『リ・バース』第一部 第8話 Gjallarhorn④
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フォルトゥナとファタリテが共同戦線を張る、という話は、既に噂として王宮全体で人口に膾炙していた。
筆頭騎士団であるフォルトゥナと、自分たちの血統を重んじるファタリテの仲はあまり良好ではない、というのが共通認識だった。フォルトゥナのアルフォンスの方では特にそのような事は考えていないようだが、ファタリテのロディ・エルヴァーグ騎士長は自分たちこそが本来筆頭騎士団であるべきだ、という考えを持ち、国防の主導権を掌握する事を悲願としているので、フォルトゥナに対してはライバル意識があるらしい。
この事については、議院内閣制の国家に於ける与党と野党のようなものだ、とリクトは認識している。
当然それは騎士見習いたちも知るところであり、彼らには今年度入団したばかりのリクトとライガが莞根士と匍匐獅子に同行して戦いに出向くという事が大きな話題となっていた。
出陣から一週間程前になると、共同訓練場に二人が入った時、皆が一斉に自分たちの方を見てざわざわと囁きを交わし合うようになった。
「来週も合同だって。よりによって、ライガたちの居ない時になんて……」
嘆くノレムに、ライガは「おいおい」と呆れていた。
「普段の双児宮での訓練の時は、俺たちが居ないのが当たり前だろう? それにもう皆で同じ訓練メニューって事はないんだ、決闘形式でやるにしても、カルマでのお前のペアは居る訳だし」
「そうだけどさ、皆僕とペアでやっても何の練習にもならないって言うんだよ。いつも相手してくれる子も、合同になるとフォルトゥナの子の所に行っちゃうし。ライガとリクトだったら、元々皆より出来るんだし、僕が──時間を無駄にしてしまったとしても、そこまで大きな影響はないだろう?」
気遣いがあるのかないのか、微妙に判断に困る事を言うノレムに彼が苦笑していると、少し離れた場所で仲間と共に居たマロン=エキュレットが、鳩羽色の愛剣の切っ先で床をカーンッ! と音高く突いた。
「お前たち、騒ぎすぎだ。少しは訓練に集中しろ!」
リクトとライガが現れた時から騒ついていた訓練生たちが、途端にしーんと静まり返った。
マロンは視線が自分に集中するや否ややや頰を紅潮させ、そっぽを向く。彼を取り巻いていた仲間たち──ロディ騎士長直属の部下の子供たち──は、気まずそうに互いに無言で視線を交わし合った。
「……何だ、あれ?」
眉を潜めるライガに、ノレムが慌てたように説明する。
「拗ねているんだよ、マロンは。デルヴァンクール騎士長とエルヴァーグ──ロディ騎士長が共同で主導する作戦で、ライガとリクトは参加出来るのに、ロディ殿は息子の同行を許可してくれないから」
団扇で口元を隠し、囁くように言ったノレムだったが、マロンは聞こえていたらしくきっと鋭い目で睨んできた。ノレムはひっと喉を鳴らしてライガの背に隠れるようにしたが、マロンが再び向こうを向いた瞬間すかさずちらりと顔を出し、無言であかんべをした。
「まあまあマロン、そう気にする事ないって」
取り巻きの一人が、彼を宥めるように言った。彼の場合ドーデムとは異なり、取り巻きといっても周囲が一方的に騎士長の息子に集まっているだけであり、積極的に自分が彼らを率いているのだ、という料簡はないようだ。
「レボルンスはさ、シアリーズ姫の婚約者だから。今回の同行だって、陛下が直々にご提案なされたそうじゃないか。なら、マロンだってこの先チャンスがない訳じゃないだろう?」
それは、リクトが専門的に皇帝としての教育を受ける必要があるから、というのではなく、現皇帝の身内になるので贔屓されている、というニュアンスで発された言葉のように感じられた。ライガもそのような雰囲気を感じ取ったのか、額に寄せた皺を増々深くする。
「マロンも、アウロラ姫の花婿じゃないか。……ああ、いいなあマロンは。シアリーズ姫はお美しい方だけれど、アウロラ姫もとても可憐だ。なかなかお姿をお見せにならないところも、何というか、深窓のご令嬢って感じで」
「……第二皇女の許婚に、何の意味がある?」
マロンは、憮然としてそう口にした。
「エルヴァーグは武家だから、政に直接関わる訳じゃない。だから俺には、余り物を押しつけられたんだ。元老院と軍部の力の調整の為に」
「おい」
その台詞に真っ先に反応したのは、ライガだった。リクトが気付いて止める間もなく、彼は大股でマロンの方へと近づいて行く。
