26話【妖精には愛など玩具でしかない】
『私はもう貴族令息ではないし、君も結婚を控えた令嬢ならば、私達は直接会う事は避けた方が良いだろう。その代わりこの手紙には君が知りたかった事と、知りたいだろう事を書いておく』
ブルーノ様の手紙はそんな書き出しから始まっておりました。
私には姉と一緒にいた記憶はほとんどありません。
姉は王都にいて私が領地におり年齢も開いているからと、私は状況だけを見て勝手に解釈しておりました。
これまで色々伏せてきて失敗してきた両親ですが、私がブルーノ様に手紙を出さなければこれだけは完全に隠し通せていたかも知れません。
『わざわざ教えに来る者はいるので、私もフランベルが何をしたのかは聞いている。私はそれを聞いて、妹が嫌いだからとは言えここまでやるのかと驚いた』
「そんな事はない!」
顔を真っ赤にした父の横で目を眇めた母は、
「嫌いなら確かにほとんどの行動に説明が付くわね」
冷静にそう言いました。
姉の話題が出るときの母の温度は前にも増して下がった気がします。
その一方で、父は何故か非常に感情的になって嘆くか怒鳴るかばかりです。
「でも、私の覚えている限り、嫌いという程ではなかったと思うわ。少なくともフランベルが結婚するまでは、気に入らないという程度だった筈ね」
「おい!」
「上の子が親の関心を奪う下の子を嫌うなんて、珍しい事でもないでしょ。フランベルがマリーと距離を取っていたのは事実。仲良くするにしても年齢の差がどうしても大きいから私も何も言わなかったわ」
子供の時の年齢差は大きいですし、私も姉に会いたいとも思っていなかったので母達に文句はありません。
「フランベルはそんな娘じゃ……!」
「そのフランベルはどんな罪を犯したのか、もうお忘れですの? フランベルはそう言う娘です」
父の態度も母の様子も、何だかおかしいような気がします。
隣でじっと手紙を見ている兄に小声で、
「お父様、どうしたのでしょう?」
「ああ……神殿が現時点でフランベルを罪人の墓に入れた事が少しな。これであの墓にさえも現実のフランベルは入れない」
「……仰る意味が分かりません」
「妖精は人間の墓には入れないそうだ。墓に入れた記録を残してしまえば二度同じ者に埋葬許可は下りない。処刑されたフランベルの遺体は弔われる事もなく何処かにうち捨てられる」
姉を『妖精の取り替え子』としたデメリットと言う事でしょうか。
納得して『妖精の取り替え子』にした父も、一応は弔って貰える罪人以下の扱いをいざ目の当たりにして大きく動揺してしまった。
それなら分かります。
分かりますが、姉は既にジェイク様を死刑に追いやった罪人なのです。
完全に割り切った顔をする母と、戸惑いを浮かべるだけの私と兄の顔を見て、父はまた感情的に何かを言おうとして、止めました。
「……しばらく私は休養する。後は任せた」
非常に疲れた顔をして父はサロンを出て行きました。
扉が閉まると母は額に手を当て、深いため息をつきました。
以前誰かから父にとって姉は別格だったと聞いた事があります。
一番最初の子供で、一番優秀で、一番美人の姉が父は殊更可愛かったと。
そう言う意味では姉は父を一番裏切っていたでしょう。
私達は誰も父を怒れません。
私より会う機会の多かった兄も、一番会っていただろう母も、姉が何を考え何をしていたのか全く気付かなかったのですから。
「それで、ブルーノ君は他に何と?」
母は読み終わった兄が手紙を机に置いたのに、それには手を伸ばす事なく私に尋ねてきました。
はっきりこれ以上聞きたくないと部屋を出て行った父程ではないにしろ、母も知りたいようで知りたくない心理があるのでしょう。
『実は私の所に一度だけフランベルは会いに来た事がある。私が無関係の人間になったから言いやすかったんだろう。これから学園で婚約者を探さなくてはいけない不安と、婚約者を親から見つけて貰えるだろう妹への愚痴をこぼしていた』
やはり私には理不尽です。
何故姉の事情とは関係のない私が愚痴られなくてはいけないのでしょう。
「姉は学園入学前に私に腹を立てていたようです。私は今後親から探して貰えるけれど、婚約者がいない自分は自力で探さなくてはいけないと」
兄と母は反論しませんでした。
何処か納得している様子に、私はもう一度聞きました。
「やはり、フランベルが私を嫌っている事を知っていましたね?」
「そうね……自分自身で目を逸らしていたのかも知れない。フランベルは年齢相応に用意されるだけで済んでいた貴女の事を嫌っていたわ」
妖精の考える事は私には理解出来ません。
