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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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14話【奪った愛に蜜の味はしない】


 私がまだずっと幼かった頃の事です。


 領地には、とても可愛い子がいました。

 可愛いからと言って人間関係に何かあったと言う事もなく、ただ可愛いと大人達が褒める中、


「まるで妖精みたいに可愛いわね」


 そう言った夫人の事をその子の祖母は大変怒ってしまいました。

 何故おばあさんは怒ったのか。

 きっと私に聞こえなかっただけで夫人は失礼な事も言ったのだろうと思い、当時の私は家に向かって歩き出した時。

 おばあさんは周囲に向かって泣き叫ぶように言いました。




 話し合いが終わった後、一人ソファに沈み込んで動かなくなっていた私に、メイドがハーブティーを入れてくれました。


「……妖精は塩水を嫌うので、塩が入っております」

「ありがとう。頂くわ。申し訳ないけれど母にも持って行ってくれる? ……出来れば貴女達も飲んだ方が良いわ」


 叱責されるかも知れないと怯えていたメイドはぱっと明るくなり、一礼して去って行きました。

 一口含むと確かに塩辛い。

 その塩辛さは飲んでいくと徐々に痺れていた体の奥に浸透し、私はようやく生き返った心地になりました。


 母達からの説明は、理解出来るとか納得出来るものという段階でもなく、ただ気分の悪いものでした。

 私は立ち上がって自室に戻る気力もありません。


 姉は、『妖精の取り替え子』であり悪しき妖精そのものだとされておりました。


 あまりに荒唐無稽なんて私が今更言った所で何の効果もありません。

 何せ姉が悪しき妖精ではないかと疑われ始めた切っ掛けは、私の結婚式が滅茶苦茶にされた場面を見た人達の話だったからです。


 新郎が見間違えない程に全く似ていない姉妹ね。

 よりによって結婚式の宣誓の直前で別人だと分かる状態にするかな?

 公爵夫人になったんだから、年の離れた妹の婚約者なんて興味もないでしょ。

 結婚式で一人だけ何もせずに座っていたんだって。


 そう言う参加者が持った小さな違和感が、迷信深い誰かが言い出した『妖精の取り替え子』の根拠となっていき、最終的にコラント辺境伯夫人に私が切られた事でほぼ決定したそうです。


「フランベルは廃嫡しているから既に我が家の娘とは言えないけれど、悪しき妖精とされた事で世間では私達家族は子供をすり替えられた被害者となります。家も守られますから、納得するように」

「お母様、いくら何でもそれは姉の被害者に……」

「悪しき妖精の力で強制的に惑わされたのです。減刑が見込めるでしょう」


 悪しき妖精なんていなかった。

 そう叫んで欲しくないのは、私達以外の被害者の家族達でした。

 姉を産んだ母がこんな普段なら笑い飛ばす迷信を受け入れたのは、悪しき妖精がいた事で少しずつ被害者が救われるからでした。

 コラント辺境伯が書いて送ると仰っていた、姉を『妖精の取り替え子』とする手紙が神殿に届けば、即日決定すると父が言っておりました。


 窓の外に私は目を向けました。

 私の心の中とは裏腹に、晴れ渡った空が見えました。


 姉は姉でなくなりました。

 死刑よりも残酷に人々の都合で人間ではなくなりました。

 それでも、まだ姉だった存在の後始末の全てが終わった訳ではありません。




 謹慎になっていたロウリスと会えたのは、騎士団から迎えが来たときでした。

 外の護衛としてではなく、馬車に同乗しているので驚きました。


「謹慎していたって聞いたけど、どうしてそんな事に……」

「コラント辺境伯を殴ったからだ」


 今回は騎士団が迎えの馬車を用意してくださったのは、多くの騎士から判断の甘さを指摘されたからだそうです。

 今回、騎士団の訓練所の目の前で起きた凶行は、ほとんどの騎士団員にとって到底許せるものではなく、犯人のコラント辺境伯夫人が直ぐに捕まっているにも関わらず、騎士達は荒れに荒れたとか。


「辺境伯を? それは普通に駄目でしょう……」

「夫人は自分の妻だからって、無理に連れて帰ろうとしたからだ。いくら辺境伯の妻だろうが、罪人は罪人で取り調べもしてないうちから連れて帰るのを認められないだろ」


 あの方もラドリク様同様に夫人への愛情深い方ですね。


「それで謹慎」

「まあ、情報を聞けたからいいだろ。向こうも規則に反しているのだから罰を受ける事になって……罰を見逃す代わりに話を聞けた」


 連れ出せず暴れただけの始末なら、罰を受ける代わりに情報提供もあるかもしれません。


「ここで話すという事は、私は聞いても良いのね?」

「無関係の話はしない。他との関連も調べている最中だが、コラント辺境伯夫人の不貞はそもそもの話、フランベルに唆されたものだったらしい」


 想像通りと言えば、想像通りの話でした。

 ただ、姉はこの場合非常に質が悪く、コラント辺境伯夫人に不貞を唆して婚約を破棄させた挙げ句、コラント辺境伯夫人が本来好きだったリシス公爵を奪ったというなかなか性根の悪い事をしていた事になります。


「……コラント辺境伯も哀れじゃない。責任を取ったのに、いつまでも責任に振り回されて」

「そんな事はない。コラント辺境伯は今だから教えて下さったが、元王女がフランベルに唆された事を利用したんだ」


 利用?

 私は当時の学園の生徒達は惑わされるばかりの者か、全く無関係の者しかいないと思っておりました。

 世の中には色々な人がいるように、二種類しかいないなんてあり得る筈もないのに。


「元王女に懸想していた当時のコラント辺境伯は、ちょっとした味見程度だと唆された元王女の異性との遊びに自分も参加して、丁度二人だけの時に発見されるように外の人間を誘導したそうだ」


 不貞って……ああ、そうですよね。

 二人で一緒の部屋にいただけで不貞ですものね。

 密室に二人きりでは何もなかった事を証明する術もなく、まさしく元王女はコラント辺境伯に嵌められたと言って良いでしょう。


 王家とは縁遠い立場となったコラント辺境伯夫人が繰り返し不倫していたのは、自分を嵌めたコラント辺境伯を嫌っていたからとも考えられます。


「……ところで、私はコラント辺境伯夫人に会いに向かっているのよね? どういう顔をしたら良いか分からないじゃない」


 騎士団からの頼みで、何も話さないコラント辺境伯夫人に会って欲しいと言われたのです。

 会う前に余計な情報を入れてきたロウリスを睨むと、私から目を逸らしました。


 加害者は被害者で、被害者は被害者で。


 姉の罪はまだ確定しておりません。

 コラント辺境伯夫人が語る言葉が姉のどのような愚行なのか。

 最早知る事に恐怖を感じている私は、窓の外の流れる風景を見つめるしか出来ませんでした。




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― 新着の感想 ―
>コラント辺境伯の姉を『妖精の取り替え子』~ とありますが、辺境伯のお姉さんが唐突に出て来てますが、どなたですか?? これ、《コラント辺境伯「が」姉を『妖精の取り替え子』》だと思うのですが? 違っ…
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