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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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19話【その愛を愛と呼んでいいのか】


 ラドリク様が廃嫡となると同時にロウリスの両親であるアルマ伯爵達も爵位をロウリスに譲って領地に行く事が決まりました。

 アルマ伯爵夫妻自身の希望です。

 後継になる嫡男は殊更家を守る判断をしなくてはいけないと思っていたアルマ伯爵夫妻は、結局ラドリク様達の決断を認める事が出来ず、引退の形で家を去る決断をされたそうです。


 それを兄から聞かされたのはロアズ伯爵家のサロンでした。

 ラドリク様達は様々な片付けと準備がある為アルマ伯爵家に戻っており、屋敷内の空気は元通りとはいえ、ちょっとだけ寂しくなっております。

 私は伯爵夫妻の決断には何か思う所はありませんが、行き先は気になりました。


「……ラドリク様達は今後領地の管理の手伝いをする予定だと聞きましたが」

「あれでアルマ伯爵夫妻は色々自由な長男を放置出来ない心配性の両親なんだよ。領地でも四人で楽しくやるだろうね」

「それって……」


 一人だけ除外されている言い方をする兄の言葉から私はアルマ伯爵家でのロウリスの立場を……


「ロウリスとアルマ伯爵夫妻は食べ物の好みが全く合わなかったからな。互いに妥協出来ずに諦めた事だから、これはこれで良かった事だ」

「食べ物? ラドリク様は何でも召し上がっておられたような気がします」

「ラドリクの方は拘りもないからね。ロウリスは騎士をしている分、濃い料理が食べたいし量も欲しいのに、アルマ伯爵夫妻が采配していた食事は……よく言えばとても上品でね。いつでも薄い味と少ない量の食事で、私とロウリスが出会ったのも腹を減らして泣いていたロウリスを見つけた事だったな」


 それはそれでアルマ伯爵夫妻に問題があるような。

 婚約が決まっただけで私はまだアルマ伯爵夫妻にはお会い出来ていないのですが、今後の顔合わせには不安しかありません。


「アルマ伯爵夫妻に会ったら私は文句を口にしてしまいそうです……」

「そうだね。マリーに二度も言われたら逆にアルマ伯爵夫妻も感慨深いかもね」


 二度?

 首を傾げる私の頭を何故か兄はぐしゃぐしゃにするので、私は抗議の声を上げました。



 全く私には記憶など残っていなかったのですが、それはかれこれ十年近く前の出来事でした。


 兄の友人として一緒に王都からロアズ伯爵家の領地に来たロウリスは、剣の稽古をして食事を好きなだけ食べても怒らないロアズ伯爵家のカントリーハウスに予定を越えて滞在した事があったそうです。

 暢気な我が家は誰も気にしなかったそうですが、


「恥ずかしい!」


 王都から迎えに来たアルマ伯爵夫妻は、ロウリスを見るなり怒鳴りつけて引き摺るように連れ帰ろうとしたそうです。

 丁度両親や兄が手の放せないときで、使用人達も困っていたときに私がロウリスにしがみつき、


「お腹が空いている子供に食べさせない方が恥ずかしいんだよ! 騎士になるんだからロウリスは体の為にたくさん食べなきゃいけないんだよ!」


 あんな食生活を強いていたのに、アルマ伯爵夫妻はロウリスに騎士になるよう言っていたそうです。

 特に年齢的にもアルマ伯爵夫妻の周囲は、はっきり言わない事を美徳とする貴族ばかりだったそうです。彼らの指摘も殊更迂遠なものであり、強烈に独善的なアルマ伯爵夫妻には通じる事もなく、夫妻は自分達の言動が矛盾していると気付かなかったとか。

 その後私の両親から問題をはっきり指摘された事である程度ロウリスの食生活は改善され、無事騎士になれたという話でした。



 覚えてません。

 まるっきり覚えてません。


「ロウリスはマリーの騎士だからね」

「それは例の女性を思い出すので止めて下さい」


 苦々しい顔で私が言うと、兄は笑い出しました。

 まあ、学園時代にお姫様扱いだった女性も自称騎士に囲まれていただけで名もなき罪人として消え、本物の騎士に傅かれていた元王女のコラント辺境伯夫人も今や執着系の夫しかいない身の上です。

