30話【愚かな者は妖精のダンスの真似をしたがる】
最後に強請るようにフランベルが私の名前で購入した物品のリストを見せて貰うと、数は少ないものの、なかなかの金額を貢いでいたようで目眩がしました。
確認を取った所、これらは全てリシス公爵家のフランベルに宛てられていた予算から支払われていたそうです。
頭の中が妖精の割にきちんと現金払いの理屈を整えたり、購入する店も何度も同じ店は使わないなどしっかりと隠す手順は踏んでいたのですが、
「君が来た半年前より更に前のものは全部フランベルしかあり得ない。探す事自体は楽だったな」
手順を踏んだ所で前提が残念でした。
私の方も当たり前の前提を言われるまで気付かなかったので、見抜けなかった騎士団に文句は言えません。
それにしても、これだけの品を買うのに自分の名前を使われていたと言う事は、一時は他人に高額商品を貢ぎ続ける女と思われていたと言う事で……私は軽く絶望しました。
本当の私が使える予算なんて、今も昔もリストに並んでいる品一つ分の十分の一にも届きません。最早手が込んだ遠回りの嫌みです。
「……これはフランベルの横領ですね?」
「そうなるな。ただ、公表するとなると見抜けなかった私の失態になる。幸い予算内だ。このまま騎士団にも隠そうと思う」
「良いのですか?」
「罪状が一つ増減した所でフランベルの処罰は変わらない。なあ、ロウリス?」
「はい……」
これはロウリスだけでなく、私も騎士団には黙っているようにと言う事ですか。
他の騎士に会う機会も話すタイミングもないので、ロウリスと違って私の方は余裕ですね。
「フランベルと結婚したのは変に家同士の利害関係もなく、ドレスやアクセサリーなんて無闇に欲しがらないからだった。結局は好きな男に貢ぐものを欲しがったのだから、その判断はあまり意味がなかったな」
購入リストの一番古い日付は八年前。
結婚当初の時期から始まっていた事に、私は何とも言えない気分になりました。
私の例の結婚式の前、フランベルは既婚女性として堅実な生活をしていると母達が言っておりました。
妹として姉を見本にしろと言う意味があったのですが、現実のフランベルは妖精だったので私如きでは真似さえ到底無理です。
あれ以来部屋に籠もって出て来なくなった父に伝えたら、今度は感情的どころか儚くなってしまうかも知れません。
帰りの馬車の中で重苦しいため息をついている私に、
「リシス公爵から貰った菓子でも食べて元気出せ」
「……ねぇ、リシス公爵が私によくしてくれる事をどう思っているの?」
「はあ? 急にどうしてそんな話になるんだ?」
「男と女、逆になるけど、リシス公爵と私みたいにフランベルと貢がれていた相手は差があるとしか思えないのよ! 何の理由があったらどうなるのよ!」
「どうなるって……別にどうにもならないだろ。リシス公爵とお前の関係にしても、感謝している人と恩人だろ。疚しい部分なんて欠片もない」
感謝している人と恩人?
