魔力暴走
私が寝る支度をあれこれしている間、ユーリスがタオルで軽くその子を拭いて、子ども用の服はないから私のパジャマを着せてくれた。
着替えの途中に見えたその子の体は思った以上に痩せていて、魔力暴走でついたのか細かい傷があちこちにあって、靴を履いてなかったので足の裏が特に傷だらけだった。
ユーリスはそのあちこちの傷に丁寧に薬を塗って、足の裏も塗った後包帯を巻いていた。
朝起きたらお風呂に入れて傷薬を塗りなおそう。
起こさないように静かにユーリスが2階に運んでそっとベッドに寝かせた。
普段のガサツなユーリスに意外と繊細な面があって少し驚いた。
「多分朝まで起きないと思うけど、何かあったらすぐに呼べよ。」
「うん。 ユーリスもルー兄も疲れてるからゆっくり寝てて。おやすみ。」
「おやすみ。」
と言って静かにドアを閉めて降りて行った。
部屋は明かりを落としてあるので、小窓から入る月明りでほんのり明るい。
私は起こさないようにそっとベッドに入ってその子の顔を見た。
まだ顔は少し汚れているけれど、細くて幼いその子は静かに寝息を立てていた。
いくつくらいなんだろう。。。と漠然と考えている間に、私もうとうとしてきた。
遠いところで何か・・・音がする?
いつのまにか寝ていた私はうっすら目が覚めてきた。 まだ暗い、何時だろう。
と思っていたら、隣ですすり泣くような声がしてきてはっきり目が覚めた。
横を見ると、その子は寝ているのに泣きながらうなされていた。
「うあぁぁぁぁーん!」
うなされる声が少しずつ大きくなってきたと思ったら、部屋の中に風が吹いてきた。
窓は開けてない。 よく見るとその子を中心に風が吹いてる。
それがだんだん強くなって、ゆっくりと渦をまくように毛布もベッドの下に飛ばされ、私も横で手をかざさないと前が見えにくくなってきた。
この部屋には細かいものは置いてないが、机の上の小物が飛ばされて落ち、窓がガタガタし、そのうち机や重いチェストまでガタガタ音を出し始めた。
その子はなおも寝ている状態で声にならない声で泣いている。これ以上泣かせたらだめだと思い、強風に逆らってその子を思いっきり抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫!何も怖くないよ! 私が守ってあげるから大丈夫!」
なにも大丈夫じゃないけど、私は強風の中で必死で背中をなでながら叫んでいた。
「ブラウ!大丈夫か? すごい音がしてるぞ!」
ユーリスとルードが駆け上がってきてドアを開けた。
物が散乱してる部屋のベッドの上で、子どもを抱きしめている私を見て二人は息をのんだ。
「ブラウ!」
ユーリスとルードが叫びながら近寄ってくる。
「静かに! 眠ったから大丈夫。」
私は二人に腕の中で眠っている子を見せた。
「は~~~~~。心臓に悪い。」
ルードはその場にへたり込んだ。
「ブラウ、眠らせる魔法使えたのか?」
ユーリスが溜息交じりに聞く。
「私の魔法が生活魔法程度って知ってるでしょ?できるわけないわよ。」
「じゃ、なんでおさまったんだ?」
「とりあえず抱きしめて大丈夫って言い続けただけよ。そのうちおさまってきて静かに眠ったの。」
「なんだかすごいな、ブラウ。力業かよ。」
ユーリスは力が抜けたようにベッドの端に腰かけて、ガシガシと頭をかきながらため息をついて笑っている。
なんだか最後のセリフは失礼だな。
私はその子を抱きしめたままなので、ユーリスとルードが散乱した部屋を少し片づけて、
「まだ夜明け前だからもう少し寝よう。また暴走し始めたら起こして。」
とルードは言って二人で下へ降りて行った。
なんとなくだけど、静かに寝息を立てているその子を見てたらもう大丈夫な気がする。なんとなくね。
そして私はその子を抱きしめたままもう一度布団に入った。
背中をトントンしているうちに私もうとうとして眠っていった。
朝日がまぶしい。そして何か・・・
ぼんやりした頭のままうっすら目を開けると、きれいな紫が目に入った。
はっと気が付いたら目の前にきれいな紫の目をしたその子と目が合った。
「おはよう。目が覚めたんだね。」
私はゆっくり起き上がって伸びをした。それを2つの紫の目が不思議そうに見上げている。
「さて、お腹はすいてない?何か食べようか。」
と、その子に問いかける。ベッドの上に起き上がった子は、盛大にお腹を鳴らし、顔を赤くしながらお腹を押さえてる。
「わかった。お腹は正直だね。ちょっと待ってて。」
と私は笑いながら言って下のユーリスたちを呼びに行った。
ユーリスがその子を抱えて下に行った後、私は着替えて部屋を少し片づけて降りて行った。
ユーリスにその子をお風呂に入れてもらっている間、朝食の支度をする。
バタバタしてたから買い置きがない。まして大人3人と子ども1人。材料がないぞ。
昨夜のポトフはスープがちょっと残ってるくらい。
仕方ない、庭のニンジンやジャガイモ玉ねぎをとってきて、スープに入れて煮始める。
ハーブと塩を足して即席スープの出来上がり。
保冷庫の卵でオムレツ、パンがないな・・・
小麦粉があったな。 それで薄く生地を何枚か焼いて皿にのせる。よし!
