『リ・バース』第一部 第10話 Tomb Raider④
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ヴォルノが封鎖していた白羊宮の一室の前に、大勢の衛兵たちが犇めいていた。
扉は結界諸共破壊され、そこに先日旧ヘロン遺跡で交戦した魔物フィアースを彷彿させる黒い影が群がっている。というのは、彼らが皆ボロボロのフーデッドマントを被り、髑髏の面を着けている為だ。
「下がれ! 迂闊に手を出すな!」
ヴォルノは、怯えたような声を上げつつも果敢に手にした剣や槍を突き出そうとする衛兵たちに叫んでいた。片手を上げ、物体操作術で何かを天井付近にまで浮かせている。リクトには、それが現在自分たちの確保している聖体二つである事がすぐに察せられた。
聖体の事について、情報を共有していない者たちがそれを目撃する事を防ごうとしているのか、現れた黒服たちにそれを奪われまいとしているのか、或いはそのどちらもか。ともかく、特に集中力を試される降霊術を発動したままの状態で、ヴォルノが行える戦闘行為には限りがあった。
黒服たちの中に、とりわけ大柄な者が一人居た。
それ以外の者たちが皆似たような体格で、亡霊の如く声を上げながら揺らめいているので、特にそう思えるのかもしれない。その人物が、ヴォルノに向かって黒い影の弾──闇属性魔術最下級技「暗影」にも似ていたが、それはエネルギーの塊というよりももっと液体的だった──を放つ。
「プリヴェントファクター!」
ヴォルノは、右手で紅殻色の剣を突き出したまま防御魔術を使った。
出現した障壁因子は、辛うじてその闇の弾──否、影の弾を防ぎきった。が、その衝撃は凄まじい。爆発めいた音と共に、衛兵たちの壁、更には彼らの真後ろに居るリクトたちにも爆風が襲い掛かり、危うく薙ぎ倒されかけた。
いや、兵士の中には実際に薙ぎ倒された者も居た。この分では直撃していたらどのような事になっていたのか、考えるだに恐ろしい。
体格の秀でた黒服──恐らくリーダー格──の攻撃の出力は、初期状態で魔素出力向上を施された文法と同等の威力を秘めているようだった。
攻撃が出来ず、その場に留まったままで防御魔術を繰り出す事しか出来ないヴォルノがじり貧である事は目に見えている。もしも、ここで防御手段のない死霊化術などが使われれば一巻の終わりだ(有限の魂を犠牲にする方法なのであまり褒められた行為ではないが、魂を招聘して自分と術の間を遮るように置くという事も出来ないではない。が、その為に新たな降霊術を使えば、現在発動している物体操作術は強制終了されて聖体が敵の手に文字通り落ちてしまう)。
敵も、それは分かっているはずだ。が、敢えてそのような決定打を打たず、じわじわと甚振るような攻撃を一発ずつ繰り出しているのは、あからさまに自分たちの勝ちが確定している状況を愉しんでいるからだ。
リクトの嫌いな戦い方だった。ライガもそれは同意見らしく、
「悪趣味な奴!」
こちらが開口するよりも先にそう叫んだ。
ライガ=ガラルが死霊化術を使ったという噂は、既に多くの者たちに共有されている。そのガラルがいきなり自分たちの後ろに現れたので、衛兵たちはぎょっとしたように一様に振り返った。
「すまない! 道を空けてくれ!」
リクトは宥めるように言いながら、人垣に足を踏み入れる。水が掻き分けられるように、衛兵たちが自然に真っ二つに割れた。
リクトはライガと共に出来た道を進み、ヴォルノの所まで行った。
「イェーガー」
「聖光士……お待ちしておりました」
「よく頑張ってくれた。で、状況は? いつからこのような状態だ?」
「私が例のものを降霊術で浮上させたのが、この者たちの襲撃から五分も経たない頃です。それからすぐに、ジブリ殿にHMEを送ったので──」
「という事は、ついさっきか」
リクトは黒服のリーダーを睨み、ヤーラルホーンを抜く。ライガも進み出、臨戦態勢を取るように重心を下げた。当然肉弾戦をする訳ではないが、こういった姿勢には心理的な意味がある。
先程ヴォルノに影の弾を放った黒服が、笑ったような気配があった。刹那、その黒服は徐ろに仮面を外す。その下から現れたのは、頰骨の張って四角い、厳つい男の顔だ。その唇には、薄く嗤いが湛えられていた。
