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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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3話【誰にとっての悪夢なのか】


 リシス公爵からの見舞いの品はやはりお菓子でした。

 姉の所業が公の場で明るみに出て御自身も大変でしょうに、姉の妹である私をここまで気遣って頂けるのは大変申し訳ない事ですね。

 優しく外見もあれこれ良い所が揃った立派な方に嫁いでおきながら、気に入らなければ暴力を振るう男と不貞行為に及んだ姉の心情は、私には本当に全くもって分かりません。


「お母様、お姉様は?」

「さあ? 今更泣いて縋る事に意味があるのかしら?」


 母は態度も言葉も姉を突き放しておりました。

 姉はただ不倫をしただけでなく、それによる様々な問題を引き起こしました。

 周囲が腹を立てているのは、姉がその問題の一つも自力で片付ける事が出来ない事です。


「お母様、私の立場ってどうなるのでしょう? あ、まずは家の立場の方が問題ですよね」

「……それを答えるのは難しいのだけれど、説明する為に呼んだのよね」


 母は重苦しいため息をつきました。

 当然のように母も難しい立場ですから、仕方ありませんよね。

 母は姿勢を直し、


「家の立場はどうもなっておりません。貴女の方も昨今続いている婚約破棄や結婚の破綻をした多くの令嬢達の一人になっただけです。醜聞ともなっておりません」


 ……はい?

 私は現実には声が出てきませんでした。

 多くの? 令嬢?


「穴が空く程見なくても結構よ。言いたい事は分かるわ。ただ現実に貴女は多くの気の毒な令嬢の一人に埋没した。それだけなの」

「意味が分かりません……」


 私の声は恐らく震えていたと思います。

 当事者と言う事もありますが。あれが埋没するような出来事でしょうか?

 殴られた事がそんなにもよくある話だったと言われたようで、私はショックを受けていました。


「ごめんなさい。本当に説明が難しいのよ。貴女の結婚式もそうだけど、ここ最近婚約が壊されたり結婚しても直ぐに問題が起きたりして、何組も破綻する事が続いているの」

「……そんな事が偶然?」

「偶然な訳がないでしょう!」


 大声を出した母に私は大袈裟なくらい驚いてしまいました。

 こんなに感情的に母が怒るのは私も初めて見ました。


「……ごめんなさい。うちはあの子も大丈夫だったと思い込んでいたから」


 母は顔を手で覆い隠して大きなため息をつきました。

 何か理由があったと言う事でしょうか?

 それが何らかの形で姉や私に繋がっていたとして……やはり気になるのは理由ですよね。


「お母様、何があったのですか?」

「あまり言いたくはないのだけどね……」



 母が話し出した事は、私は初めて聞く事でした。

 それは今は多くの家が子供達に伏せ、存在すらなかった事になっている【学園】の話でした。



「貴女もフランベルが王都にいた事は知っていたでしょう。あれは学園に通っていたからなの」


 この時私は初めて我が国にも王侯貴族の子女が通う学園が存在した事を知りました。

 不思議には思っていたのですが家庭教師からもはっきりと「存在しない」と言われていたのですよね。


「学園と姉に何が?」

「直接フランベルに何かがあった訳じゃないの。あの時の学園は他人の婚約者を奪う女が複数人いたのよ。そして、何組もの婚約が拗れたり破棄されたりして、関係した子息子女が何人も処分されたの」


 何かの流行のように。


 私には理解に苦しむものがありました。

 まず、婚約をしながら他の相手に心を寄せたとしても解消する方法があるのですが、拗れたとか破棄とか意味が分からないのですが。


「家同士の政略で親が拘ると解消が難しい時があるのよ。それを無責任にはやし立てたり可哀想だと言い出したりする子達が現れるのよね……。私が学園に行っていた時も色々あったわ」

「でも今は学園はありませんよね」

「一度にあれだけ問題が起きたなら、学園に集める事が原因だから潰してしまえとなるわよ」


 そして、問題が起きないように、男女を無闇に会わせない事にした。

 当時の大人達はそんな解決法を取ったようです。

 確かに会う機会が減れば、より良い男を物色して奪う雌狐の活動は抑えられるかも知れません。


「でも、その結果が貴女達。会わなかったら会わなかったで問題が起きたのよ。婚約者だと名乗られれば疑う部分も分からないから、結局偽物の方を信じてしまう」


 姉の使った手口です。

 ジェイク様は姉が私の名前を名乗ったので、私だと信じたそうです。

 嘘かも知れないとは思いながらも何度も会っている内に信用するようになり、隠れて会うのがまた心が踊りのめり込んでいったと。


「最低じゃない……」


 私は呟かずにはいられませんでした。

 姉にすっかり騙されていたジェイク様は、愛しい女性が結婚式に現れるのを待っていたのに別人が立っていて、私が偽物にしか見えなかった。

 公の場で『伯爵令嬢』を殴った事は言い逃れ出来る者ではなく、ジェイク様はかなりの罪に問われるそうです。


「本当にあり得ないわよね。弄んだ上に破滅させるなんて」

「同情は出来ませんけど、ジェイク様も十分被害者ですよね」


 唯一良かった事があったとしたら、話し合いも出来ずに殴ってくる男と私が結婚せずに済んだ事ぐらいでしょうか。

 だからと言って、姉の何かが好転する事はもうないのですけど。


「リシス公爵様はどうなさるのでしょう? 離婚は当然だと分かっておりますが」

「……離婚は間違いないでしょうね。けれど、フランベルは思ったよりも厳しいかも知れないわ」


 私の事は醜聞にはなっていないと母は言い切りましたが、私の事は、です。

 姉の事はまた別という話だったと私は今気付きました。

 疲れた顔をした母は、窓の外に目をやりました。


「やり方が手慣れていたでしょう? 不貞も何件もありそうじゃない」


 私の想像以上に最低最悪の話でした。





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