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『リ・バース』第一部 第7話 Coupé en Deux①

○降霊術(ライガのオリジナル)

斬撃術(クペアンドゥ)…空間断裂の斬撃を飛ばす。

蜂蜜溜まり(ミエル・ルーシュ)…魔物を呼び集める。

輪状霊魂ダクティリオスプネウマ…チャクラム型の魂を招聘する。効果の持続時間は無制限。

呪いの蛇(カタラフィーディ)…鞭状の魂を招聘する。攻撃と拘束両方に使用可能。

警告術(アヴェルティスマン)…不可視の結界を張り、敵の侵入を検知すると術者に通知する。

所有術(プロプリエテ)…術を施した物品が同意なく持ち去られようとすると術者に通知する。

・ルリエ・ブレスール…?????


○降霊術(戦楽器(インストルメント)

・クレッシェンド…管楽器(ユーフォニアム)系で使用可能。音霊(エコー)で相手を取り巻いた後、熱と衝撃を解放する。

水瓶座の旋律アクエリウス・メロイア弦楽器(ストリング)系で演奏可能な楽譜(スコア)。精神を鎮め、肉体の自然回復作用を強める。

  ① リクト・レボルンス


 帝国首都ユークリッド郊外、ホイヘンスの森。

 初夏、俄かに強くなった日差しから逃れるように、騎士見習いたちは木立の陰に腰を下ろして涼んでいる。合金(インゴット)の防具は熱伝導率が良く、内側に熱が異様に込もってしまう。今までも防具を身に着けて野外で訓練を行う事はあったが、動く前から既に汗が滲み出しているのは皆これが初めての経験だった。

 暑さというものは馬鹿に出来ない。先代皇帝フレデリック一世の征服期(コンケット)に於いて帝国騎士団を苦しめたシャリオ王国の竜騎兵(ドラグーン)部隊は、国土回復の為に南下しすぎ、夏の暑さに鎧を着たまま動けなくなって敗北したといわれている。

「始まる前に、水筒空にするんじゃないぞ」

 頻りに暑い暑いと零しながら水を飲み続けるノレムに、木の幹に寄り掛かったライガが声を掛けた。

「だってさ……喉カラカラの状態で動き回ったら、魔物と戦う前に死んじゃうよ」

 ノレムは言い、「あーあ」とぼやいた。

「本当に戦うのかあ……嫌だなあ、怖いな。ライガ、リクト、お願いだからあんまり離れないでね」

「おいおい、ノレム。お前、何の為に騎士団に入ったんだよ……」

「だって……僕、実戦なんかこれが初めてだよ? ライガたちはもう戦っているじゃないか、この間エミルス騎士長と一緒に」

「大丈夫だ。この間アモールに出た奴らは強かったけど、今回は都のすぐ近くなんだぜ? おじさんたちが日頃から狩っているし、そこまでヤバいようなのは出て来ないはずだ」

 ライガは後頭部で手を組み、空を仰いだ。「晴れて良かったな。雨は視界が悪くなるし、地面が泥濘(ぬかる)んで動きづらいから嫌いだ」


 六月中旬。五大騎士団に入団した騎士見習いたちの基礎的な訓練課程は一通り完了し、既に多くの者が自分たちに適性のある属性の文法(グラメール)を最高技まで使用出来るようになり、剣技も属性技の発動に手間取らなくなった。降霊術(ネクロマンシー)も、まだ固有のものを見つけ出すところまでには至っていないが、腕状霊魂(ブラキオプネウマ)などの共通的なものについては大部分が使用出来る。

 一方で、訓練生たちそれぞれの実力に差がついてくる時期でもあった。ノレムは降霊術を一向に発動する事が出来ず、自分は前科者(エクスコン)──煉獄(インフェルノ)出身者で、過去世(アンテ・ヴィータ)罪業(クリム)の対価として降霊術を使用出来ない人間──ではないか、などと口に出す事もあったが、ライガは「それはない」と否定した。

