『リ・バース』第一部 第8話 Gjallarhorn①
○登場人物
・クロヴィス・レボルンス…元老院議員。リクトの父親。
・ナサニエル・ヤーツ…元老院議員。ドーデムの父親。
・ヴァイデオ・ド・トゥルダ…先代元老院議長。
・ウィーズル…ファタリテ騎士団先代副騎士長。
・サルヴァドル・イェスネット…フェート騎士団の指導教官。アレイティーズの長男。
・アストルフ・イェスネット…同次男。
・エドガー・イェスネット…同三男。
・ジャメル・イェスネット…同四男。
・テュルパン・イェスネット…同五男。
・ブラダマンテ・イェスネット…同長女。アストルフの双子の姉。
・ルーク・ネリアー…白羊宮の厩務員兼使役獣調教師。
① PHASE〈1〉
テンペランス王国、チェバ。
城壁によって三角形に囲まれた街の内部で、更に小さな三角形に分割された地区の一つ、南西の農業地区で騒ぎが起こったのは白昼の事だった。
城壁に重ねるような形で展開されていた魔除け結界を、自警団に所属する降霊術者たちが修復している最中──。
その魔物たちは、城壁を爆発させながら突如として現れた。
「ヴ……ヴーニスだーっ!」
「取り巻きも居るぞ!」
人々はたちまちにして、阿鼻叫喚に陥った。
現れた魔物たちは──何が何だか分からないような姿をしていた。亜人型とも獣とも、或いは昆虫や軟体動物ともつかないような異形。明らかに常軌を逸しており、少なくとも人里の近くに出現するようなものではないのは一目瞭然だった。
しかし街の住民たちは、それらの種について知識を持っていた。というのも、ここ最近、周囲の街や村で同様の被害が相次いでいるからだ。始まりは必ず、魔物の侵入を食い止める結界の破損。だから今回、魔除け結界が破れた時、多くの者たちが「来るべきものが来たか」というように身構えた。
幸い、チェバは城壁に囲まれ、結界での排斥が出来なくなっても接近した魔物がそれを破壊して街に侵入する事は難しい。魔物たちが結界の破損に気付く前に早期に修復してしまおう、という事になり、現在はまさにその作業が行われている最中だったのだ。
ヴーニスの取り巻きとして現れた、昆虫のような翅を持つ小型の悪魔のような、竜人のような魔物──ビヤーキーの一体が降霊術者の一人を襲った。
背後から喰らい付かれたその術者は転倒し、一瞬の後、その首筋から血飛沫が噴水の如き勢いで迸った。
「老人や女子供を建物に入れろ! それから誰か自警団の詰め所に行って、剣士の人たちを呼んで来てくれ!」
現場で指揮を執っていた一人の術者が叫び、自身に向かって来たビヤーキーに向かって掌を突き出す。
「シンコープ!」
失神術を放ち、狙いを定めた敵を撃ち落とす。結界の修復作業に当たっていた術者たちも彼に加勢し、ぶんぶんという耳障りな羽音を立てて飛び回るビヤーキーたちを攻撃し始めた。
しかし彼らも、どれだけ取り巻きを倒したところで、ボス格であるヴーニスに自分たちだけで対抗するのには無理があった。着実に迫って来る魔物に怯えながらも、自警団の剣士たちが駆けつけるまで果敢に繋ぎの役割を果たそうとしていた彼らは確実な速度で、一人、また一人と打ち倒されて行った。
迫り来る圧倒的な力を目の当たりにしながら、指揮者は考える。こいつは最初から街を襲うつもりで、魔除け結界を破ったのではないかと。
しかしそう思ってから、いや、と自ら疑問を呈する。
魔除け結界は万能ではない。その地域に生息する魔物の平均的なステータスよりも能力が高い、俗に「上級クラス」と呼ばれる魔物であれば結界で完全に侵入を防ぐ事は出来ず、そういったケースを想定して各地には帝連軍の駐在部隊や自警団が配置され、定期的に郊外で魔物を狩る役割を担うのだ。
ヴーニスは、間違いなくそういった上級クラスの魔物に含まれるだろうと考えられた。取り巻きを率いている、即ち周囲の魔物がそれに従おうと決め、ある種の契約を結んでいる事からもそれは推測出来る。ならば、わざわざ事前に結界を破る必要などなく、そのまま通過すればいい。
──奴らは、たまたま結界が破れた街や村を集中的に狙っている。
──では、何故ここ最近各地で結界の破れが多発しているのか? 同時に何故これ程凶暴な、普段は現れないような魔物がこの周辺に出現するようになったのか? そもそも、これはこの地域に限った話なのか?
