『リ・バース』第一部 第9話 Eucharist④
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パペス国へは、リクトが”同志”とした騎士見習いの二人、エロイス・ネイサンとニース・バーディガルも同行した。
旅の間、ライガは人気のない郊外の移動中は生前の姿に、街や村での滞在中はエロイスたちの同期生である若者──ファタリテの騎士見習いで、ボム・ディメンという名だった──の姿に変身していた。
「俺たちだけじゃ、やっぱり力不足でしたか?」
旅は、ラナが一人で行ったという期間よりも長いものとなった。理由は、人数が多い為、一人旅であれば却って融通の利かせられる事柄に配慮が必要になったり──全員が泊まれる宿を探したり、誰かが負傷した場合全員が足止めを食ったり、という事だ──、実戦経験の少ない騎士見習いたちが魔物との戦いに手こずったり、といった事がある為だ。
エロイス、ニースは、訓練生の中ではとりわけ成績が良く、人柄も誠実なのでリクトから”同志”として秘密を打ち明けられた。しかし、実戦での経験だけは、やはり積まない事にはどうにもならない。
二人は今回の旅の前に、ヴォルノに同行して帰らずの地の再調査に赴いていた。道中、やはり魔物との遭遇はあったようだが、この時はヴォルノも小隊を率いての行軍だったので、戦闘はプロの正騎士たちが担ったという。それも当然で、前回はあくまで二人は「参加」しただけであり、彼らに特別の訓練を施す事が目的だった訳ではなかったのだから。
「本当なら、王宮には聖光士が残るべきなんですよね……」
遺跡周辺の魔物を退治し、道を切り開きながら、エロイスがぽつりと呟いた。
砂漠地帯の真ん中にある遺跡周辺での戦いは、足場の悪く滑りやすい上に輻射熱が想像以上に体力を奪い、経験の浅い彼らにはかなり厳しい環境条件だった。ライガもリクトも様々な場所で人間や魔物と戦ってきたが、寒冷地でのくしゃみや震えによる手ぶれや、炎天下で汗が滴ったり防具に籠った熱で不快感を感じたりする事は、当初は思いも寄らない程深刻に戦闘行為を阻害する。その上相手が魔物であれば、そういった局地的な環境に生息する種は大抵その土地に適応した進化を遂げているので、ハンデはこちらのみに課される事となる。
レスマール──ヘルメットのような丸い頭と嘴を持つ、竜のような小悪魔のような魔物──一体に手間取り、リクトに手伝って貰って何とか討伐を成功させたエロイスは、自信が揺らぎかけているようだった。
「王宮にはイェーガーが残っている。彼じゃ、信用ならないか?」
リクトは、彼の言わんとする事は理解しているのだろうが、敢えて的外れな受け答えをしたようだった。「とんでもありません!」とエロイスは手を振る。
「しかし、あの『影の部屋』の降霊術の前では、防御結界も意味を成さない事が明らかになりました。あの黒服の遺体を回収したのは、間違いなく仲間でしょう。王宮のセキュリティが笊だという訳ではありません、問題は敵の能力があまりにも従来のものとかけ離れたスペックだという事で……もしも俺たちに、俺たちだけで一人前に任務をこなす事が出来るくらいの実力があったら、聖光士も向こうに神経を割く事が可能だったはずなのに」
「本分を見失ってはいけないぞ、エロイス」
リクトは、厳しくも優しく彼に言い聞かせた。
「騎士見習いとしての期間は、五年間。私やオルフェやノレムの場合、その間にジフト戦役が勃発したので更に長くなったけどな。それが、帝国の騎士団に於ける決まり事なんだ。どれだけお前たちが、私が信頼して”同志”に迎えた者たちとはいえ、その大前提を忘れて貰っては自惚れと変わらないぞ」
「そういうつもりでは……」
言葉を濁すエロイスをちらりと見、彼の気持ちは分からなくはない、とライガは心の中で呟く。その間も、手は休まず動き続けて降霊術を繰り出し、自身が相手をしているアルミラージ──一角獣のような角の生えた兎の魔物──と激しい攻防を続けている。
彼らやヴォルノが帰らずの地に赴いている間に、白羊宮に安置していた黒服の亡骸が忽然と消滅した。当然、部屋は防御結界に守られ、見張りが付いていたが、ライガやリクトには、何が起こったのかは即座に判断出来た。
黒服の使用した降霊術「影の部屋」。結界とは異なる、現実世界に異空間を開く為の魔術だ。ライガの斬撃術──空間の連続性を寸断する技と同様、この技の前ではどれ程の硬度の結界でも意味はない。
