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『リ・バース』第一部 第9話 Eucharist②

  ② ライガ・アンバース


「初めまして、ガラル君。モルガンでは、聖光士(バロラント)をどうもありがとう」

 双児宮(ディオスクロイ)、騎士長執務室にて、ノレム・ピックルスは訪れたライガ、リクトを温かく迎えた。

 モルガンでのイスラフェリオとの衝突で、ライガが──ライガが肉体を使っているガラルが──死霊化術(ネクロマイズ)を使用した事、その事でリクトとドーデムが一悶着起こした事については、箝口令とまでは行かないが現場に居なかった者にはあまり語らないように、とテレサ先帝妃は仰った。ガラル=ライガ説は既に多くの人々の間で囁かれていたので、それに拍車を掛けないようにという配慮だった。イスラフェリオが動き、皆に一層の結束が求められる今だ、人々の間で互いの信頼が崩れるのは、根拠の不十分な噂が断定の形で語られた時なのだから。

 しかし、それでも噂の拡散は留めようがなかった。リクトに保護されているとはいえ、王宮内を歩いていると、廊下で擦れ違う使用人や貴族たちから怯えたような目を向けられる事が多くなった。皆、自分が隕命君主(ロアデモート)である事を確信して──というよりも、決めつけて相対している、否、相対する事を避けているかのような空気感が漂っていた。

 ──実際にその通りなのだから、何も言う事は出来ないのだが。

 その一方で、

「リクトも、連日任務の連続で大変でしょう?」

 ノレムは周囲のそのような空気感には一切我関せずといった調子で、ライガにも穏やかに接した。彼の場合それは、動じない精神(ニル・アドミラリー)というよりもマイペースといった方が近しいように思う。

 もしくは、彼は十代(アドレセン)の多くの時間を共に過ごしたライガについて、世間がどれだけ災厄の権化というような扱い方をしても実感が湧かないのかもしれない。そういったところについては、どちらかといえば、彼の美点の方に含めるべき特徴だとライガは思っている。

 六年ぶり──いや、彼は帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)での戦いに参加していないので、もう七年ぶりか。久々に顔を見るノレムは、記憶の中の彼と(ほとん)ど変わっていなかった。やや気弱そうな表情も、喋り方も、それまでオルフェやドーデムの変化を見てきただけに一層変わらなさを感じさせる。

 制服の勲章(オーダー)を見、本当に彼は騎士長になったのだな、と思う。叶う事ならば友人として彼と話したいと思ったライガだったが、やはり秘密を知る者を増やす事には慎重になるべきだった。

 申し訳なく思いながらも、ライガは「初めまして」と挨拶した。

「僕は……聖光士(バロラント)を助けたなんて、そんな大層な事はしていませんよ。ただ、訳が分からないまま体が覚えていた魔術を使って……」

「それでも、事実は事実です。君を層状孤児(ストラトオルファン)にしている魂がどのような性質のものであれ──それこそ、死霊化術なんですから、過去にも決していい使い方をした魔術師とはいえないでしょうが、ガラル君はそれをリクトの為に使った。それは、間違いなくいい使い方ですよ」

 ノレムは、こちらの頭にぽんぽんと軽く触れてくる。彼はそれから、「で」と声の調子を改めた。

「リクトはカルマに、何のご用ですか? 僕は非力だから、筆頭騎士長に下されるような大きな任務に、どれだけ役に立てるかは分からないけれど……」

「任務という訳ではないのだけれど」

 リクトは姿勢を正すと、おもむろに切り出した。

「ネイピアでの『(アラクラン)』との戦闘に、カルマが管理していた死天使(アズライール)シュラ・イスラフェリーが現れた。知っての通り、彼はキューカンバー先代騎士長──君のお父上と共に埋葬され、朽ち果てたはずだった」

 彼は、ライガが意図せずシュラを招喚したという事については巧みに避けながら説明を行った。

 ノレムはぴくりと眉を動かしたが、無言を保って先を促す。

「カルマの者たちは、定期的にキューカンバー殿の墓参りに行っていたはずだ。しかし彼らは、墓からシュラが掘り起こされたり、或いは自分で這い出したりした形跡があったとは一言も報告しなかった。……少なくとも、僕は聞いていない。これは邪推とかじゃ全然ないのだけれど、ノレム、君は何か知っているのではないだろうか、と思ったんだ。もしくは、そもそもカルマでは、キューカンバー殿を埋葬した時、シュラを一緒に埋めなかったのではないか」

