『リ・バース』第一部 第9話 Eucharist①
① ドーデム・ヤーツ
ユークリッド中央区、ファタリテ騎士団管轄近衛宮・獅子宮を臨む丘状宅地。その最も見晴らしの良く、地価の高い一角に、エルヴァーグ家分流、ヤーツの屋敷は建っていた。
片やエルヴァーグ本家は、同じく高級住宅地とはいえ丘の麓の方に建ち、下級貴族たちの屋敷が集まっている区画のすぐ隣に位置している。建国戦争の際、帝祖テオドールと共に戦った英雄たち──五大騎士団の初代騎士長たちの一族が住む邸宅はいずれも上の方に、それぞれの管轄宮の尖塔と向かい合うように建っているので、この事からも、名は変わったとはいえヤーツ家がエルヴァーグの直系の血筋だという事が分かる。
その屋敷の中で、ドーデムは父ナサニエルと食卓で向かい合っていた。母は食事を終えるや否や、政治的な話になど一切関わり合いになりたくない、というようにさっさと席を立ってベランダに出て行った為、居なかった。
「何故ですか、父上!」
自分も父も普段から王宮と元老院に泊まり込む事が多いので、父子が家で食卓を共にする事は久しかった。その席で行われた会話の末、ドーデムはカトラリーを置いた手を机に叩きつけた。
「父上の元老長の権限を以てすれば、不可能な事ではないはずです! 私が筆頭騎士長となる事は、父上も、亡きロディ殿も望まれた事!」
「それは、実力が伴っての話だ」
ナサニエルは、ドーデムの抗議を一蹴した。
「お前も、伊達にエルヴァーグを名乗っている訳ではあるまい。未熟者が五大騎士団の全てを預かり、その無能を露呈したのでは匍匐獅子に申し訳が立たんとは思わないのか?」
「確かに私の実力は、まだロディ殿には及びません。しかし、ドーデム・エルヴァーグ・ヤーツの名は我が決意の表れ! 私はモルガンにて、赤峨王イスラフェリオの軍を退けました。実際に本人と剣を交え、一度は退却せしめる事にも成功している。何が不足なのです?」
「それは、お前自身の能力ではない」
ナサニエルは手厳しかった。
「むしろ、恥じ入って然るべきだ。聖光士が駆けつけるまでの間、いたずらに物資を蕩尽し、剰え赤峨王の実力を見誤り威力偵察に出て来た奴を一度退けた程度で慢心していたのだからな。お前が本気の奴に対して、手も足も出なかった事は既に私の耳に入っているぞ」
「それは……」
ドーデムは唇を噛み締める。
父とプライベートで顔を合わせた際、ドーデムはリクト・レボルンスの更迭を巡って貴族裁判を開くよう、高等法院へと命令を出して欲しい、と父に訴えた。如何に彼が婚約者であるシアリーズ女王や、テレサ先帝妃に贔屓されているとはいえ、今や例のネイピアの層状孤児、ガラルがライガ・アンバースである事は確定しているようなものだ。それを”私情”で匿い続けるリクトの行いは、明らかにフォルトゥナの長としての権限を濫用している。
しかし、その嘆願に対して父の答えは
「元老院は子供の使いではない」
それをばっさりと斬り捨てる一言だった。
ナサニエルも、以前からリクトの事を良く思っていなかったのは確かだ。元老長になる以前、先代トゥルダ公ヴァイデオの頃、リクトの父クロヴィスは自分と次代を争う政敵同士だったのだから。それに、エルヴァーグの率いるファタリテがフォルトゥナに代わって筆頭騎士団となる事は彼にとっても望みであり、その為には先代のデルヴァンクールや、当代の聖光士は邪魔な存在だった。
しかし、それでも父にとってあくまで大切なのは「家の誇り」であり、ファタリテの台頭はその為の一ルートに過ぎなかった。むしろ彼は、息子が人の上に立つ責任を負った時に、実力不足を暴露して恥を晒す事を憂えていた。
これも父が、息子である自分を想うが故だった。ドーデムはファタリテを継いだと同時に、これからはヤーツ家をも継ぐ事になるのだから。
