24話【妖精の偽りの愛は罪となり】
ラドリク様の奥様の兄は本当に泣くだけの方でした。
泣くだけで何も言わない、説明しない。
それを噂では無言を貫いていると表現されていたなんて、凄い信念があって行っていると聞こえた私は呆れ果てる他ありませんでした。
結局褒めているようで皮肉だったのです。
まあ、私も沈黙するの言い換えで泣いていると偶然とは言え口にしたので、あれだけで伝わる方には伝わる表現だったのかも知れません。
尚、泣くだけのラドリク様の奥様の兄は、セルーア侯爵令嬢を襲撃した女性の死を嘆き、今も部屋で泣いているだけだそうです。
ラドリク様の奥様は今でも兄を庇っている血縁者と極力関わり合いになりたくないそうです。
私とロウリスの結婚式も出るのを控えて急いで領地に行き……そのまま雲隠れする予定だと聞かされて驚きました。
「元々そういう予定だったんだ。借金つけられても困るしね」
「兄上も両親から逃げたかったものな」
何処の家族も複雑なものですね。
そうやって結論と決断で新しい人生を踏み出す人達を見ていたので、私は切り替えられない人々がいる事には気付きませんでした。
最悪の結婚式から半年が過ぎようとしていた時、ジェイク様が処刑されたと父から聞かされました。
散々ジェイク様の罪がどれ程のものか前もって聞いていたので、私には別段落胆も動揺もありませんでした。
「姉が騙していた事は減刑の理由にはならなかったのですね」
「成人した貴族子弟には『知らなかった』はあり得ないそうだ」
親世代が徹底的に婚約者と交流させないようにしていたので、兄弟しかいないジェイク様は夜会のようなパートナーが必要な場所には出席出来た事はなく、リシス公爵夫妻の顔を見る機会などなかったでしょう。
「あまりに理不尽ではありませんか?」
「分かっている。私達も教育方針の結果知らなかったのだと訴えた。だが、全く相手にされなかった。貴族として生きる為の基本的な知識だろうと」
父は私の言う理不尽が裁判を担当した貴族院の話だと受け取ったようですが、私達に貴族として必要な事を教えなかった親達を理不尽と言いました。
ジェイク様も私も既に成人年齢です。
何かあったときは父達同様の義務を背負う成年貴族として扱われる事を親達は今尚理解していると言いがたい所が、私には非常に恐ろしい気がしました。
貴族院から指摘されている事に裁判の結果ばかり考えて気が付いていない父は、執務室の机の引き出しから一通の手紙を取り出し私に差し出しました。
「ジェイクからのお前宛の手紙だ」
宛名も差出人もなく、封すらしていない手紙でした。
ジェイク様から貰う最初の手紙が、まさか亡くなった後の手紙だとは思いも寄りませんでした。
手紙を開くと、伝えたい事だけがぽつんと二行で書かれておりました。
『君には大変申し訳なかったと思う。けれど、やはり私はもう1人のベルを愛していたんだ』
これは父を介しているので紛れもなくジェイク様の手紙ですが、これを読んだ私は姉は本当に変わったのだと思いました。
学園に入ってから変わり、更に結婚してからも変わったのでしょう。
マリーベルでもフランベルでもどちらでも成り立つ愛称で呼ばせていたなんて、私は吐き気を覚えました。
かつて姉が学園を混乱に落としたときには無邪気さと善意が存在した形跡がありましたが、これはいっそ悪意があるとしか思えません。
そんなつもりじゃなかった。
確かに姉はそう言いましたが、味見だという割にジェイク様を自分しか見えなくなる程に溺れさせた事は、何のつもりだったと言うのでしょう。
折角愛しいリシス公爵と結ばれておきながら、どうして子爵令息でしかないジェイク様と不倫を思いついたのか。
「何か書いてあったか?」
黙って手紙を見ている私に不安そうに父が聞いてきました。
「読まなかったのですか?」
「最後の手紙くらい最初に読むのは渡したい本人でもいいだろう。それで、何が書いてあった」
「私への謝罪と姉への愛です。愛称で呼び合う程親密でしたのね」