「ドラウ・ボンの借りは返させて貰うぞ、ライガ・アンバース」
男は、そこで初めて声を発した。衛兵たちはその名を聞くと、ぎょっとしたようにライガへと視線を集中させる。ライガはげんなりしたような顔を殊更に作り出し、わざと場に居る皆に聞こえるような声で言った。
「だから、僕はライガじゃないってば。本当に僕のもう一つの魂が彼のものなのか、知りたいのは僕の方だ」
「白々しい。俺には分かるぞ、かつて貴様と戦った身だからな」
男は何故か誇らしげに言うと、分厚い胸板を反らした。
「レドム・イドゥンだ。かつてジフト軍、アラッサス中隊に所属していた」
「知らないよ!」
ややもすると、ライガは本当に知らないのかもしれない、と思った。恐らくは、ライガに壊滅させられた部隊に属していた一般兵だったのだろう。
「まさか隕命君主だって、殺してきた奴の名前だって全員分知っている訳じゃないだろう」
「ならば、今この瞬間に記憶しろ。貴様が再び死の側へと送り返した男はドラウ・ボン。そして、貴様を再び陰なる世の君主にせんとここに現れた俺の名はレドム・イドゥン。共に個別化された人格的存在だ」
レドムと名乗った男は声高に言うと、矢庭に手を掲げた。
その手から、ライガの「呪いの蛇」の明暗を反転させたような黒い触手様の影が伸び、ヴォルノの降霊術が持ち上げる聖体を奪い取ろうとした。
「させるか……!」
リクトは咄嗟にヤーラルホーンを奏で、螺旋状の五線譜を放つ。それはレドムの放った影を巻き取り、相殺するように共に消滅した。
ライガがその隙に飛行術で飛び上がり、一瞬その姿が明滅したように見えた。
ヴォルノは、突如自分の物体操作術が解除された事を察したらしく、はっと目を見開く。舞い降りて来るライガを見ながら、リクトは彼が今何をしたのか、と思い、すぐに理解した。
彼はヴォルノの浮かせている聖体の所まで行き、それらを取ってポケットにしまい込んだ。その後、変身術を使って改めてガラルの姿に──つまり今まで彼が取っていた本来の姿そのままに──変じた。
変身術を発動すると、その時に身に着けていたものも共に変化する。それによってライガは、身に着けた聖体を見えなくしたのだ。
「リクト」
ライガは、ガラルとして声を掛けてくる。「僕、上手く出来たよ」
「お手柄だ、ガラル」
リクトも意図を察し、彼をあくまでガラルとして扱った。
レドムはややきょとんとしたように口を開け、やがて笑みを取り戻した。
「小手先の事が上手くなったな」
「何なの、このおじさん?」
「いいだろう、レドム・イドゥン」
リクトは、ヤーラルホーンの唄口を下唇に当てたまま言った。
「お前は、さっき『かつてジフト軍に居た』と言ったな? お前たち黒服は、イスラフェリオの配下か?」
「殿下の? はっ、当たり前の事を聞いてくれるな。未だに俺の忠誠は、ジフトの理想に対して在る。……あくまで、俺の忠誠はな」
「ドラウは違ったのか?」
「俺たち全て、プログラムの盲点によって陰に身を落とした者全てをひっくるめた総体が『影』なのさ。しかし今は、それ以上を喋る事は出来ない。そういう風にされているからな。何故俺が再び、ライガとの戦いを許されたのかはまあ──それが彼にとって、運命だからだと思って貰うしかない」
「しつこいな」
ライガは、最早演技をしているようではなかった。
「『影』だか何だか知らないけど、俺は本当にあんたを知らないんだって!」
「……そうか」
レドムは、つまらなそうに声のトーンを落とした。ライガは「やっと分かってくれたか」と独りごつ。
「ならば、また一から始めるとしよう。俺と貴様の戦いをな。それに俺が回収を命じられた聖体は、今貴様の手に移ったらしい。いずれにせよ貴様を捕えなければならない事には、変わりがないようだからな」
「何だよもう……!」
「来るぞ、イェーガー!」
リクトはヴォルノに叫び、副騎士長はぐっと顎を引いて剣を構え直す。
レドム・イドゥンは、後方に群がる仲間の影たちに叫んだ。
「余計な奴らは殺せ!」
それを合図に、
「オオオオオ─────ッ!!」
彼らは慟哭とも勝ち鬨ともつかない声を上げ、床を滑るようにしてこちらへと接近して来た。




