29話【妖精の愛は信用がない】
その日もダリアの花を一輪供えた。
「滑稽だね、フランベル」
そこにいない事を知りながら、ブルーノは語りかける。
いつか何かやらかすとは思っていたけれど、まさか生きながら罪人の墓に入るとは流石に予想外だった。
墓を見下ろすブルーノは何処か寂しげに微笑んでいた。
これでも一度は愛した婚約者だった。
何故こんな事になったのか、もし自分が刺される前に母がどうしようが男爵令嬢を遠ざけていたのなら、色々な事を後悔しながらぐるぐると考え込み、毎日毎日墓の前に来てしまっていた。
それももう止めようと思っていた。
「それで、君はまだ愛され足りないというのか?」
愛されたいフランベルはいつでも無限に愛を求めていた。
愛を奪う者はたとえ身内であっても許せない。
元婚約者としてフランベルの性格を熟知していたブルーノだったが、マリーベルへの返信には迷いに迷った挙げ句『嫌っていた』と書いた。
「前にも言ったよね。私は愛していけないとは言わないけれど、誰かを傷付けて良いものではない、と」
かつてブルーノに纏わり付いていた男爵令嬢を追い込んで殺そうとしたフランベルに、ブルーノはそう言った。
何か自分でも思い当たる節があったのか復唱したフランベル。
その彼女を見上げていたのは、手を繋いでいた小さなマリーベル。
「滑稽だね。君がどんなに愛しても、マリーベルに君は愛されない」
フランベルの愛はいつでも誰かを傷付ける。
指輪と契約書についてはリシス公爵の侍従が回収していきました。
店側は高額商品が片付いた事には安堵していたようです。
「あ、裏のイニシャルを確認すべきだったわ」
「いくら何でもイニシャルなんて刻みませんよ。あの注文は『マリーベル』様として注文したのですから、流石にあり得ません」
プリシラの言う通りでした。
違うイニシャルなら確認も兼ねて店から尋ねられるでしょうし、足がつきたくないフランベルも控えるでしょう。
「それにしてもあの指輪、物凄く豪華でしたね。あれは下手な人がつけたら騎士団から職務質問されそうです」
「あれは普通の往来とかで着けて歩く人はいないんじゃないかしら」
今思い出すと、あの指輪は恋人へ贈る身を飾る為のアクセサリーというより、いっそ緊急時に売る為の資産系のアクセサリーな気がしました。
本当に何処の金に手をつけたのでしょう。
出所なんてそうはありませんし、リシス公爵家のお金に手をつけたと考えるのが妥当でしょうが、一応持参金を使った可能性を信じたい所です。
「ところでお嬢様。今回も買えませんでしたね」
「……次回があれば意地でも何か買うわ」
私が選ぶまで叔母一家は納得しないでしょう。結局叔母だけでなく、一家まるごと面倒な人達でもありました。
そちらで選んで持ってきてくれたら手間がないのに。
疲れた私は項垂れました。
二日後、リシス公爵から指輪の件で呼び出しがありました。
仕事が早い事です。もしくは、取っ掛かりが分かれば調べるのは簡単だったのか。
話を聞いて一緒に行くと言い出したロウリスが今回も同行しております。
少し深刻そうな顔をしていたので、何があったのかと思っていたら、
「騎士団はつい先日、フランベルにはジェイク様以外の不倫相手はいなかったと結論づけたばかりだった」
さて、私はどう返したらいいのでしょう。
困って沈黙する私にロウリスは苦笑いをして、
「普段の騎士団は不倫調査なんてしないからな。それでも調べきれなかった方が悪いし、あんな単純な手口を見破れなかった担当の者達は怒られる程度では済まないだろうな……」
フランベルが私の名前を使っている可能性は頭にあったとしても、私本人の注文かどうか分からなかったのかも知れません。
そもそも非常に残念な事に姉妹です。私達の行動パターンも多少は似ているでしょう。その上にきちんと支払いもして店と揉めていなければ、なかなか発見も難しいと思うのです。
「まあでも調べも終わっているんじゃないかしら」
「あのな。昨日の今日……」
「リシス公爵が」
ロウリスは黙りました。
私達とは異なる理由のようですが、リシス公爵もフランベルの行動をはっきりさせたがっている節があります。私から指輪の存在を聞いたら直ぐに取りかかっているでしょう。
案の定、リシス公爵のお話は結果からでした。
「閉店したあの店からも見つかった」
フランベルは複数の店で私の名前で商品を購入していたそうです。
きちんと取引を終わらせているとは言え、私の名前を勝手に使われるのは気分の良い事ではありません。
家に集金に行くのではなく直接支払っていた事をどの店も不審に思っていたそうです。けれど、秘密の付き合いならよくある話なので、別人とは気付かなかったと証言したという話でした。
「やっぱりあの店からも出たのですね……」
これ自体は予想通りの話でした。
となると、誰が私を誘導したのか。
取り敢えず、私の方はほとんど心当たりがありません。
「フランベルの所為でロアズ伯爵家の馴染みの店が一つ潰れたな」
「違います。……叔母が友人の姉妹の知人の縁者の義理の兄弟から紹介を受けたそうです」