私が見せようと差し出した手紙を父は拒否しました。
ため息をつきながら背もたれに体を預けた父は、
「フランベルが何を考えていたのか分からん。本当に娘だったのか?」
恐らく妖精でしょう。
本物の姉はあの時ダリアの向こうに消え、学園に通うようになってから妖精は本性を現し始めた。
私はそう思い始めていました。
けれど、ダリアの向こうにいた姉もまた、妖精だったのです。
罪人として葬られたジェイク様は、一般の墓地の片隅で眠っているとメイド達が何処からか聞きつけてきました。
色々ありましたが一度は結婚をしようとした関係です。
一つの区切りとして墓参りに行こうと思いました。
ただ、当主となったので騎士団を退団するロウリスは忙しく、両親は複雑な顔をするだけと分かっております。
静かに私だけで墓地に行く事にしました。
「えーでも……」
プリシラは何度もロアズ伯爵邸の一角を振り返りました。
その方向にあるのは兄の部屋です。
「兄ならジェイク様の墓参りは激怒するでしょうね」
兄は事情はともかく私を殴り殺しかけたジェイク様を時間が経てば経つ程許せなくなったそうです。
原因が姉だった事があり両親がジェイク様の減刑の嘆願をしていたと聞いて、納得出来ずぶち切れて一時手がつけられない状態にもなりました。
多分、黙って出かけて帰ってくるのが正解でしょう。
「今回は護衛はしっかりつけるから大丈夫よ」
「そうですね……危険があっても大丈夫ですね」
若干プリシラには不満が残っているようですが、護衛が連れて行けない場所には行く予定もありません。
父にはただ知り合いのところに行くと告げ、墓地に向かいました。
その墓は罪人達の共同の墓でした。
静かな一般人が眠る墓地の安寧を妨げない為にか、管理小屋や木々に隠された日陰のとても寂しい場所にありました。
出かける際、私の行き先に気が付いた侍女には「令嬢の行く場所ではありません」と前置きをされた上で、
「『フランベル』の墓もそこですよ」
姉は『妖精の取り替え子』だったと認められた事で、神殿では死んだ扱いになったそうです。
そして、姉が入れるのは罪人達の共同の墓以外にはなかった。
後から聞かされてもいい程度の事実ですが、姉は生きているのに墓があるのは不思議な事です。
ジェイク様と同じ墓にいる事も、不思議です。
罪人に身内を害された者が叩いていくそうで、いくつも罅や割れがあり小さくなっていた墓石の前に一輪のダリアが供えてありました。
「この所、毎日一輪のダリアを持ってくる方がいらっしゃるのですよ」
そう言う神官は困り顔でした。
ここには他に例の女性も葬られているそうです。
例の女性を弔いに来た可能性もあるでしょう。
ですが、やはりダリアです。
「その方は今日は?」
「毎日掃除をしているので、ここに花があると言う事は帰った後なのでしょう」
そう都合良くは行きませんね。
案内してくれた神官に御礼を述べ、私は小さな花を一輪供えます。
いくら身内であっても凶悪犯も入っている罪人の墓には花束を置いてはいけないと花屋に言われ、私も一輪だけです。
私は祈る事もせず、じっと墓石を見つめました。
ジェイク様は最期まで姉を愛しておりましたが、姉はジェイク様の事はただの味見でしかありませんでした。
姉への愛を貫いて死んで、何の意味があったのか。
私は……。
その時、私の近くで待機していた護衛達が動きました。
プリシラも私の前に立ち塞がります。
物音が複数しても前を守る護衛の背中で私には何が起きているのかも分かりませんでした。
「貴女達がいなかったら、ジェイクは死なずに済んだのよ!」
その声は聞き覚えがある声でした。
この方は、恐らくダリアの方とは別に毎日来ていたのかも知れません。
「どうしてよ!」
ジェイク様の母親である子爵夫人の悲痛な声が墓地に響き渡りました。
姉がやった事だと言うのは簡単でしょう。
反論する事も簡単でしょう。
「貴女の所為でジェイクが死んだのよ!」
私はあまりの理不尽さに言葉をなくして立ち尽くしておりました。




