『リ・バース』第一部 第6話 Claymore⑦
④ リクト・レボルンス
「皆も目にした通りだ」
ドーデム・ヤーツはリクトとライガの目の前まで進み出て来ると、一同を見回しつつ言った。
ペネロープや他の回復魔術を修得した同僚に治療を受けている者、ひとまずの危機が去った事に安堵しながらも痛ましい表情で仲間の死体を確認している者、皆がこちらを見る。ドーデムの言葉ではっとした者たちは無意識的に各々の作業を中断し、ガラルの姿をしたライガを見て恐怖の表情を取り戻したが、ドーデムは「手は止めなくていい」と言い足した。
「この層状孤児は、死霊化術を使用した。皆の面前で、堂々とだ。これで最早、どのような言い訳がつくというのか? 聖光士、あなたはこの子供が死霊化者の魂を宿す者であると、知っていたのだろう? よもやこの期に及んで、知らなかったなどとは言わせぬぞ」
ドーデムの言葉は、威圧感に満ちていた。
リクトは唇を噛んで緘黙する。自分が黙っていると、ドーデムは次にライガ本人へと矛先を向けた。
「やはり蘇っていたのだな──ライガ・アンバース」
「僕──」
ライガは巧妙な演技で怯えたような声を出し、リクトの後ろに素早く隠れる。こちらのレギンスを引っ張って掴み──伸びるので勘弁して欲しい──、子供が人見知りをするようにちらりと腰の辺りから顔を出してドーデムを見る。ドーデムはそのような彼の仕草すら、癇に障るようだった。
「白々しい演技をするな、ライガ! 気色が悪い!」
「知らないよ! ……いえ、ほんとに知らないんです。どうしよう、今までものを浮かせたりとか、色々出来たけど……ほんとに、死霊化術まで使っちゃうなんて」
「死霊化術を、腕状霊魂などと同じ物差しで測ろうとするな。貴様の使った突然死や死神の鎌は、子供が咄嗟に発動したという類のものではなかった。あまりに自然すぎた。ライガ、既に貴様はその子供の中で目覚めているのだろう? そして、卑劣にもまだその子供の振りをしている」
ドーデムは言うと、右手に黄土色の霊力を纏わせた。
「裁きの場を設けるまでもない、この場で除霊してくれる!」
「ドーデム・ヤーツ!」
リクトが叫んだのは、その時だった。彼が発動しようとしたのと同じ除霊の術を飛ばし、その右手に纏わった霊力を消滅させる。
「聖光士」
ドーデムは再び視線をこちらに戻す。
「あなたは私情で、同胞の多くが死に追いやられる事を是とするか? 今まであなたの内心を慮り、口に出す事を控えていたがもう黙ってはいられない。一度は心を鬼にしてこやつを討ったあなたは、自身の意思とは関係なく偶然にも赤峨王がこやつを蘇らせた事で、覚悟が鈍ってしまったらしい。いや、この際はっきり言おう。あなたは腑抜けてしまった。もう一度同じ事が出来ないというのなら、一度ライガを討った事のみであなたが英雄と呼ばれるのは不当だ。筆頭騎士長として、その権限を行使する資格はない」
斬りつけるような彼の言葉が痛かった。しかし、リクトはライガの為にも引き下がる訳には行かなかった。
「彼は非覚醒状態だ。今彼の意識を支配しているのは、紛れもなくガラル・バングの魂。先程の赤峨王とのやり取りを思い出すがいい、あのイスラフェリオですらも、この子の正体について結論を出す事には慎重なのだ」
「ならば一層、こやつの魂をこのままにしておく事は出来ませんな! 心配しなさるな、除霊を以て、問題の主人格でない方の魂を抜き取ってご覧に入れる。ライガであるにせよそうでないにせよ、それが死霊化者のものである事にはもう疑いの余地がないのだから!」
「禁術とはいえ、この子はそれを我々を守護する為に使った!」
「だから、他の蛮行が許されるとでも? ……聖光士、あなたは事実確認の事ばかりを口にするが、あなた自身はどうなのだ? ガラルの生まれた時期、『蠍』どもの工作、そして死霊化術。これ程の符合があって、あなたは本当にこやつのもう一つの魂がライガとは無関係だと考えているのか!」
ドーデムは、最早感情に任せて言葉を叩きつけていた。
「何故あなたは、ロディ前騎士長の墓を暴いてまで魔杖オムグロンデュをこやつに持たせてみようなどと考えたのか? こやつが既にライガとして覚醒している事を確認し、一人納得してこやつを自らの手元に置いておく為か? この分ではあなたは、オムグロンデュが何らかの反応を示して尚、高らかに証拠不十分を主張しこやつをそのままにしておくだろう。
そのような政治ショー的なデモンストレーションの為に、あなたは私にファタリテ前騎士長の墓を暴けと言ったのか! ふざけるのもいい加減にして頂きたい!」
「ヤーツ殿、では何故あなたはそこまで、疑わしきは罰せよと言われる?」
何もかもを喋ってしまいたい、という気持ちを懸命に抑え込みながら、リクトは冷静にそう返した。その気持ちはライガ本人とて同じだろうが──彼は自分自身の事よりもリクトの事を辱めるような他者の言動に対して怒る──、彼は押し黙ったまま一切容喙してこなかった。
彼自身も堪えているのだ。ここで感情に任せて言葉を使えば、先程までの忍耐が全て水泡に帰す事になるのだから。それは、ドーデムに正体が露見すればまた自分が殺されるかもしれない、といった保身ではない。