無駄だとは分かっていたが、報告を受けるや否やリクトは犯行を実行した術者を探し出そうとした。同時に、「栄光の手」も奪還されようとしているのではないか、と疑い、保管していた部屋を確認した──黒服の一味にとっては、わざわざバング邸の瓦礫の下から掘り起こして回収するような代物だ──が、幸いにもこちらはまだ無事だった。
黒服に仲間が居る事は、疑いようがない。そして、最初の侵入で「栄光の手」を回収していない以上、これから再び攻めて来る可能性は高い。
現在王宮では、ヴォルノ副騎士長が待機して警戒に当たっていた。保管部屋の入口で見張っていても意味がない事は既に証明されたので、部屋の中に控え、リクトやライガたちが帰るまで四六時中”監視”を継続せねばならない。対象のものを見なければならないからには、秘密を共有していない部下と交替する訳にも行かず、ヴォルノが直接その役割を担わねばならなかった。
無論、何日間も彼を缶詰めにし、二十四時間寝るなという事も出来ないので、彼がやむを得ない事情で室外に出ねばならない時はジブリ公が代わって監視を行う事になっている。
「心苦しくはあります」
ニースも、エロイスと同じ事を考えていたらしく言った。
「このような特殊な行動がある為とはいえ、我々は聖光士やライガ殿に頼ってばかりですから……この間の、ネイピアでの事も」
「違うぞ、ニース」
リクトはゆっくりと頭を振る。
「殊更に私が、お前たちの保護役を買って出ている訳ではない。切断遺体の回収という我々の役割も、イェーガーが負っているそれと同じくらい重要なものだ。それを全うするだけなのだから」
ライガは彼の言葉を聴きながら、アルミラージに「呪いの蛇」を放つ。霊力の鞭が一角兎の角に絡みつき、大きく撓ってその矮躯を宙に浮かす。
兎の魔物は魔導具の駆動音のような、外見の愛らしさとはかけ離れたような声を発し、空中で四肢をばたつかせながら鞭を捕らえようと試みた。それが成功するよりも早く、ライガは左手を突き出した。
「クペアンドゥ!」
魔物相手には死霊化術は使わないので、これが実質的な必殺技だ。アルミラージは首筋を薙がれ、カタラフィーディの解除と同時にどさりと砂の上に落下した。
「相変わらず、いいセンスをしていますね……」
感心したように呟くニースに、ライガはやや気恥ずかしさを覚えて頭を掻く。訓練生時代も後輩との絡みはあったが、自分が学問所時代からの問題児であった事は多くの者が知っていたので、そこまで尊敬を集めるタイプではなかった。
ニースは、帝連軍所属の時期が自分と重なっていないから、純粋に実戦での実力だけでライガに尊敬を向けてくる。ライガも悪い気はしないものの、ややごまかしているようで申し訳ない思いがある事は否めない。
「でも、呪いの蛇も輪状霊魂も、再利用可能な魂とはいえ使っている最中に別の降霊術を使うと解除されちゃうからさあ。今さっきも、止めの一撃があと一瞬遅かったら逆転されてこっちが危なくなっていた。やっぱりこういう戦闘には、剣があった方がいいな」
ライガはネイピアの村でリクトと共闘した時、彼が現在かつてのライガの愛剣だった漆黒剣アルターエゴは磨羯宮でデスタン騎士団が保管している、と言っていた事を思い出した。
「エミルス殿も、使わないなら返してくれればいいのに」
「ごめんよ、ライガ。それには、デスタンを説得出来る理由がなくちゃならない」
リクトが、こちらの呟きを聞いてそう言ってきた。
「エミルス殿はあの通り、ロディ殿やアレイティーズ殿が亡くなられた時に広がった君の怨念説について、一笑に付して相手にしなかった。だから君の遺品であるアルターエゴも握ってみようとしたけど、これは周囲が止めたんだ。一応、剣には剣士の感応が込もる訳だからな、本人が気にするかどうかの問題じゃない、騎士長なのだから人々からの目を考えて欲しい、とね」
「俺も同じって訳か……隕命君主かもしれないから。まあ、実際にそうではあるんだけどさ」
「大丈夫ですよ、ライガ殿」
エロイスが言う。こちらがガラルの姿の時は普通にため口を使う彼だが、本来の姿になるとやはり上官であるリクトの同期生という実感が湧くようだった。
「ライガ殿は全盛期、剣を帯びている時よりもオムグロンデュだけを持っている事の方が多かったそうじゃないですか」
「それもそうだけどさ」
ライガは頭を掻き、気を取り直して「ま、いっか」と呟く。
「ないものねだりしても仕方ねえや。オムグロンデュにしても、もうすぐ戻って来る事だし。今は俺自身が戦えれば十分か」
リクトたちが納刀するのを待ち、目の前に聳える三角錐型の遺跡を指差した。前回訪れたラナが開いたのだろう、入口の重々しい石扉は開かれ、その中からやや冷えた空気と共に闇が漏れ出していた。
「じゃ、早速入ろうぜ」




