23話【愛を語る口は銅貨一枚も生み出さない】
絶対に書いてしまう変回です。
クレア様はまだ少しだけこの国に滞在するそうです。
それがクレア様の立場で何故許されているのか、残念ながら私達には教えて頂けませんでした。
帰りの馬車はリシス公爵家の馬車でした。
何故かアルマ伯爵家の馬車はリシス公爵家の一角で全壊しておりましたので、恐らく仕方ない事なのでしょう。
当初、何も知らず帰ろうとした私達の前に真っ青な顔のアルマ伯爵家の使用人達と、良い笑顔のリシス公爵家の使用人が並び、リシス公爵が、
「申し訳ない。アルマ伯爵家の馬車は使用人達の不手際で壊れてしまったらしい。後日新しい馬車を贈るので、しばらくはうちの馬車を使ってくれ」
乗り心地の良い最新式の馬車に揺られながら、帰り際同様に私は何も言い出せませんでした。
これはどう取るべきなのでしょうか。
ずっとぼんやりと外を眺めていたロウリスが、
「両親はリシス公爵の怒りを買ったな……ただの隠居では最早済まない」
「やっぱりそうなのね……」
私達が乗る為の馬車としてアルマ伯爵家が用意した馬車は誰に見られる事になるのか、アルマ伯爵夫妻は分かっていなかったのでしょう。
貴族としての体面を気にしている割に、根本的な事が分かっていないアルマ伯爵夫妻こそどういう生活をしてきたのか、私は気になって仕方ありません。
「少なくともリシス公爵家に行くとは連絡したわ」
「それを言うなら私もロアズ伯爵家で待っていると言ったのだが」
その結果があの馬車で、順当な形でリシス公爵とロアズ伯爵を怒らせました。
馬車一つと言えど、父は勿論リシス公爵も、他家に挨拶や御礼に行くのにわざわざ格の低い馬車を用意したと分かれば、その程度の家に向かうと暗に見下された訳ですので気分も害するでしょう。
これがまさかの現役伯爵の行動ですよ。
私は姉の事でどんよりとしていた気持ちがすっかり吹き飛びました。
「この馬車を今度は勝手に使う可能性はないかしら?」
「あー……そこまでは流石にしないだろ。馬車には家紋がついているんだから、その馬車に乗る意味くらい分かるって」
それを口にしているロウリスの目は、正直に心情を表して彷徨っています。
私からしてもどう考えても危険です。
前提として、この馬車にはリシス公爵家の家紋がついている以上、使う為にはリシス公爵の許可が必要となります。
アルマ伯爵家の馬車が『壊れた』為に私達に貸し出された物で、アルマ伯爵家に貸した物ではありません。
もしも使うならアルマ伯爵夫妻がリシス公爵に直接許可を取る必要があり、万が一、それを怠り勝手に使用した場合は『リシス公爵家の家紋の不正利用』という罪になります。
「不正利用で捕まったら家族の縁を切りたい程恥ずかしいな……」
まだ結婚もしていない私も恥ずかしいと思います。
それに、明らかに馬車を破壊したリシス公爵が馬車を『壊れた』とした意味も考えるとかなり怖い事です。
壊れるような馬車で来させたのかと、馬車を用意したアルマ伯爵夫妻を殴る準備がある……取り敢えず、私は父と兄には伝えておこうと思いました。
父達との相談の結果、リシス公爵家の馬車は色々前提があれどもアルマ伯爵家の馬車の代わりなので、アルマ伯爵家の車庫に入れる事になりました。
去って行く馬車に私達は不安を覚え……夕食中にアルマ伯爵夫妻が不正利用で捕まったと連絡がありました。
「嘘だろ!?」
嘆くロウリスと。大爆笑する父と兄。
いくら何でも早すぎです。
予想通りの行動とは言え、考えられない早さです。
恐らくリシス公爵家の手の者から見張られてましたね……。
行儀が悪くも食べ物を口の中に詰めるだけ詰め込んで、ロウリスは騎士団に走って行きました。
アルマ伯爵夫妻の引退は貴族史に残るものとなってしまい、爵位をロウリスに押しつけると逃げるように離れた国に移住すると言って出て行ったそうです。
私が知らなかっただけでアルマ伯爵夫妻のロウリスへの冷遇は貴族の間で有名だった事もあり、今回のより身分の高い家の家紋の不正利用でとうとう居場所をなくしたそうです。
元アルマ伯爵夫妻が出て行った後、リシス公爵から連絡があった通りリシス公爵家から使用人が来て馬車からリシス公爵家の家紋を外して持って帰っていきました。
馬車には新しくアルマ伯爵家の家紋がつけられました。
「貴族らしくが口癖だったのに、貴族の常識を知らなかったなんて……」
ラドリク様は複雑そうな顔で馬車を見ておりました。
これは本当にしばらく使って良いそうです。
「正直、あの方達も最後は貴族らしく嵌められたのですから、これはこれで貴族として本望ではないでしょうか」