私がバタついている間、ユーリスとルードでお風呂上りに着替え(さらに私のパジャマ)と傷薬を塗って足の包帯を替えた。 ルードは子どもがいて慣れてるから手早いね。
その子もユーリスとルードには慣れたのか大人しくされるがままにしている。
お風呂から上がったその子は驚くほどきれいな男の子だった。
伸びっぱなしで顔も隠れていた髪は輝く銀色、目は朝起きて驚いたくらい透き通った紫色。
私のだぶだぶのシャツ来ているので肩が半分出ちゃってるけど、そこから見える肩が骨ばっていてそれが悲しい。
店から椅子を一つ持ってきて、みんなでテーブルを囲む。
大人用だから子供には低いね。 顔がちょこっと出てるくらい。
「さて、精霊様に感謝して食べましょう。あり合わせでごめんね。」
「君はスープからゆっくり食べるんだよ。」
椅子が低くて食べにくそうな様子を見てたルードが自分の膝に乗せた。
自分のスプーンからその子の口に運んでいく。
パパ、手慣れてるねぇ。 私はニヤニヤしながら兄を見る。
「ブラウ、気持ち悪いよ。」
「いや~、お父さん慣れしてるなって。 そういえば家に連絡したの?」
私はスープを口に入れながら聞いた。
ユーリスは無言で朝食をほおばっている。朝からすごい食欲だな。
「ああ、これからするよ。もともと中央門の戻りが今日の昼の予定だったからね。家でもまさか早く戻ってるとは思ってないだろうし。」
その子の口に上手にスープを入れながら話をする。
スープと中の野菜、そして即席小麦粉焼きにオムレツを入れて巻いたものを手にもって黙々と食べていたその子は、ルードの膝の上である程度食べ終わったらうとうとし始めた。
「お腹いっぱいになったら眠くなったんだね。膝の上あったかいし。」
「ブラウ、どこかへ寝かせる?」
「俺たちが寝てた寝袋は?案外あったかいぞ。」
ユーリスがまだ床に置いてある寝袋にその子を入れて寝かせた。
私は食後のお茶を入れて椅子に座る。
「これからどうするの? 入国許可は中央門で手続きするとして、中央教会へ連れて行くの?」
「うん、まだ小さいし保護者が必要な年だと思う。王都の教会なら魔力のコントロールも指導してもらえると思う。」
「そうだな、ここの教会支部より王都の中央教会のほうが指導者も多いだろうな。」
「そうなんだ・・・。」
私はまだ小さいこの子が見知らぬ教会の大人の中で暮らすのは寂しいだろうなと思ってしまった。
「急に他国に連れてこられて環境が変わった上に、厳格な教会で生活ってどうなんだろう。せめて少し落ち着くまでこの町で暮らすっていうのはどう?」
「それはブラウが面倒を見るってこと? 確かに可哀そうだと思うけど・・・。店のこともあるしね。」
ルードが心配そうに言った。
そうだよね、成人してるとはいえ一人暮らしの娘が子ども1人預かるって現実的じゃないか・・・。
3人で顔を見合わせてため息をついていると、もぞもぞと寝袋が動いた。
「あ、起きた?」
眠そうに眼をこすりながらゆっくり起き上がったその子と目が合った。
やっぱりきれいな紫の目だね。
「どうしたの? のどが渇いた? 何か飲む?」
私が立ち上がって聞くと、フルフルと小さく首を振ってとことこ私の方へ歩いてくる。
そして私の横に来たと思ったら、きゅっと私のスカートをつかんで体を寄せてきた。
「どうしたの? また怖い夢見た?」
こくんとうなずくとさらに体をくっつけてきた。私は思わずその子を抱き上げて目を合わせた。
「大丈夫、夢は夢。怖くないよ。そうだ、君の名前を教えてくれる? 私はブラウ。 こっちが私の兄さんのルード、そっちは君を助けてくれたユーリスだよ。」
と、自己紹介をした。その子は何か言おうとしたが、口を開けただけですぐにきゅっと口を結ぶと私にしがみついてきた。
「声が出せなくなってるんじゃないか? うなされるほど怖かったんだと思う。魔力暴走もしてたし。」
