『リ・バース』第一部 第6話 Claymore⑨
⑤ ヴォルノ・イェーガー
(結局、収穫はなしか……)
旧ジフト公国、ヴァイエルストラス以北。
帰らずの地周囲に広がる荒地アンバース・ヴィラージュにも、春色の若草が萌え始めていた。帝連の──そして大陸の最北端に近いここは、春の訪れが遅い。更に北には、建国戦争後に辺境に追いやられたビャルマ族の末裔たちが少数で暮らしているだけだった。
アンバース・ヴィラージュ。ジフト戦役の後、帝連軍を離反したライガが、ヴァイエルストラス陥落の際に辺陬へと逃亡したジフトの民間人たちを保護し、生活を共にしていた共同体。そこには、公皇ブラウバートの孫に当たるシュラを始め、イスラフェリー家の生き残りである女子供も身を寄せていた。ライガは彼らを受け入れ、戦の元凶であったブラウバートが倒されヴァイエルストラスが奪還された事で、もう戦う必要はないとして彼らの穏やかな生活を支えようとした。
しかし戦後間もなく、ジフトから奪還された各地の街や村の駐在帝連軍が中心となり、残党狩りが行われた。先帝はこれについて、逃亡したイスラフェリオを探すという目的の為にもある程度は容認していたが、彼らが標的にした者たちの中にはイスラフェリー家の血を引く者全てが含まれていた。
結果として、アンバース・ヴィラージュは潰え去らねばならなかった。この事がライガと帝連の確執を決定的にした、とアルフォンスは苦々しく語っていた。シュラが死天使となり、最悪の怨霊として人々から恐れられるようになったのもこの事件がきっかけだ。
(我々は自分たちの手で、自らの敵を作り出したのやもしれんな)
一面の草原にぽつぽつと点在する破壊された建物の基礎部分を見ながら、ヴォルノは胸の内で独りごちた。怨霊の居なくなった森の辺の、麗らかに春の光が降り注ぐ野原の中で、それらの残骸はやけに生々しく見えた。
「イェーガー殿」
すぐ後ろを馬で歩いていたニース・バーディガルに声を掛けられ、ヴォルノは物思いから立ち戻る。
「どうかしたか?」
「いえ、先程から声を掛けていたのですが、お返事がないもので……」
「あ、ああ、それはすまなかったな。それで、何か?」
「大した事ではないのですが……シュラがあの後、ここに戻って来ている可能性は考えられないかと思ったのですが、居ませんでしたね、と」
「そうだな──」
ネイピアの村での戦いの際、「蠍」たちに追われる形で姿を消したシュラの行方は不明のままだった。彼らに捕まってしまったのか、倒されたのか、或いは彼らを逆に返り討ちにしたのか。ライガは気に掛けているようだったが、まさか城の中で再び招喚を試みる訳にも行かない。
過去に事例が少ないので確かな統計情報とは言い難いが、怨霊は多くの場合発生した場所に留まるとされる。「地獄の季節」に大量発生し、建国戦争の後に帰らずの地に放逐された生ける屍たちも、森が特殊な方法で封鎖されていた訳ではないにも拘わらず、ライガが彼らを従えるまで外に出る事はなかった。
ライガとの主従契約が断たれ、動かぬ死体となったシュラだったが、彼もライガの復活と共に再び動き出した。もしも彼に怨霊としての本能があるのなら、それまでの住処であったこの地に戻ったかもしれない。
ヴォルノもそのような推測は立てていたが、今日の調査を一通り済ませた時、彼と遭遇する事はなかった。
「ともかく、魔群が全て蘇った訳ではなかったんですね」
エロイス・ネイサンが呟く。
テレサ先帝妃から命じられた帰らずの地の再調査には、リクトの”同志”である騎士見習いの二人も同行していた。
ライガの復活に関する情報を秘匿するのは当然の措置だったが、シュラの出現については帝連軍内の一部の者たちには共有しておこう、という事になっていた。具体的には、活動停止状態となったシュラをライガの討伐後に引き取った双児宮のカルマ騎士団と、フォルトゥナ騎士団のうちヴォルノが直接率いる小隊の人員たちにだが、必要があればもっと多くの人間にも共有するつもりだ。
栄光の手の事や黒衣の死霊化者の事など、扱いの難しい情報は数多くあった。新生ジフトの者たちによるライガの覚醒が実行されてから、突如姿を現したシュラを含め様々な事が同時に発生したが、それらが何処まで「ライガ復活」という一件そのものと関わっているのか判別が出来ない。
故に帰らずの地の再調査に当たっては、どのような新発見がされても即座に対応出来るように、”同志”を最低一人は同行させるという事になっていた。そして、先帝妃やシアリーズ女王、ジブリ公を連れ出す訳には行かない以上、それは騎士見習いのエロイスかニースでなければならない。ヴォルノは、どうせだからという事で彼らを二人とも調査隊に同行させた。
調査隊──通称「イェーガー小隊」の他の人員たちには、彼らが同行する理由について「二人の成績が極めて優秀な為、後学の為に実地での任務に付き添わせる」と伝えてあった。
「やはり、シュラ・イスラフェリーは特別な存在だったのか……」
その調査の結果は、薄々予想はしていた事だったが、何の成果も得られなかったと言っていい。
ライガの死後、イスラフェリオが再び姿を現して新生ジフトの建国と帝連への実質的な宣戦布告を行った時、ライガが彼らによって復活させられるという疑いはみるみるうちに膨れ上がった。その際騎士団がこの地で調査を行った時と同じように、今回この森の中では一切怨霊は発見出来なかった。
