教会のその後
成人の儀の後、ユーリスとキリーも一緒にファーレン商会へ戻り、みんなで夕食を囲んだ。
「ユーリスもキリーもしばらく見ないうちにすっかり大人になったなぁ。」
父エドはお酒も入って上機嫌。
「そうだね、初めて会ったのは6年前か。ユーリスはまだ16だったから今よりずっと可愛かったね。」
と、ルー兄も続く。
「ちょっと、今その話します?」
「え?ユーリスって今22なの?私と3歳しか違わないの?」
私は今更だけど、ユーリスの年齢を知らなかったんだった。
「え、俺のこと何歳だと思ってた?」
「ルー兄と同じくらいかな~って・・・。」
「ひどい・・・!」
「こいつ案外落ち着いて見えるらしいな。」
キリーが笑いながら言う。
「キリーは浮かれてるから若く見えるだけだろ。」
ユーリスが反論する。
「?キリーはユーリスより下じゃ?」
「何言ってるんだよ、こいつは俺より4つ上だよ。」
「あはは・・。」
軽めのキリーはてっきりユーリスより下かと思ってた。むしろルー兄に近いのはキリーだった。
「ブラウは人の年齢とか気にしないからねぇ。ごめんね、ユーリス。」
父エドが全然フォローになってないフォローをする。そんな会話をヴィオはニコニコしながら聞いていた。
そんなやり取りを聞いていたキリーがふとヴィオに聞いた。
「そういえば、ヴィオ。呼び方を変えた方が良いか?」
「そっか、自分の名前言えてたよね。もうヴィオじゃないか・・・。」
私も教会の様子を思い出して言った。ヴィオは私たちが勝手につけた名前だもんね。
「ヴィオがいい。」
きれいな紫の目をこちらにまっすぐに向けて静かにはっきりと言った。
「ママとパパがつけてくれた名前があるじゃない?ヴィオは仮につけた呼び名だよ?」
「ヴィオはブラウがつけてくれた名前。だからブラウにはヴィオって呼ばれたいの。僕には名前が二つもあるんだよ。」
ヴィオは嬉しそうに言った。私はその笑顔に胸をぎゅっとつかまれた気がした。
「わかった。ヴィオがそういうならこれからもヴィオって呼ぶよ。でもママとパパがつけてくれた名前も大切にするんだよ。」
「うん。」
「そっか、これからもヴィオって呼んでいいんだな。」
横にいたキリーがヴィオのさらさらの銀髪をくしゃくしゃにしてなでていた。
「キリー、くしゃくしゃしないで。」
「あはは、すまんすまん。」
そんなこんなでにぎやかに夕食を済ませ、みんなでファーレンに泊まって翌朝辺境へ向かった。
「お父さん、お母さん、ルー兄、ありがとう。ヴィオを連れて中央教会へ行くときにはまたおねがいします。みんな元気でね。」
私たちは行きと同じように2頭だての馬車で帰る。
「気を付けて帰るんだよ。またおいで。」
と父エドが言うと
「じーじエド、またね。」
「ヴィオーーーーー! 帰らないでずっとうちにいてもいいんだよーーーー!」
「お父さん、いい加減にしなさい、もう。」
母にたしなめられる。
「ブラウ、気を付けて。何かあればいつでも連絡してちょうだい。ヴィオと楽しくね。」
「うん、お母さん、ありがとう。」
「さ、出発するけど良いか?」
ユーリスとキリーが御者台に乗る。父エドがユーリスたちに近づくと、
「ブラウとヴィオの事頼むね。特にユーリスはヴィオの父親がわりなんだからね。」
とプレッシャーをかけに行く。
「う~ん、ユーリスが父でブラウが母なら2人は夫婦ってことかな~?」
父がニヤニヤしながらユーリスと私を見比べる。
「ちょっと、お父さん。今さら変なこと言いださないでよ。」
「あははは、まあ、仲良くね~。気を付けて帰るんだよ。」
父が最後まで変なことを言ったので、私たちも変な空気になったじゃない!馬車と御者台に分かれててよかった~。
帰りも私とヴィオは快適。お昼寝したり、持たされたおやつを食べたりしながらのんびり辺境の町へ戻った。
中央門が見えてきた。またいつもの日常が戻ってくる。
私は店を開け、ヴィオは私の手伝いをしたり、ユーリスとキリーに魔力制御と護身を教わっている。そこに新たに週4日教会に通って勉強をすることが加わった。
教会で勉強する日は朝から昼までヴィオはいないので、ユーリスとキリーはまたギルドの依頼で出かけるようになってきた。ただ、ユーリスの方は長期の依頼は受けないようにして、なるべくヴィオと一緒にいる時間を作っているようだった。
1日のスケジュールがだんだん規則正しくなり、朝は私とヴィオで朝食を取り、ヴィオを教会へ送り出す。私は店の開店準備。昼にヴィオが帰ってくると、一緒に昼食、時にユーリスやキリーが加わり、午後はどちらかがヴィオに教えたり、教会で教わったことを復習してたり。そして店が閉まると、夕食はユーリスと3人で、依頼がなければキリーも一緒に食べるようになった。
