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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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21話【妖精の元友人は隣国の王太子妃である】


 お祝いの品を貰ってそのままという訳には行きません。

 ロウリスと共にリシス公爵家に御礼を述べに向かう事になりました。


 今回はアルマ伯爵家の名前ですので、馬車もアルマ伯爵家から出す事になったまでは良かったのですが、そこでまたアルマ伯爵夫妻との価値観の違いを目の当たりにする事になってしまいました。


 アルマ伯爵夫妻は引退の挨拶回りすらしないのに、親である自分達の方が新しく快適な馬車を使うべきとの考えがあり、私達には絶対に下のランクの馬車しか使わせる気はないとの事でした。


 ロアズ伯爵家に到着したアルマ伯爵家の馬車は外見からして少し年季が入った物であり、中には体への負担を軽減するクッションもなく内装も全体的に古臭い物でした。

 頻繁に領地を行き来する為どの馬車であっても整えられているロアズ伯爵家の馬車に乗り慣れているロウリスは、実家の馬車の状態に顔を顰めました。

 しかも乗り心地は非常に悪い。

 ロウリスが直ぐに爵位を継承すると分かっている従者達は、私達が乗り込む際に非常に申し訳なさそうに小さくなっておりました。

 使用人も困らせるやり方はどうかと思います。


「アルマ伯爵夫妻が引退して領地に行くときにも乗っていくとして……交友の少ないあの方達にあの立派な馬車は必要なのかしら?」

「引退が何なのか分かっていない部分があるんだろう」


 面倒な人達ですね。

 多分私と私の家族が未だ会えていないのも、何か親として譲れない何かがあるのでしょうが、もう少し私の実家周りからどう見えるのかも考えて欲しい所です。

 こんな感じでは、前伯爵なのに領地でも迷惑かけるのは目に見えます。

 ラドリク様達には是非頑張っていただきたいと思っております。



 気を紛らわすように私は祝いの品の本来の送り主であるクレア様とアクセサリー店でお目にかかった時の事をロウリスに話しました。


「クレア様が帰ってきていたなんて騎士団に連絡はなかったな」


 あの場には確かロウリスの同僚の騎士もいたのですが、その方も報告されなかったようです。

 非番で手間を避けたのでしょうか?


「駄目なの?」

「駄目というか、まず国境の審査を受けずに来たって事でもある。叛意を疑われたくないから普通はやらないが……」


 前の王太子の一件は結局蓋を開けてみれば、処分さえも大部分をお茶を濁して終わっていた事が分かりました。

 前の王太子以外の処罰も実に杜撰なもので、問題となった女性は処罰先の神殿から脱走し複数の大きな問題を起こし、元側近の一人は処罰されただの平民となった事で過去が追及されず騎士団の下働きとして働いていました。

 他にも直接の関係者が生きている可能性があるそうです。


 この状況では、クレア様に身分を明かさず国境を通過したことを責める事など難しいでしょう。


「大勢の貴族の子女が処分されたら国として恥だって意見が出て止めたらしいが、今の結果を見るなら名前を消した、平民に落としたを死罪相当とする事も見直すべきだな」

「そうね……」


 消して、伏せて、隠して……。

 本当にそればかりなので、私もうんざりしています。

 ただ最近、何故姉達の頃に大人達がこんな処分をしたのか、私にも分かり始めてきました。


 結局の所、当時は誰一人問題の根本である姉に辿り着けず、真に何が起きていたのか理解が出来なかったのです。


 どんなに考えてもセルーア侯爵夫人達は学園の生徒達が倫理を崩壊させた理由も考えも、何もかもが理解出来なかったでしょう。

 理解出来ず修正する方法も、直す方法も分からなかった結果、消して、伏せて、隠すしかなかった。


 まるでそれは自分達の方の身を守るように。


 理解出来ないものには人間は恐怖を覚えるものだと言います。

 怖かったセルーア侯爵夫人達はなかった事にする事で自分達の精神の安定も図ったと言って良いと思います。

 そして、それは姉が『妖精の取り替え子』と言われ始めた事にも繋がっているのでしょう。


 周囲は姉を理解出来ない存在と理解して、排除する事で平穏を保とうとした。

 迷信を利用してでも、貪欲なまでに自分を保とうと。


「ねぇ、クレア様は友人が妖精だったって御存知かしら?」





 リシス公爵家に到着すると、執務室ではなくサンルームに通されました。

 初めて行く場所で、私もロウリスもどうしてそんな場所に自分達を入れるのか分からず、互いに首を傾げました。


 サンルームの中は少し汗ばむ暑さと湿度でした。

 見た事のない珍しい花や木がいくつも少し雑な感じで植えられており、肥料や道具が道の途中に隠しもせず置いてあるなど、庭師の怠慢と言うより誰かがプライベートに世話をしている感のある空間でした。

 これらの世話は恐らく……。


「やあ、いらっしゃい」


 見た事のない穏やかな笑顔のリシス公爵と、リシス公爵によく似た美しくも人なつっこい笑みを浮かべた女性が三人掛けの椅子に並んでくつろいでおられました。

 ここは私が思ったよりもプライベートもプライベートな、リシス公爵家の家族用の空間でした。


 前もってテーブルの上にはお茶の準備もされており、周囲には本気で使用人は一人もいない様子でした。

 クレア様の事を考えると、良いのでしょうか?

