『リ・バース』第一部 第7話 Coupé en Deux④
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更にアックスビーク五匹、ワーグ二匹、その他植物系を始めとする数体を倒しながら先に進むと、その先は緩やかに上り坂となっていた。ホイヘンスの森は城の高い場所から眺めると木々がこんもりと盛り上がって見えるが、それは元の地形が丘で、中心部の標高がやや高くなっている為らしい。
やがて木材の伐採現場と思われる開けた土地に出た。切り株が至る所に点在し、一角には木材が束ねられて積まれている。
何やら焦げ臭いなと思うと、近くに真っ黒な泥炭の池があった。
「一人で歩いていてあんな所に落ちたら死ぬな」
ライガは恐ろしそうに言い、そちらから距離を取るようにして切り株の一つに腰を落ち着けた。ぱんぱんに膨らんだポーチをベルトから外し、弁当──野外活動用の乾パンとドライフルーツだけだが──を掘り出す。彼の荷物がリクトたちよりも多いのは、中に例の魔術ノートや、倒した魔物から剝ぎ取った牙やら嘴やらを詰め込んでいる為だ。
ライガ曰く、そういった素材は魔導具や霊薬を作る為の材料になったり、降霊術の媒体として使える事もあるのでいい研究材料なのだそうだ。当然デルヴァンクール邸の彼の部屋は散らかり放題になっている。
「ここいらでちょっと休憩しようか。結構いいペースだよ、俺たち」
「でも、協力プレイだから誰が何体に止めを刺したのか、よく分からなくなってしまった。点数が分散するよ」
リクトが指摘すると、ライガは「しまった」という顔になった。
「そういやそうだ。……なあ、リクト。もしお前が一位になったら、報酬の金剛鉄の半ポンド分──いや、四割でいいや、俺に分けてくれよ。俺も一位になったらお前に四割分けてやるからさ」
「いいよ。でも、確実を期すなら今後、戦った魔物への最後の一撃は全部一人が担当した方がいいな」
リクトの言葉に、ライガは「じゃあお前に任せた」と即座に言った。
「僕でいいの?」
「だってさ」彼はやや唇を尖らせる。「お前が一位になったら『さすがは未来の皇帝陛下』、俺だったら『またあいつが悪目立ちしやがって』だ」
「……そりゃそうだね」
「あの──」
リクトが思わずくすりと笑った時、ノレムがおずおずと手を挙げた。
「僕にも、強化素材分けてくれます……?」
「ああ、勿論」
ライガは、さも当然ではないかというように肯いた。
「ノレムだって、俺の事を助けてくれたしな」
「ライガ……」
ノレムは感激したように、例によって尊敬の眼差しで彼を見つめる。ノレムは日頃から他力本願なところがある──今回のレースに関してもそうだ──が、同時にそれを当然と思わず、感謝する事も知っている。
ライガはやや照れ臭そうに後頭部を掻いた後、「とにかく飯だ」と言って乾パンに齧りついた。彼の食べ方を見ていると、どんな携行食や非常食でも美味そうに見えてくるので不思議だ。食いっぷりがいいというのは大きな理由だろうが、ライガ自身はそれについて「趣味の魔術研究に時間を使いたいのであまり食事を長引かせたくないからだ」と主張している。が、シアリーズに招かれてのお茶会でも彼はお菓子をばりばりと食べまくるので、この主張についてはやや怪しい。
リクトとノレムも切り株に腰掛け、それぞれの昼食を開いた。ノレムは水筒を呷ったが、そこで「あれ?」と呟き、それを逆さに振った。
「そうだった……僕、さっき水全部空にしちゃったんだっけ」
「ああ、だから言わんこっちゃない」
ライガはやや呆れた顔になる。
「始まる前にあんながぶ飲みするからだ」
「そういえばさっき、途中で岩清水が湧き出している所があったっけ」
リクトは思い出しつつ呟く。ノレムは立ち上がり、丘を下ろうと歩き出した。
「僕、ちょっと汲んで来る」
「おいおい、ちょっと待て。俺も行く」
ライガが彼に続いて立ち上がる。「一人で行かせる訳には行かないだろう、また魔物が寄って来ているかもしれないし。リクト、少しの間ここで留守番してて貰っていいか?」
「留守番って……」
「俺の荷物、全部置いて行くからさ。頼んだぜ!」
彼は言うと、リクトの返事も待たずにノレムを追って勾配を駆け下って行った。
相変わらず忙しない奴だな、と思いながら、彼の面倒見の良さに何だか可笑しくなる。普段は自分が、寝坊の常習犯である彼を起こしたり、彼がサボった部分の内容を教えたりしているのだ。
リクトは彼とノレムが見えなくなると、肩を竦め、乾し無花果を齧りながらライガの置いて行った魔術ノートを手に取ってぱらぱらと捲った。
(ライガの奴、僕にも使えるようになれって言ったけど……唱えるだけでいいんだろうか、こういうのって?)