ヴィオは夕食の時に、その日に教会で教わったことを楽しそうに話してくれる。同じ年頃の子供たちとも交流するようになり、毎日が楽しそうだ。そして、
「今度大司教さまに会ったらたくさんお話をするの。」
と、楽しいことをたくさん集めているらしい。
昼間たくさん遊んで、勉強して活動してるので夕飯を食べたらもうすぐ眠くなるようになった。うなされることはほとんどなくなった。多少寝ぼけるけどね。
ある日、ヴィオが寝た後、いつものようにユーリスとキリーにお茶を出していると、
「ブラウ、ちょっといいか。」
ユーリスが切り出した。
「ファーレンでは言えなかったんだが、ヴィオを預かるうえでいくつか教会から条件を出されてるんだ。」
「そんなのあったの?」
「まあ、ヴィオは特別だからね。教会は保護したがったし、国は国外へ出したくないしってね。」
「まさか、私たちが仮親で名乗りを上げなかったら・・・・。」
「おそらく生涯教会から出られなかっただろうね。」
キリーが不穏なことを言う。私は想像してゾッとした。
「まあ、要するに条件を飲む代わりにヴィオの自由を獲得できたってことかな。」
「その条件て何?」
私は聞くのが怖くなってきた。
「いや、思うほど怖くないから大丈夫。」
ユーリスは私の心情を察したのか柔らかく笑って言った。
「教会でヴィオはオメガだって判定が下っただろう?ブラウは何故オメガが教会預かりになるか知ってるか?」
ユーリスが聞いてくる。
「希少だから?人数が少ないのは知ってる。男の人でも赤ちゃん産めるって。ただこの近所でオメガが生まれたって聞いたことないし、オメガの人をヴィオ以外で見たことはないかな。」
「そうだな、確かにオメガはあまり生まれない。だけどそれが理由じゃない。」
ユーリスがお茶を一口飲んで続ける。
「そもそもオメガは男女関係なく子どもを産むことができる。それから成人すると定期的に発情期が来て、相性の良いアルファと番になる。そこまではOK?」
「うん。」
「その発情期なんだが、オメガの発情はアルファと番になって妊娠するためのもの。なので、オメガの発情中はすべてのアルファは抗えず一緒に発情状態になるんだ。」
「え~!それって大変じゃない。だって、そんなに強く引き付けられるなら、相性関係なく番になっちゃうじゃん。」
「そうなんだよ。それで昔はトラブルになることが多かったらしい。」
キリーが説明をしてくれる。
「オメガは番になったら、相手が死ぬまで番のフェロモンにしか反応しなくなるんだが、アルファの方は番ができたとしても、ほかのオメガが発情したらフェロモンに反応してラット状態になってしまう。」
「サイテー。浮気し放題ってこと?」
「そうそう、それでトラブル。」
「むぅ~。」
私は納得いかない。
「大昔、国同士の争いが多かった時代はそれでもよかったんだよ。オメガはアルファを産む確率が高いから、魔力や能力の高いアルファがたくさん生まれて欲しかったんだろう、一夫多妻制でアルファを増やそうとしたんだ。」
「オメガの人権はどこよ。」
怒る私にユーリスがなだめるように、
「まあまあ。それで戦が少なくなってきたら、一夫多妻は跡継ぎ問題でトラブルになりやすく、またヒートとラットで望まない子どもも生まれてきたりで、国レベルで何とかしないとってことになったんだ。」
「それが教会?」
「ああ。国は教会に介入させてオメガの保護に乗り出した。」
「保護?監禁じゃなくて?」
私の疑問にキリーが、
「物騒だな。まあ、オメガだとわかると問答無用で教会預かりになるからそう言われても仕方がないんだが。ただな、ブラウ。前にも言ったが、もしオメガが家に生まれたとして、その子を一般の家でアルファから守りつつ、番を見つけられるまで面倒を見れると思うか?」
「う~ん。結局家でも閉じ込めておくことになる?」
「そうだ。だったら教会で教育を受けながら安心して生活が送れる方が良いんじゃないかってことだよ。」
「将来は神官になる・・・?でもそれ以外の職業は選べないよね?」
「そうなるな。だけど、世の中の全員が自分の希望の仕事についてるわけじゃないだろう?家の仕事によっては嫌でも継がなければならないし。」
「うんまあそれはそうだけどね。でも、夢見ることもできないのは少し悲しいかな・・・。」
「そこでさっきの条件の話だ。」
ユーリスがおもむろに話に入ってくる。
「ヴィオも成長すれば発情期が来る。それはヴィオにとってもアルファにとっても危険な綱渡りになる。ヴィオや俺たちが市井で暮らしたいと希望すれば反対もするさ。」
「うん、確かに安全を考えるとそうだね。」
