『リ・バース』第一部 第9話 Eucharist⑤
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遺跡は外から見た限りでは小さかったが、実際には砂の中に埋没した基礎部分があったらしく、地下へと下る度に内部の空間は広くなった。どうやら、旧ヘロンの砂丘は長い年月を掛けて風が運んで来た砂が積み重なったり崩れたりして、何度か地形を変えているらしい。
外の灼熱に比べて、遺跡の内側は涼しかった。肌寒いという訳でもなく、入った時から体感温度がそこまで変化する事もなく、やや薄暗い事を別にすれば過ごしやすい環境ではある。その為か──或いは中にある魔導具に引き寄せられているという事もあるだろうが──、外に居たレスマールやアルミラージはかなりの数が遺跡内に入り込んでいた。
バルドバロア以前の古代文字と思しき記号や壁画が夥しく刻まれた石壁では、天然のものと思しき照明石が発光しており、こちらで灯りを灯さずともある程度先までは見る事が出来た。
「魔物にとっては、まるでホテルだな……」
エロイスが、壁に触れながら呟いた。
「強いて気になるところをいうなら、落盤の危険があるって事かな」
「さっきまで歩いて来た砂漠に、水場は干上がった痕跡すら発見されなかった」
ニースが、もしかしたらというように言う。
「普通こういう砂漠の都市って、オアシスの周辺に作られるものですよね。という事は、ここは元々こんなに砂ばかりの土地ではなかったのかもしれません。遺跡周辺に煉瓦の残骸が見られなかったのでそんな気はしていたのですが、これで理由が分かった気がします」
「何だ?」
「アルミラージですよ。普通のアナウサギが増えすぎると、草の根まで残さず食い尽くされるので乾いた土が飛ばされやすくなって、地形が変わってしまうという話を聞いた事があります。ここでは、同じような役割をアルミラージが担ったんです」
「なるほど。で、今はもっと魔物が増えて、徐々に生息地を広げているって訳か」
ライガは考えながら、切断遺体が帝連各地にばら撒かれているという状況は、決してそれが現在は人里から隔てられた場所であっても安心出来るものではないのだ、と思い直した。
如何に現在、周辺に街や村がない場所であるとはいえ、魔物が増えすぎればその生息域は拡大する。それは短期的に見ては分かりにくいものの、徐々に人里の方まで進出していくものなのだ。
「……魔素の濃度が、段々濃くなっている」
リクトが、知覚術を使用しながらそう言った。
「やっぱりこの奥に、多くの魔物が集まっているんだろう。それらを引き寄せている誘引性の高い魔導具が、確かにそこに置かれている」
その予測は的中し、進めば進む程魔物との遭遇率は上がって行った。途中からは戦闘をしている時間の方が、剣を収めて進んでいる間隔よりも長くなった。
その上、地下に下るごとにレスマールやアルミラージは減り、より凶暴な肉食獣系や爬虫類系、ゴーレムのような姿の物質系などが幅を利かせるようになった。魔物同士は互いに喰らい合う事もあるので、逃げ場のない場所では比較的種として弱い魔物は強力な魔物に食われてしまうという事なのだろう。いずれ遺跡の外にまでこういった「強い魔物」が進出し出したら終わりだな、と思った時、ライガの脳裏にネイピアの村を壊滅させた魔物の大群が過ぎった。
しかし、やがてその増えに増えた魔物たちが、あたかも臨界点を突破したようにぴたりと出なくなった。ライガたちがその事に気付いた時、遺跡の奥に入口と同じような大きな石扉が現れた。
入口に、古代の聖職者を象ったと思しき一対の石像が立っている。ライガたち四人は顔を見合わせ、いよいよ最深部に到達した事を悟る。
「やっぱりここは、古代の豪族の埋葬された墳墓だったらしいね」
リクトが、油断なくトゥールビヨンの柄に手を掛けながら言う。
「考古学は専門外だけど、古代文明の中には葬送の際に、遺体に防腐処理を施してミイラにしたというものもあったそうだ。保存状態のいいものは今でも残っているはずだ。……死体から作った魔導具を隠すには、丁度いい」