今回の魔物狩りに於いては、魔物寄せの降霊術が見事に貢献している。リクトも試してみようかと思うが、まさか休憩中の今、ライガとノレムも離れている間に試す訳にも行かない。
警告術──これはいいかもしれない。簡単に書き記されている効果説明のセンテンスによると、不可視の結界術のようなもので、効果範囲内に魔物やこちらに害意を持った者が入ると霊魂が使用した本人にのみ聞こえるような警音を頭の中で響かせるという。
(アヴェルティスマン……魔除け結界の応用だな)
文法ではないので、詩文は必要なかった。リクトは掌を地面に向けると、霊力を集め、降霊術を発動しようと精神を集中させた。
その時だった。
「ブラキオプネウマ」
坂道から声が聞こえた、と思った時には、腕状霊魂がリクトの目の前を通過していた。あれよあれよという間に、傍らに置いていたライガの魔術ノートが掴まれ、声のした方へと引き寄せられて行く。
あっ、と思い、リクトも咄嗟に同じ降霊術を使った。向こうの腕状霊魂に引き寄せられている帳面を掴み、こちらに引き戻そうとする。が、その時表紙の綴じ目の糸がぷつりと音を立てて切れ、リクトは反射的に術を解除した。これをばらばらにしたりなどすれば、ライガに謝っても謝りきれない。
魔術ノートはたちまちにして、丘を登って来た者の手に渡っていた。
ドーデムが、ゼムンとエッガを引き連れてそこに立っていた。
「また君たちか……」
何故彼らはこう自分たちに絡み続けるのだろう、と、リクトは辟易する。自分はライガのように、彼らを相手に本気でやり合おうとも思わないが、預かり物を奪われたとなれば話は別だ。
「ドーデム、それはライガの大切なものだ。返してくれ」
余計な事を言わず、それだけを口に出した。
ドーデムはにやにやと嫌な笑い方をし、帳面の角で自身の額をこつこつと叩きながら言ってきた。
「僕たちの獲物、全然居ないんだけどさ。君たち、ちょっとやりすぎじゃない?」
「そういうルールだろう」リクトはあくまで冷静に返す。「ターゲットを見つけたら狩るのは早い者勝ちだ。文句を言われる筋合いはないと思うけど」
「それにしてもさ。ちょっと見ていたら、魔物はことごとく君たちの方に寄って行くようじゃないか。如何にも、自分たちから狩られに行っているみたいに。……まさかとは思うけど、君たち、ズルしてない?」
「言いがかりはやめてくれ」
リクトは一蹴した。僻みにしても悪質だ、と思った。
「相手は野生の魔物だぞ。どんなズルのしようがあるっていうんだ」
「ドーデム様、俺たちも気付いてますぜ」
ゼムンが、巨体を屈めるようにしてドーデムに耳打ちした。
「こいつらが狩った後、何か甘い、いい匂いがぷんぷんと……」
「それは魔物寄せだ」
言ってやると、ドーデムの眉が「ほう?」と言うかのように上がった。
「やっぱり、ズルしているじゃないか」
「違う。れっきとした降霊術で、ライガが自力で練習して開発した努力の結晶だ。立派な彼の実力だぞ」
「百歩譲ってそれはいいとしよう。じゃあ、その努力もせずに恩恵に与っている君やあの劣等生の事は、何と呼ぶべきかな?」
「無断使用している訳じゃない。ライガだって、自分一人で成果を独占しようとしている訳じゃないんだ。彼は自分の発明したそういう降霊術が、汎用として多くの者に使って貰える事を望んでいる」
「ははあ、なるほどね。それなら──」
ドーデムは意地悪く嗤うと、手にした魔術ノートを捲った。
「僕たちが使っても、文句はない訳だ」
