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『リ・バース』第一部 第10話 Tomb Raider②

  ② リクト・レボルンス


「……では、開きますよ」

 ユークリッド東区、ストイケイア霊園。その小高い丘の(いただき)に、帝祖テオドールと共に戦った英雄たちの一族の墓は並んでいた。

 エッガ・セルが、「Eruvarg」と刻まれた墓石に向かって手を差し伸べ、物体操作術を発動する。墓石がそろそろと持ち上がり始め、その後方でリクト、ガラルの姿をしたライガと並んで立つドーデムは、「ああ」と嘆くような声を上げながら頻りに両手を擦り合わせた。

匍匐獅子(カメレオン)よ……このような事を許した我に、どうか寛大なるお赦しを……」

「お見苦しいですよ、ドーデム様。エルヴァーグ先代騎士長の墓前です」

 丘の頂を囲むように結界を張るペネロープが、ちらりと頭だけを振り返って彼を窘める。

「ペネロープ、君は畏れ多いとは思わないのか? 匍匐獅子(カメレオン)は、あの忌み物を己が魂の器と共に封じられたのだ。無論私は、魔杖オムグロンデュに本当にライガの怨念が残っており、それが祟るなどと信じている訳ではない。それでも彼は、プログラムでは説明し難い人々の精神的(スピリチュアル)な信仰を──(ごう)をお一人で背負われて、未来世(ポスト・ヴィータ)へと旅立たれたのだぞ」

「ならば、あなたはそれを理解した上で、彼の遺志を無駄にしない為に真実を確かめようとされているのではありませんか」

 彼女は言いながら、心なしかライガの方も睨んでいるようだった。

「もし本当に、オムグロンデュが彼に感応するのなら……」

「構いません」

 ライガは、あくまでガラルとして言った。「覚悟は出来ています」

 パペス国から帰還して、二日後の事だった。

 モルガンでイスラフェリオを迎撃するドーデムの元へ赴き、リクトが頼み込んだ事柄──ファタリテ先代騎士長ロディ・エルヴァーグの墓からの、魔杖オムグロンデュの発掘。

 諸々の用事が済み、ドーデムの方でも都合がついたらしく、一日の休暇を経て王宮での業務に戻った早朝真っ先に彼は声を掛けてきた。

聖光士(バロラント)、あなたの”墓暴き”が行える日は今日しかありませんぞ」

 こちらが、ガラルの正体はライガだという事に関していつまでも断言を避け続けている事について、彼の苛立ちは募り続けているようだった。モルガンではこちらの毅然とした態度に彼も何も言わなかったが、やはり納得出来ないものは残り続けているらしい。

 リクトも、彼のねちねちとした態度には不快感を感じざるを得なかったが、その()れについては痛い程理解出来た。理解した上で、黙殺を続けた。

 リクトたちがパペスに出向いている間、元老院ではモルガンから撤退したイスラフェリオたちを追撃し、彼らが総督府を牛耳っているカヴァリエリを奪還すべし、という意見が俎上に載せられたらしかった。それは元老長であるナサニエル・ヤーツ自身が出した提案のようで、最速で審議が行われた結果、騎士団はまたもや動かされる事となった。

 そしてやはり、作戦を主導するのはファタリテ騎士団という事だった。

 恐らくドーデムが父親に働き掛け、旧ヤーツ派の議員たちを引き込んで騎士団派遣を決定させたのだろう。

 その手順(プロセス)には(いささ)か引っ掛かるものがなくもなかったが、テレサ先帝妃は元老院でのこの決定について、女王シアリーズに代わって皇帝の究極権限を使用して阻む事はなかった。イスラフェリオが動いた以上、六年間に渡る膠着状態は終わりを告げたのだ。初戦で──完全とは言い難いものの──帝連軍が勝利を収めた事もあるし、いつかは行わねばならない戦いだった。

 ドーデムは、明日からもう出発だ、という旨をリクトに告げた。

「どうやらあなたには、我々凡下の(ともがら)では及ばぬような任務があるらしい。しかしご心配なされるな。あなたのお陰で我々は、非常に勢いに乗っている。もうあなたのお手を煩わせずとも、私一人で十分だ」

「それは何よりだ、ヤーツ殿」

 リクトは何処となく挑発するような彼のペースには乗せられず、あくまでもさらりと受け流した。

「あなたのご活躍に、期待させて頂きますよ」

 ドーデムは聞こえよがしに舌打ちしたが、それ以上は何も言う事はなかった。

 そして今は彼の出発前、彼の立ち会いの(もと)でロディの墓を開けられる最後の機会だった。

 皆が見守る中、エッガは慎重に墓石を横にずらし、献花台の横に下ろす。リクトは進み出、一礼してから手ずからシャベルを取り、黒々と湿った土を掻き分けてロディの棺を掘り起こし始める。

 木の棺はとうに土壌中の微生物により、分解されて朽ちているはずだ。しかし、その残骸の中に収められたロディの骨と、同じく遺体から作り出されたオムグロンデュの骨が腐敗する事はない──。

 ドーデムは、敬愛していた先代騎士長の成れの果てを見まいとするように──或いはやはり、オムグロンデュの”怨念”が恐ろしいのか──意地でも墓石の下の土には近づかなかったが、リクトの作業が十分を超え、もうじき二十分になるという頃になって「おい」と口を挟んだ。

「いつまで掘っている、聖光士(バロラント)?」

「ロディ殿の遺骨は発見されません」

 リクトが小細工をしないかと思ったのだろう、自分が発掘を進める間、横で見守っていたエッガが抑揚のない声で告げる。

「それ程深く埋葬されたのですか、ドーデム様?」

「私は知らないぞ。納棺の際の事なら、実作業を行ったのは墓掘り人だ」

 ドーデムは苛立たしげに言い、小刻みに爪先を揺すり始めた。

 リクトも、次第に焦燥を覚え始める。

 何故、何も出てこないのだ。何代にも渡ってカルマ騎士団の長の座を襲ってきたピックルス一族などは、家の伝統として弔いを土葬の形で行うが、エルヴァーグ家は間違いなく火葬だ。ロディの死後、彼がナサニエル主導の葬儀の最中、荼毘に付される場面はリクトも見ていた。

 ロディの遺骨は現れない。では、オムグロンデュは?

 顳顬(こめかみ)を汗がつーっと伝い落ちた時、シャベルの先に何かが当たった。

 リクトは屈み込み、(はや)る心を抑えてそれに目を凝らす。壊さないように、慎重にと自らに言い聞かせながら、素手で土を払いのけてそれを露出させた。

 それは、酷く錆びた長剣だった。刀身は、長年土の中にあった為にとうに腐蝕してしまい、半ばから折れている。しかし、その残った部分の、びっしりと赤錆に覆われた根元の辺りに、紛れもなく元のものと思しき色が覗いていた。

 鳩羽色(ペリステライト)の、宵闇(ダスク)鋼を鍛えて造られた直剣──。

「……これが出てきたという事は」

 リクトは、結論を出さざるを得なかった。

「魔杖オムグロンデュはここにはない。我々以前に誰かが墓を暴き、ロディ殿の遺骨と共に持ち去ってしまったんだ」

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