魔術によって主従関係が出来ている怨霊については、術者の死後術が解ける事によって完全に消滅する。そしてライガの場合も例外ではなく、彼が率いていた魔群は一体も残す事なく葬り去られていた。
「或いはカルマのノレム・ピックルス殿が、先代キューカンバー殿を埋葬するに当たって、実際には死天使シュラを一緒には埋めなかったのか」
ヴォルノの言葉に、エロイスはややげんなりした顔になった。
「また、聞き込みですか……」
「地味な仕事だが、そう嫌な顔はするな。タスクを達成するには、地味な事を少しずつこなすしかないんだ」
「けれど、それが本当だとすれば」
ニースが、普段通り静かな声音で言った。
「何故当時のノレム殿らは、シュラを副葬品としなかったのかについても突き止めねばなりませんね」
「あまり、先入観は持たないで事に当たろう。まだ確定していない事を前提に喋り続けていると、ただでさえ情報過多でパンクしそうな事が手に負えないものに膨れ上がってしまう」
ヴォルノは答えながら、そういえば双児宮は今回のライガ復活に伴う一連の出来事が発生する以前から、何か独自の動きをしていたな、と考えた。
副官のラナが、キューカンバー前騎士長の没後から頻りに東奔西走するようになった。騎士長であるノレムがあまり積極的な性格ではなく、業務を溜め込む癖があるので──これは学生時代の宿題の頃から変わっていないらしい──、彼女が代わりに処理に追われているのだと多くの者が囁いていたが、それにしては遠出が多いようだとヴォルノは疑問を感じていた。
キューカンバー前騎士長が世を去った時というのは即ち、彼と共にシュラが埋葬された時という事でもある。ややもするとノレムは、その時既にシュラに関する何らかの異常に遭遇していたのではないか。例えば、埋葬する直前になってシュラが行方を晦ましてしまう、など。
ヴォルノは正直なところ、ノレムの訓練生時代は騎士団の他の者たちと同様に、彼の事は単なる落ちこぼれだと思っていた。学問所での成績は常に下から数えた方が早く、気弱で、向上心も特にない。専ら同期生の中でトップであるライガとリクトに取り入ろうとし、彼らへの依存心が強い。一部の同期からは、ライガの腰巾着だなどという陰口もあった。
しかし、キューカンバーの副官であったアンタークはそのような彼に何かを感じていたらしい。身内に関する贔屓目ではない証拠に、彼はキューカンバーの死後、息子であるノレムが伝統通りにカルマを継ぐ事を止めず、むしろ彼を後継者として積極的に推した。
アンタークの評価だけで、ヴォルノは自身のノレムに対する評価を改めた訳ではなかった。けれど、やはり彼は従叔父が見込む以上、ただのうつけ者ではないのではないか、という考えが萌したのは確かだ。
(しかし、本当に以前からシュラに異変が起こっていたとして──)
ヴォルノは考える。
ノレムがそれに気付いていたのだとしたら、何故彼はそれを報告しなかったのだろうか。無論、たらればの話を前提にして考えたところで結論に辿り着けるはずがないのだが──。
(いずれにせよ、彼が双児宮で預かったライガの遺物について何処まで把握していたのか、直接話を聴くしかないか……)
ひとまずは王宮に帰還し、リクトにこの件を報告しよう、と思い、果てのない思考を中断しようとした時だった。
自分と、後ろに続くエロイス、ニースの懐から同時に短いハンドベルのような音が鳴った。HMEの着信音だ。
三人とも、各々の端末を取り出して文面に目を走らせた。差出人はジブリ公となっている。即ち、現在自分たちだけで共有している出来事に関連する用件で、進展があったという事だ。
ヴォルノが読むか読まないかのうちに、背後でエロイスがうっと呻いた。
そこに書かれていたのは、驚くべき内容だった。
『白羊宮にて防腐保存していた黒服の死霊化者の死体が、忽然と消滅した。安置室の防御結界は健在、見張りを行っていた兵士も、昨夜から未明にかけて部屋に接近した者はなかったと証言している。 De Jibril』
「イェーガー殿、これは……」
ニースが、唸るように声を低めて言った。
「ああ──」
栄光の手を騎士見習いたちに見せた際に部屋に張っていたのと同じ防御結界は、当然見張りをしていた兵士たちも出入り出来ないように設定されていた。その上彼らにも、自分たちの見張る部屋の中に黒服の死体がある事は知らせていない。
もしも死体が何者かに持ち出されたのだとしたら、その何者かは警備の厳重な王宮にいとも容易く侵入したという事になる。
「相手が何者であれ、脅威だな」
ヴォルノは呟き、HMEを強く握り締めた。
第六話「Claymore」はこれでおしまいです。単行本換算で一冊分が投稿を終了した事になりますが、この時点で三十八文字×十六行で五六一ページありました。現在の執筆箇所は第十話ですが、この時点で過去編がまだジフト戦役に入っていないという……書いている感覚として、過去編はライガが騎士団に入った十五歳から、帰らずの地で討伐された二十三歳までの八年間なので、現代編よりも長くなりそうな気がするのですが、自ら二話ずつ交替という制約を課してしまったので。
今回は特に注釈すべき事もないので、短めで切り上げます。次回からは二度目の過去編ですので、どうか宜しくお願いします。