前科者(エクスコン)だったら、魂を招聘する段階でもう失敗する」

「はあ……いっそ本当に前科者(エクスコン)だったら、父上も諦めがつくのかな」

 しかし、そう言うノレムも含め、いずれ実戦をさせられるというのは避けて通れぬ事項だった。

 それぞれの適性属性が判明し、それに合った技も修得出来たので、今後の訓練は皆で一様に同じ事をするのではなく、それぞれが自分の身に着けた技能(テクニック)を磨く、いわゆる自主練習が主となる。今回の合同訓練はその節目となるもので、比較的危険の少ない首都近郊で魔物の討伐を行うというのが主旨だった。

 一応、レース形式で行われる事になっていた。皆森に入ったら自由行動で、制限時間内により多くの魔物を討伐する。皆の剣には降霊術「魔素吸収術(アブソープション)」が施され、魔物を討伐する度に魔素(エアル)が吸収される仕組みだ。レースの終了後、その量が知覚術で測定され、それに合わせて順位が決められる。では魔術で(とど)めを刺した時にはどうなるのか、という話だが、それについては討伐直後に剣を刺し、吸収するようにという指示が出された。

 無論、強力な魔物を倒せば獲得出来る魔素(エアル)の量も多くなる。これもルールに関連したもので、手っ取り早く点数を稼ぐ為に強い魔物を探すか、危険が大きく倒すまでに手間が掛かるものを狙うよりも、一体ずつの魔素(エアル)は少なくとも数を狩る事で着実に点数を稼ぐか、判断は一人一人に委ねられている。

 また、いざという時の為、森にはイザーク教官ら各騎士団の指導教官も入って監督を行う事となっていた。

「やっと合法的に剣が振れるよ」

 先週末、今回の合同訓練について予告された後、ライガは例によってシアリーズとの「お茶会」の席でそう言った。

 剣士(ユーザー)でないシアリーズには当然ながらよく分からない喜びなのだろうが、彼女は子供のようにはしゃぐライガを見て心を和ませているようだった。

「この前は違法だったんですか?」

「いや、一応エミルス騎士長は俺たち訓練生が戦う事も許可して下さったけど、あれはあくまで特例措置であって。元々は、やっぱり俺たちに許されたのは見学だけって事だったし」

「ライガは本当に、戦うのがお好きですのね」

「彼の場合、自分が何処まで出来るのか追求するのが楽しい、って感じかな」

 リクトは言いながら、やはりそれは天賦の才を持ったライガだからこその楽しみなのだろうか、と思う。それは無論、誰でも今まで出来なかった事が出来るようになった瞬間は嬉しいし、自分の能力を育てるのは楽しいだろう。だが、ノレムのように自身の伸び悩みについて困っている者たちは、ともすれば努力を続ける事は苦痛だと思っているかもしれない。

「それにライガはいつも、自分が発明した降霊術が現場で役に立つのか、確かめたくて堪らないんだよ」

「まあな」

 ライガは自慢げに言い、常に持ち歩いている魔術ノートをぱらぱらと捲った。

「今回の戦いでも、幾つか試してみたい事があるんだ」

「この間は、実際に役に立ったのですか?」

「『蜂蜜溜まり(ミエル・ルーシュ)』は成功した。おじさんにも教えてあげようと思う」

 無邪気に言うライガを見ながら、リクトは彼はもうアモール王国での一件が苦々しい結末を迎えた事について引き摺ってはいないのかな、と考える。

 貴族裁判で裁く事の出来なかったモネ・ミッテラン辺境伯はあの後、アモールに帰る道中、帝国とメゾン・デュー国との国境付近で御者諸共殺されているのが発見された。検死するまでもなく、彼らの喉には獣牙に噛み破られた痕がくっきりと生々しく残っており、魔物か猛獣に襲われたのだろうという事になった。

 ミッテランの遺体は、国境通過の予定時刻を大幅に過ぎても彼の馬車が現れない事を不審に思った検問所の役人たちによって発見された。直ちに城に連絡され、フェート騎士団のアレイティーズ騎士長が人員を派遣──帝国領内に於いて、司法を司るのは主にフェートの者たちだ──、遺体は彼の逮捕に関わったネクアタッドやリクトも検分する事になった。

