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『リ・バース』第一部 第8話 Gjallarhorn②

  ③ ライガ・アンバース


 ライガがそれを見たのは、学問所時代によく授業をサボって昼寝に来ていた宝瓶宮(サダルメリク)の外廊下付近に位置する築山の麓だった。

 先日、ホイヘンスの森での合同訓練の最中に大怪我を負ったフェート騎士団の騎士見習いオルフェの見舞いに行こうとしていた。彼は学問所時代から、王宮の帝連軍寄宿舎で寝泊まりしている。

 ライガはそれまでも、何度か見舞いに宝瓶宮(サダルメリク)を訪れる事はしていたが、そのいずれの時も何故か騎士見習いの先輩たち──フェート騎士長アレイティーズの三男以下の息子たち──に「面会謝絶」と言って阻まれた。

 面会謝絶というだけであれば、ライガもまだ納得出来る。意識を取り戻した後でオルフェ本人にも説明されたらしいが、自身を傷つけたドーデムの攻撃がライガの開発した斬撃術(クペアンドゥ)であった事は、彼がこちらにあまり会いたくないという理由には十分すぎるものだろう。聞いた話によると、空間断裂の攻撃は彼の肋骨の一部も切断していたらしく、あの後彼はずっと訓練に出ていないという事だった。ライガが応急処置で施した回復魔術が効いたので通常の骨折よりは早く骨が繋がるだろうが、それでも半月程度は激しい運動は出来ない可能性が高いそうだ。

 しかし、何故それをイェスネット家の息子たちが阻もうとするのだろう、とライガは疑問に思った。オルフェは確かに、今年度フェートに入団した騎士見習いたちの中ではトップクラスに優秀な成績を誇っているとはいえた。太刀筋もイェスネットの者たちと何処か似ていて、決して悪いものではないし、何より彼は火と闇、二属性に適性を持つ高位者(アデプト)だ。フェートの主戦力であるイェスネットが、彼を特別気に掛けていたとしてもおかしな事ではないが──。

(サルヴァドル教官、俺の事を怒っているみたいだったからなあ……)

 そのように考えていたライガは、そこで目の当たりにした光景を見て、疑問が解消されると共に、自分がイェスネット家の息子たちとオルフェの間で巡らせていた想像が誤りであった事を知った。

 築山の麓に居たのは、まさに自分が訪れようとしていたオルフェと、イェスネットの騎士見習いたちだった。それぞれ、三男エドガー、四男ジャメル、五男テュルパン──直接交流する機会は最近までなかったが、騎士長の息子たちであり優秀な騎士たちという事で名前だけは知っている。

 彼らは、オルフェを囲むように立ち、何やら口々に激しい言葉を浴びせ掛けているようだった。どうしたのだろう、と思っていると、エドガーが矢庭(やにわ)に手を出し、オルフェを芝生の上に突き倒した。

 あっ、と思い、ライガは考える間もなく駆け寄っていた。

「この出来損ないが。起き上がれるようになったならさっさと剣を持って、周りから遅れた分を取り戻せと言ったはずだぞ」

「何をしているんです、あなたたちは!」

 声を掛けると、イェスネットたちはこちらを振り返り、一瞬「しまった」という顔になった。が、すぐに後輩に対する先輩らしく威厳を持った表情を作り、「また来たのか」と異口同音に言った。

「ライガ・アンバース、君が我がフェートの訓練生に、私的に近づく事は許可していないぞ。サルヴァドル兄は、まだ君に対してご立腹のようだからな」

 エドガーは、トレードマークである鼈甲(トータスシェル)の眼鏡のブリッジを指先で調整しながら言ってきた。今まで自分が宝瓶宮(サダルメリク)を訪ねた時と同じような対応だったが、ライガは今その光景を見てしまった以上、今回ばかりは黙って引き下がる訳には行かない、と心を決めていた。

「オルフェは怪我をしているんですよ」

「君にも責任の一端はある」

「その怪我人を──しかも年下の訓練生を三人がかりで取り囲んで、あなたたちにはイェスネットとしてのプライドがないんですか?」

 言ってから、もしこのような場面で、リクトであれば「イェスネットとしての」ではなく「騎士としての」と言うのだろうな、とちらりと思った。

 彼らは黙ってライガを見下ろして──比較的小柄な方であるライガに対し、五人居るアレイティーズの息子たちはいずれも長身だった──いたが、やがてジャメルが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「それを言うのであれば、オルフェに同じ事を言ってやるといい。いつまでも騎士団にしがみついて、センスだけで父上に自身の努力をアピールした気になっているのだから。にも拘わらず、フェートへの入団を認められてからこれ程早くに怪我をして周囲に後れを取るとは」

「怪我は仕方がないでしょう! それにオルフェは、自分のセンスを理解した上でそれをきちんと磨こうとしている」

 ジャメルが何か気掛かりな発言をした気がしたが、ライガはそれについて掘り下げる事はしなかった。

 オルフェはまだ傷が痛むのか、芝生の上で身を起こしながら(あばら)の辺りを押さえていたが、ライガが自身を庇いに入った事について、やや意外に思ったような顔でこちらを見上げてきた。

