17話【名前のない女性が彷徨う果て】
私はかつて義理の妹でしたが、リシス公爵の外出時の同行者の多さを初めて目の当たりにしました。
今や部屋の中は公爵家の関係者で溢れており、ロウリスの迎えがあったとは言え私が騎士団に一人で来させられたのは何だったのかと思いました。
メモが仕込まれている時点で紅茶にも何か仕込まれている事を疑うべきとリシス公爵に忠告されたので、先程の紅茶とお菓子には手をつけず、乗せたトレイごと机の端に置いてあります。
替わりに公爵家の侍女が手際よく入れてくれた紅茶はふんわりと良い香りを漂わせており、口に含むと砂糖もないのに仄かな甘みを感じました。
それにしても外出時に使うお湯を沸かす道具とスコーンを温める道具なんて物が世の中には存在したのですね。下に炭を入れて使うものだと教えて頂きましたが、まず火の付いた炭をわざわざ外出先に持ち歩く事に驚きを隠せません。
まさに公爵家の華麗な生活の一端を見せられた気がしました。
「お茶を運んできた見習いは何を思ってこんな内容のメモを挟んだのだろうね? 騎士団はいつから犯罪の片棒を斡旋するようになったのかな」
私が優雅にお茶とお菓子をいただいている一方で、先程からリシス公爵は私が受け取った紅茶のカップの下にメモが仕込まれていた事を騎士団の偉い人に抗議しております。
私に騎士団の階級なんて分かりませんし、抗議するときは身分の高い者がする方が効果的と言う事で、リシス公爵に丸投げな形になりました。
「はああああ……これは完全に私達の監督不行き届きですね」
メモを見た騎士団の偉い人は頭を抱えました。
リシス公爵が仰ったように騎士団が追っている女性で間違いなかったようです。
あのメモには名前と簡易の地図と矢印だけが記されておりました。
何処からか私がラドリク様達を保護したときの話が漏れていたとしか思えない程そっくりなやり方です。
「一応ロアズ伯爵令嬢にも伺いますが、この女性とはお知り合いですか?」
「いいえ。全くの他人です。私も全く知らない無関係な人間に頼まれる筋合いも助ける義理も御座いません」
ラドリク様達は私が顔を知っていた事とロウリスの身内という事情があり特別に保護したのであって、全く知らない縁もゆかりもない相手を保護する理由はありません。
「こちらは早急に対応します。ところで……ロウリスはいませんね」
「ロウリスならこの部屋に私が通される時に呼び出しがありましたので、そちらに行っていると思います」
「そちらもか……ロウリスは今日はずっとロアズ伯爵令嬢に付く予定でしたので、呼び出しがある筈がないのですよ」
その言葉を聞いた私は一瞬で不安になりました。
まさか、ロウリスがこの件に関わっている?
「ああ、誤解しないで頂きたい。ロウリスは真っ白です。ロウリスを呼び出した方がこの件に関わっているでしょう。では、話を聞きつけたロウリスが暴れ出す前に私は部下に指示を出しに行きます」
騎士団の偉い人は偉い筈なのに目立った威圧感もなく、人なつっこくにっこりと私に笑いかけてメモを手に戻って行かれました。
それにしてもロウリスは騎士団で暴れ者扱いなのでしょうか。
先日はコラント辺境伯を殴っているので、あまり暴れると騎士団から放り出されそうで心配です。
「ふふふ……私が縁者を紹介しようと思っていたが、なかなか兄君の友人は楽しい人物だったのだな」
「……ただの昔馴染みの惰性の関係ですよ? そもそもお互いそんな感情ありませんから」
「手厳しいね。まあ、私とフランベルの関係よりずっと健全な関係なんだから、良い方に進むと思うよ」
フランベルの名前をリシス公爵の口から聞くと、姉の身内として心苦しいものを感じました。
リシス公爵が用事で騎士団に来るとしたら姉の事以外あり得ません。
公爵夫人として活動範囲が広かった姉にはジェイク様の他に不貞相手がいなかったと断定出来ないとまで言われているそうです。
それでも結論を出さなくてはいけない騎士団は頑張っているそうですが、直接姉が関与している訳ではなくても関連する問題までもボコボコ出てきております。
なかなか解決までには遠そうな雰囲気となっておりました。
「それで、コラント辺境伯夫人はどうだった? 相変わらず気に入らない人の話を聞かなかったかな?」
「人の話……ちょっと共感も出来ない理解不能な部分がありましたが、人の話を聞かないと言う程ではなかったと思います。取り敢えずコラント辺境伯夫人は全部姉の責任だと思っていたのが分かりました」