「作った──ね」ライガは苦笑する。「まあ、魔導具であるからにはそうには違いないって思うけどさ。本当に誰なんだろう、そんな事をした奴は? 言っておくけど、これは誓って俺じゃないぞ」
「分かっている。だから、僕たちも混乱しているんだ」
リクトは言った。
「ともかく、確かめてみないとな」
そしてライガが足を踏み出しかけた時、突然彼が「ライガ!」と叫んだ。襟首をぐいと引かれ、不意の事にライガは尻餅を搗きそうになる。
「うおっ!? 何するんだ、リクト!?」
「気を付けろ! 墓泥棒除けだ!」
リクトが言っている間にも、石像の間に魔方陣が展開されつつあった。これは生成魔術──否、魔物招喚術。
亡者の嘆きのような声を上げ、魔方陣からそれらが湧き出して来た。襤褸と化した黒灰色のフーデッドマント、その下の痩せこけた人型の肉体。顔は骸骨のようで、落ち窪んだ眼下に鬼火のような火の玉が爛々と輝いている。幽霊のようにも、屍鬼のようにも、死神のようにも見えた。
「見た事のない魔物だな」
「フィアースだ。人間の幽霊──残留思念から生まれるといわれている」
リクトが早口に言った。
魂の行き先が分かっているジオス・ヘリオヴァースには、幽霊という伝承こそあるもののそれは成仏出来ずに彷徨う死者の魂を意味する語ではない。あまり適切な言い方ではないが、怨霊にして意思を持つに至ったシュラの状態が最もそれに近い存在といえるのではないか、と思う。
しかし、魔物に宿ってそれを動かすのは紛れもなく霊魂だ。魔物は卵から生まれたり、母胎から直接生まれたり、エンチャント系では古道具に境界からの魂が宿って発生したりするが、このフィアースの場合、人間の残留思念に魂が宿って生まれた魔物という事になるのだろう。いわば、幽霊と魔物のハイブリッドの魔物というのが性質のようだ。
「その石像も、あらかじめ魔術が登録された魔導具だったんだな」
ライガは言ってから、ぎょっとする。
「じゃあ、未だに魔物を招喚出来るって……これ作った古代の魔術師さん、どんだけ大量に契約したんだよ」
「今が異常なだけで、元からここは魔物の巣だった。その、こんな奥深くまで墓荒らしに来る人間なんて限られているだろう」
とリクト。
「それにしても、千年以上も昔に生きていた魔物なんて普通とっくに死んでるっつうの」
「幽霊系は実体がないだけに、病気などに罹る心配がない。平均寿命が千年以上の魔物なんて普通に居るし、フィアースはその中でも特に長生きだ」
「へえ……リクトも詳しいじゃん、魔物の事」
「ルークさんに教えて貰った」
彼は例によって、剣ではなくヤーラルホーンを抜いた。
「多分、僕たちが居る限り石像の魔術は自動的に発動し続ける。ラナ殿は戦楽器の力で封じ込めたのかもしれないが、僕たちに同じ事は出来ない。ライガ、魔物たちは僕と君で何とかしよう。その間にエロイス、ニースに石像を破壊して貰う」
「えっ、俺たちですか?」
エロイスが、面食らったように声を上げた。リクトは「お前たちを信用していない訳ではないのだが」と前置きした上で言う。
「フィアースの危険度は、ここまで戦ってきた連中の平均以上だ。その上衰弱や呪いの状態異常を使う。今は経験値より、万全を期す事を優先すべきだ」
「了解、モンシュー」
ニースは肯き、エロイスに「言う通りにしよう」と言った。
こちらの臨戦態勢を感じ取ったのだろう、フィアースたちは──通常は威嚇で墓泥棒が退散するならば不要な戦闘行動は取らないように躾けられているのだろう──びょうびょうと咆哮を上げ、ジグザグに走りながら襲い掛かって来た。
幽霊系に斬撃系統の攻撃が効きにくい事は知っていた。ので、ライガは十八番の降霊術ではなく通常の文法を使用する。
魔物が多く、魔素の供給がふんだんなので、強力な魔術を惜しみなく使用する事が出来た。
「鳴動し、火を放ち、天空を焼き尽くせ……ボルケーノ!」
