『リ・バース』第一部 第10話 Tomb Raider③
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「──由々しき事態だわね」
リクトの報告を聴くと、テレサ先帝妃は玉座に深々と身を沈めて呟かれた。
シアリーズは黙り込んだまま何も言わない。しかし、彼女も事の重大さについては言われずとも理解しているようだった。
「所有術……だったかしら。ライガ、あなたはそれを、オムグロンデュを作り出した時点では掛けていなかったの?」
「掛けましたよ、勿論」
ライガが答える。
「しかし、術者である俺が──私が死んでから、あらゆる魔術は解除されました。この事は、使役術を解き放たれた魔群の消滅からも間違いありません」
「けれど死天使は、未だにあなたの招喚に応じたのでしょう?」
「彼のみは例外です。しかし、彼に関しても、本当に私との主従制約が続いているのか疑問が拭えないところはある」
ライガの言葉に、リクトはパペス国での戦いで見た、シュラの項に刻まれていた魔術印が脳裏に蘇った。
「エルヴァーグの墓から盗み出されたオムグロンデュに、錯乱するように仕向けられていた死天使……それに、白羊宮から消えた黒服の死霊化者の遺体。何となく、繋がりそうではあるわね」
「お母様」
沈黙を保っていたシアリーズが、母親の方を向いて開口する。
「シュラがキューカンバーの墓から掘り起こされたのは、二年近く前のはずよ。そうでなければ、彼の体は朽ち果ててしまっているはずだもの。彼は、腐らない骨だけの存在じゃないわ。でも──そうだとしたら。そして、本当にそれもあの黒服たちの仕業なら」
「彼らは私たちが気付くずっと前から、城の中で暗躍していた事になる」
先帝妃の言葉に、シアリーズは「ええ……」と唇を噛んだ。
リクトは、可愛らしい幼子の顔に険しい表情を湛えたライガを見やる。彼は間違いなく、境界転生によって復活した。状況から見て、それを実行したのが新生ジフトの者たちである事は明らかだ。
彼らが求めているのは、全盛期の彼の──隕命君主としての力。その為には、魔杖オムグロンデュと死天使シュラは欠かせない物品だ。全てが新生ジフトの手の者の仕業と考えれば、辻褄は合うのだ。むしろ新生ジフトの者たちがライガの魂を境界転生させ、それを宿したガラルが育まれるまでの間に、全く関係のない第三勢力がライガの遺産を巡って動き始めたという事の方が不自然だ。
しかし、事はそう単純なのだろうか?
キルヒムが、ライガに叫んでいた言葉が思い起こされる。ライガが、彼らの回収を命じられた聖体について、イスラフェリオが何も話さなかったのか、と尋ねた時の応答だ。
──俺たちには教えられていねえし、知る必要もねえよ。俺たちは「蠍」だ、放たれたらただ目標を刺せばいい。余計な事は考えずにな。
──命令に従ってりゃその間は飼って貰えるんだ。それでいいだろうがあっ!
イスラフェリオ、そして恐らく破戒僧正ウカノフが何かを最重要機密にし、組織の最高戦力たちにもひた隠している。そのような予感が、どうもリクトには感じられてならない。
「しかし分からないのは、一切がジフト残党の仕業だとして」
リクトと同じ事を考えていたらしく、テレサが再び開口する。
「ライガが討たれてから──彼らが死霊化術の研究を始めてから僅か数年、死霊化術を無効化する聖体に、この世ならざる場所に潜む降霊術者……そんな技術力を、どのようにして得られたのかって事ね」
「それなんですが……」
ライガが、ふと思い出したように手を挙げた。
「『蠍』の連中が、それについても気掛かりな事を言っていたような──そう、確か旧ヘロン遺跡で聖体を発見した時、『たかが商工組合が、我々死霊化者も知らぬ技術を以てそれを作り出したとは、俄かには信じ難かった』って。何か、ウカノフが連中を欺いていたみたいな言い方でした」
「ネイピアの村で君を復活させた時、フーとアノニムはその魔物誘引性を利用する為に聖体を託された。彼らが元々、一つ乃至はそれ以上の聖体を所持していた事の証左だろう」
リクトは考えながら、ライガの発言を受けて言った。
「きっと、ウカノフが──もしくは彼に命令を出したイスラフェリオが──イブンたちにそれを託す時、一応は出所を説明したのだろう。新生ジフトが使用している他の魔導具と同じく、ジフト派の軍需企業が製造したものだ、と。しかしそれは、嘘偽りだった」
「彼らはあの遺跡で俺たちを襲った時、イスラフェリオの命令で聖体を回収しに来たと言った。パペス国内で活動していた『蠍』がラナの行動に気付いて、報告した結果に基づいて。イスラフェリオがその時弁明するような事を何も言わなかったのだとすれば、その出所をわざと隠すような事を言ったのは、ウカノフ自身の判断だったという事になるな」
ライガが言うと、皆が静かになった。
──果たして聖体は、例の黒服たちの発明品なのか? そして黒服たちは、新生ジフトの味方なのか?
──しかし、ネイピアに現れた黒服の男は、確かにフーやアノニムを殺そうとしていた。それを言うのであれば、錯乱させられたシュラもそうだ。これはあくまで、彼を錯乱させた犯人が黒服の仲間であれば、の話だが。
思考実験では、自ずと限界が見えていた。
場を沈黙が支配したまま、十秒、二十秒と経過した。
その沈黙を破ったのは、この場に居る全員の中で、いつもの事ながら最初から無言を貫いていたジブリ公だった。
正確には、彼の懐に忍ばせていたHMEの着信音だ。彼は「失礼」と断り、端末を取り出して文面に目を走らせる。やがてその眉根が、微かに寄せられるのをリクトは見た。
「ヴォルノから?」
シアリーズが、不安そうに尋ねる。
「ええ」ジブリ公は淡々と答えた。「緊急事態のようです」
いつも通り表情や口調などの感情表現に乏しい彼が言うと、咄嗟に言葉通りの緊急事態だと受け取る事が出来ない。真っ先に「何だって?」と反応したのは、ライガだった。
「イェーガーさん、何て?」
「黒服が、例の降霊術で姿を現したそうです。先に回収した『栄光の手』と、旧ヘロン遺跡に安置されていた前腕部を同時に奪う事が目的のようだ、と」
「………!!」
自分もライガも、同時に息を呑んだ。
来るべきものが遂に来た、という気がした。こうなる事は分かっていたものの、やはり無意識の戦慄を禁じ得なかった。
「──ライガ」
リクトは、素早く彼の方を見た。彼は、端からそのつもりだというかのように、間髪を入れずに「ああ」と肯く。
「秘密を知らない連中を介入させて、事を荒立てたくはないな。行こう、リクト」