リクトはぐっと唇を噛み、拳を握り締める。何を言っても捻くれた見方に取る彼に叫び出したいような気分になるが、実際にそうしてしまったら相手を調子に乗らせるだけだと思い、ぐっと堪えた。
「それなら、ちゃんと面と向かって彼に頼むべきだよ。一方的に言いがかりをつけて奪い取るなんて、騎士道精神に悖るとは思わないか?」
「はいはい、出たよ、騎士道精神。煽動者の家からぽっと出の第一世代が何を偉そうな事言っているのやら……」
ドーデムは軽く遇うように手を振ると、ゼムンとエッガに「行こう」と声を掛けた。「時間が勿体ない。遅れた分、ここから一気に巻き返すぞ」
「はい、ドーデム様」
取り巻き二人はむすっとした声で応じる。
「大丈夫、こいつらはこれを使って、散々いい思いをしてきたんだ。ちょっとくらい僕たちが拝借したところで、罰が当たる訳でもないさ」
「どうしても返さないというなら──」
リクトは、解除した腕状霊魂を再び発動した。
「他者の妨害を禁じた今回のレースに於いて、正当防衛が成立するべき違反だ。力ずくでも返して貰うよ」
「あっ、そう」
ドーデムは肩を竦めると、矢庭にこちらに向かって左手を突き出した。
「リストリンゲレ」
突然の事に、避ける暇もなかった。拘束の降霊術が、こちらの腕と腰、足首を光の輪で縛り付け、バランスを崩したリクトはその場に転倒してしまう。
「大丈夫、すぐにライガが戻って来て助けてくれるだろ。それに、ここには魔物は来ないよ。僕たちが引きつけて、全部狩ってやるから安心して待ってな」
ドーデムは得意げに言い、取り巻き二人を伴って現れた時と同様悠々と去って行った。リクトは歯を食い縛って屈辱に耐えたが、彼らが見えなくなるや否や大声で丘の下へと叫んだ。
「ライガ! ライガーっ! 緊急事態だ、ガルドラボークが奪われた!」
リクトにとっては、自身が危害を加えられたという事よりも、そちらの方が大きな問題であるように感じられていた。
* * *
ドーデムたちが去って行って一分も経たないうちに、水を汲みに行っていたライガとノレムが戻って来た。
「何だよリクト、そこまで聞こえるような声出して──」
呑気に言いながら丘を登って来たライガだったが、リクトが縛られて転がされている事に気付くや否や顔色を変え、駆け寄って来た。
「お前、これ……」
「ついさっき、ドーデムたちにやられた。あいつら、君のガルドラボークを持って行っちゃったぞ」
「何だと──」
ライガは言いつつ、こちらの傍らに屈み込んで「エクソシズム」と唱える。霊力による拘束を解かれ、身体の自由を取り戻したリクトは大きく腕を伸ばした。
「すまない、ライガ」
「謝るなって。悪いのは、手を出してきたあいつらなんだから」
「先生に言ってやろう、リクト」
ノレムが、憤慨した様子でHMEを取り出した。
「他の訓練生への妨害は禁止。ドーデムたちのした事は、あきらかに違反だ」
「いや、その前にガルドラボークを取り返す」
ライガは厳しい調子で言った。
「あの中には色々、半端な実力の奴が使うと危険な魔術も載ってる。例えば黒魔術とかな。勿論俺も皆の前では使わないようにしているけどさ、あいつらならマジで使いかねない。それに、先生に言ったとして、俺はあのノートに名前を書いていない。ドーデムの野郎が自分のものだって主張したら、否定する材料がない」
「分かった」
リクトは、間髪を入れずに肯いた。
「ドーデムたちは、僕たちが順調に点数を稼いでいるのが魔物寄せの降霊術だって事に気付いていた。この辺りにはまだ多くの訓練生たちは来ていないし、魔物もまだそこらに居るだろう。近くで甘い匂いのする方へ辿って行けば、すぐに彼らを発見出来るはずだ」