 遺体が発見されたのは山道であり、魔物や猛獣が出没してもおかしくはない場所だった。故に誰もが不幸な事故であろうと至極当然に判断したが、その中には少なからずこの一件に関わった者たちの恣意も含まれていた。

 ミッテランの犯罪は明らかだった。自国民を苦しめた上、命まで奪ってきた彼に弁護の余地はないが、記録という証拠が欠けているだけで裁く事が出来ない。その上彼は裁判で、騎士団を辱めるような発言をした。

 そして彼の引き起こした事態の後始末に呼ばれたが為に、ネクアタッドの跡取りであり優秀な戦士だったウロータスは右腕を失い、騎士としての人生を断たれる事となった。デスタンの者たちは怒りに震えており、大きな声では言わないものの、ミッテランの死を因果応報だと囁き合った。

 リクトもそれは否定しなかったものの、同時に嫌な予感を覚えてもいた。誰も指摘しない事だが、ミッテランの遺体には食われた痕跡がなかった。野生の魔物や猛獣であれば、一部の例外を除き基本的に他の生物を襲うのは、腹が減っていて獲物を食おうとする時だけだ。それがないという事は、ミッテランを襲ったものは野生ではない可能性がある。

 その時真っ先にリクトの頭に浮かんだのは、ライガが手懐けたという使役獣(ブリード)の事だった。それだけでは単なる邪推に等しいが、リクトはミッテランと共謀していたラプラス水道局の局長バトラスの死の際、ライガが彼が魔物に食われるように仕向けていたように感じた事を思い出した。

 ──どうしようもない屑はチャンスを貰ったところで屑のままで、更生する事なんてないんだろう。許されてラッキー、くらいに思う程度で。

 ──そういう奴はやっぱり……生かしておけば、罪のない人間を大勢苦しめる。除くしかないんじゃないか。

 行きの陸戦艇(ランドシップ)の中で、ライガの言っていた台詞が蘇った。

 ミッテランが既存の法で裁けないと判明した時、ライガはそれを──自身の手による制裁を実行したのではないだろうか?

 無論、現時点で根拠は何処にもない。しかし、以前から彼の言動に滲む騎士への理想や並外れた正義感は、普段はアウトローに振舞う彼の覚悟の裏返しであると同時に何処か危うい。

 ライガが取り返しのつかない道へと足を踏み出した時、彼を止めるのは自分の役目だ、とリクトは思った。

 こちらがそのような事を考えている事には気付いていないライガが、「リクトにも貸してやるよ」と言いながら魔術ノートを渡してきた。

「あ、ああ……ありがとう」

 リクトは物思いから我に返り、それを受け取ってぱらぱらとページを捲る。

 ライガのつけている魔術の記録を実際に目にしたのは、これが初めてだった。基本魔術である八属性(エタニティ)のうち彼が後天的に使用出来るようになったものを始め、魔剣士(テンペランザ)ではなく純粋な魔術師を目指す者たちが通う国立の学校の課程(カリキュラム)のうち、かなり学年が上がらないと教わらない降霊術まで記されていた。「Original」と書かれたページには、幾つかの降霊術の上におもちゃの判子──本物のデルヴァンクール家の公印と区別する為わざとスペルミスされている──が押されているが、これは既に実践に用いて成功したものという意味だろう。

警告術(アヴェルティスマン)……索敵術(デクーヴェルトゥ)……疲労化術(ファティグ)……この辺りは、何となく使い方が分かりそうだけど」

 末尾の方に書かれている「抗体術(アンティコール)」というのは、(トキシック)衰弱(ウィザー)などの自然回復しない状態異常(バッドステータス)を時間経過で治す為のものだろうか。そういった状態異常は基本的にはそれ専用の回復魔術か、霊薬(製造工程で魔術を必要とする薬)のポーションを服用するかでしか治療出来ない。

 ライガの開発した降霊術は、いずれも既存の魔術の延長線上にありながら、従来の魔術では痒いところに微妙に手が届かなかった事柄を絶妙に解決するようなものばかりだった。降霊術は大部分が使用者のセンスに依存する固有技だが、もしもこれらが汎用化され、誰でも使用出来るものになれば、騎士団の魔物との戦いは格段に危険度を緩和されて高効率化がなされるだろう。