 女性を守る騎士なんて物語の中だけですね。





 私が騎士団本部に出向くと事件が起きるそうです。

 抗議してくれたのだと思いたいのですが、騎士団に届いたリシス公爵の手紙にはそう書いてあったとロウリスが教えてくれました。


「私の責任ではないのだけど」

「どれも騎士団の責任だとあちこちから抗議が来ていて、上層部も対応に苦慮している。誰も誤解のしようがない」


 メモの件についての報告は私が出向く形ではなく、ロウリスが騎士団からの正式な使いとしてロアズ伯爵家にやってきました。

 きちんとした報告の割に私しかいないのは、姉の件や婚約の件で他の家族が忙しいので仕方ありません。

 サロンでいつものように向かい合って座ると、


「メモの件は見習い騎士は無関係だった。メイドが用意した物をそのまま運んだだけだと確認が取れた」

「トレイごと置いていったのは?」

「どうやって出せば良いのか分からなかったそうだ」


 その部分は普通にそのままでした。

 想像通りの理由とは言え、本来不自然な行動をするのだけは控えて欲しかった所です。


「犯人はメイドなの? 自分以外の女性は全部敵って言っていた女性に、メイドが協力をするなんて変でしょう」

「待て。それは誰から聞いたんだ?」

「コラント辺境伯から」

「何で繋がってるんだよ!? せめてリシス公爵なら分かるけど!」


 そんな事を言われても先日、騎士団に拘束されているコラント辺境伯夫人の様子がどうだったかと尋ねに来られたので、それを応対したときに聞いた限りです。

 友好を結ぶにはコラント辺境伯は、夫人への執着具合が外へ悪影響をもたらしている非常に危険な方なので、我が家としては繋がるなんて絶対にあり得ません。


「なら夫人の話をコラント辺境伯にしたらどうなの? 騎士団襲撃してもおかしくない病み具合だったわよ」

「……そちらは上司に報告しておく。ただ、コラント辺境伯も夫人への虐待疑惑があるからなぁ。騎士団としては話さないって決まっているんだよ」

「虐待?」

「夫人への恫喝、夫人に付いている使用人の解雇、装飾品の勝手な入れ替え……当主として出来る事だが調べた結果、常軌を逸していると判断された」


 それを少ししか知らなかった社交界の人々は、コラント辺境伯が夫人を溺愛していると言っていたのですか。

 怖いですね。

 コラント辺境伯夫人が夫を嫌い続けたのも無理はないと思います。


「それはともかくメイドだ。あれは前王太子の断罪事件で処分された元側近と繋がっていた。可哀想な女性を助ける為に協力して欲しいと頼まれたらしい」


 騙されるにしてもよくある手だった。

 優しいから手伝ったのだろうが、騎士団で働いていて利用された場合はかなり厳しい処分もあり得ると聞いている。


「ところでずっと気になっていたのだけど、方法も仲介者がいる事もラドリク様達のときと同じよね。どうしてかしら」

「……それで、その元側近は処分を受けて廃嫡され平民となり、回り回って騎士団で働いていたんだ。自分がやると直ぐに足が付くから、メイドを使ったらしい」

「ふうん。騎士になって騎士みたいにお姫様を助けようとしたなんて、それはそれで美談なのかしら」


 メイドを捨て駒扱いにしたのは物語の騎士っぽくはないのですが、直接助けに行かない時点で期待出来るものではなかったのでしょう。


「騎士ではなく兵士だな。騎士は貴族子弟しかなれない」

「そう言えばそうね。女性の所為で何もかもを失って、それでも助けようとした事だけは立派じゃない?」

「助ける気があるならもっと相手を選んでいたな。結局渡す相手は誰でも良かったらしい。メモはあの後事件が起きる事を前提に女性の居場所を教えるものだった」


 事件?

 あの女性と事件なら、あの日に起きたセルーア侯爵令嬢を襲撃した事件しか考えられません。

 あれは計画性のない女性の突発的な行動だった筈。


「騎士団に捕まったらひっそり処分されてしまうだろう。ただでなくても罪人として神殿に入った事で名前も残っていない。だから、あの女性が亡くなった事を残すには事件として記載させるしかないと考えたんだ」


 しばらくの間私は言葉が出てきませんでした。

 亡くなった事を残す?

 言っている事の意味が全く分かりません。


 ロウリスは書類を封筒に戻しながら、


「記録に残って死んだと分かれば愛されなかった事も諦められるそうだ。コラント辺境伯を越える執着だったかも知れない」


 それはつまり愛がなくなったと思っていた元取り巻き達の中で、その元側近は女性に愛が残っていたと言う事です。

 けれど、元側近は事件が起きる事を知っていて、亡くなった事を残そうとした?


「……それって結局は元側近が女性を計画的に殺したって聞こえるんだけど、嘘よね?」

「騎士団に提出された貴族の外出申請を見る事が出来た元側近の計画だった。間違いなくセルーア侯爵令嬢の護衛は女性を切るだろうと思っていたと証言した」


 愛していたのか、本当は復讐したかったのか。

 存在しながら存在しない事になっていた女性は、元取り巻きの記録の中に唯一殺された被害者として残り続けるでしょう。



 愛された女性の愛された結末の真実は、とても愛とは呼べないものでした。




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