 私の不安を余所に、クレア様はふんわりとした笑みを浮かべると、


「色々面倒な事情があるからクレアとだけ名乗らせて頂くわ」


 そう、正式な自己紹介をされると誰にとっても面倒な事になりかねません。

 馬車の中ではロウリスとクレア様の話題を暢気に話しておりましたが、隣国で高位貴族の養女となったクレア様の今の立場は……少し冷や汗も流れます。

 いくらクレア様に今の王家も文句は言いにくいでしょうが、国同士のあれやこれやは良いのかどうか気になって仕方ありません。


 緊張しながら私達が席に座るや否や、待ちきれなかったとばかりにクレア様が話し出しました。


「どう? 贈った物は気に入った? あれは最初から貴女の為にお祝いとして用意した物だから遠慮しなくても良いのよ。……こう言ってはなんだけど、貴女のお姉さんって身内の事なのにお祝い一つ用意しないから」

「暴力男と不貞してくれたのが姉からのお祝いだと思っております。おかげで私は最悪な結婚せずに済みましたから」


 私の言葉にクレア様は目を丸くした後、コロコロと笑い出しました。


「ああ、確かに! 私もあんな下半身の緩い男と結婚せずに済んだと例の女に感謝すべきだったわ! 良い考えよ」


 女性を侍らせていたとだけ聞いておりましたが、前の王太子は子種までいくつも蒔いておりましたか。

 純潔を失った令嬢も人生を棒に振ったのですから、一人だけ死罪だった事も仕方ありません。


 クレア様は私がそんな事を考えている間中笑っておられました。

 その隣のリシス公爵も上機嫌に笑っておられますが、私の考えはそんなに珍しい考えではない筈です。

 まあ……他から同じような話は聞きませんでしたが。


 一通り笑ったクレア様が涙を拭きながら、


「ふふふ……姉が妹の婚約者を奪うなんてどういう神経かしらと心配していたけれど、貴女は姉と違って面倒な部分がないわね」

「妖精の姉とは似ていないとよく言われます」

「ああ、そうね! 本当に似ていないわ。貴女が兄と結婚していたら良かったのに」


 その言葉に空気が一瞬で変わりました。

 私もロウリスもちゃんと何気ない冗談だと分かっておりますが、親しい者相手でも言って良い事と悪い事は当然あります。


「クレア。結婚が正しく決まっている令嬢にそんな事を言うべきではない」


 全く温度のない、ひんやりとしたリシス公爵の声でクレア様の笑いの発作は止まりました。

 リシス公爵もクレア様も立場で忖度される身ですから、迂闊な事を口にしていけないのは私達が気にする気にしないの話でもないでしょう。


「ごめんなさい……実家に帰った事でちょっと浮かれていたみたい」


 正直どう返せば良いのか分からない言葉だったので、リシス公爵が止めてくれた事は助かりました。

 使用人が誰もいないのは、実家で安心しきったクレア様の不用意な発言で使用人の誰かが暴走する事を警戒していたのかもしれません。


「お気になさらず。私の方こそ、緊張で先日まで頂いていたお菓子の御礼が遅くなり大変申し訳ありません」

「あら、私だって気が付いた?」

「以前より男性の選ばれる物ではないと思っておりましたので、先日クレア様にお会いしてもしかして、と思いました」


 普通なら有名な店の品を贈る方が無難なのに、自分が美味しいと思った店を選んでいるやり方が侍女の仕事でもありませんでした。

 毎回毎回それも違う店から贈るなんて、わざわざ手間のかかる事も。

 リップサービスではなく、クレア様には本気で気遣っていただいていたのかも知れません。


「残念ね。兄の義理の妹でいて欲しかったわ」

「そのお気持ちに感謝いたします」


 ただ、緊張がそろそろ限界に到達しようとしている私の敬語は合ってますか。

 慣れない目上とのお茶会に、目眩と吐き気がしてきました……。


 ですが私の異変には誰一人気が付きません。

 ここに私達を呼び出したリシス公爵達の目的は、これからでした。

 クレア様は思う所がある目でロウリスを見ました。


「ロアズ伯爵令嬢が兄の義理の妹でなくなっても、ロアズ伯爵令嬢が身内だと思っている私にはちょっと気になる所があるのよね」

「……私に問題があると仰るので?」


 少し不安になりロウリスを見ると、ロウリスは困惑気味にクレア様を見ておりました。

 私も何故クレア様に身内のように思われているのか理解出来ないように、ロウリスも敵視される事が理解出来ないようでした。

 閉じた扇でクレア様は手のひらを打ち付けながら、


「貴方、ロアズ伯爵家に昔から出入りしていたと言う事は、フランベルとも古くから面識があったでしょう。ロアズ伯爵令嬢の婚約者に手を出していたフランベルが、貴方に手を出していないなんて言い切れる?」


 誰も何も口を開きませんでした。


 疑うような目を向けているリシス公爵の考えもクレア様と同じなのでしょう。

 ジェイク様の件からロウリスも年齢的には一応範囲内なのかも知れません。

 ただ、私はクレア様の言葉の方に疑問を感じました。


 渦中に放り込まれたロウリスはため息をつくと、


「言い切れますよ。私は当初後継ではありませんでした。あの女は元から次男以降の子息は見向きもしないんですよ。騎士団の調査でもはっきりしております」


 ジェイク様も確かに後継でした。

 その流れで行くと、同じくロアズ伯爵に何度か出入りしていたラドリク様に伺うべき事かも知れませんが、今更聞いて意味のある話でもないでしょう。

 クレア様は騎士団の調査と聞いて、ロウリスへの疑いの目を緩めました。


「なら兄も後継だったから……?」

「恐らく」


 クレア様はクレア様で兄のリシス公爵が姉みたいな女性に引っかかった事が納得いっていない部分もあったのでしょう。

 なかなか妹の心理も一言で言える物ではありませんね。


 それで終わるかと思っていた時、リシス公爵が徐に口を開きました。


「私が先にフランベルを、それこそ『味見』したけどね」




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