私には何の心当たりもないのですが、ロウリスは至極当然だという顔で菓子を食べております。
折角私が貰ったお菓子ですので、全部食べられる前にロウリスの手から奪い取りました。
「フランベルの話に囚われすぎなんだ。たまには部分で物事を見ろ。お前は一人で歩いてコラント辺境伯夫人に襲われたよな。その結果、どうなった?」
「しばらく寝込んだわ!」
「そっちじゃない。コラント辺境伯夫人は捕まっただろ。そしてもうコラント辺境伯夫人は外に生きて出られない。つまり、リシス公爵はようやく長年付き纏っていた夫人から解放されたんだ」
それは分かっておりましたが、恩人と呼ばれるのは大袈裟な気がしました。
リシス公爵が本気を出せば、不倫をする為にふらふらしていたコラント辺境伯夫人一人を暗殺する事など容易い筈です。
「闇から闇へ葬らなかったなんてリシス公爵は優しい方ですよね」
「最初に疑われるのがリシス公爵だからだろ。お前の事故は堂々と一般人の目の前で起きたから、誰のもみ消しも通用しなかった」
もみ消していたと言う事は、醜聞ばかりで放り出された元王女にも価値を感じている者がいたと言う事でしょうか。
「担ぎ出して莫大な借金を抱えても良いという方がそんなにいるのね」
「いる訳ないだろ。身持ちも悪いしコミュニケーションも取れない。私達やもう少し上は元王女の性質をよく知っているから、結婚どころか縁が出来る事さえ避ける。元王女の問題をもみ消して『未来』に備えていたのは、確実に年配以上の年齢の人だろうな」
問題を引き受けるのは若い誰かで、自分達だけは上澄みを啜れると思っているのでしょう。それでも、
「それってかなり楽観的すぎない?」
「妄想は実現しない内は何処までも甘い夢だからな」
悟られたら駄目なのに、もみ消しなんて工作した為に悟られている時点で、ドロドロに甘いです。
元王女を担ぎ出そうとしている層は、現在も国内は収拾が付いていないし隣国との関係も微妙なままだと分かっているのでしょうか?
甘いものの摂り過ぎで、砂糖漬けになった頭ではまともに現実を捉える事すら出来ないのかも知れません。
しかも、それはまさに、
「『Fool (愚者)』……」
私の呟きは馬車が小石に乗り上げた音でかき消されました。
手がかりを探してロアズ伯爵家に残っていた全てのフランベルの荷物を確認していますが、学園時代に関係するようなものは見つかりませんでした。
学園関係の物が処分対象だったからと言うより、フランベルは物を長く持つ性格ではなかったようです。
「クレア様に尋ねれば良かったのでは?」
「ロウリスが横にいたから無理」
リシス公爵達の口ぶりでは騎士団長は信頼されているようでしたが、騎士団はまるきり信用がない様子でした。誰が何処に繋がっているか分かりませんし、恐らく私達の身の安全の為にも言えなかったのでしょう。
降りかかる火の粉を払いたい私としたら、火種が誰なのかぐらい教えて欲しいものです。
「……もう一度お母様に聞いてみましょうか?」
既に周辺の事情も変わっております。
もしかすると隠したがりな母も教えてくれるかもしれない。
私はほんのちょっとだけ期待して母の部屋に向かったのですが、
「……ごめんなさい。そもそも私も誰が事件に関係していたのか、はっきり知らないのよ」
母からは思わぬ答えが返ってきました。
まだ隠すつもりなのかと少し睨んでしまいましたが、母は悲しそうな顔をするだけでした。
「何故? 元側近なんて良い家の出身でしょうし、名前くらい……」
「学園時代の王族の側近は正式には候補なのよ。学園生活を通して本当に側近になる者が選ばれる制度で、候補は十数人いたわ。その中で、クレア様の事件当時に誰が前の王太子と共謀したのか判然としないのよ」
随分都合良く隠せる土台があった事に私は目の前が真っ暗になりました。
いえ、側近の選び方についてはきちんと相性や能力を見てからと言う良い制度なのですが、何かあった時に誰の責任か判然としなくなるって……まるで敢えて作られた抜け道のようです。
「嘘でしょ……」
「よく思い出しなさい。王都にいて、何処かの高位貴族家が何かしら言われていた場面を見聞きした事がある?」
ありません。
母に連れられて行った他の貴族のお茶会でも、買い物に出かけた先でも、何も聞きませんでした。
「……そうね。私も今だから、責められる事もなければ学園を含めた過去の話は簡単に埋もれさせられる事実に、誰かの何かしらの意図があった事は感じるわ。特に前の王太子に侍っていた者の実家なんて、都合が良い」
母はまだ戸惑う私に、
「あんな王太子を王にしたいと思っていた貴族はいないわよ」
何となく私が感じていた事を母は断言しました。
フランベルの一言は拡散し問題を起こしながら、誰かに利用されました。
その一つの結実が王太子の死刑という名の殺害だったと言う事実。
けれど、前の王太子がいなくなって何が変わったと言うのでしょう?




