25話【妖精は本物を排除しようとした】
「逆恨みにも程がある!」
案の定兄は激怒しました。
ですが、墓地であった事を報告しない訳にもいきません。
ジェイク様のお母様に襲われた事は子爵家に連絡だけはして、騎士団への連絡は現時点で保留となっていました。
私も結婚直前の何かと難しい時期です。
元婚約者の母親に襲われたなど迂闊に騎士団に連絡しては、醜聞とまでは行かずとも揚げ足取りが趣味の方々の格好の餌食となりかねません。
幸い、墓地を管理する神官の方が一部始終を目撃しており、ジェイク様のお母様を厳重に保護して下さると約束して頂けました。
問題はこの後どうするかです。
「こうなる可能性があったからジェイクの嘆願をしていたんだ……」
「それで親子揃ってマリーの殺害未遂ですか? 何の対策にもなっていません!」
私の話を聞いた父は当初「衝動的な行動だから、なかった事に」と言ったものですから兄の怒りは収まるどころかヒートアップしていく一方です。
解決策ではない解決策など誰も必要とはしておりません。
ジェイク様の母が息子の死を誰かの所為にしようとしたのも解決策ではない解決策でしょう。
はっきり言って私は本当に何もしていないのですから、私の所為にされるのだけは理不尽です。
腹が立ちすぎて言葉が出なくなり、何も言えなかった私は大変消化不良で一人少し離れた場所でふて腐れています。
これまで父と同じ見解を持っていた母ですが、今回ばかりは兄と共に父に詰め寄っていました。
「息子を持つ母親の気持ちに油断してはいけないと私は何度も何度も申し上げたでしょう! 夫人には速やかにそう言う施設へ行って頂きましょう」
「だがな……」
「息子の育て方に失敗した方が悪いのに、何もしていないマリーベルの方が今後も怯えて暮らせと? だから最初からマリーベルが自分の恋人とは違うと気が付いたジェイクが私達と話し合っていれば、こんな事にならなかったのですよ!」
ようやく父は口を閉ざしました。
母もあの奇妙な流れに沿って私達を異性から遠ざけたりと育てた自覚はあるらしく、自分の鏡像を見ているようでより腹を立てているのでしょう。
助けを求めるように父は私に視線を向けてきます。
私はため息をついて、
「私は姉の行動の結果で二度殺されかけ、今度は三度目ですよ? つまりお父様は私に死んで欲しかったと言う事ですね?」
私を殺しかけた相手は違えど、全部姉の不始末です。
姉だけは大丈夫だと思い込んでいた両親の不始末でもあります。
どれも個別の案件と思い込んでいた父は、根の問題が同じとこれもようやく気付き項垂れました。
「旦那様、奥様!」
サロンにメイドが駆け込んできました。
父が結論を出す前に、子爵の方が直接お見えになりました。
応接室で待っていた子爵は、私達が部屋に入ると直ぐに深々と頭を下げられました。
「今回、妻がよりによって逆恨みしてロアズ伯爵令嬢を襲おうとした事、深くお詫び申し上げる。先触れもなく押しかけた事も申し訳なかったが、これだけは直接伝えねばと押しかけてしまったのだ……」
私と兄は何もかける言葉はありませんでした。
父だけが、
「そんな事は……息子が亡くなった直後だろう。うちは問題にしないから……」
「そこまで気を遣って貰う事は出来ない。一時の感情でも令嬢を殺そうとした事は確かなのだ。息子を亡くして心を病んだ妻とは離縁して神殿の勧める施設に入れる事にした。私も直ぐに隠居して王都から去るつもりだ」
「何言ってるんだ! そこまでする必要はない!」
まるっきり分かっていない父に対し、子爵の方は少し冷めた目を向けて、
「一時の感情が一回こっきりと限らない。また何度もぶり返し、ロアズ伯爵令嬢を襲うかも知れない。君は娘が亡くなったらどうするつもりだ? 私の家はしつこくロアズ伯爵令嬢を殺そうとした残忍な家になるしかないのか?」
周囲に伏せた所で当事者がそのままなら何も意味がないのです。
父よりも先に気付いた子爵は、伯爵である父に訴えました。
「私は子爵でしかないから伯爵の君に強く言われたら従うしかない。だけど、君の娘を殺した者の身内にはなりたくないんだ!」
友人の心の奥からの叫びに、父は何も言えず立ち尽くしていました。
子爵の仰る方法がどちらの顔も立て、表向きにはなかったことに近い状態に出来る一番穏便な方法でしょう。
動かない父に兄が、
「父上が当主です。墓場の事を他の参拝客に見られていないとは限りません。お早く決断下さい」
もう父には時間を与えても無意味に後悔だけに使うと知っています。
私と兄、子爵の決断を迫る目に、父は自分の考えの甘さを知ったと後日溢しておりました。
今後は概ね子爵の行った通りで進める事となり、もしも事件があった事が誰かの口に上っても「体調を崩した夫人を介抱していた」との話にするそうです。
方針が決まった事で何度も謝罪を繰り返しながら子爵は帰宅し、今は父と兄、母が父の執務室で会議をしております。
と聞きましたが、恐らく兄と母から先が読めていなかった父が怒られているだけでしょう。
私は疲れていたので自室に引き籠もりました。
今日の私にはこの後のスケジュールは何もありません。
巻き込まれたプリシラも本日は半休となり、別のメイドがお茶を用意してくれました。
しばらくぼんやしていた私は、机の上に置きっぱなしになっていたダリアのしおりを手にしました。
ダリアです。
墓前に供えてあったのもダリアでした。
ダリアの花自体は珍しいものではありません。
それこそ墓地の近くにある花屋でも簡単に買える物ですが、華やかなダリアの花を罪人の墓に供える事は普通なら控えるでしょう。
ただ安直に結びつけて良いものでしょうか?
悩んだ私はペンと便せんを手にしました。
姉の元婚約者であるブルーノ様に宛てた手紙の返信があったのは、数日後のことでした。
「どうして今手紙を?」
「……」
碌な事をしない父の言葉は無視をします。
「手紙をどうして送ったんだ?」
「墓前にダリアが供えてあったから、もしかしてと思って」
兄の問いかけには素直に答えます。
母はそれだけで分かったようで、
「ダリアならそうでしょう。フランベルによく贈っていましたから」
今更どうして墓について知っているのかも尋ねませんでした。
あれ以来、母は変に隠すのを止めたようです。
「おい……!」
隠さずあっさり認めた母に父が怒っている声を無視して、安全な兄の隣で手紙を開きました。
読む度に便せんを一枚一枚兄に渡すと、わざわざ説明しなくても兄も手紙に目を通していきます。
途中から兄が独り言で「ああ……」「そう言えば……」と呟く声が聞こえました。
何も知らない私と比べれば、兄は仲が悪かったとしても記憶に残っている何かがあるのでしょう。
最後まで読み終えた私は、本当に大事な事を隠していた両親を見ました。
もっと早くにブルーノ様と連絡を取っていれば、私も理解出来ない姉の行動が何から来ているのかだけは分かったのに。
「お父様、お母様」
喧嘩を止めて私を振り返った両親は、私が責めるような顔をしていたのでどちらも驚いておりました。
「マリー?」
「フランベルが私の事を嫌っていた事、知ってましたよね?」
物事の根底は、時に愚かしい程馬鹿馬鹿しい。




