『リ・バース』第一部 第8話 Gjallarhorn③
④ リクト・レボルンス
「……という訳で、今回はフォルトゥナとファタリテの共同作戦となった」
カトラリーを置くと、莞根士アルフォンス・デルヴァンクールは改まった調子でリクトとライガの方を向いた。
「ライガ、リクト。どうか私たちに、二人の力を貸して欲しい」
八月の頭、訓練を終えて白羊宮を出た時、いつものように雑談をしながら下城しようとしていたリクトとライガは、アルフォンスから「ちょっといいかな」と呼び止められた。
そしてリクトは、思いがけない事に、週末にデルヴァンクールの屋敷に食事に来ないか、と誘いを受けた。ライガもこの事は事前にアルフォンスから聞かされていなかったらしく、驚いたように「えっ?」と口に出してからぱっと嬉しそうに顔を輝かせた。
「いいの、おじさん!?」
「ああ、折り入って二人に相談があるんだ。相談というより、頼み事──いや、提案という方が正確かな。立ち話でも何だし、せっかくなら久々にリクトともゆっくり話がしたいからさ。予定は大丈夫だろうか?」
急な誘いだったが、無論これはリクトにとっても喜ばしいものだった。
喜んで、と返事をすると、ライガは手を叩いて「よっしゃ!」と言った。
「ほんと久しぶりだよな、リクトが飯に来るの。あ、おじさん、せっかくだしリィズも誘っていい?」
「ごめんよ、ライガ。それは、私の権限じゃ無理だ」
そして、その当日である今日。
メルセデスはリクトが遊びに来るという事でいつになく張り切って料理の腕を振るい──普段はおっとりしてやや抜けたところもある夫人だが、家事になるとこだわりが強く、広いデルヴァンクール邸で使用人が一切雇われていないのはこの為であるらしい──、リクトは久々に口にする家庭的な味わいに、ここ最近で最も安らぎを覚えた。レボルンス家では、毎度の食事は母ではなく住み込みで勤務している料理人が作っている。
とはいえ無論、本件は忘れられた訳ではなかった。
「ここ最近深刻化している、強力な魔物の人里への進出──」
アルフォンスが切り出した時、リクトもライガも、自然に背筋を伸ばしていた。
「二人も、入団してから今に至るまでの戦いで、その不自然さは感じてきた事だろうと思う」
「ええ……」
リクトは、これまで遭遇してきた魔物たちを思い出しながら応えた。
アモール王国、ラプラスの地下水道に出現したイピリア。或いは、ここユークリッドの近郊、ホイヘンスの森に出現したシャンタク。
本来、その場所には生息しない魔物だ。しかしどちらも、その周辺地域には分布していると思われた。
魔物の活動範囲が、徐々に拡大してきている──。
「あまりに強力な魔物には、街や村を守る魔除け結界は有効に作用しない。帝連の街や村は、当然ながら結界に防衛を依存しきっている訳ではない。元々、強力な魔物の行動圏からは離れた場所に築かれてきた。しかし現在、その大前提が覆されようとしている」
「一体何が原因なの?」
ライガが尋ねると、アルフォンスはやや苦々しげな表情になった。
「……各地で産業に使用されている魔導具の魔物誘引性が、最近になって極めて高いものとして浮き彫りになってきた。そのいずれもが、ランペルールから輸入されたものだ。元老院では、ヤーツ議員がこれらの即刻使用中止と公国からの輸入の停止を主張している。そして、それについて現在の帝国とランペルール間での外交的な緊張を理由に反対しているのがクロヴィスだ」
「父上が?」
リクトには初耳だった。アルフォンスとはプライベートでも友人関係に在るクロヴィスだが、家庭での性格は彼とは正反対で、殆どリクトとは話をしない。時折訓練の成績について尋ねてくるだけで、特に元老院での会議の内容など、自分の仕事に関する事は一切喋らなかった。
「しかし、今は原因についてはひとまず措いておこう。原因療法は政治家に任せるとして、我々軍に任されているのは対症療法だ。騎士団から、洗練された魔剣士による三百人体制で討伐隊を編成し、未だに被害の鎮まらない地域に出向いての魔物の退治に当たる。
その戦いに、フレデリック陛下は君たち二人を同行させてはどうか、とご提案された。これは単に、君たちの成績が同期生たちの間で群を抜いているからという理由だけではないよ」
アルフォンス曰く、今回の討伐対象は西方、テンペランス王国に出現している魔物ヴーニス。ここ最近で特に被害を出している魔物で、特に先月末のチェバ北西部の襲撃の際には、自警団の九割が死傷するという事態に発展したという。現地の進駐軍でも手に負えず、騎士団に派遣要請が出た。
恐らくその強さは、アモールに現れたイピリア以上。故に今回の作戦には見学の訓練生たちは同行を許されないという事だったが、フレデリック皇帝はだからこそリクトとライガの討伐隊への参加を提案したのだそうだ。
「将来の皇帝──武帝であるリクトと、現時点で将来の筆頭騎士長の最有力候補であるライガに、実戦で経験を積ませようと陛下はお考えらしい。特に現在、若手の育成は急務だからね。とはいえ、既に君たちは実戦の厳しさを経験して、自分たちに何が足りないのかを知った段階だ。更なる強敵との戦いには、それを自主練習で克服してから臨むべきだと君たちが考えるのであれば、同行を強制したりはしないように、と陛下は仰った。
しかし、勝手ながら私自身の気持ちを口にするのであれば……私は君たちに、是非とも力を貸して欲しいのだ」
アルフォンスは、熱を込めてそう言った。
「これは決して頼ろうなどというような事ではないのだが、君たちのセンスは私やイザークを明らかに凌駕している。その上でまだ、伸び代も十分だ。私は君たちの能力が、現在帝連内で起こっている事件を解決する為の大きな力になると考えている。それを、早い段階で実践してみたいんだ」
「おじさん……」
ライガは、暫し驚いたように養父の顔をまじまじと見ていた。
日頃からアルフォンスの教育方針はポジティブトレーニングで、ライガは褒められる事が多いと言っていたが──それが趣味の魔術研究に関しても大きなモチベーションになっている、とも口にしていた──、そこまで自分を買ってくれているとは思わなかった、というような表情だった。
彼はやがて、リクトよりも先に「お願いします!」と頭を下げた。
「俺も、作戦に連れて行って下さい!」
リクトは、彼のその言葉に押されるように続いた。
「私からもお願いします。私も是非、デルヴァンクール殿と同じ場所で戦ってみたいと思います」
「ライガ、リクト──」
アルフォンスは、交互に自分たちの顔を見た後、
「ありがとう、二人とも」
と言ってもう一度頭を下げた。
「君たちは、本当にフォルトゥナにとって必要とされる人材だ」
「あなた」メルセデス夫人が、一言だけ口を挟む。「危険な目に遭うのは仕方がないけれど、くれぐれも気を付けてね」
「心配しないで、おばさん」
アルフォンスに代わり、ライガが言った。
「俺もリクトも、そう簡単にやられたりしないから」