 改めて、自分の友人は稀代の降霊術者なのだな、と実感する。リクトは昔から自分を努力家タイプだと思っており、ライガに比べれば劣るものの決して降霊術者としての潜在能力(ポテンシャル)も悪くはない。だから好成績や高度な魔術は訓練を積む事で入手出来ると信じているので、ライガの才能については僻みや嫉妬を覚える事なく純粋に尊敬する事が出来る。

 しかし──自分がこれらの魔術を使用してもいいのだろうか、という思いがある事は否めなかった。ライガはこれらを、試行錯誤を繰り返しながら自力で編み出したのだ。それを何もしていない自分が、当たり前のような顔をして使ってしまうのは申し訳ないような気がする。

 と、自分が考える事はお見通しだと言わんばかりに、ライガは

「別に貸しを作ろうなんて思ってねえから大丈夫だよ」

 と言った。

「それに、一回読んだだけですぐに使えるようなものでもないし。もし──」

 ライガはそこまで言うと、矢庭(やにわ)に口を噤んだ。いつの間にか、シアリーズが席を立ってリクトの横に回り、手元の本を覗き込んでいた。

 気付くと同時に、彼女特有の薫衣草(ラベンダー)に似た香りや仄かな体温が間近に感じられ、俄かに心臓の鼓動が速くなる。こちらの顔が赤くなった──自分でもその変化はよく分かった──事に気付き、ライガがニヤリと意味ありげに笑う。

 シアリーズはそんなリクトの様子に気付かないらしく、半ば密着したまま手を伸ばし、ページの最後の方に書かれている降霊術の一つを指差した。

「これは、どんな魔術なの?」

「どれ?」

 ライガも身を乗り出し、ページを逆さから見る。

 シアリーズの指差した魔術には、他のものに書き加えられている簡単な説明の一文が併記されていなかった。いや、一度は鉛筆で何かが書かれた形跡があるが、ライガはその上から古くなった廃棄のパンで擦って消していた。

「クペ……アン、ドゥ?」

「あー、それは」

 ライガは、何やら歯切れ悪く言葉を濁した。「まだ作っている最中なんだ。戦闘用だから、リィズが使うようなものじゃないよ」

「攻撃魔術なのね。……だけど私、火属性だったら『神々の遺産(レギンレイヴ)』までは攻撃技も使えてよ」

「あのなあ……」ライガは頭を掻く。「使う必要がないんだよ。それにクペアンドゥは、相当物騒なものになる予定だし」

「そうなの? まあ、あんまり物騒なのはライガにも使って欲しくないけれど」

 シアリーズは、すんと背筋を伸ばして腰に両手を当てた。

「私、まだ白羊宮(エアリーズ)のアパデマクちゃんたちと契約させて貰うの、諦めた訳じゃないんですからね」

「そ、そうですか」

 何故か敬語になりながら、ライガは気圧されたかのように引き攣った笑みを浮かべた。

 ここまでお読み下さりありがとうございます。本日より二巻目です。第七話「Coupé en Deux」の連載を開始します。再び過去編で、ライガのオリジナル降霊術について掘り下げるようなエピソードです。今回の文中でライガの「クペアンドゥ」について詳細不明のような書かれ方がされていますが、第一話で思い切り不可視の斬撃を飛ばす術として登場しているので、別段これがどのような術なのか、という事にフォーカスした話にはなりません。

 作中でライガたちの使用している言語はフランス語がモデルになっているような部分があり、降霊術の多くにもフランス語が採用されています(勿論英語やギリシア語、ラテン語などの技もあります)。その為、ライガの「Coupé en Deux(真っ二つ、一刀両断)」という字面を見てリクトたちがどんな技なのか皆目見当もつかない、などという事は考えにくいのですが、まあ大目に見て頂きたいと思います。それを言うと、「神々の遺産(レギンレイヴ)」や古代魔術の名詞(北欧神話の固有名詞は現代では使われていない古ノルド語です)について即座に意味を理解している点もおかしな事になりそうです。

 それでは、引き続きお楽しみ下さいませ。

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