「そうなの?」
と私が聞くと、肩口でうなづく感じがした。
「わかった。なら無理に話さなくていいよ。」
私は抱っこしながら椅子に座った。
「ルー兄さん、やっぱりしばらくうちで暮らしちゃダメかな。 こんな状態で教会へ連れていけないよ。
ねえ君、しばらくうちで私と暮らさない? すごく豊かじゃないけど、食べることには困らないし、周りにお店もあるし優しい人がたくさんいてにぎやかだよ。」
膝の上の子と目を合わせて話しかけた。その子はちょっと首をかしげてはにかむように笑うと私の方へ体を預けてきた。
「よし、決まりね!」
「おいおい、勝手に決めてるよ。」
「ブラウ、そんな急いで決めないでよ。
二人が慌てて言う。
「一生ってわけじゃないじゃん。この子がこの町でいろんな人に会って、いろいろ学んで吸収してからでも遅くないんじゃないかって思うのよ。ね~っ。」
って首をかしげながら話しかけると、同じように首をかしげて少し笑った。
「はぁ~~~。」
ルードが盛大にため息をついた。
「おいルード。 お前んちどうやったら娘こんな感じに育つんだ? 行き当たりばったりっていうか、怖いもの知らずっていうか・・・。」
ユーリスがあきれ顔でルードに聞く。
「う~ん、年が離れてるせいか、小さいころから独立心は強かったね~。」
それって誉め言葉?
「ブラウ、君の気持はわかる。 けど現実として、その子の魔力はまだ不安定だよ。またいつ魔力暴走するかわからない。もともと村でも持て余してたんだし・・・。」
「ルード!」
ユーリスがルードを制止する。 ルードはしまったという顔をした。
膝の上の子がびくっと体を固くしたので、私は
「大丈夫だよ、もう怖いことはないよ。」
とそっと抱きしめながら声をかけた。 体のこわばりが緩んだのが分かった。
「ルード、俺もしばらくこの町にいた方がいいと思う。俺がこの二人の護衛としてこの町で生活してもいいと思ってる。」
ユーリスが珍しくまじめな顔してルードに言い切った。
「そうだな、ユーリスがいてくれれば暴走も止められるか・・・。」
ルードは少し考えて
「ブラウ。店をしながら子どもを預かるってことは大変なことなんだよ。ちゃんとその辺わかって覚悟があるなら、その子が落ち着くまでここで一緒に生活してしてもいい。
ただし、ユーリスの言う通り、彼に正式に護衛としてこの町にいてもらう。
そして、ちょっとでも何かあったら自分で解決しないで、ユーリスや町の人を頼ること。
君が人を頼る姿をその子に見せて、その子が困ったときに人に頼ることができる子にするんだ。」
さすがルードは商会の後継ぎとして色々見て育って、しっかり子どもを育てているお父さんだなと感心した。
「ユーリス、後で中央ギルドに正式に護衛の長期契約をしてくるから、よろしくお願いします。」
「正式な契約として承知した。」
ルードがユーリスに頭を下げ、ユーリスもいつになくまじめな顔で答えた。
「そういうことで、とりあえず君の呼び方だけど・・・。文字は書ける?]
膝の上のその子に問いかけると、フルフルと首を振る。
「わかった。文字はこれからゆっくり教えていくとして、何て呼ぼうかね。」
紫のきれいな瞳がきらきらしている。
「君の目はきれいな紫だね。紫はヴァイオレットだから、ヴィオって呼ぼうかな?」
ヴィオって呼ばれたその子は、きれいな目を見開いて静かに笑った。
「OKヴィオ、これからよろしくね。」
私はヴィオの額に自分の額をくっつけて言った。ヴィオははにかみながら小さくうなづいた。それを見ていたルードとユーリスも、
「ヴィオ、よろしくね。ブラウは突っ走りやすいからごめんね。」
「そしたら俺が止めてやるからな。」
「2人とも失礼な!」
午前の光が部屋の中をゆっくりと照らし、ヴィオの瞳と髪をきらきらと反射させていた。




