『リ・バース』第一部 第10話 Tomb Raider①
① ライガ・アンバース
見覚えのない光景が目の前に現れて、すぐに自分が夢を見ていると気付いた。
霧煙る、深い森の中だ。自分は酷い傷を負い、枯木の根元に背を預けて座り込んでいる。遠くから、絶え間ない剣戟や悲鳴が耳に届く。ライガはそれが、帰らずの地での最後の戦いの日であると悟る。
自分が、忘却の彼方に置き去りにしてしまった記憶。きっと、自分でも目を背けたい程の悲しみと後悔の記憶なのだろう。現では決して思い出す事の出来ない、しかし確かに魂に刻み込まれて消える事のない──。
(……嫌だ)
これから見るのであろうものを思い、ライガはぎゅっと目を瞑ろうとする。
しかし、それが出来なかった。そういえば、深い傷を負っているはずなのに、痛みがまるで感じられない。あたかも自分ではない誰かに視点だけが重なり、体を自らの意思で操作出来なくなっているかのようだ。
……いや、「ようだ」ではなく、事実そうなのだろう。
過去の自分は、今の自分の意思とは関係なく顔を上げた。そこに、誰かが歩いて近づいて来たのに気付いて。
目の前に立っていた人物は、リクトだった。
彼は白銀の鎧に身を包み、フォルトゥナ騎士団の象徴色である赤色のマントを靡かせていた。それが、否が応にももう彼は自分とは決別してしまった”向こう側”の人間なのだという事を思わせた。
彼は、愛剣トゥールビヨンの柄を握る手を震わせた。小刻みに揺れる象牙色の刀身が、月光を浴びてちらちらと瞬く。帰らずの地の深い森は、黒々とした樹冠を戴いて月光の大部分を地上に到達する前に遮っていたが、その時自分の座り込んでいる場所は開けており、その例外となっていた。
あたかも、スポットライトを当てるかのようだった。ここに、少し前まで猛威を振るった隕命君主が無様に凋落し、死に瀕しているぞ、と。
過去の自分が、何かを言ったようだった。しかしそれは、何故か視点となったライガの耳には聞こえない。
リクトもまた、何かを言った。それもまた、聞き取れなかった。
二人が会話をしている。今の自分には、聞こえない声で。
夢の中でまで自分は、その瞬間を知る事を恐れているのだろうか。
(畜生……何でだよ)
自分は、知らなければならないのに。六年間、彼にとって呪いとなった──状態異常としての呪いではない、全くプログラムを逸脱した、消す事の能わぬ呪いとなったその出来事の全てから、韜晦してはいけないのに。
やがて、リクトが迫って来た。
トゥールビヨンが振り被られる。視点となったライガは反射的にぎゅっと目を瞑りかけたが、やはり過去の自分の肉体を動かす事は出来ない。それが自身に突き刺さる瞬間まで──。
血飛沫──後、暗転。
真っ暗になった世界の中で、自分の初めて今際の言葉が聞こえた。
「お前は、俺の人生を壊したんだ」
* * *
はっと目を開けると、そこに見慣れない天井があった。
何処だ、という刹那の混乱を経て、すぐに旅先の宿屋だという事に気付く。パペス国、旧ヘロン遺跡の最寄りの村エルミート。ここでリクトの愛馬グラーネたちを宿に預け、出発した記憶はあるが、戻って来た覚えがない。
──と、思っていると、
「目が覚めたのか、ライガ?」
枕頭で、椅子に腰掛けたリクトが言った。
自分が眠っている間、彼が見ていてくれたらしい。ライガは眠りに落ちる直前の事を思い出し、ああ、と納得した。砂漠で新生ジフトの「蠍」たちと交戦している最中に、砂嵐に巻き込まれたのだった。
リクトの背後の壁に、鏡が掛かっている。そこに映るライガの姿は、とうに変身術が解除されて幼いガラルのものとなっていた。
「リクト……無事か?」
「ああ、何とかね。砂漠で飛ばされた時、僕が最初に目を覚まして、気を失っている君を見つけてここまで運んで来た。チェックインした時、君はボム・ディメン君の姿をしていたから、その姿に戻った君を抱えて戻る時には言い訳に困ったけど……この辺りに住んでいる知人の子供で、近くの森に遊びに行って迷子になって、そのまま眠ってしまったらしい、目立った外傷はないし、今晩は僕が預かって夜が明けたら送りに行くとHMEを送った、って説明したら、宿の人も納得してくれたよ。勿論、戦いの中で君が受けた傷はあったけど、僕が魔術で処置しておいた」
「そっか。……メルシー、すまんな。迷惑を掛けた」