「………」

 リクトの問いに対して、ノレムは(しば)し沈黙を維持した。考え込むように、折り畳んだ団扇(うちわ)でこつこつと額を叩く。

「恥ずかしい話なのだけれど、父上の葬儀の時は、全ての手続きを僕が一人でやった訳ではないので……アンターク殿やラナちゃん、オルフェにもお世話になった。副葬品に関する事は、特に僕が関わっていない部分なのです。勿論、アスカロンとシュラを一緒に埋めるという事は、僕が決定したんですが」

「実際に棺に納める作業については、ノレムはやっていないって事だね?」

 リクトは「そうなると」と呟き、すぐに首を振った。

 ライガにも、彼が今の一瞬で考え、即座に自分自身で否定した思いつきについて想像がついた。キューカンバー先代騎士長の葬儀に関わった者たちの誰かが土壇場でシュラを共に葬る事を取りやめ、結果的にそもそもシュラは埋葬されていなかった、という事が有り得なくはない、と彼は考えたのだ。しかし、もしそうだとすれば、その旨と理由について、その「誰か」は事後報告であったとしてもノレムに伝えているはずだ。

「分かった。だとすれば──」

 リクトはちらりとこちらに目配せをしてきた。ライガは彼の言わんとする事を理解し、軽く顎を引く。

 もう一度、ライガがシュラを招喚出来るか試す必要がある、と彼は無言で言っているのだ。シュラはライガによって生ける屍(リビングデッド)とされた後も、その獰猛さを制御し、魔群(レギオン)を率いる為に自由意思を持たねばならなかった。ライガもその為に、死に物狂いで試行錯誤に励まねばならなかった。

 六年越しに自分の元へ戻って来た彼は、戦闘が行われる間中一言も言葉を発する事はなかったが、こちらが指示をするまでもなくライガをあの黒服の死霊化者(ネクロマイザー)の攻撃から庇った。きっと、意思が失われてしまった訳ではないのだ。それをもう一度、表現出来るようにすれば、シュラから直接どのような経緯があって埋葬されなかったのかを聞く事が出来る。

 生ける屍(リビングデッド)の人格は、厳密には生前の”生”の続きではない。それらを元に、生前と同じような振舞いをする残留思念のようなものだ。これは、史上初となる「意思を持った生ける屍(リビングデッド)」であるシュラ本人のケースで明らかになった事だが、まあ当然だろうな、とライガは思った。そうでなければ、死の瞬間の記憶を持つ生者がこの世に誕生してしまう事になる。いや、もっと平たく言えば、本来プログラムに仇を成す死霊化術が、使い方によっては不死の魔術と同義になってしまう。

 しかし、それでもシュラは消滅した訳ではなかったのだから、ライガとの主従制約が破棄され、物言わぬ死体となった後、怨霊(ルブナン)として転生した後──というのもおかしな表現だが──の記憶は継続されているはずだ。彼本人から、いつどのような状況で意思を取り戻したのか、何故こちらの招喚に応じられたのかについてを聞き出す事は可能なはず。

「あの……リクト」

 ノレムは、これだけは尋ねておきたい、という(ふう)に質問した。

「そのシュラの件、改めて世界にとって脅威になるような事はないのですよね? 僕は、ライガが生きていた頃の彼を知りません。だけど、彼の能力や引き起こした事については聞いているから──」

「それは問題ない」

 そうだよな、と確認するように、リクトはもう一度こちらを見てくる。

「彼はいい子だよ。だから、ああなったのは可哀想だった」

「そうですか……」

 ノレムが呟いた時、不意に入口がノックされた。ノレムが「はい」と応じると、ガチャリと扉が開く。入って来たのは、ライガたちよりも一つ下の後輩ラナ・ピックルスだった。

 彼女は入室してから、リクトとライガを見、すぐに頭を下げた。

「し、失礼しました!」

「ああ、大丈夫だよ、ラナちゃん。……大丈夫だよね?」

 ノレムは言ってから、確認するようにリクトの方を向く。ライガは思わず笑いそうになり、下を向いて口元を押さえた。現在ラナはアンタークの後を継ぎ、カルマの副騎士長を務めているというが、ノレムと婚約関係にある事も既にリクトから聞かされている。

 よく似合う二人だ、とライガは思ったが、ノレムは未だに彼女と接する時は緊張するらしい。彼は訓練生時代、異性と接する事は(ほとん)どなかったので、耐性が付かないまま今に至ったのだろうと思う。

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