「昔からコラント辺境伯夫人は良くも悪くもフランベルに依存していた。嫌っている相手と言う割に頼ったり犯人にしたり助けを求めたり、一見無茶苦茶な関係なのがいっそ笑えてしまう」
姉達に巻き込まれ続けていたリシス公爵は本当に笑いました。
馬鹿馬鹿しい根底が分かっている人間からしたら笑い話と言う事でしょう。
「変わった関係ですよね」
「コラント辺境伯夫人からしたら唯一フランベルが自分の話を分かってくれる人だったからな。君が来たら話すと言ったのも、来られないフランベルの代わりだったんだろうな」
「えええええ……」
似てないとかコラント辺境伯夫人に色々言われていたのですが、結局姉の代わりだったのですか。
ただ、違うと思っていたなら姉の代わりに私を斬り殺そうとする筈もなく、納得出来る部分もあり、理不尽しか感じない部分もあり……。
ドアのノックが連続してあり得ない回数叩かれました。
「ふむ。騎士団にはキツツキがいるようだ」
「申し訳ありません、これはロウリスのノックの仕方です」
「それも合図としては面白いな」
私の許可の言葉とほぼ同時にロウリスが部屋に飛び込んで来ました。
非常に焦った顔で、
「おい! 例の淫婦からの手紙を受け取ったって聞いたが、大丈夫なのか!?」
「いんぷ? え? 罪人であっていんぷ?じゃないわよ」
「男と何人も関係を持って神殿に放り込まれても、まだ懲りずに複数人の男を誑かしたんだから、淫婦なんだよ!」
「随分アグレッシブな方ね……」
「そんな程度の淫婦じゃない! あのセルーア侯爵令嬢を監禁して殺そうとした女だぞ!」
私が良く分からないメモで保護を求められていたのは、とんでもない女性だったようです。
騎士団の偉い人が急いで対応に向かったのは当然の事でした。
私達が予想外の事に焦る中、一人落ち着き払って紅茶のカップを手にしていたリシス公爵が、
「ついでに前の王太子を惑わした女性だね。私はあの時神殿に入れる程度で良いのかと散々言ったのだが、思った以上に危険な女性だったようだ」
クレア様の事件の際、当時の王太子には意中の女性がおりました。
そうです。
聞いた話ではクレア様がその王太子に『愛していないならば、誰を傷付けても責任はないの?』と言ったと……。
私がリシス公爵を振り向くと、リシス公爵はそつのない貴族的な微笑みを浮かべておりました。
「先に言っておくけれど、犯人に気付いていた訳ではないよ。ただ、クレアの発言を貶めようと考える人間なんて彼女ぐらいだろうと思った程度だ」
リシス公爵の言う通り、クレア様の発言を貶めるなら、あの時クレア様の発言を聞いた人間が最も怪しいでしょう。
関係の深い人物を全く数に入れていなかった私ですが、誰も他に口にしない時点で女性がてっきり名実ともに死んだものだと思っておりました。
女性の詳しい過去までは知らなかったらしいロウリスが、
「王太子は毒杯となったのに……」
「いざとなったときの女性の立ち回りは恐ろしいものだよ。あっという間に被害者の立場を得て減刑を勝ち取って死罪を回避したからね」
国や隣国との関係も含めた様々なものを壊しておきながら生き残るなんて、確かにアグレッシブ程度で表現出来る方でもないでしょう。
そして、時間が経った今、また男性を誑かして……
「その女性は何を目的として逃げているのでしょう?」
ふと口をついた私の疑問にロウリスは悩み、当時関係者の一人だったリシス公爵が表情を一切変える事なく、
「男好きだから男と一緒にいたいだけだろう。行動がそのまま目的である、当時の関係者の中で一番分かりやすい女性でもあるな」
分かりやすいからと言って理解出来るものとは限りません。
男といたいから逃げていると言われても、意味が分かりません。意味が。
「……一つ私が申し上げるなら、毒杯とはならなかったにしてもきちんと隔離か何かするべきだったのではないでしょうか?」
「まあ……神殿関係者の考える事は分からないね」
「神殿関係者も男が多いですからね」
リシス公爵が上手く誤魔化した部分をロウリスが口にしてしまいました。
あり得る話ですが、何とも恐ろしい話です。
「早く捕まって欲しいですね」
私の思いとは裏腹に、セルーア侯爵令嬢を逆恨みしたその女性は静養に向かうべく移動していたセルーア侯爵令嬢を襲い、護衛に斬り殺されたと数日後に聞きました。




