27話【火種はやがて妖精を照らし出す】
クレアは一人、何もない空き地に立っていた。
学園のあった場所には何も残っていない。
あの日、謂われのない罪で断罪されたホールも、絶望で遠ざかっていった門も、何処にも影も形も残っていない。
全部なくなった。罪の証拠もなくなった。
「あの時、貴女は私を助けなかった」
けれど、フランベルがクレアを助けなかった事実は残っていた。
結婚当初からフランベルの結婚は破綻していたなんて。
俄に信じがたいのですが、フランベルがいなくなっても全く困った様子のないリシス公爵を思い出すと、やはり騎士団が言うように破綻していたのでしょう。
恋愛感情のなくなったリシス公爵がフランベルと結婚するとしたら……単にコラント辺境伯夫人対策だと思われます。
少なくともフランベルはコラント辺境伯夫人を恐れていた様子は何処にもありませんので、夫人として据えるのはリシス公爵にも都合が良かったのでしょう。
ですが、そうなるとフランベルは何を思ってリシス公爵と結婚したのでしょう?
もう改装計画の書類は横に置き、私とロウリスはフランベルについて話し合っていました。
曖昧なまま終わるのは喉元に刺さった小骨も抜けないままだというのはロウリスも同じらしく、
「いや、普通に公爵家なら伯爵令嬢の嫁ぎ先としても最高の方だろう。つまり、マリーよりは上になる確率が高い。利害関係の一致でフランベルとリシス公爵は結婚したんだ」
それは予想の範囲内です。
フランベルはいつでも考えている事が妖精だと知っております。
「確かに最終的にフランベルはリシス公爵と結婚したわ。だけど、フランベルはリシス公爵を待ち続けていたとは思えないのよ」
「あー……結果はともかくフランベルには元コラント辺境伯夫人の婚約を壊す気もなかったなら、卒業後は別人と結婚するつもりだったとか?」
「少なくともあの二人が破談になるまでは、探していたのではないかしら」
私が引っかかっているのはフランベルが自分の結婚を『幸せな結婚ではなかった』と考えている事です。
最初から破綻していたなら、結婚当初からそう思っていたのでしょう。
なら、フランベルの考える幸せな結婚とは?
「……つまり、フランベルには本当は別に好きな人がいた」
「恐らく。私に勝つ為にリシス公爵と結婚する道を選んで好きだった人とは別れたのか……取り敢えず、本命と結婚出来なかった自分は不幸な結婚をしたと思っている」
一応これで何となくフランベルが何を考え何をやったのかは繋がりました。
間違ってはいないと思いますが、ロウリスは微妙な顔をして、
「流れは分かった。だが意味は分からない」
「私だって分からないわよ」
私に勝ちたかったなどは百歩譲って認めたとしても、最終的にフランベルの行動は破滅に繋がる行動です。
破滅したら最早勝ち負けも何もないと思うのですが、どうしてそこに考えが至らなかったのか。
妖精の考える事は分かりません。
これがもし『人間』がやっていた事ならここで終わりなのでしょう。
けれど、妖精は人間を惑わします。
妖精のフランベルが学園時代に撒いた火種は、今も何処かで燻り続けているような気がしてなりません。
今後の火種を消す為に考えてみたのですが、私には学園時代のフランベルをよく知る人物に心当たりがありませんでした。
話に聞く限り仲良くしていたのは異性が多そうなので、普通に問題なく会って話せる女性に限定して探している時点で難しいのかも知れません。
そう言えば、公爵夫人をしていたフランベルと仲良くしていたという人物がいると聞いた事がないと思い出しました。
家族も特にフランベルの交友関係については語った事もありません。
人が多い王都暮らしでそんな事があるのだろうかと兄を探して聞いてみる事にしました。
「フランベルって仲良くしていた人ってほとんどいないのですか?」
私が姉とは言わず名前を直接呼んだ事に一瞬兄は怪訝な顔をしましたが、訂正するようには言いませんでした。
「聞いた限りでは、基本的には元コラント辺境伯夫人の事があったからね。王族から離れている事は周知の事実だからいいとしても、それ以外も面倒な人だから。主にリシス公爵への付きまといって意味で」
それは本当に面倒な人ですね。
私もあの方が近くにいたなら確かに避けます。
もう私は会う事もないでしょうが、誰も守ってくれるものもなくなったコラント辺境伯夫人は今何を思っているでしょう。