私も少し自信がなくなってきた。ヴィオと暮らすってことはそういうことだ。
「だがヴィオはブラウと暮らすことを望んだ。それを教会は危険を知りつつ容認したんだ。ならばヴィオが危険にさらされないように、成長して発情期が来たらオメガの抑制剤を飲むことと、常に動向を中央教会へ報告し、定期的に中央教会へ行って直接成長具合を見せる事を条件としたんだ。」
「それだけ?国を出るなとか、何かするなとかはなかったの?」
「ああ。安心したか?」
「中央教会の大司教様が言っていた、顔を見せに来るようにっていうのは条件の一つだったのね。は~良かった。もっと厳しいのかと思った。」
私は緊張が解けたようにため息をついた。
「ブラウ、ヴィオに関してはこれだけだが、ブラウや俺たちには別の条件が付けられている。」
「えええ?」
逆に驚く。
「大司教が言っていたように、俺たちにはヴィオを正しく育てるっていう条件が付いてる。正しいっていうのは犯罪に加担や巻き込まれないってことだ。それは今ブラウが普通にやっていることだから大丈夫。巻き込まれないようにするために、俺やキリーが魔法や剣・護身を教えている。」
「うん。じゃ、今まで通りの生活で良いってことだよね?」
「ああ、基本的にはね。」
「ほかに何か?」
「オメガの抑制剤だ。」
「お父さんに聞いてみたけど詳しく教えてくれなかったよ。」
「一応国家機密だからね。」
げ、出た!やっぱり不穏なんじゃん。
「アルファ用もオメガ用も抑制剤は存在してる。それぞれ目的が違うんだ。」
「目的・・・?」
「アルファ用はオメガのヒートフェロモンに反応しないようにすること。外からのフェロモンを遮断するのを目的にしたものだ。アルファの多い騎士団で使われてる。騎士団が出る時って大抵が混乱してる状態だから、オメガのヒートに巻き込まれやすいんだ。騎士団は貴族も多いから、ヒートに巻き込まれて庶子が生まれると家が混乱するし、愛妻家も多いからね。」
ユーリスとキリーが顔を見合わせて笑う。私も隊長を思い浮かべて笑った。
「じゃオメガ用は発情しなくなる薬?」
「まあ今のところはね。ただ、発情はオメガにとっては番を得るために重要なことだし、体にとっては正常な状態なんだ。それが無くなるってことはあまり体に良くないっていうのはわかるだろう?」
「そうね・・・。薬を作る立場としては、効きすぎる強い薬は逆に体に悪いことがあるもの。いくら安全のためとはいえ、発情が一切なくなる薬っていうのは強すぎるわね。」
「それが教会からの条件。教会としては、ヴィオの能力を高く評価してるし、いずれ神官にとも考えてるが、今のオメガ用抑制剤で発情を完全に遮断してしまったらヴィオの体にどんな副作用が出るか心配してる。だが市井で暮らす限り抑制剤は必須だ。それで教会は、今の抑制剤を扱ってるファーレン商会に発情とフェロモンを抑えつつ、体に負担のない抑制剤の開発を依頼した。」
「そうだったんだ、ファーレンで開発ねぇ。」
ユーリスとキリーは私を見てにやにやしながら
「依頼されたエド・ファーレンは、開発者にブラウを推したんだ。」
「えええええ?私?なんで?」
「エドが言うには、今の抑制剤の効き目を損なわず、かつ体に優しい薬にするためには時間と根気が必要になる。幸いヴィオが発情期を迎えるまであと何年かあるはず。要はそこまでに間に合えばいいわけだから、時間をかけてじっくり開発ができる。ファーレン商会の中で、根気よく薬の研究や開発に一番向いてるのはブラウだってね。」
「お父さんが?買いかぶりすぎでしょ。」
私は冗談でしょう?って思ったよ。
「いや、本気だよ。そもそも成人したての娘が薬屋になりたいって言ったからって、はいそうですかってOKすると思う?あのエド・ファーレンがだよ?ブラウにそれなりの商才と薬への才能を見出してなければ許可しないよ。」
「え~。うちが薬屋だからOK出たかと思ってたわ。」
「ブラウの薬や健康茶は評判良いだろ?騎士団でもそれは証明されてる。団長が買いに来るくらいだからな。」
キリーが言う。
「それは町警備の一環かと思ってたんだけど・・・。確かに薬を調合したり、人に合わせて作るのは好きだけど・・まさがお父さんから評価されてるとは・・・。ちょっとうれしい。」
私は思いがけず嬉しくなってニヤニヤしてしまった。
「ってことで、正式にブラウに薬の依頼が来てる。これが依頼書~。」
ユーリスが分厚い紙束を出してきた。え~色々制限とか禁止事項とかありそうでめんどくさそうな予感・・・・。
「ヴィオのためだ。がんばれ。」
キリーが爆笑しながら言ってのけた。くぅ~~~ヴィオを出されちゃ頑張らないわけにはいかないじゃん!




