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『リ・バース』第一部 第7話 Coupé en Deux⑦

  ② ライガ・アンバース


 飛行系の魔物のうち、鳥タイプは特にネコ科の肉食獣系の魔物を天敵とする。

 ライガが、アックスビークなどが多く含まれるレースの最中には出す事を躊躇ったアパデマクたちを招喚したのは、シャンタクも鳥であるからには本能的に彼女らを恐れ、動きが鈍るのではないかと考えた為だった。しかしシャンタクは、一瞬怯みこそしたもののすぐに態勢を立て直し、嘴で連続突きを繰り出しながら果敢にこちらへと接近して来た。

 ──ルークから、シャンタクの好戦傾向については教えられていた。しかし、本来の天敵を目の当たりにして尚先制攻撃を繰り出してくる程のものであるとは、さすがに想定外だ。

「カトルは俺に着いて来い! 連携攻撃(リンクアップ)を仕掛けるぞ! それ以外はアンからトロワまで向かって左、サンクからセプトまでは右に分散、包囲網を形成しろ!」

 魔物招喚士(ビーストサモナー)と契約した魔物は、たとえ人語を解さない種であってもこちらの意思を読み取ってそれに従う為、人間と同じように言葉での命令が通用した。同時にライガは、契約ではない”調教”の際に使用した仮想物質の生成魔術を──今回は魔術印(ガルド)ではなく詠唱で──発動し、竜骨兵(スパルトイ)に似た自動人形(クリーチャー)を三体出現させた。これは囮として使用するつもりだった。

 クリーチャーたちはライガの眼前に現れると、手にした骨銛(ハープーン)を手に恐鳥へと飛び掛かった。が、当然これらに戦闘能力は期待していない。

 振り下ろされた魔物の嘴が、たちまちにしてそれらを打ち砕いた。しかしその一瞬に、ライガはカトルと共に跳躍している。

震空破(シンクウハ)!」「グルウッ!」

 突き技であれば火属性の咲煉破(ショウレンハ)を繰り出す事も出来たが、直後にすぐにカトルが同じ部位に攻撃を仕掛ける事を考慮し、熱の発生しない無属性の技を選んだ。ぼさぼさと毛羽立ったモップのような、獣の毛に近い羽毛に覆われた喉から胸にかけてを狙って剣を突き出す。

 この時ライガは、既にシャンタクの凶器の如き嘴による乱れ突きの死角──懐へと入り込んでいた。接近してみると、敵は──無論イピリアよりはマシとはいえ──遠くから見た時に感じたよりもずっと大きかった。本能的な恐れが萌したが、相手がアパデマクたちに対してそれを押し殺したのと同様、腹の底に力を込めてそれを呑み込もうとする。

 自分の突きがシャンタクの胸板にヒットし、カトルの爪が同じ箇所に三筋の斜めの軌道を描いた。が、攻撃を命中させてカトルと交替(スイッチ)する間、ライガは今の自分の攻撃で相手が(ほとん)どダメージを受けていない事に気付いていた。

(さすがに硬いか……!)

「ケアアアッ!!」

 魔物は反撃とばかりに翼を振り上げ、体を捻りつつカトルへとそれを打ちつけようとする。カトルはライガと同様一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を心掛け、即座に距離を取ったが、体重の比較的軽い彼女は風圧から完全に逃れる事は出来なかった。

 彼女の体が押し流され、回避行動を取っていたライガの足にぶつかった。それでバランスが崩れ、足場の悪い岩場での安全な着地は不可能となった。

 垂直方向に落下したライガは、背中からもろに岩へと叩きつけられた。衝撃に、体内で圧搾された熱い空気が塊となって口から暴発する。眼前に、それと同時に吐き出された血の玉が舞い散るのが見える。カトルの方は、こちらに一度ぶつかったのが勢いを殺す事に繋がったらしく、崩れ気味の体勢ながらもしっかりと四肢を踏ん張って着地する事に成功した。

「ライガーっ!」

 ノレムが叫ぶ声が、遠くから聞こえてきた。向こうから見れば、自分は彼らからは死角となる岩陰に落ちたのだ。凄まじい音と土煙だけが生じ、どうなったのか分からないのではぞっとするのも無理はない。

 カトルが、「ごめんなさい」と謝るかのようにこちらに鼻先を寄せてきた。ライガは「気にするなって」と言い、彼女の首筋を撫でる。

 実際、音と衝撃の割に体感的なダメージはそこまででもなかった。強打した上半身が軽装とはいえ鎧に覆われていたのが幸いしたらしいが、それは逆に言えば鎧がなければ背骨が砕かれていてもおかしくなかったという事でもある。

 シャンタクの更なる攻撃を喰らわずに済んだのは、ライガが叩き落とされるのとほぼ同じタイミングで、残りのアパデマクたちが包囲網を狭め、四方八方から攻撃を繰り出した為だった。やはり甲殻に覆われた部位には殆ど攻撃が通っていないように見えるが、ライガは目を凝らし、退化した翼からは微かに血飛沫(しぶき)が空中に尾を引いているのを確認した。