英雄の末裔として、何処へ出しても恥ずかしくないように教育を行わねばならないという思いは、昔から父の中にあった。
ドーデムもそれは理解していた。だからこそ、ファタリテの長、エルヴァーグの跡継ぎ、アウロラ姫の夫といった、自らの身分の高さを証す肩書きを集めなければ、というやや転倒した焦りがある事は否定出来なかった。
「しかし、お前が雪辱の機会を欲するならば、与えられない事もないぞ」
ナサニエルの言葉に、ドーデムは思わず握り込んでいた拳の力を抜く。
「雪辱……?」
「私のコネクションを使えば、軍部と議員たちに根回しを行う事が可能だ。……先の戦いに於けるお前の功績がどれ程のものであれど、新生ジフト軍がモルガンから撤退を余儀なくされたのは紛う事なき事実だ。騎士団は今、六年越しの勝利に沸き、兵たちの士気も高い。勢いに乗っていると言えよう。
この機を逃す手はない。元老院にて、赤峨王イスラフェリオの現拠点であるカヴァリエリ攻略作戦発動について決議案を出す」
「父上、それでは!」
ドーデムは声を弾ませる。立憲君主制の帝国では、当然ながら憲法の下にあらゆる議会が存在し、どのような時代であっても重要な決議については多数決の原理が採用される。しかし、政界で現在最も力を持ったナサニエルは、かつてレボルンスと対立していた頃、自身の派閥に属していた議員やその周辺人物たちという人脈により、大抵の議案は通す事が出来た。
問題は、ジフト戦役後の政治体制でも依然一定の権利を有するシアリーズ女王──厳密には彼女に代わって最高意思決定を担っているテレサ先帝妃──が、軍を動かす事を認めるかどうかという事だが、
(恐らく、元老院が決定すれば承認せざるを得ないだろう)
ドーデムはそう確信した。
どれだけリクト・レボルンスが態度を濁そうと、ライガは戻って来たのだ。そしてネイピアで確保し損ねた彼を狙い、今まで雌伏に徹していた新生ジフトの帝連領内に於ける活動はこの先増々激化していくだろう。
王家の立場として、取り立てて慎重策を用いる理由がなければ、きっとそれは通るはずだった。
「感謝致します、父上!」
ドーデムは頭を下げる。父は依然厳しい声色と表情ではあったが、「励めよ」と付け加える事は忘れなかった。
まだ行われていない決議についても、彼の中では既に決定事項だった。
「もしこの戦で、お前が功績を挙げる事が出来れば──息子よ。我々は女王に、お前に称号を授ける事を提言するだろう」
ナサニエルは言うと、思い出したように「そういえば」と呟いた。
「モルガンにて喪われたティシュトリヤに代わって、新たなお前の馬を選びに行かねばならんな」
本日より、第九話「Eucharist」の連載を開始します。作中では「聖体」にこのルビが振られていますが、正確には「聖餐」が対応する日本語訳のようです。本作では聖餐を行為ではなくものとして捉え(日本語で「食事」を「ものを食べる行為」と「その際に食べられるもの」の両方の意味で使うような感じです)、儀式で饗される「聖体」の方にこのルビを振っているので、あまり外国語的ではありません。
冒頭は、何気に初めてのドーデムのパートです。彼の作中に於ける役回りは殆ど噛ませ犬ですが、決して無能というつもりで描写している訳ではありません(実際、ファタリテの長に就任しているので)。過去編では学問所に通っていなかったとされていますが、元々それなりに優秀で周囲から持て囃されていたものの、騎士団に入団してライガやリクトに出会い、上には上が居るのだという事を思い知らされて焦ったという感じでしょう。性格的に問題がある事も事実ではありますが……
今回もどうぞ宜しくお願いします。