最後まで私とは会いたくなかったと言う元アルマ伯爵夫妻は、かつて自分達を怒った少女がいた事などすっかり忘れ、不貞を犯して大問題を引き起こした姉の妹である私をただ嫌っていたと分かりました。
自分達が息子への虐待まがいで非常に評判が悪い事を棚に上げ、本当にどうしようもない方々でした。
私の言葉にラドリク様達は笑って、
「違いない!」
元アルマ伯爵夫妻がいなくなって、ラドリク様とその奥様もほっとしておられる様子でした。
引退を決めて折れたとは言っていた元アルマ伯爵夫妻はあくまでラドリク様が後継から下りる事を認めただけで、ラドリク様の奥様の実家問題で奥様を責め続けていた事は想像に難くありません。
「これで安心して準備が出来るよ。いちいち口を出したり邪魔する程度なら分かっていたし諦めていたけど、私達と領地に来るつもりだったからねぇ……」
「兄が領地で四人で仲良くやるだろうと言っておりました」
「あー……君の兄上は相変わらずきっつい嫌みを真正面からぶつけてくるな。自分達だけが正論だと思っている両親と仲良くやれる訳がないだろ」
私からすると兄のラドリク様に向けた遠回りの皮肉なんて分かりません。
帰ったら兄のお茶に砂糖を五杯程入れておきましょう。
「それにしても、君は本当にリシス公爵に気に入られているね。うちの脳筋の弟で大丈夫かと思っていたけど、これで本当に安心して領地に行ける」
何故リシス公爵がここまで良くして下さるのか、クレア様も会った事のない私に結婚祝いを早くから準備して下さるのか、全く理由は分かりません。
最初は姉の関係だと思うのですが、姉は不貞をしてリシス公爵家に不義理を働いているので良くして貰う理由が本当に見当もつきません。
「……そう言えば、ラドリク様の奥様は、実家の問題はどうなりました?」
領地に引っ込むのは奥様の実家関係の問題から離れる為です。
本当に領地に行かれると、もし何かがあったとき私達もどうする事も出来ないので心配しております。
「あれは……兄の奥様が兄を殴って婚姻関係継続で終わりました」
最初何を言われたのか分かりませんでした。
落ち着いて考えると……離婚したのかしていないのか、妻が、夫を、殴って、婚姻関係継続?
「……確か、夫が妻からの暴力を訴える事も出来ますよね?」
入り婿の為の法律なのですが、それに限らず有効となっております。
男性貴族は有事の際は剣を取る事を求められるので、恥ずかしいから使わない方が多いのですが、一応。
「常習的な暴力ではなくて『あんたは自分の昔の女を助けて有頂天でしょうけど、その結果私は離婚して良く分からない男の後妻に行くか修道院なの理解している? お前の涙は銅貨一枚の価値もないんだよ! 私の人生の責任を取れ!』と義姉が兄をぶん殴って、義姉の後妻の話が破談となって婚姻関係継続となりました」
心が震えました。
「それ……本当にそんな事を仰ったのですか?」
「全部は私も覚えきれなかったので……その後は『泣くだけで仕事は進まないから、止まった書類を持ってこい』とか……実家の使用人なら『義姉語録』を作っているのでもう少し正確な事が分かります」
私は心の底から震えました。
「取り敢えず、『義姉語録』の写しが欲しいです。無理なら義姉を紹介していただけませんか?」
「両方でも構いませんよ」
「では遠慮なく両方で」
私達が奥様の義姉の素晴らしさに心を打たれていると、ラドリク様が車庫の隅で小声で、
「いやでも……殴るって」
「仕事も出来ないし昔の女に情があった上にそれが罪人で、バレても泣くだけで仕事せずに自分の両親兄弟姉妹に迷惑をかけて借金つけられかけて家がなくなりかけて……それで一発妻に殴られて終わったんですから破格ですよ!?」
私に怒鳴られ奥様からも冷たい目を向けられ、ラドリク様は倉庫の隅で小さく隠れるように座り込みました。
それでも奥様の実家は恐らく元通りとはなりません。
離婚も確か一度は成立していた筈で……あまり話が通じないし面倒だからと義姉様に押しつけられるケースはあるでしょうが。
ペナルティもあるのでこれからが大変でしょう。
そう言えば、確か兄達がラドリク様の奥様の兄に対して当主不適格だと訴えていた事を思い出しました。
「当主不適格となっているなら、奥様のお兄様は爵位は?」
「義姉が中継ぎで爵位を継承しましたので、義姉の実家も黙ったそうです」
全部を押しつけられたとしても、義姉は最後は自分の力で自分の立場を取り戻したと言う事です。
奪い奪われた話ばかり聞いた中で、この話が一番胸がすきました。




