたのが隣国の公爵家だと分かっていても十分な情報がなく、私を助けた公爵家と同じだとは断言出来なかったようです。
あの日、いつものように私とロウリスが水門の近くにいなかったら。
私が大声を出さなかったら。
水門を壊した公爵家が責任を感じて数日間留まらなければ。
クレア様はきっと助からなかったでしょう。