(軽量化の必要な部位は、比較的柔らかいようだな……狙いにくくはあるけれど)

 自分の戦闘力を魔物と同様に六つに分けて考えるのであれば、特に敏捷性(アジリティ)が優れている、とライガは自己分析していた。

 それはアパデマクたちも同様だが、現在は環境の特性上、それがほぼ活かせていない状態に在る。リクトたちから引き離すという本来の目的を鑑みても、そろそろ場所を替えた方が賢明だろう。

 ライガは立ち上がり、左手で指印を組みつつ降霊術を使用した。

「ダクティリオスプネウマ」

 ──輪状霊魂。

 腕状霊魂(ブラキオプネウマ)口状霊魂(ストマプネウマ)と同じ、形状霊魂系の技。しかしこれは、自分が開発したオリジナル降霊術の一つだった。無論実戦に投入するのはこれが初めてだが、

「こっちに来い、駝鳥(だちょう)野郎!」

 ライガは、手の中に出現したドーナツ程度のサイズの輪をシャンタクに向かって投擲した。輪状霊魂は回転しつつ飛び、アパデマクに(たか)られる魔物の首の甲殻に当たるや鋭い音を立てて方向転換した。

 それは、円月輪(チャクラム)の如く回転しながらこちらへと戻って来る。いや、それは最早「如く」というよりも、即席のチャクラムそのものだった。

 投剣(スローイング)カテゴリの武器は、基本的に投げた後には回収せず、弓矢の矢の如く使い捨てとして扱う。その中で唯一回収が可能なのが、打撃武器ではブーメランに相当するチャクラムだった。ダクティリオスプネウマは、それを霊力(オーラ)によって生成されたエネルギーの塊で代用する。

 基本的に攻撃用の降霊術は、一発使用した後は解除され、媒体となった魂は境界(リンボ)に還元される。その為同じ魂を用いて何度も繰り返し攻撃を行うという技は滅多にないが──あってもプログラムによって回数制限が設けられている事が多い──、ライガのこれはその制限を突破していた。

 術者が新たな降霊術を使用しない限り、ダクティリオスプネウマが解除される事はない。これは、ありそうでなかった画期的な発明だった。

 ライガは指先で輪状霊魂をキャッチすると、再びそれを投擲しつつ駆け出す。

 誘導が目的だった。正騎士による応援が来るまでの間、少しでも敵をここから遠ざける事。殊更(ことさら)に討伐を目指し、無理な戦い方をする必要はない。先のイピリアとの戦闘を経て、ライガも「身の程を(わきま)える」という事を学習していた。

 シャンタクは喚きながら、再び最初と同じく乱れ突きを繰り出してくる。ライガが先程まで背を預けていた岩が粉砕され、石(つぶて)が飛散して容赦なくこちらの体に打ちつけてきた。

 魔物の上部に取りついていたアパデマクたちが、耐えきれなくなったかのように振り落とされた。

 乱れ突きの一撃が、たまたまシャンタクの正面に落ちたデューの足を痛撃した。落下しながらもカトルがそうしたように体勢を立て直し、安全な着地を行おうとしていたデューは、その一撃によって右後ろ脚を貫かれ、

「ギャンッ!」

 今まで聞いた事のないような悲鳴に近しい咆哮を発して下腹を地面にぶつけた。

 転倒(タンブル)に陥った彼女を、シャンタクは容赦なく踏み潰そうとした。

(いかづち)の神格よ、守護たる(さが)を顕せ! エナジーシールド!」

 ライガは素早く振り返り、デューの上方を覆うように防御魔術を使用した。普段よく使われる障壁因子プリヴェントファクターではない、雷属性の技だが、現時点で雷への適性(センス)が開花していない自分でも攻撃魔術以外であれば発動しやすい事は言わずもがなだ。

 敢えてこちらを使用したのは、電力の盾(エナジーシールド)は障壁因子と異なり、自分からかなり離れた場所にでも展開出来る為だった。

 シャンタクは、踏みつけようとしていたデューの上に突如広がった防御魔術の上に乗り上げ、ぎょっとしたように身を引いた。が、遅かった。バランスを崩したその巨躯が、よろめいて仰向けに引っ繰り返る。

 今し方ライガが使用したのは文法(グラメール)なので、発動中の輪状霊魂が解除される事はなかった。デューが退避するのを見届け、また霊力のチャクラムを投げつける。シャンタクの翼が切り裂かれ、攻撃の通りやすい部位を集中的に狙われた魔物は起き上がろうと藻掻いたまま怒りの声を上げた。

 再び立ち上がった魔物が追って来ようとする時、ライガは使役獣(ブリード)たちを率いたまま丘の斜面を登り始めていた。

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