「そう言えばコラント辺境伯夫人ってどうして早くから婚約者がいなかったのでしょう? リシス公爵に執着していたにしても、クレア様が前の王太子と婚約しているなら普通は作ると思うのですが」
「……引き受ける男がいると思ったマリーの方が私には理解出来ない。前もって莫大な金銭を貰ったとしても、その後の慰謝料で消えていく金を計算したら、婚約者に選ばれた者は一家で夜逃げするに決まっている」
そのままと言えばそのままの理由でした。
確かに現在、裕福なコラント辺境伯家でも元コラント辺境伯夫人の慰謝料の支払いに困り果てていると聞いておりました。
そうでなくても元コラント辺境伯夫人は派手好きで豪華なアクセサリーやドレスを好んでいたそうで、先日偶然お目にかかった今後コラント辺境伯になる予定の弟が散財の整理が終わらないと嘆いておられました。
「面倒な人でしたものね」
結局その一言しかありません。
「そう言えば……元コラント辺境伯夫人は散々クレア様と比較されていたって話があったような。あの二人は同じ年だからあり得るだろうけど」
「比較する方が理解出来ませんね」
「私が子供の時の話だから、マリーが言う程おかしい話ではないよ。悪意なのか頑張って欲しかったのかは知らないけど、散々比べられてあんな性格になったって」
それも面倒な話です。
とは言え、元コラント辺境伯夫人とクレア様の立場を考えると、どうあっても比較したい気持ちは出てくるでしょう。それにクレア様の兄であるリシス公爵の事を思い出して奮起するか諦めるかを促していたのかも知れません。
「結局リシス公爵の為にも頑張れず、クレア様と比較されないように何もかもやめてしまった」
「最悪すぎる結論ですね……」
ただ、元コラント辺境伯夫人は話を分かってくれる人がフランベルしかいなかったとリシス公爵が仰っておりました。
もしかすると、元コラント辺境伯夫人は王城で誰もまともに話を聞いてくれる人がいない環境で育ってきたのかも知れません。普通なら切り捨てるだけのリシス公爵達が踏み止まっているのも、そこが関係している気がします。
「……それにしても、クレア様ですか」
身分的においそれとは会えない方ですので除外をしておりましたが、フランベルとは同じ学年で友人同士だったとはっきりしている方です。
それでも一年か二年の辺りで婚約破棄騒動があった筈で、私が知りたい卒業間近の頃のフランベルの様子は知る由もないでしょう。
「……あの方も、何故今になって帰ってきたのだろうな。まさか自分を陥れた者達の末路を見に来た訳でもないだろ」
クッキーの件からして、クレア様は私の結婚式前からいた筈です。
この長期間? いえ、多分身分的には一度は隣国に戻られているのではないでしょうか。
それでも長い期間留守にしてまでやるとしたら隣国も関係する事か本人が関係する事か……。
「まさか、火種?」
「は?」
私の言葉に兄は変な顔をしましたが、無視をします。
「お兄様、火種です。クレア様は火種を消しに来たのかも知れません」
私が巻き込まれる前に何とかしようと思っている火種は、当初はフランベルの周囲にまき散らされたものでした。
それは飛び火を繰り返しながら前の王太子達を焼き尽くし、混乱を生み出しました。
「いやだから、何の火種だよ……」
「フランベルが……いえ、クレア様も当時は誰が火種を撒いていたのか知らなかったのでしょうが、自分を焼くかもしれない火種を探しに来たのかも知れません」
無自覚にフランベルが撒いた火種は、いわれなき断罪の形でクレア様を一度は燃やそうとしました。
その火種がもう一度勢いを増そうとしていたなら……。
「あのな……クレア様は隣国の人間なのだからこの国に火種があっても眺めているだけで済むだろ。兄のリシス公爵だってそんな火にまかれる人間でもないし」
「むむむ……」
「いや、だけどマリーの言う通り火種は関係しているのかも知れない」
私は兄の顔を見ました。
兄は当時の事を思い出しているのでしょうか慎重に、
「前の王太子が暴挙に出たときの火種はまだ燻っていて、クレア様を狙っているのかも知れない」
当時の関係者ではっきり亡くなったと分かっているのは、前の王太子と例の女性と……二人で終了。
同じように数えていた兄と私は顔を見合わしました。
「大半が生きている?」
「だから隠して伏せただけで何とかなる訳がないでしょう!」
増えた火種は残ったまま。
燻り続けた火種は大火となって隣国までも呑み込むか、はたまた愚かしい誰かだけを焼き尽くすのか。
その先にある未来は私には分かりません。




