『リ・バース』第一部 第7話 Coupé en Deux⑧
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自分たちやオルフェ、ドーデムが直前まで魔物を狩っていた為、森を抜ける間に別の敵に乱入される、という事態は発生しなかった。
自分とリクト、ノレムが昼食を取っていた頂の伐採地に出ると、ライガはアパデマクたちを集めて「いいか」と囁いた。
「木立に続く坂を、お前たちで包囲するんだ。シャンタクが登って来たら、もう下らせちゃ駄目だぞ。ここに、あいつを足止めする。その代わり、誰か人間が来たらすぐにこっち側に引き返せ。使役獣と気付かれずに狩られたら、俺が悲しい」
了解、と言うかのように、アパデマクたちは声を揃えて低く唸った。
各々が自らに割り振られた配置へと動き出すと、ライガは斜面から聞こえてくる甲高い魔物の声を聴き、まだ時間がある、と判断して文法の結界術を詠唱した。
「天風の吹き溜まりし処に、神域よ開闢せよ……オービタルスフィア」
空属性術、天球結界。効力は、環境によるステータス低下の無効化と、結界内に居る者のうち指定した対象への身体強化。ライガはこれを、丘の上を覆い尽くすような形で展開した。
展開を終えると同時に、木立からシャンタクが姿を現した。
山道を塞ぐように控えたサンク、シスが、牙を剝き出して威嚇の声を発する。恐鳥は彼らを足蹴にしようとしたが、一度身を引かれるとすぐに興味を失ったように無視し、こちらに向かって来た。どうやら今の一瞬で、彼らが丘の上から自分を逃がさないようにする為に配置されているのだと気付いたようだ。
ライガはアルターエゴを構えつつも、左手では降霊術を使っていた。今度もまたオリジナルで、攻撃と拘束をどちらも兼ねる鞭の技だ。
「カタラフィーディ!」
これ程オリジナル降霊術の実践を試せたのは初めてだ、とちらりと思ったが、今は余計な事を考えてはいられない。これは、命を賭けた戦いなのだから。そして賭けられている命は、自分一人のものだけではない。
ライガの放った蛇の如き霊力の鞭が、シャンタクの首に絡みついた。ライガはそれをぐいと自分の方へ引きつつ、鞭を巻き取るようにしながら剣を構えて突進を仕掛けた。
「緋炎斬!」
「ケエエエアアアアアアッ!!」
魔物は、ライガが射程に入るや否や反撃を繰り出した。牙の並ぶ嘴をぱっくりと開け、上体を屈めて姿勢を低くする。
それは、イピリアやペトスコスが使用するのを見た息の予備動作に似ていた。しかし、ライガは魔物の口元に小さな藍銅鉱の色をした魔方陣が生成されているのを見抜いていた。
初速の勢いを維持したまま止まれないライガに向かって、特大の空属性エネルギーの塊が襲い掛かって来た。
恐らくこれは、空属性術最高技──エグゼキューション。
(ヤバい……!)
ライガは急いで剣技と降霊術を中断し、障壁因子での防御を行おうとした。しかしそれは、最早無詠唱でも間に合いそうにない──。
せめてダメージを受けきり、如何に安全に受け身を取り、素早く立て直すかに神経を割くべきだ。そう判断し、覚悟を決めた時、自分とシャンタクの間に一つの影が割り込んだ。
「あ……」
声を形にする暇もなく、魔物の魔術は炸裂した。
闖入者の体が、空中に舞う。それはライガの頭上を越え、地面の上で何度もバウンドし、切り株を粉砕しながら転がって行く。
使役獣たちの中で最年少で、ルークからは「跳ねっ返り」とも称されていたセプトだった。
──魔物招喚士と契約した魔物は、主人の命令に逆らう事はない。しかし、彼らにも自由意思はある。命令という形で禁じられた行為でない限り、それに基づいて行動するのは何もおかしな事ではない。
「セプト──」
思わず視線が彼女に釘付けになった瞬間、シャンタクが喚き声を発しながら前進して来た。魔物のターゲットは今の一瞬でセプトに移っていたが、ライガは恐らく敵も意図していなかったであろう膝蹴り──鳥の部位的に考えて厳密には「膝」ではないが──を受け、仰向けに倒される。
恐鳥の脚が頭上から迫る。踏圧を避けるべく体を横方向に転がすと、間一髪のところで魔物がすぐ横を通過して行った。
その向かう先で、跳ね飛ばされたセプトががりがりと地面を引っ掻いていた。逃げろ、と命令を発しようとしたライガだったが、すぐに彼女がそれを出来ない事に気付いた。最初にリクトたちとここに辿り着いた時、「落ちたら死ぬな」などと話していた泥炭の池。その縁に、セプトは落ち込んでしまったのだ。
「待て、こいつめ──」
追い討ちを掛けるように迫るシャンタクに、ライガは倒れた姿勢のまま火花を飛ばす。しかし、如何せん無理があった。それは狙いを大きく外し、魔物はターゲットを再びこちらに移そうとはしない。
向こうに居るアンやトロワに、セプトを助けに行くよう命じるか。一瞬浮かびかけたその考えを、ライガはすぐに打ち消した。下手をすれば、助けに入ったアパデマク諸共セプトはタールの中へ沈んでしまうだろう。
シャンタクが彼女の元へ到達する前に、自分に再度ターゲットを移すしかない。
ライガは立ち上がりながら、自分がいつの間にか、本来使役者を守るように操るべきである使役獣たちの事を、自らよりも優先して考えている事に気付いた。否、実際にはもっと前から気付いていた。
ルークから、調教師が陥りやすいとして度々注意を促された擬人化──一瞬そのように思いかけたが、すぐに「違う」と否定する。
アパデマクたちも、自分と同じく命を持った生き物だ。それを捨て駒のように扱う事など、どうして出来るだろうか?
