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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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16話【本物の妖精は檻の中】


 結果だけ見るのなら、コラント辺境伯夫人の一連の話には姉の作為があった気がします。

 ですが、姉はそもそも公爵夫人となった後の不貞が何を引き起こすのかも全く分かっていなかった人です。


「……え?」

「少なくとも学園時代の姉は、色々な男性と会話したりお茶したりする事をつまみ食いと言っていたのですよ」

「はあああ! だってフランベルは会話やお茶だけでは済まなかったわよ!」

「当時の姉には婚約者がいなかったからです。姉は学園で婚約者になってくれる男性を探しておりました。婚約者のいない女性は皆同じ事をやっていたと伺っておりますね」


 何が不貞になるかコラント辺境伯夫人は理解しておられます。

 コラント辺境伯夫人の問題は、いざ自分がその身になると自分にとんでもなく甘く考えてしまう事でしょう。

 姉は唆したのではなく……


「フランベルに唆されて気の毒ね」


 私の結論とは真逆の事を言い出したオーリス王女に驚いて振り向きました。

 オーリス王女の表情は言葉の割に同情など欠片もなく、挑発するような笑みをコラント辺境伯夫人に向けておりました。


「フランベルが異性と楽しむ事を教えなかったら、貴女は王女のままでリシス公爵に嫁いでいたものね」

「そうよ……だから!」

「唆されても拒否するべきだったわね。だって貴女は王族でしょう。全ての貴族の手本とならなければいけない身なのだから、毅然と突っぱねる以外してはいけなかったのよ」


 コラント辺境伯夫人は醜聞で王家から廃籍となったのではなく、醜聞を起こしたから廃籍となったようです。

 なにせ時期が最悪でした。

 コラント辺境伯夫人にとっては兄なのか弟なのか知りませんが、当時の王太子が取り返しのつかない愚行をした後の話ですから、普通なら一番身を慎むべき時期でした。


 言い返そうとしたコラント辺境伯夫人より先にオーリス王女が、


「貴女が学園の者達を行動で唆したのよ。王女がやっているなら自分達も恋愛を楽しんでも良いんじゃないかって」


 仮令どんなにコラント辺境伯夫人が姉の所為だったと言っても、コラント辺境伯夫人が無罪と言う事にはなりません。

 涙を薄らためてオーリス王女を凝視しているコラント辺境伯夫人は、


「そんな事、言わなくても……」

「言うに決まっているでしょ。貴女が言っているフランベルの所為って言い訳、貴女が王家から廃籍されたときと同じ言い訳でしょう。あの時通らなかった言い訳が今だったら通じるなんて考える方がおかしいわ」


 二度目ですか……。

 口はいちいち挟みませんが、現時点の姉が妹の婚約者と不貞した事が明るみに出ている今なら、私のようにコラント辺境伯夫人が完全なる姉の被害者だと信じてしまう者もいるでしょう。

 ただ騙せるのは何も知らない私達世代だけで、事情を知っていたら引っかかるものではありません。


「婚約事情に関しても我慢ばかりの貴族子弟に恋愛を楽しむなんて麻薬を与えた事をまだ理解していなかったのね。貴女の所為で学園がなくなった事もいい加減反省したら?」

「だから、フランベルが!」

「フランベルは貴女と立場も身分も違うし、フランベルの言葉を都合良く解釈したのは貴女で、フランベルが切っ掛けな事は認めたとしても貴女の行動を決めたのは貴女なの。貴女は義務と責任がついて回る王族で、好かれてもいないリシス公爵と婚約を維持するだけの努力も必要だった」


 姉は結局、本物の妖精の如くコラント辺境伯夫人に囁いてしまったのでしょう。

 抑圧された王女生活を送っていたと思われるコラント辺境伯夫人に、ほんの少しだけ欲望を解放する言葉を言ってしまった。


「前も言ったけれど、つまみ食いは勿論、ほんの少しの味見なんて言われても、拒否するものだったのよ」


 一度覚えてしまった快楽は、これまで王女として制限していた欲望の堰を切ってしまったのでしょう。

 コラント辺境伯夫人はフランベルを言い訳にしようとしておりましたが、当時の学園の生徒達は元王女を免罪符にしていた事など想像に難くありません。


「そんな欲望に弱いから王妃にも公爵夫人にも相応しくないと言われたのだから、辺境から出なければ良かったのよ」

「おかしいからよ! 唆したフランベルは王都でリシス公爵と結婚して、何で私があんな好きではない不貞男と結婚しなくてはいけないの!? 王女であった私と不貞したんだから、あいつも処分されなくてはいけないでしょう!」


