ヴィオの日常
ユーリスとキリーが、ギルドからの依頼がない日はヴィオに魔法のコントロールと護身術を教えに来てくれるようになって数か月たった。キリーに対して怖がるかと思ったけど、護身術を教えるというと好奇心が勝ったみたいであっさり了承した。最初のように警戒することはなかったけど、ユーリスと同じようなウェルカムの感じでもない。
「怖がられないけどなんとなく壁があるんだよなぁ。」
キリーは隣に座るヴィオの頭をガシガシしながら不満そうに言う。きれいな銀髪をぼさぼさにされたヴィオは、髪を直しながら椅子ごとキリーから距離をとった。
「アレン隊長よりいいでしょ。いまだに隠れちゃうからね。」
稽古終わりの2人にお茶を入れながら慰めてみた。
ヴィオはキリーに対して壁はあるけど警戒はしてない。今も、髪をぼさぼさにされたのが不満なだけで逃げ出すわけじゃない。ヴィオはお茶と一緒にお菓子をつまんでる。護身術という名の体力づくりはヴィオをすこし成長させている気がする。稽古してたくさんご飯も食べて、規則正しい生活もしているので、ちょっとふっくらしてきた気がする。よしよし。
食べ終わったヴィオは食器を持って片付けに行った。ちゃんと自分で洗うのだ。私はそれを見ながら、
「キリーさん、ヴィオの稽古はどう?」
キリーはお菓子をバリバリ食べてお茶を飲み干した。
「まずは体力づくりをしてるよ。何を始めるにしても筋力をつけないとね。細っこいのは生来のものだからそこは気にしなくていいよ。多分俺らみたいにムキムキにはならんでしょ。」
「いや、気にしてるのそこじゃないし、充分きれいでかわいいからムキムキにならんでいいし。」
「あははは、そっか。」
キリーが笑い飛ばす。
「ヴィオの場合、魔力が多いから、体術や剣技は補助だな。簡単な護身術さえ身に着ければいいと思うよ。剣の基礎があれば、剣に魔力を込めて魔法剣が使えるようになるだろうし。」
「簡単に言うけど、魔法があまり使えない私には想像がつかない話だわ。」
「まあ、急ぐ必要ないし、体力ついてきたらおいおいだな。」
魔力のコントロールも体力づくりも2人に任せている。2人とも今のヴィオの状態をちゃんと見て方針を決めてくれてる。私はひたすら甘やかす!だけじゃなくて、食事とか生活の基本とか、人とかかわるところを担当だ。ここ数か月でなんとなく分担が決まっていた。
そんなある日、ご近所の商店で子犬が産まれた。貰い手が決まりそうだから、今のうちにヴィオに見においでと誘われた。子犬は見たことがないみたいなので、さっそく連れて行った。
子犬は5匹。親犬は白い犬と茶色の中型犬同士。生まれた子犬たちは白や茶色や混ざっていたり様々だった。
「かわいいね~。」
と言うと、ヴィオは嬉しそうにコクコクとうなづいている。
「抱っこしてみるかい?そこにお座り。」
商店のおかみさんがヴィオに言ってくれたので嬉しそうに店先の椅子に座った。子犬の中でふわふわで白い子を膝の上に置いてくれた。
「両手でそっと支えて。そうそう。胸のところまで抱っこしてごらん。」
ヴィオはぎこちない様子で膝の上から胸のあたりへそっと抱っこしていく。私も子犬をそっと支えた。子犬はヴィオの腕の中でもぞもぞしていたが、やがて向かい合うようなると、ヴィオの首から顎をなめ始めた。なめながらだんだん上に登ってこようとする。ヴィオはくすぐったいのかニコニコしながらなめられている。どこからともなくいい香りのそよ風が吹いて来た。あ、ヴィオからだ。
ヴィオの感情が魔力に影響するのはわかっていたけど、怖いだけじゃなくて楽しいとか嬉しいとかでも風が吹くんだなと思った。私は優しい風に吹かれながら、楽しそうに犬を抱っこしているヴィオを見ていた。犬になめられるたびに、小さいけど『ふふっ』と笑うような声がした。声が出てる?! 私はドキドキしたが、声をかけてしまうと意識して出なくなるような気がしてぐっと我慢した。
子犬を見た帰り道、ヴィオはまだ楽しそうだ。
「ヴィオ、子犬可愛かったねぇ。ふわふわで温かかったでしょう?」
ヴィオと手をつないで歩きながら話しかけた。ヴィオは私を見上げるとコクコクうなづいていた。私はふいにヴィオを抱き上げた。ヴィオはちょっとわたわたした。
「ほら、ヴィオもだっこするとあったかいんだよ~。」
私はヴィオにすりすりしながら抱き上げて回っていた。ヴィオはくすぐったがって、さっきと同じ『ふふっ』って小さく笑った。回る私と一緒にヴィオのそよ風もついてくる。私も楽しくなってますます頬をこすりつけながら回った。
「あはは・・。」
相当くすぐったかったのか、急にヴィオが口をあけて笑った。そして自分の出した声にびっくりしていた。
「あ。。。」
「大丈夫だよ、笑う時に声が出ただけだよ。」
私はヴィオを抱っこしたまま静かに言った。ヴィオの紫色の瞳が揺らいでる。そしてぎゅっと私にしがみついて来た。
「ヴィオ、楽しいときには思いっきり笑おう。悲しいときには思いっきり泣こう。そして、腹が立った時には思いっきり怒っていいんだよ。」
ヴィオはしがみつきながら泣いているようだった。私はずっと背中を撫なでながら繰り返し繰り返し、家に着くまで言い続けた。
その日以来、ヴィオの感情表現は豊かになった気がする。会話はまだできないが、楽しいと笑い、びっくりすると強風が吹いたり、そのたびに少し声が出るようになってきた。
ユーリスの魔法指導では真剣な顔で魔力を制御しようとしているのがわかる。裏庭の畑のないところで2人で練習をしているが、時々力が余ってうちの畑を強風でなぎ倒して私に怒られている。
ユーリスは裏庭の野営から近所へ引っ越して行ったけど、夜はなるべく一緒に夕飯を食べるようにした。時々キリーも入ってにぎやかになる。
ヴィオは寝ているときにうなされない日があるようになってきた。キリー曰く、昼間体を動かしたり魔力を目いっぱい使ってる日は疲れて夢も見ないんだろうと。それはそれで良いことだと思うけど、心の傷が癒えたわけじゃないからまだまだ安心はできないと思った。