そのように散発的な考えが、彼の脳裏に過ぎった時だった。
「ヴヴヴヴヴォオオオオオオオッ!!」
同僚たちを蹴散らしながら彼の方に迫っていたヴーニスが突如腹の底に応えるような重低音で咆哮し、水流を吐き出した。
それは地面に当たると、爆発を起こした。熱湯を掛けたような蒸気と共に、痛みを覚える程の熱を帯びた風圧が術者たちを薙ぎ倒す。
指揮者は気付けば、吹き飛ばされて路傍の畑に転落していた。同僚たちがどうなったのか、確かめる余裕もない。辛うじて顔を上げると、もうもうと立ち込める白煙の中、魔物がゆっくりと歩いているのが見えた。
何処かを目指しているような──いや、引き寄せられているような動き。
その進む先を視線で辿り、指揮者はまさか、と思った。
そこには、チェバ市内での食糧自給に大きな貢献を果たしている巨大な散水機型の魔導具が佇んでいた。
② PHASE〈2〉
「帝国領内……オイラー、マクローリン、ラグランジュ。フォルス国内……メルカトル、ベルヌーイ。メゾン・デュー国内……」
ユークリッド中央区、元老院議場には、軍からの報告書を読み上げる男の声が響いていた。
男の名はナサニエル・ヤーツ。第二皇女アウロラと長男の婚約によって、将来内戚となる事を約束されたエルヴァーグ家と親戚関係にある侯爵家ヤーツの当主で、次期元老長の最有力候補者だ。
「……以上が、ここ一ヶ月に於ける霊的災害のうち、特に人的被害の大きかった地域の調査結果です」
配布された同じ資料に目を落としながら、議員たちが唸る。
「全て、産業都市……いずれも、ランペルール製の魔導具を開発に使用している」
「その通りです」
ナサニエルは、我が意を得たりというように大きく肯いた。
現在の「第二間征期」体制が始まる前から、大陸の最北に位置するランペルール公国は、帝連に属する他の国々への魔導具の輸出が産業の中心を占めていた。征服期に於ける兵器系魔導具の特需が終わって尚、帝連は傘下の国々で求められる技術の開発の大部分をランペルールに委ねている。
そのような強みがある為か、ランペルールは未だに共通通貨セレスではなく、帝連加入以前の独自の貨幣アンプの使用が容認されていた。ランペルール国内に於けるアンプの価値の変動は、魔導具の貿易にも大きく影響する。向こうは資源があまり潤沢ではないので、魔導具の開発には帝連の他の国々から材料を輸入する必要がある。その為、セレスがあまり高騰しすぎると国々は輸出が行えなくなり、魔導具を用いた産業が不況になる。結果的に、帝国はセレスとアンプの価値に極端な乖離が発生しないよう、市場操作を行うしかない。
ランペルール公国とアンプの存在はこのように、帝国が帝連の主国でありながら経済面で傘下の肢国群の「国」としての独立を妨げる事がないようにする、一種の”抑止力”として機能していた。
しかし、十五年という年月が流れる中、ランペルール以外の国々は体制の刷新による国力の拡充などを経、公国には及ばないとはいえ少しずつ魔導具の開発技術を進歩させて来ていた。現在では帝連内の魔導具の市場を公国企業が独占しているという事はなく、それ以外の国々の割合を合計すれば公国の占める割合とほぼ伯仲するというところまで行っている。帝国が中心となり、ランペルールに振り分けていた資源をそれらの国々──何故かそれらのソレイユやリュンヌといった国々も、ランペルールと同じく北側に多く集まっている──に少しずつ分配すれば、公国とのアンプが絡んだ貿易は必要なくなるというシミュレーションを行う経済学者も居るくらいだ。
やはり帝国としては、主国としての支配力を盤石なものとしたい為、公国のアンプはどうにかセレスに統一させたいというのが本音だ。その為、こういったシミュレーションの結果は、元老院と皇帝の方針次第でいつ実際の経済政策として施行されてもおかしくはなかった。
特に、現在では──。