 姉の事はまだ不明な点があるので置いておくとして、王家の婚約を破談に追い込んだコラント辺境伯が処分を受けていない事については確かに謎です。

 往生際も悪く何とか誰かの所為にしようと足掻くコラント辺境伯夫人にオーリス王女は目を半眼にして、


「どれだけ自惚れていたの? 貴女は王女としてギリギリの立場であったし、リシス公爵に嫌われていたと言ったでしょ。王族が不貞した時の習わし通り死罪となっても仕方なかった貴女と、長年国防に貢献してきたコラント辺境伯家よ。隣国にもまた王家が問題を起こしたと思われたくないし、貴女が嫁げば丸く収まったからそうしただけよ」


 問題を起こした王女には意見を言う権利はないのは確かです。

 分かっていて王女を嵌めたコラント辺境伯の罪は重いのですが、誘惑に弱い元王女の嫁ぎ先として政治的にもコラント辺境伯家は最適だったでしょう。


 寧ろ罰になっていないと言えるのは、死罪を免れて自分に甘い夫がいる時点でコラント辺境伯夫人です。


「だって……だって……」

「止めて頂戴。貴女いつまで学生気分でいるの? 貴女のした不倫だって、つまみ食いなんてレベルじゃなくて火遊びなのよ。随分炎上しているから、もう辺境伯夫人には戻れないでしょうね」


 私の家との和解をコラント辺境伯が出したとしても、他家の既婚男性を惑わした事も様々な方向から追及されますし、まして元王女が何の反省も見せていなければコラント辺境伯家の力でも以前通りの生活には戻せません。


「フランベルだって不倫をしていたでしょう! そうでしょ。あの子だって罪に問われていないし」

「姉は死罪相当だと言われております。処罰を受けていないなんて今はまだ捜査中なだけですよ。公爵家に嫁いだ夫人が男と密通していたのですから、乗っ取りやら何やらで確実に死罪だとか」


 一番力を持っている王家や有力貴族ならともかく、ロアズ伯爵家程度の力では姉の死罪を回避する事は出来ません。

 姉を『妖精の取り替え子』とした事でも変わる部分は社交界での我が家の立場だけであり、姉は通常通り罪人として裁かれます。


「え?」

「姉も学園時代とは違うのですよ」


 コラント辺境伯夫人と同様に大人になって公爵夫人になった姉も、ただ学園時代を忘れられなかっただけならまだしも、肉体関係をしっかり持つ程度に倫理が緩んでしまっていました。

 姉が死罪となる事がコラント辺境伯夫人には余程驚きだったのでしょう。

 目を見開いたまま固まってしまいました。


「だから、貴女達がやったのはそう言う事よ」


 オーリス王女の言葉にももう怒って返す事はありませんでした。

 結局姉とコラント辺境伯夫人は類友だったと言う事でしょう。

 自分の行動がどういう意味を持つのか分からないなんて、私にもオーリス王女にも理解出来ない部分でした。




 話が終わると私はぐったりしておりました。

 当たり前の事を長々と指摘する話はこんなにも疲れるものなのですね。

 前回の姉との会話と違って今回はオーリス王女が結構指摘してくれたので、かなり体力や精神的にも楽だったとは思っております。


「……前に聞けなかった部分もはっきりしたから、貴女には御礼を言っておくわ」

「お力になれて何よりです……」


 それでも私もオーリス王女も疲れ切っておりました。

 私達の会話を書き記していた書記官のラッドさんの方も、始まる前よりもかなりやつれた顔をしておられました。


 私と違ってこの二人には休む暇もないようで、その言葉を別れの挨拶代わりに部屋を出て行きました。

 見張りの一人として立っていたロウリスも会話もしないまま仕事で呼び出されていきましたので、客間に残っているのは私だけでした。


「どうぞ。あまり良いお茶ではないのですが」

「お気遣いありがとうございます」


 騎士見習いの方がお茶とお菓子を運んできてくれました。

 ただトレイごと私の前に置いて去ると言うのはどういう事でしょうか。


 見習いであっても貴族子弟なのでお茶を人に出す経験はなかったでしょうから仕方ないと思う事にして、私がカップを手にすると、その下に一枚のメモが挟んでありました。

 黙って手にした私が見たメモには、全く見知らぬ名前と用件らしきものが書いてありました。

 私が首を傾げていると、扉がノックされました。


「はい。どちら様でしょう?」

「やはりここにいたのか」

「! どうぞお入り下さい」


 声だけで分かりました。

 私は慌てて立ち上がりました。


「調べるのに戸惑っているのか? いつまで経っても聞きに来ないから、用事のついでに寄らせて貰った」


 入ってきたリシス公爵は私の手の不審なメモに気付き、


「それは?」

「分かりません。カップの下に置いてありました」


 私からメモを受け取ってさっと読んだリシス公爵は、


「これを騎士の誰かが入れたとしたら、随分騎士のモラルも低下している事だよ。この名前、罪人として追われている人間じゃないか」


 手でグシャリとメモを握り潰しました。





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