ライガは言ってから、後頭部を掻いた。
「知人の子供──ねえ」
「実感ないかもしれないけど、僕たちはもう二十九なんだよ? 三十代はもう目の前さ。オルフェなんかはもう結婚しているし──って、その頃はまだ君も」
リクトは言いかけ、はたと口を噤んだ。ライガは彼の台詞の続きを察し、思わず押し黙る。
──その頃はまだ君も、存命中だったじゃないか。
恐らくそれは、ライガが命を落とす一年前、ヴァイエルストラスの惨劇を期に、帝連から離反した後の出来事だったのだろう。そしてリクトは今、イスラフェリオの暴露により、ライガが自分によって止めを刺されたという事を既に知っている、と思い至ったらしい。
そう思うと共に、ライガの脳裏に先程まで見ていた夢の記憶が蘇りかけ、慌てて頭を振った。結局夢が掘り返した深層意識の記憶は、ライガに肝腎な事を一切教えないままだった。
ライガは話題を変えようとし、そこであっと気付いて声を出した。
「エロイスとニースは? あの二人は無事だったのか?」
「心配要らないよ。君を探している途中で見つけたんだ、軽く気付けをしたらすぐに目を覚ました。よっぽど疲れていたらしくて、こっちに着いた途端に眠ってしまったけどね。今も部屋で寝ているよ」
「そっか……良かった。無理もないな、あいつらにとっては初めてっていうくらいの大冒険だったんだから」
ライガは言ってから、遅まきながら例の聖体の事を思い出した。回収すると同時に自分が所有術を施したが、目を覚ましてから頭の中で警音が鳴っているというような事もない。という事は、「蠍」たちに持って行かれてしまったという訳ではないのだな、と思いつつ部屋を見回すと、机の上にリクトの荷物と一緒にあの革袋が置いてあるのが見えた。
「ジフトの奴ら、さすがに諦めたかな?」
「彼らがどうなったのか、僕たちは確認出来なかった。まあ僕たちも、散り散りにはなったけれどそう遠くまで飛ばされた訳ではなかったんだ。彼らも近くに居たんだろうけど……生死は分からない」
「探さなかったのか?」
尋ねると、リクトは当然の判断だというように些か声のトーンを上げた。
「君が最優先だよ。それに、見つけてどうすればいい? ……そりゃ、帝連の騎士としては、潜在的な脅威は迷わず除くべきなんだろうけどさ。倒れて意識のない相手を手に掛けるのは、騎士道に悖る行為だ。たとえ相手が、死霊化術を使うジフトの人間だったとしても」
「……やっぱりそういうとこは、お前だよな」
「それに、フー・ダ・ニットとアノニム・アノニマスは直前に君が助けようとした相手だろう?」
「それは──まあ、そうだけど」
ライガは言葉を濁す。
「何で自分があいつらを助けようとしたのか、分からないんだ。シュラにもう殺しをさせたくなかった、って訳でもない。そんな事を思う資格は、俺にはないしな。実際にネイピアの村で、俺はキルヒムたちを殺す為にあいつを招喚して、昔みたいに戦わせた」
変な事を言って悪かったな、とライガは詫びた。もし本当に彼らが死んでいたらどうしよう、と思いながら、感情的な事は抜きにして彼らには出来ればまだそうなっていて欲しくない、と考えた。
解消しなければならない謎は、まだまだ沢山あるのだ。
「彼らの事は、ひとまず措くとしよう」
滞りかけた空気を修正するように、リクトは手を叩いて合わせた。
「とりあえずの目標は達成出来たんだ。まずはその聖体をユークリッドに持って帰って、リィズたちに報告しよう」
ご精読感謝です。本日より第十話「Tomb Raider」の連載を開始します。こつこつと執筆を続け、第一部終了の見通しが立ってきたので告知しますと、本エピソードと第十三~十五話で第一部の現代編は終了し、以降は(恐らく第二十四話くらいまで?)過去編になりそうです。まだ半分以上公開していないのかい! と思われそうですが、それらを公開してもまだ「第一部」……という。焦っても仕方がないので気長に頑張りましょう。
しかし、現代編もこのエピソードから徐々に謎が核心に近づいていきます。聖体とは何なのか、「影」とは何者なのか、この辺りから藍原センシお馴染みのごちゃごちゃした感じが始まる訳ですな。あまり言いすぎるとネタバレになる上、執筆中の自分の首を絞めかねないのでそろそろ切り上げます。
今回もどうぞお楽しみ下さい。