「これはある意味で、丁度いい折であると言う事も出来ましょう」
ナサニエル・ヤーツは、拳を振りながら力説した。
「現在ランペルール公国では、反帝連運動の気運が俄かに高まっています。帝国は彼らに経済制裁を課す事によってこういった動きに対して牽制を行ってきましたが、私はこれまで、我が国による制裁は今一つ決定的な部分に於いて有効性に欠けていると幾度となく訴えてきました。
ここ一ヶ月の間に発生した、ランペルール製魔導具の著しい魔物誘引性による霊的災害は、各肢国にそのボイコットを訴えるに足る事案です。即ち、ランペルールからの魔導具輸入、並びに開発の委託を全面的に停止すべきである、という事です。事によると、ランペルールは事故を装って帝連内部に打撃を与える為に、わざとそのような魔導具を輸出していた可能性もある」
「ヤーツ議員、発言の際に憶測を交える事は控えなさい」
元老長ヴァイデオ・ド・トゥルダ公爵──トゥルダ公ヴァイデオ=ラッツ──が注意を行う。
ナサニエルは「失礼」と断ったものの、強気な姿勢を崩そうとはしなかった。
「しかし、事と次第によっては進駐軍によるゲイロッド城並びにビギンズ公より認可を受けた企業への立ち入り調査を実施せねばならぬやもしれません。それ程に大きな事態である事は、皆さんもお分かりでしょうな?」
「お待ち頂きたい、ヤーツ殿」
不意に、議員たちの中から手が挙がった。ナサニエルの眉がぴくりと動き、トゥルダ公の視線がそちらに移り、他の議員たちは「また始まるのか」というように視線を下げた。
トゥルダ公は、「レボルンス議員」と彼を呼び、微かに顎を引いた。「発言を許します」
「ありがとうございます、元老長」
挙手をした議員は、短く礼を言ってからナサニエルの方へ向き直る。
「魔導具全ての取り引きを禁止というのは、些か取るべき対応の選択が早急すぎる感が否めない。人々に混乱を招きますよ」
この発言者は、レボルンス侯クロヴィス。天秤宮の学問所を首席で卒業した、皇女シアリーズの婚約者リクトの父親だ。彼は何事に於いても慎重派で、正反対の性格を持つナサニエルとは常に意見を戦わせる間柄だった。
それは、現在元老院でしばしば取り沙汰される、ランペルール公国独立運動を巡っての対応でも同じ事だった。
「いつもの事ながら弱気だな、レボルンス殿」
ナサニエルは、彼を挑発するかのように言った。クロヴィスは首を振り、「向こうとの談論の余地を残す為です」と言う。
「ジフト・ビギンズは、帝連からの独立を謳ってはいながらも我々との平和的な交渉を望んでいました。先日彼が急逝し、幼くして当主の座に就いた彼の長男リュシアンに代わり、現在ランペルールの政権は亡きジフトの側近ブラウバート・イスラフェリーが握っている。
今は、彼の対外政策に於ける姿勢について見極めを行わねばならない時期です。現在分かっている事は、ブラウバートもまた先代からの公国の独立運動を継いでいるという事のみ……彼の出方を量るまで、下手な刺激はすべきではない」
「レボルンス殿。大前提として確認しておくが、我々はランペルールの独立など、如何なる交渉が行われようと認めるつもりはないという事で一致している。ビギンズ公の望んだという会談でも、極端な話をすれば武力を交える事になろうとも。その事はお忘れではないな?」
「無論です。しかし、公国に運動を鎮静化するように促すにも、向こうが納得出来るだけの材料を提示せねば会談での交渉は不可能でしょう。決して、過剰な圧力を掛けるようなやり方ではいけない」
クロヴィスは、静かながら熱の込もった調子で続ける。
「結果としてブラウバートが身を引こうとも、彼が弱腰であるという印象を民衆が抱けば、既に先代ビギンズ公の指導の下で独立に向けて熱狂している彼らは裏切られたという気を起こすでしょう。