「フレイムバレット!」
シャンタクをこちらへ振り向かせるべく、ライガは火球を放った。
しかし、既に自分よりもセプトの方が覚悟を決めていたようだった。
「グルルルルッ!」
彼女は吠えると、自分をタールに蹴り込んで止めを刺そうと接近して来たシャンタクに向かって、あらん限りの力で首を伸ばした。
その顎が、まさに振り上げられた魔物の足に喰らいつき、自分諸共タールの池へと引き込んだ。
──体力的に、自分はもう助からない。
ライガが躊躇している間に、セプトは既にそう結論を出していたのだ。シャンタクもこれは想定出来なかったのか、振り上げかけた脚を下ろす間もなく彼女によって死の池へと引き込まれた。
その後頭部に、ライガの炎の弾丸が命中した事が決定打となった。
シャンタクとアパデマクが、縺れ合うようにしてタールの中へと落下して行く。ライガは叫びそうになる口を懸命に塞ぎ、腕状霊魂を招聘しながら彼らの元へと駆け寄った。
セプトを引っ張り上げるつもりだった。池から、魔物たちが跳ね飛ばした悪臭を放つタールが周囲に散っている。
「待ってろ! 今引き上げてやるからな!」
声を掛けながら近づいたライガだったが、実際に彼らを見、それが途方もなく困難である事を悟った。
両者は致命的な罠に落ちて尚、戦い続けていた。セプトはシャンタクの上体を両前脚で押さえつけ、自分と共にタールに沈めてしまおうと図っている。他方シャンタクは、退化した翼を懸命にはためかせて沈み込んだ下半身をタールから引き抜こうと藻掻いていた。
ゆっくりと、しかし確実に、両者は沈み込んでいた。
セプトを腕状霊魂で引き上げるには、それを妨げているシャンタクを排除するしかない。しかし池の深さを鑑みて、アルターエゴの間合いでは届きそうにない。一方でシャンタクを一撃で仕留められる威力の文法を使えば、セプトをも巻き込んでしまう危険性が高い。
ライガは頭を悩ませ、すぐに一つの方法を考えついた。それを採用するのに戸惑った時間は、僅かにコンマ数秒だった。
「クペアンドゥ!」
開発中の降霊術を、恐鳥の項の辺りに放つ。最初に首筋に突きを放った時に分かっている通り、そこを覆う甲殻は剣による斬撃で貫き通す事は出来ないが、クペアンドゥの真価はここで初めて発揮された。
空間断裂の刃は、対象の硬度を無視してあらゆるものを切断する。通常の治療法で傷の修復が不可能という事も相俟って、これが極めて戦闘──否、殺害に特化した降霊術である所以だ。
ライガがこれをまだ「開発中」として扱っているのは、発動する度に威力が定まらない為だ。
午前中にリクト、ノレムと共にアックスビークと戦っている時、ライガは既にクペアンドゥの実戦での使用を試みていた。ノレムに襲い掛かったアックスビークの動きを止めようとした時、この降霊術によってライガは魔物の脚を切断している。しかしあれは、決して最大威力ではなかった。
その一方で、ドーデムがオルフェに対して使用した際は、明らかに最大に近い威力でクペアンドゥは発動された。その深い傷は、あと僅かにでも強い威力で放たれていればオルフェの心臓を抉っていたに違いなかった。
そして、今ライガが放ったものは──シャンタクの項を鎧う甲殻をすっぱりと断ち割り、
「ケアアッ!」
そこで終了した。
魔物の肉に、空間断裂の刃は届かなかった。ライガは刹那、胸裏に絶望の雲が去来するのを感じたが、すぐに頭を振ってそれを振り払った。
(もう一度……!)
改めて魔術を使用しようとした時、突然後方から管楽器の音が響いた。