「何だそれは。君の叔母は何を……いや、いい。終わった話を私からするべきではないだろう。それであの店には紹介で行ったと?」
私は頷いて今回も同席していたクレア様に向き直った。
違うと思うのだが、一応確認はしておきたかった。
「あの店にはクレア様が私を誘導したのではないのですか?」
「そう見えた? 残念ながら違うわ。私はあの店で人が来るのを待っていたの。寧ろ貴女が現れて驚いたわ」
「人? あの日、偶然?」
「私はあの店の周辺には毎日いたから、偶然は貴女だけね」
クレア様は待っていると言うより人捜しをしているのではないでしょうか。
私の横に座るロウリスが「あの」と言いかけた時、リシス公爵は遮るように、
「誘導ね……何か他にあったのか?」
「……その指輪が見つかった店で私は名乗りもしなかったのに『ロアズ伯爵令嬢の友人』と呼ばれました。後から思うと、まるでそれが私を指輪まで誘導していたように思えたものですから」
リシス公爵はほんの少し眉を寄せました。
予想通りとは言え、無関係だと知るとほっとします。
「ふむ。それは私の方で調べてみよう。何かに繋がってそうだ」
そしてリシス公爵はロウリスの方を振り返った。
「君も聞きたい事があるのだろう? 騎士団長の考える事だから、どうせクレアの滞在の目的だろう?」
「あらあら……気になるなら直接聞きに来れば良いのに」
特にそれっぽい話は聞いておりませんが、偽断罪の時に騎士団は何をしていたのでしょうね。
見抜かれていたロウリスは苦々しい表情をしながら、
「……何とかお願いします。両国の安全の為にも」
「いやよ。あの前のアレの腰巾着だった男を下働きにしていた事にも気付かなかった騎士団でしょう。両国の安全の為にも答えられないわ」
不思議なくらいに偽断罪時の火種を残しているんですよね。
本当に両国の事を考えていたら、もう少しましな処遇となっている筈なのですが、本当に不思議です。
「……騎士団長には私の方から釘を刺しておく。元部下でしかないのに、君の方もそんなに義理堅くする必要はない。君が思っているよりもあいつは駄目で元々だと思っているさ」
「はあ……」
結局まだ私達にも正確な話は教えて頂けないのですか。
取り敢えず警戒しながらも毎日のように探しに行っていた誰かが気になり、私はじっとクレア様の顔を見てしまいました。
「……気になる? でも、ロウリス君が騎士団と繋がっているから仕方ないのよ」
「何でついてきたんですか!?」
「悪かったよ!」
リシス公爵とクレア様はその私達の喧嘩に吹き出しました。
まさか教えて貰えないのがロウリスの所為だとは今まで気付きもせず、思わず大声を出してしまった自分がちょっと恥ずかしいです。ロウリスも私の横で項垂れておりました。
そこでしばらく話が途切れていると、
「旦那様、例の物の確認を」
それまで控えていた執事がすっと私達に近付きました。
例の物?
「ああ、あったな。申し訳ないが、これだけは確認してくれ」
使用人が抱えて持ってきたのは、リシス公爵家に残したフランベルのアクセサリーボックスでした。
以前フランベルの『遺品』として確認した物ですが、どういう事でしょう。
何か不備があったのかと心配する私の前でアクセサリーボックスは開かれ、引き出しを外していくと、その奥からもう一つ引き出しが出てきました。これは隠し引き出しというものでしょうか。
その引き出しが私の前に置かれます。
「指輪?」
またしても指輪。それも先程のアクロスティック・リングと形だけは同じです。
私はまじまじと指輪を見ました。
うーん?
アクロスティック・リングだと思ったのですが、よく見ると宝石の数は四つで他はただのエナメルで塗った丸い玉でした。
その四つの宝石も……私が知っている宝石ではありませんし、正直価値のある宝石には見えませんでした。
ひょいと覗き込んだロウリスが、
「それ、見た目が既に軽そうだな。もしかして金じゃなくて真鍮じゃないか?」
「まさか?」
「ロウリスの目は正しい。それは真鍮製だ。触っても良いぞ」
そっと持ち上げてみると、その軽さに驚きます。
これと対になる為に作られた指輪と比べると、こちらは作りも何もかも玩具のようで二重三重に驚きました。
「随分大事にしまい込まれていただろう。相当フランベルは思い入れがあったようだが、私は宝石が示す言葉に笑ってしまった」
リシス公爵はとても皮肉げに笑いました。
「『Fool (愚者)』だ」
粗雑に作られた指輪。
それを大事にしまい込み、代わりにゴテゴテした高価な指輪を贈ろうとしたフランベル。
「……そう言った知識に乏しいのですが、それは恋人に向ける言葉なのですか?」
「聞いた事がないな。贈り主からしたら、フランベルはその玩具以下の指輪程度の女性だったのだろう。恋人だったとは思えない」
全く釣り合わない二つの指輪。
恋人同士ではなかったのは間違いないとしても、少なくともこれを贈ろうと思う程度には関係があった?
私は、学園時代のフランベルも知っているリシス公爵の顔を見ました。
「もしかして、誰が贈ったか知っておられますか?」
「学園関係者だ。他にいる筈もない」
一つだけはっきりしているのは、問題の全てがフランベルの学園時代にある事です。




