『リ・バース』第一部 第9話 Eucharist⑥
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花崗岩の石室は約百スクエアフィート程──東方諸国でカーペット代わりに使われる事のある敷草に換算して大体六枚程度──で、大体予想通りの広さだった。四方の壁が例によって彫刻にびっしりと覆われているのは然る事ながら、捕獲岩の照明石は古代人が意図的に露出させたのか太く壁からせり出し、煌々と石室の中を照らしている。
その真ん中に、元は黄金の鍍金が施されていたのだろう、砂塵を浴びたらしくくすんだ黄金色を転々と散りばめた石棺が横たわっていた。
リクトは再び知覚術を使い、「間違いない」と呟いた。
「ラナ殿の言っていた通りのようだ。魔素の流れがここに集まっている。切断遺体はこの中にあると見ていいだろう」
「それにしても、重そうな蓋ですね……」
ニースが、やや尻込みしたように言う。「ラナ殿はお一人でここに来て、これを開けたんですか」
「ノレムも酷いよ、そういうとこ。別に性差別じゃねえけど、こういうのは男が一緒に来て開けてやるもんだ」
ライガは溜め息を吐いたが、リクトは「まあまあ」と手を振った。
「こうすれば朝飯前だから。……ブラキオプネウマ」
彼は至極簡単な方法で石棺の蓋を持ち上げた。初歩的な降霊術ではあるが、まだ練習中のエロイス、ニースはあっと声を上げる。
棺の中に徐々に露わになったものに、ライガたちは揃って息を呑んだ。
中は、元々収められていたミイラが焼却されたのだろう、激しく炎に蹂躙されたらしく黒焦げで、灰が厚く積もっていた。その中に、半ば埋め込まれるようにして不自然な物体があった。
「これが──」
誰からともなく、蝋化して半ば灰と同じような色になっているそれをよく見ようと覗き込んだ。
紛れもなくそれは、かつて人体だったものだった。ラナの言っていた通り、右腕の手首から第一関節まで──前腕部。長期間に渡って古びた遺灰の中に埋没していた為だろう、「栄光の手」のような鼻を突くような酸臭は感じられなかったが、間違いなく同質のものだ。
「あまり近づきすぎない方がいいのは、『栄光の手』と同じかな」
リクトは言うと、ベルトに吊るして来た革袋を外した。籠手の上から更に手袋を嵌め、間違っても直接触れないようにしながら慎重に棺の中からものを取り出す。破損それ自体への恐れというよりも、それによって生じる粉塵への警戒だ。
死霊化術を無効化する物質。それが何なのか、どのような製法で生み出されたものなのか、何故人体を用いねばならなかったのか──そして、その人体は誰のものであったのか。
最後の謎は、このようにして切断遺体の回収を続ければいずれ分かるだろう。地道な作業ではあるが、まずこれがその第一歩だ。
ライガたちが見守る中、リクトは暫らく掛かってようやくそれの袋への収納を終えた。皆無意識のうちに息を詰めており、袋の口が閉められると誰からともなくほっと息を吐き出した。
ライガは袋に手を翳し、オリジナルの降霊術である所有術を施す。警告術を更に応用した術で、譲渡や貸借について同意のない者が持ち出そうとすると──つまり盗もうとすると──「所有者」として術を施した者の頭の中で警音が鳴り、イレギュラーを告げる効果がある。
「これでよし……と。それじゃあ──」
戻ろうか、と、ライガが続けようとしたその時だった。
「お疲れ様だなあ、泥棒さんたちよ」
石室の入口にぬっと現れた人影があった。聞き覚えのある声に、皆ぎょっとしてそちらを向く。そこに居た人物を見、エロイスがくっと奥歯を鳴らした。
「墓暴き……!」
「おいおい、今はてめえらも同じだろうが。まあ、てめえらはさすがに、大昔のど偉れえ王様の魂を食っちまったりはしねえだろうけどよ」
粗暴な口調でぺらぺらと喋りながら石室に入って来た人物は、新生ジフトの死霊化者、絶霊喰鬼キルヒム・アサップだった。来る途中で嚥魂術を使い、生ける石像系の魔物の魂を取り込んだのだろう、左腕が角材を組み合わせて作ったゴーレムのようなそれに変じている。
「先鋒として隘路を排除してくれた事、感謝するぞ、聖光士」
キルヒムの後ろから、当然のように浮遊霊姫イブン・ソニアが続いて来る。新生ジフトの双頭が、両方揃った訳だ。
「俺たちを尾行していたのか!?」
ライガは叫び、前腕部を収めた革袋を見る。
リクトはぐっと唇を噛み、エロイスが剣に手を掛けつつ叫んだ。
「何が目的だ!?」
「分かり切った事だろうが。なあ?」
キルヒムは舌なめずりをし、こちらの持つ革袋に視線を向けた。
「その魔導具──イスラフェリオ殿下は『聖体』とかって仰ったっけな、それの回収だ。少し前にパペス国内で動かせていた部下の『蠍』から、カルマ騎士団の女がこの遺跡で魔導具を見つけたとか、騎士長にHME送ってる現場を掴んだって情報が入ってな。殿下に報告したら、殿下はそれが聖体かもしれない、回収して来いって俺たちに命じられた訳よ」
「エウ……カリスト?」
騎士見習いの二人が、その言葉を鸚鵡返しする。
「てめえらが持って行っちまった円盤だよ。俺もイブンも、ただの盾だとは思っちゃいなかったが──そういう事かよ。まさか中に、本物の人間の死体が入っていたなんてなあ。気色悪りい」
「魂の容れ物にどのような価値があるのかは分からないが」
イブンが、キルヒムの後を引き取って言った。
「たかが商工組合が、我々死霊化者も知らぬ技術を以てそれを作り出したとは、俄かには信じ難かった。しかし、これではっきりした。やはり、聖体には何らかの曰くがあるらしい……ウカノフめ、我々にあれを託しておきながら、我々を信用していなかったという事か」
双頭の二人は、同時に剣を抜いた。イブンは、お喋りは終わりだと言わんばかりにその切っ先を革袋に向ける。
「これは我々にとっても僥倖だ。聖体を得、聖光士を討ち、隕命君主を我らが陣営に引き込む。一石三鳥を狙えるという訳だ」
「ちぇっ、俺とリクトはもの扱いかよ」
ライガは言い、右手に霊力を集める。リクトはヤーラルホーンを抜き、騎士見習いの二人も姿勢を低めつつ抜刀した。




