『リ・バース』第一部 第6話 Claymore⑧
* * *
首都ユークリッドへの帰還に際しては、ファタリテ騎士団が出兵の際に使用した陸戦艇に同乗した為早かった。グラーネ一頭での移動では、モルガンまで辿り着くのに道中立ち寄った村で一泊、野営を一回行い、二泊三日コースになったが、九頭立ての乗り物ではやはりその距離を半日で移動してしまう。
ドーデムに会う為リクトがライガと共にユークリッドを出発してから、僅か五日のうちに凱旋は果たされた。
ドーデムはやや不満そうだったが、リクトと共に並んでシアリーズの前に出た。イスラフェリオらが引き揚げた後、モルガンでの戦いの一部始終についてはペネロープから天秤宮へHMEで報告されていた。後で分かった事だが、彼女が送ったメッセージに誇張や情報操作などは一切なく、イスラフェリオの撤退はリクトとガラルの働きによるものが大きい事、戦闘後、ガラルの正体を巡ってリクトとドーデムの間で衝突があった事までが記されていたらしい。
「よく戦ってくれました、ドーデム・ヤーツ、リクト・レボルンス」
玉座の前に跪く自分たちを、シアリーズはそう言って労った。
父親とライガを立て続けに喪ってから、ずっと沈んだ面持ちだったシアリーズの表情は、ライガが戻って来た事で幾分か軽くはなっていた。彼女も無論、公の場ではライガの死を目に見えるような形で悼んだりする訳には行かず、毅然とした表情で居なければならなかったが、リクトには彼女がその裏で常に自分の心を押し殺している事を知っていた。
知っていながら、それに積極的に寄り添おうとはしてこなかったし、そう出来ない自分に忸怩たるものを抱えてはいた。
ライガが戻って来た事で、彼女の心が少しでも癒されたのであれば良かったとリクトは思っていた。その時こちらの胸中に、ライガの生前から存在を感じていたもやもやしたものが微塵もなかったといえば嘘になるが、リクトは何よりもまず、シアリーズに悲しみで打ちひしがれたままでいて欲しくはなかった。だから今、彼女の気持ちが少しでも楽になったのであれば良かったとは思うが、その代わりリクトには、心なしか彼女の面に浮かぶ憂いに、以前とは異なる性質のものが萌しているように思われた。
その原因については、少し考えれば予想はついた。
(ライガを憎んでいるのは、ドーデムだけじゃない……アウロラ姫もまた、彼に黒い感情を抱えている)
「詳細については、既に伺っています。あなたたちも疲れている事でしょう、休暇を利用して、ゆっくりと心身を休めなさい」
シアリーズは、表情を変える事なくそう言った。
「御意、ヴォートル・マジェステ」
リクトとドーデムは敬礼しつつそう答え、謁見は早々にお開きとなった。
シアリーズがこちらの後を追って来、声を掛けてきたのは、リクトが白羊宮に戻ろうと連絡路の回廊を歩いている時だった。
ライガは王宮に帰還してすぐヴォルノに連れられ、白羊宮の現在彼に貸し与えられている部屋に戻ったので、今ここに居るのは自分だけだ。
「陛下──」
「いいのですよ、リィズで。周囲には誰も居ませんもの」
シアリーズは微かに唇に笑みを湛えつつ言ってくる。リクトは肯き、口調をプライベートなものに改めた。
「リィズ、どうしたの?」
「いえ、大した用事ではありませんけれども……リクト。あなたに、お礼を伝えておかねばと思ったのです。さっきは言えませんでした──ドーデムの前では、言えない事でしたので」
睫毛を伏せる彼女を見、リクトは考えるまでもなく分かった。
「ライガの事?」
「ええ」
シアリーズは肯き、こちらの手を取ってくる。
「ジブリに、ファタリテからの報告については聞きました。リクト、あなたはドーデムたちに、ライガに対する自分の本心について打ち明けたそうですね。……私はそれを聞き、嬉しかったのです」
「抱えていたものをぶち撒けてしまっただけだよ。今のライガを、殺したり除霊したりせずに様子を見ようという事を主張するには、全く論理的じゃなかった。強引なやり方だと思われただろう」
「しかしあなたは、それについて後悔している訳ではないのでしょう?」
「それは、勿論」
シアリーズの言葉に、リクトは躊躇う事なく肯く。彼女はほっと息を吐き、改めて頭を下げてきた。
「ありがとう、リクト」
「ああ、頭なんか下げないで。誰かに見られたら」
リクトは慌てて手を振り、彼女に顔を上げさせた。シアリーズはくすりと笑ってから、穏やかな声で「私も」と言った。
「私もずっと、皆に言いたかったのです。アウロラに悲しい思いをさせた事、お父様の命を奪った事──それは色々な事があったし、私も決して、彼を許す、なんて言う訳には行かないし、言っていいのだとしても、本当に彼にそう言えるのか、自分の本心ですらも完全に理解が出来ません。それでも……あなたの言う通り、ライガはライガなんですよね」
「リィズ……」
「このような機会ですので言いますが、あなたの事も困らせてしまいました。アルフォンスの言葉を聞いた限り、あなたは帰らずの地で、ライガを討つしかなかったとは私にも理解出来ました。けれど、どれだけ頭で理解出来たとしても……心ばかりは、如何ともし難いものですね」
ごめんなさい、と彼女は言った。
リクトもまた「ごめん」と口に出す。「最初に謝らなきゃいけなかったのは、僕の方だった」
「それなら──」
「リィズ」
リクトは、言いかけたシアリーズを遮って首を振った。話の流れから、彼女が言おうとした事は分かる。
それなら、自分の立場を分かっていながらライガに想いを寄せた自分こそ、先に謝るべきだ──彼女はそう言おうとしたのだ。それまでにも何度か、彼女が口に出しかけては結局いつも最後までは言えない事だった。
彼女は言葉を切り、数秒の後再び言う。
「それではリクト、これだけは教えて頂けませんか?」
「何?」
「ライガがあなたに看取られて逝った時……彼は最期に、何と言ったのですか?」
──それもまた、彼女が六年間聞いてこなかった問いだった。
しかしこれについては、リクトも答える事が出来ない。どうして、彼女に伝える事が出来ようか。彼の命を奪う一撃を繰り出した自分に対して、ライガが言い放った最期の言葉を。
──お前は、俺の人生を壊したんだ。
晩年の記憶を失ったライガは、この言葉を覚えているだろうか。もし忘れているのだとしたら、自分は彼にこれを伝える訳には行かない。彼の本心を知るのが恐ろしいというよりも、このような言葉を自身が口にしたと思い出す事で、ライガが自らを責めるのではないかという事が気掛かりだった。
そしてシアリーズは、これを知ったら──この言葉をリクトが六年に渡って自分一人の中に抱え込んでいたと知ったら、何を思うだろう?
「……ごめん、リィズ」
リクトは、それでも答える事の出来ない事を申し訳なく思った。
謝る為のただ一言だけで、シアリーズはそれ以上を聞こうとはしなかった。
「そう……ですか。ああ、でもどうか気にしないで。ライガとの最後の時間については、やはりあなただけの特別なものなのでしょうから。だって……そう容易く語れるはずがないじゃないですか」
──自らの手で命を絶った親友の事を。
シアリーズがそう続くべき言葉を呑み込んだのは、やはり非難しているとリクトに取られるかもしれない、と思ったからのようだ。
リクトは静かに首を振り、彼女から視線を逸らした。