もう何度考えたのかは覚えておりませんが、私とフランベルは八才の年の差があります。
フランベルが学園に入るときには平民では成人と見なされる十六才でした。
自分で取捨選択が出来、自分で何処かに行く事が出来る、制約の多い貴族子女が結婚までの僅かな自由を楽しむ時期であったそうです。
他の貴族達が与えていたように両親も姉にその自由な時間を与え、十才にもならない私の事は両親が決めていただけなのでしょう。
何らおかしくない普通の話に見えますが、ブルーノ様からの手紙を見ると姉は将来に強い不安を覚えていたようです。
当時の事を知るとしたら、この場では母だけでしょう。
「そう……結局はリシス公爵と結婚したから忘れていたけれど、確かに学園入学前のフランベルは私達に婚約者を探して欲しいと何度も言っていたわ。けれど、当時は学園内で交流する事は推奨されていて、私達は探さなかった」
姉の入学時には前の王太子も問題を起こす前で、王女だったコラント辺境伯夫人も大きな問題は起こしておらず、母達が間違えたとまでは言えないでしょう。
ただ一つ言えるとしたら、フランベルに婚約者がいたのなら何も起きなかったかも知れません。
「皆やっている事だからとフランベルにやらせた事が全ての始まりだったのね」
母も静かに部屋を出て行きました。
その悲しげな背中にはそれ以上言えませんでした。
「後で手紙を見せれば良い。母上も整理する時間は必要だ」
兄の言葉に頷き、私はもう一度ブルーノ様からの手紙を手にしました。
『本当は前もって知らせた方が良いと思っていたのだが、元婚約者の恨み言だと思われるのが嫌でここまで筆をとらなかった事を許して欲しい』
フランベルの持っていた顔はいくつもありました。
両親が見ていた顔、兄が見ていた顔、ロウリスが見ていた顔、コラント辺境伯夫人が見ていた顔、リシス公爵が見ていた顔……話を聞く限り意識的に顔を変えていたのではなく、ただ相手の立場によって変えていたのだと思います。
そんな事もまた本来は『普通』の事なのに……フランベルの顔は妖精が変化の魔法を使ったかのように見る相手により全く違った顔になっておりました。
『フランベルは一見無邪気に見えて嫉妬心が異常に強い。聞いていると思うが、私の家に出入りしていた幼馴染みに嫉妬してフランベルは嫌がらせを繰り返していた。それを母が気の毒に思って庇っていたのでフランベルは更に嫉妬して過剰な嫌がらせをしてしまった』
父達から聞いた話と細部が違う気がしました。
ただ矛盾しているのではなく。父達が省いた部分を強調した話なのでしょう。
男性が「女性の嫉妬」なんて言うのはあまり信用出来ませんけれど、元々まだ学園に入る前の年齢の男爵令嬢がブルーノ様を刺すまで思い詰めた理由は、姉からの嫉妬による攻撃に耐えかねてだとしたら分からなくもありません。
それでも姉達は正式に婚約している間柄で、身分差的にも割り込んだ男爵令嬢が悪いだけです。
結論的には両親が私に言った通りなのでしょう。
ここで問題なのは、姉の性質を両親が見て見ぬ振りをした事です。
『フランベルは嫉妬している君より常に上でないと気が済まない。だから君の婚約者の愛を奪ったんだと思う』
私の結婚式が無残な形で終わった後、両親が異様な程にフランベルを警戒していたのは嫌いな相手に対する姉の苛烈な一面を知っていたからでしょう。
ですが、この話はまだ終わりではありません。
ブルーノ様が知る一面からの話が終わっただけで、改装する事になったアルマ伯爵家で内装や揃える家具の話をしている合間に、私の話を聞いたロウリスは、
「はっきり私の考えを言わせて貰うなら、フランベルは嫉妬なんてレベルじゃない。フランベルは君に不幸な結婚をして欲しかったのだと思う」
「まさか……」
私からは謎な理由で嫌われていた事は理解しましたが、不幸な結婚を望まれる程憎まれる理由には心当たりがありません。
私が憎かったからジェイク様を巻き込んだ?
流石にそれは、誰からしても納得の出来る理由ではないでしょう。
じっと私がロウリスを見ると、ロウリスは目を逸らし、
「騎士団が調べた結果だ」
ロウリスは私が再度襲われた事で騎士団を急いで退団しましたが、話を先に聞かせて貰える程度には円満な退団だったそうです。
後で言うつもりだったと付け加えたロウリスは、とても苦々しい顔をして、
「フランベルは結婚当初からリシス公爵に不満を持っていた。あの二人は思った以上に早くから破綻していたんだよ。マリーだけが幸せな結婚が出来るなんて許せなかったんだと言われている」