「お前、今アウロラ姫の事を何と言った?」
「ああ?」
マロンは、突然自分に向かって来た彼を煩わしそうに見る。
「ライガ・アンバース、お前に何の関係がある?」
「余り物と言ったか、アウロラ姫の事を? ……ふざけるなよ、彼女がお前との関係の為に、どれだけ心を砕いているのか考えた事もないのか?」
ライガは取り巻きを押し退けると、マロンの胸倉を掴み上げた。ノレムがぽかんと口を開け、マロンの周囲に集まっていたファタリテの訓練生たちが我に返ってライガを止めに入る。
「何か冷たいと思っていたら、そういう事だったのか……マロン、今すぐ階上に行って、彼女に謝って来い」
「何様のつもりだ、ライガ?」
マロンは、額に青筋を浮かべてライガの手首を掴んだ。
「リクト・レボルンスの友人だからといって、調子に乗るのも大概にしろ。知っているぞ、シアリーズ姫の事を、馴れ馴れしく『リィズ』などと呼んで。お前も彼女に惚れているのか?」
「馬鹿吐かせ! 彼女はリクトのものなんだよ。アウロラ姫もそれは分かってる、だから自分は精一杯お前を好きになろうとして頑張っているんだよ! お前は何でそれを分かってやらないんだ!」
「ライガ、そこまでにしておこう」
リクトは彼に歩み寄り、下がらせようとする。
いつものように合同訓練を預かるイザーク教官が、「ライガ!」と声を上げつつ駆け寄って来ようとしていた。
しかし、その前にマロンが更に発言した。
「ああそうか、ライガ──要するに、お前はリクト・レボルンスと対等に居たいって事だろう? それなら、第二皇女など譲ってやる。恩のあるデルヴァンクール騎士長には、さぞかし恥をかかせる事になるだろうがな」
「何だと──」
「よせっ、ライガ!」
リクトは叫んだが、間に合わなかった。
ライガの拳が、マロン=エキュレットの頰に叩きつけられる。マロンは本当に彼が手を出すとは思っていなかったのか、思い切り吹っ飛ばされて背後に居た取り巻き諸共引っ繰り返った。
イザークが「ライガを止めろ!」と叫んだ。
周囲の者たちは既に、ライガを両脇を掴んで押さえつけていた。が、彼は足をばたつかせながら「放せ!」と叫び、尚もマロンの方に向かおうとする。
リクトは咄嗟に、
「リストリンゲレ!」
拘束術を放ち、彼の四肢を縛り上げていた。
* * *
こればかりは庇いきれない、と、イザーク教官は言った。
訓練中に他の者と喧嘩を行ったというだけであればまだしも、暴力に訴えたというところが問題だったらしい。ライガに思い切り殴られたマロンは歯を数本折ったらしく、ロディ騎士長は怒り心頭に達したという。
ライガの処分は、当分の間自宅謹慎という事になった。当然ながら、アルフォンスたちのテンペランスでの作戦に同行する事も出来なくなった。
自分の開発した斬撃術が間接的にオルフェを傷つけた時、ライガは自分に非がないと周囲に言われても謙虚に謝った。しかし、今回の件に関してはどうしても納得出来ないらしく、本気で教官に噛みついた。
「マロン=エキュレットはアウロラ姫を『余り物』と呼んだ! どうせリィズの事だって、家のステータスの為に近づきたいとしか思っていない癖に! リクトは本気でリィズの事が好きなのに! あいつは謝るべきだ、アウロラ姫にも、リィズにも、リクトにも!」
「……マロン=エキュレットが口を滑らせた事については、複数の者が証言している通りだ。事実なのだろう。しかし、訓練生による同輩への私刑は許されていない」
「じゃあ、先生があいつを殴って下さいよ!」
ライガが言うと、イザーク教官は指揮剣ルソンを鞘に納めたまま振り上げ、彼の肩をぴしりと鋭く打ち据えた。
「いい加減にしないか、ライガ!」
リクトがはらはらして見つめる中、教官は遂に雷を落とした。
「貴様はいつから、私に命令出来る立場になったのだ? 兄上に──デルヴァンクール騎士長に目を掛けられている事が貴様を増長させたというのなら、多少手荒な治療をせねばならないようだな」
「………」
ライガは黙り込んだが、それは最早彼と話してもどうにもならない、というような態度だった。イザーク教官はそんな彼を見、大きく溜め息を吐くと、困り果てたというように首を振って身を翻した。
「丁度いい機会だ。少し頭を冷やせ」
彼が立ち去るまで、ライガは無言を貫いた。
やがて彼は訓練場の外に出てくると、待っていたリクトが声を掛けても一顧だにする事なく、天秤宮を出て行った。




