『リ・バース』第一部 第9話 Eucharist③
下がりかけたラナはこちらに向かって一礼すると、「お話し中に申し訳ありませんが」と切り出す。
「フォルトゥナのイェーガー副騎士長から、報告書の複製を頂きました。帰らずの地再調査の結果だそうです」
「ありがとう」
ノレムは差し出された羊皮紙の巻き物を受け取り、目を通す。
ライガは、リクトに「あれって」と囁いた。
「ああ」彼は肯く。「僕も報告を受けた。シュラは、帰らずの地に戻った訳ではなかったようだ」
「それと同時に」
ラナは、リクトの方をちらりと窺う。
「呪物化された生ける屍について、情報が解禁されました。テレサ様は、カルマの所有物である死天使を標本とする事も視野に入れ、聖光士と我々との情報共有、並びに連携をお望みです」
「……なるほど」
ノレムは独りごち、こちらの方を見た。
「ラナちゃんには、本当に色々と頑張って貰っている。その事で、テレサ様には何か勘づかれる事があったのでしょう。僕がシュラの消失と復活を知ったのは、今、リクト、あなたの口からだけれど、それで僕が彼女に行って貰っていた調査が全くの無関係ではない事が分かりました」
「と、いうと?」
「ライガの斃された後、魔群の生き残りに関する風聞がカルマに寄せられるようになりました。恐らく、それらを束ねていたシュラの意思消失について、疑問を覚える声があったのでしょう」
「そういった噂については、フォルトゥナにも寄せられた事がある」リクトは首を縦に振った。「魔群の消失については、今回改めてイェーガーに調査させたとはいえ疑いようがなかった。多くはライガの死と共に術の効力を失い消滅。一部、シュラのようにライガの生存中に主従制約を破棄され、死霊化術の軛を逃れていたものについては、後で改めて回収され焼却された。その後、生き残りの噂についても、出所を調べたものは百パーセントが誤認だったと判明している」
「カルマでもそうでした。ただ、噂のあった現場の幾つかで、生ける屍こそ発見されなかったものの不自然な魔物の増加が確認されました。とはいっても、そう疑ってから見なければ分からない程ではあったけれど。
魔物と死霊化術には、何の関係もありません。だから僕は、それまでは偶然だろうと考えていた訳ですが──」
「ネイピアの一件で、事情が変わったと?」
「確信したのは今さっきだけれどね。……ネイピアが、ガラル君に宿る魂をライガと見た新生ジフトによって襲われた時に、彼らの使用した魔導具が引き寄せた魔物によって村が壊滅したと聞いて、もしかしたらと思ったんです。僕たちは昔、これとよく似た出来事に立ち会っている」
「旧ジフトの──その前身、ランペルール公国から輸出された魔導具が問題になった時だね?」
リクトは、考えをまとめるように言った。
「それでノレムは、もしかしたら魔群の生き残りは実在して、呪物化──ある種の魔導具とされて各地を徘徊している可能性がある、と考えた訳だ。確かに、魔群の全てが決戦の時点で帰らずの地に集結していた、とは限らない。僕たちの知らない何処かで、ライガの施した使役術がまた死霊化術に含まれる何らかの魔術で効力を上書きされていたとすれば……彼の死と共に消滅しなかったものが居るという事にも説明がつくのか。しかし──」
「話が飛躍しすぎ、だよね?」
ノレムは、恐らくラナか誰かにそう指摘されたのだろう、やや気まずそうな笑みを浮かべつつ団扇で後頭部を掻いた。
「呪物化された生ける屍。この考えは、本当にそのようなものを作り出す魔術があるのか、という点からしても疑問が大きいし、根拠に欠ける。超推理もいいところだと僕も思う。だけど、シュラを埋葬して二年も経ってしまった以上──実際には彼は朽ち果ててはいなかった訳だけれど──、他に『消えなかった魔群』のサンプルもないし、可能性を放置する事も出来なかった」
「ノレム兄様──いえ、ノレム騎士長には走らされました」
ラナが、微かに頰を膨らませて婚約者の肘をつつく。
「問題となった帝連各地を、再調査です。ついこの間までは、パペス国、旧ヘロン遺跡に出向いていました」
「本当にお疲れ様、ラナちゃん。ごめんね、僕の当てにならない勘で」
「いえ、ですが、無意味だった訳ではありません。聖光士、実際にネイピアに魔物を招き寄せた魔導具というのは、呪物化された人間の死体だったのですね? テレサ様は、情報の解禁をお許しになりましたので……」
「……ああ」
リクトは、覚悟を決めたように肯いた。
「厳密にはまだ、それが元々ライガの魔群だったものかは分からないし、全身が見つかった訳ではなかったが、確かに死体だった。ラナ殿、イェーガーは、何処まであなた方に説明していいと?」
「全てです。といっても、何処までが全てなのかは私たちには分かりませんが」
「分かった」
彼はまた、ライガの方をちらりと見る。
「回収した魔導具の本体は、死蝋化した左手だ。北方諸国で死罪となった者の遺体から造られる『栄光の手』としての加工が施されていた。その欠片に、死霊化術を相殺する効果がある事が、ネイピアでの戦いで判明した」
「何と……」
ノレム、ラナが共に息を呑む。リクトは「ラナ殿」と再び呼ばった。
「旧ヘロン遺跡にて、同じようなものは発見されたのか?」
ラナは、微かに視線を動かしてノレムの方を見た。ノレムはやや下唇を噛んでいたが、すぐにこくりと肯いた。
「はい。でも、ノレム騎士長はそれを回収しないように、と」
ライガとリクトは揃ってノレムに視線を向ける。彼は慌てたように両手首を振りつつ、「だって」とやや早口で言った。
「本当に、苦し紛れの思いつきだったんですよ? それなのに、本当にそれっぽいものがあるなんて──それに、誰が何の為に、そんな所にそんなものを置いたのか分からないし、薄気味悪いし……」
「具体的には、どのようなもので?」
「右の手首から、肘の付け根辺りまでです。死蝋化──というのかは分かりませんけれど、乾燥しているようでした。触ってはいません」
「やはり、新生ジフトの仕業なのだろうか? しかし、一体何の為に……そもそもそれらは、同一人物のものなのか……」
ぶつぶつと独りごちるリクトに、ノレムが言った。
「もしもネイピアの時と同じく、新生ジフトが置いたものだとしたら、この先どのような災いに繋がるか分かりません。幸い旧ヘロン遺跡周辺には街や村がありませんので、今のところは魔物の増加による被害も出ていないけれど、この先どうなるかは分かったものじゃない。リクト、あなたがその『栄光の手』について手掛かりを探っているのならば丁度いい、その断片を回収して来ては貰えませんか?」
「……そうだね」
リクトは、重々しく首肯した。
「それに、元のそれ──便宜上『切断遺体』とでも呼ぶか──を作成した者が、新生ジフトだとも限らない。ネイピアでは彼らも『栄光の手』が重要なものとして扱っていたようだし、向こうとしても集めている最中なのかもしれない」
「死天使の再出現について、手掛かりが得られるかもしれませんしね」
ラナは言い、「お願いします」と頭を下げた。
リクトは「引き受けた」と言い、胸に拳を当てた。
「情報提供ありがとう、ノレム、ラナ殿」