魔物の出現した魔方陣を上書きするように、火属性の赤い魔方陣が広く地面に展開した。火山が噴火するように、そこから炎の柱が立ち昇る。やわな魔物だと一瞬で焼き尽くされてしまう攻撃ではあるが、やはり古代の魔物たちは耐久性に秀でているのか、一瞬怯みを見せたもののすぐに態勢を立て直した。
「ウウウウアアアアアッ!!」
フィアースたちはダメージを与えられた事に激昂したように、一層激しく咆哮しながら骨張った腕を突き出した。魔方陣が生じ、そこから地面に新生ジフトのウカノフが使っていたような闇属性の古代魔術──範囲攻撃「漆黒の湖」が広がる。
狼のようなエフェクトに足首に喰らいつかれそうになりながら、ライガは「古代人に生まれなくて良かった」と心から思う。反属性となる光の派生技──地面を直接焼き払う無限光を放とうとした時、
「ソットヴォーチェ」
リクトが、微風のような静かな音色と共に、ヤーラルホーンから音霊を放った。それは器から水が溢れるように地面に伝い落ちると、地を這うようにアームスヴァルトニルの水溜まりに向かって行く。
そこに蟠っていた闇の流体が、蒸発するように細かな粒に分かれて空中に浮き上がり、大気に溶けるように消滅した。
五線譜の光果も消えたが、リクトは術の効力が了畢されるや否やすかさず次の音色を演奏する。
「ディミヌエンド」
今度は、珍しく金色ではなく、淡水色の五線譜だった。それは拘束術の如くフィアースたちを取り巻き、フィアースたちは動揺したように声を上げつつ自分たちの周辺を見回したが、彼らを拘束する事なくその体に浸透して行った。
一瞬のラグを経て、魔物たちの体から揺らめく同色の光が立ち昇り始めた。彼らは再び嘆きのような叫びを上げたが、先程よりもその声は弱々しい。ライガがおや、と思っていると、リクトが叫んできた。
「弱体化魔術の上位互換を掛けた! 今なら耐久値も落ちたはずだ、僕が維持している間に止めを頼む!」
「あ、ああ!」
──やはり彼は、昔と比べて積極的に周囲に指示を出すようになった。
ライガは改めて思いながら、次の詠唱を開始する。
「悪徳の街を滅ぼし、罪人を粛清する陰府の炎よ……裁きは今!」
「ウアアアアッ!」
フィアースたちは、お返しとばかりに手の中に薄青い球体を生成する。こちらも状態異常攻撃、恐らく衰弱をもたらすもの。しかし、それが放たれるよりも早くライガの魔術は発動した。
「ジャッジメント!」
火属性文法最高技が、密集した魔物の群れに飛んだ。彼らは今度こそ力尽きたらしく、ばたばたと俯せに倒れていく。亡骸は沈むように掻き消え、ボロボロのマントだけがふわりと広がるようにその消滅地点に覆い被さったが、やがてそれらも水が乾くように薄れ、消えて行った。
招喚した魔物たちが倒された事を感じ取ったらしく、石像二体がまたもや招喚魔術を発動しようとした。しかし、第二波が来るよりも早く、騎士見習いの二人が最後の攻撃を繰り出した。
「荒ぶる天の怒りよ、降り来りて意馬を鎮めん! ダウンバースト!」
「変幻の権化よ、一筋の刃となりて断ち流せ! ハイドロブレード!」
それぞれの文法──最高技を使う必要はなかった──が、石像の聖職者の襟飾りから上を木っ端微塵に粉砕した。
「文化遺産を壊してしまうのは、申し訳ない気がするけど……」
ライガが呟くと、リクトは「そうだけど」と応じた。
「人命優先だよ、何事も」
像型の魔導具が鎮められると、彼は「よくやった」と部下たちを労った。エロイスとニースはやはり、自分たちは戦闘に参加せず動かない目標を破壊していただけだという思いが否めなかったようで、あまり達成感は感じていないような表情を浮かべていたが、リクトに言われると自信が持てたらしく幾分か誇らしげな顔になった。
指示の出し方もだが、彼のリーダーぶりはなかなか板についている。それはやはり自分には出来ない事であり、フォルトゥナを継ぐ役割はやはり彼にこそ相応しかったのだ、とライガは思った。
リクトはヤーラルホーンを背に戻し、石室の扉へと歩み寄った。
「それじゃあ、行くぞ」