ランペルールの民は、征服期の終了以来国内経済の不安定さに苦しんできた。彼らは長い間、強い牽引力を持った指導者を求めていました。ビギンズ公ジフトはまさに彼らの求める指導者でありながら、彼らにとってはいよいよという時に世を去ったのです。もしもブラウバートが彼らの求める指導者像に合致しなければ、恐らく公国内でクーデターが起こる。そこで過激派が台頭したりなどすれば、帝連と公国との折衝が泥沼化するのは目に見えている」
「………」
ナサニエルは彼が語り終えるまで黙って聴いていたが、やがて「なるほど」と呟いた。それは彼の言葉に共感して、という訳ではなく、彼の言葉から何かを思い出したという感じだった。
「そういえばあなたは、親ランペルール派でしたな?」
「何を言われる?」
クロヴィスが眉を潜めると、ヤーツ侯はせせら笑うような声音になる。
「あなたが、元老院議員の副業を禁じる法改正が行われる以前に、魔石採掘会社の取締役としてランペルールから多くのアンプを得ていた事は皆が知っている。あなたにとっては、屋敷の金庫に眠ったアンプの価値が低下するような事は、何としてでも避けたいでしょうからな」
「私は、私的な話をしているのではない!」
アンプの所持自体は、違法な事ではない。むしろ為替取り引きは、帝連内の一定数の者たちがれっきとしたビジネスとして行っている。議員の副業が禁じられた現在でも、業務で知り得た情報を用いた未公開取り引きでない限り個人の資産形成の手段としては戒められてはいない。
しかしナサニエルの口振りは、あたかもクロヴィスが自らの私腹を肥やす為だけにランペルールの影響力拡大を望んでいるというかのようだった。違法ではないが誠実義務違反だ、と。
クロヴィスは反駁しかけたが、すぐに口を噤み、数秒間緘黙した。やがてふっと息を吐き出すと、徐ろに再度開口した。
「今議論すべきは、各地で発生している霊的災害への対処。ランペルール製魔導具が関わっているとはいえ、目下向こうで起こっている独立運動への制裁とは区別して話を進めるべきでしょう」
「しかし、意図が制裁であろうとなかろうと、このまま魔物誘引性の高い魔導具の使用を継続させる訳には行かぬのもまた事実。調査が済んだ以上、公国には公的な文書を以て本件への釈明を求めねばなりませぬぞ」
「それで向こうがしらばくれたら、どうするのだね?」
別の議員が容喙した。
「帝連内で使用されている魔導具の半分はランペルール製だ。たまたま霊的災害が頻発し、そこにことごとくそれらがあったというだけに過ぎない、と主張されれば、それ以上を訴える事には無理が──」
会議は踊り続ける……
ご精読感謝です。本日より第八話「Gjallarhorn」の連載を開始します。題名はリクトの(過去編ではアルフォンスの)戦楽器、魔笛ヤーラルホーンの事ですが、ギャラルホルンという読み方の方が一般的です。北欧神話で最終戦争ラグナロクの際に虹の橋の番人ヘイムダルが吹き鳴らすといわれる角笛で、今回から過去編でジフト戦役の予兆が見られ始める事も含んだエピソード名になっています。
北欧に関連する名詞が頻出するのは『リ・バース』に限らず私の作品の特徴ですが、『破天のディベルバイス』では「Einherjar」を一般的な発音(恐らく本来の古ノルド語の発音に近いのでしょう)通りに「エインヘリャル」と読ませているのに対し、ヤーラルホーンは自分でもよく分かりません。フィンランド出身のバンドがこの綴りで「ヤァラルホーン」と発音しているらしいですが、現地でもこちらの方が近いのか。
マーベル作品では、雷神トール(Thor)や雷槌ミョルニル(Mjölnir)が「ソー」や「ムジョルニア」などとなっていますが、英語圏では割と綴り通りに発音されているのか、邦訳した際に片仮名で文字起こししてこうなったのか。私は洋画を観る時は吹き替え派なので、英語での発音を聞いた事がありません。