 イェスネットの先輩たちは(しば)し無言でライガを見つめた後、誰からともなく(きびす)を返した。

「……白けてしまったな」

 エドガーが、吐き捨てるような調子で言った。

「まあ、このオルフェが殊更(ことさら)に我々と関わりを持っている訳でもない。イェスネットの名を穢さぬのであれば、何をしようがしまいが、放っておくのがベストな選択なのやもしれんな」

 何やら捨て台詞とも取れそうな言葉を残し、彼は弟たちに「行こう」と促す。彼らはもう一度オルフェに鋭い一瞥を浴びせ、それ以上何も言う事なく宝瓶宮(サダルメリク)の建物の中へと入って行った。

 彼らが見えなくなると、ライガはオルフェに手を差し出した。

「大丈夫か?」

「……メルシー、ライガ」

 彼は、いつものぼそぼそとした声で言う。「一人で立てます」

 その宣言通り、肋を押さえていた手を芝生の上に突き、立ち上がった。

「もう大丈夫なのかよ、その──」

「ドーデムにやられた傷ですか? ……ええ、もう完全に塞がりました。ノレムから聞きましたが、あなたが即座に処置をして下さったお陰だそうですね。ありがとうございました」

「いや、俺はそんな」

 ──クペアンドゥによって生じた傷を治療出来るのは、現状世界で自分一人だけなのだから。

 ライガはまた彼に対して申し訳なさを覚えたが、殊更(ことさら)にそもそもの原因となった降霊術を開発した自分を恨んではいないのか、などと確認するのも嫌味めいているような気がした。ので、敢えてそれには触れず話題を移した。

「っていうか、酷い事するな、あの人たち。あれが、一騎士団を預かる騎士長の子供たちがする事かよ?」

「仕方ないんですよ。問題があるのは、僕の方なんですから」

 諦念の滲んだ声で言うオルフェに、ライガはつい興奮気味になった。

「お前に何の問題があるんだよ。あれだけのセンスがあって、その上努力までしているんだから凄いじゃないか! 俺には真似出来ないよ──っていうなら、偉そうに言うなって話かもしれないけどさ」

「……いえ、ライガだって努力はしているじゃないですか」

「俺のは、まあ……趣味みたいなものだから。座学の方はからっきしだし」

「僕の問題は、生まれの方です」

 オルフェはやや躊躇いがちに唇を噛んでから、「あまり他人には言わないで下さいよ」と前置きしてから言った。

「僕、実はイェスネットの六男なんです。父上──アレイティーズ騎士長は容姿に秀でていて、本人も色好みですから、愛人が複数居て。勿論、正妻の事は誰よりも愛しているようですよ。だから、あんなに子供が出来る訳ですけれど」

「ちょ、ちょっと待て」

 ライガは、唐突に告げられた思いがけない情報に軽く混乱を覚えた。

「って事はお前、さっきの先輩たちは」

「ええ、腹違いの兄たちです。他に、次兄のアストルフには双子の姉ブラダマンテが居ます。僕だけが妾腹で、アレイティーズ騎士長唯一の私生児なんですよ」

 オルフェは、他人事ででもあるかのように淡々と語った。

「愛人の元に通う時、父は彼女たちが子を孕まないよう細心の注意を払ってはいたようですが、やはり完全ではなかったのです。僕はいわば、意図せず生まれてきた子供という訳です。あの父の事ですからスキャンダルを恐れる事はないでしょうし、そもそもスキャンダルになど発展するかも不明ですが、僕はとりあえず母親の姓を名乗らされ、イェスネットの家に迎えられる事はありませんでした」

「とりあえずって、何だよそれ……」

「兄上たちにとっては、僕が居るという事実そのものが忌々しいのでしょう。父親の過去の汚点のように考えている訳ですから。僕は本当は、自分が高位者(アデプト)だという事は分かっていました。剣術のセンスについてもね。けれどあまり目立ちたくなかったので、隠していたんです」

 彼は、決して誇るような口振りではなかった。

「あまり目立つと、それこそ兄上たちからあまりいい目では見られる事はないでしょうから」

「何だよそれ」

 ライガはもう一度言った。「そんなの、ただの嫉妬じゃないか」

 ドーデムがリクトに対して取る態度もそうだが、自分にない能力を持った誰かが羨ましいからといって、それとは関係のない事を理由にして──「煽動者(デマゴーグ)の息子」と言ったりなど──相手を攻撃するのは卑怯だ。

 卑怯な事の嫌いなライガは、憤慨に任せて石ころを蹴飛ばした。オルフェはそこで初めて、ふっと寂しそうに微笑む。

「そんな事を言ってくれるのは、あなただけですよ」

「誇れよお前、もっと」

「僕は、波風を立てない事の方が大事ですから。それに、日頃から殊更(ことさら)に出来の悪い振りをしているつもりもありませんしね。何が僕にとって大事なのかは、僕が決めて構わないでしょう?」

 オルフェは「だから」と続けた。

「他人にはあまり言わないで下さい。必要な時が来たら、僕がちゃんと自分の口から公表しますから」

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