ライガはそれまで何度も、隕命君主としての自分が復活した為にリクトたちに危険が及ぶようだと判断されたら、その時は躊躇わずに自分をもう一度境界に返せ、と言っていた。これはライガ自身が晩年のように制御不能となり、身近な者たちに牙を剝くという事だけではなく、自分が復活した事で、それを狙う新生ジフトの毒牙が周囲に迫る事への憂いでもあった。
そしてリクトはそれに対して、たとえそうであっても自分はライガを必要としているのだ、という事を彼にはっきりと伝えた。ライガもまた、その言葉に応えて言ったのだ。
──お前の為にも、ちゃんと生きてやる。
「まだ結論が出ていないにせよ、現在我々が共に目撃し、確定している事実は、ガラルが死霊化術を使った事、そしてそれはこれまで一度として、我々に対して行使された事がないという事だ。……私は、正体不明故に彼が潜在的脅威であるという事については否定しない。しかし、だからといってそう排除を急がれては、あなたにこそ私情が疑われても仕方がないのではないか?」
「私のは私情ではない。ごく初歩的な規範について話しているのだ!」
ドーデムはヒステリックに叫ぶ。
「死霊化術を行使した者は、理由が何であろうと死刑。良くても終身刑がせいぜいといったところだ。よもやあなたが、忘れるはずはあるまい」
「当然ながら。しかし私には、だからといって正当な手続きを排して事を進めようとするあなたの姿勢には疑問が拭えない。ヤーツ殿、あなたは今、最も得体の知れない力に怯えているのが誰か、考えてみないのか?」
リクトは言いながら、こちらの手を強く握ってくる。
「この少年自身だ。彼は層状孤児として、全く意図せず死霊化術をこの身に宿してしまった」
「その少年は既に死んでいる!」
ドーデムのその言葉には、そこまで深い意味はなかったのかもしれない。が、リクトはそれにどきりと心臓が脈打つのを覚えた。
事実、今のライガの魂が宿っている体に、既にガラルの魂はない。ガラルはフーたちによって肉体から放逐され、境界へ還ってしまった。その事については、ライガも責任を感じているようだが──。
「非忘却者の魂は、独立した記憶と魔術を維持したまま層状孤児の片割れとなった時点で優位性を持つ! たとえ新生ジフトの者が手を下さずとも、その肉体に宿った死霊化者は徐々に魔術的な顕現をエスカレートさせ、やがては主人格たる少年の魂を喰らい尽くしただろう。
……リクト・レボルンス、それがあなたの限界だ! あなたは救世主ではない、あなたは誰も救えない! そして死霊化者は、あなたが思っているよりもずっと早く人を殺す!」
「彼は──」
リクトは言葉に詰まった。ライガの視線が、庇うように彼の手を握ったリクトの手との繋ぎ目から腕を辿り、こちらの顔まで上がってくる。彼はリクトの苦悶の表情を見ると、「僕──」と何かを口にしかけた。
まだ子供の口調を使おうとしているからには、こちらの為の演技を続けようとはしていたに違いない。しかしリクトは、すぐに彼が何かを言う前に再び口を開き、自分をフォローするような台詞を言わせる事はなかった。
「彼は、私たちの同胞を殺す事はない」
断定口調でそう言った。
案の定ドーデムは、
「何故そう言い切れる!?」
噛みつくようにそう尋ねてくる。
「その時は、私が彼の息を止めると言ったからだ」
リクトの言葉に対し、ドーデムは嘲笑った。
「同語反復だな。あなたにはそれが出来ないだろうと、私は何度も言った。証拠にあなたは、今私がこの場でこやつを除霊する事を妨害した」
「如何なる人間も、未だ犯していない罪で裁かれる事はない」
「聴いていないのか? 死霊化術の使用そのものが、帝連に於いては尤なる罪だ」
「ならば私の事も処刑するがいい。彼が先程禁術を以て私を助けてくれなければ、私は今頃生きてはいなかった。それを、ヤーツ殿、あなたが間違いだったと言われるのであれば」
「………」
ドーデムが言葉に詰まった。リクトは段々と、自らの言葉がドーデムと同じく感情的になっていく事に気付いていた。ライガは依然心配そうな表情を湛えたままだったが、自分のこの台詞はさすがに想像の範疇を超えたものだったのか、あんぐりと口を開けている。
だが、リクトは毅然とした態度を貫き続けた。
あたかも、無理を通す事で道理を蹂躙するように。今までの自分らしからぬその態度に、リクト自身もやや驚いたが、それは困惑ではなかった。
今の自分にとっては、そうする事が当然だったのだ。
やや沈黙してから、ドーデムは
「何故だ?」
と呟いた。
「何故あなたは、そこまで死霊化者を庇う? いや、庇うというのではないな──何故そこまで、死霊化者の善性に信頼を委ねる? 確信が持てない以上、あらゆる判断は一か八かのギャンブルだ。善性を信じて生かすのも、取り返しがつかない事になる前に、確信というには不十分な状況証拠から誤りを承知で処刑するのも。そして、言うまでもなく危険が少ないのは後者だ」
リクトは躊躇う事なく、それに答えた。
「私が今でも、我が友ライガ・アンバースの善性を信じているからだ」
それは今まで、彼の命を奪う事で英雄という扱いを受けるようになった自分に、言う事の許されなかった台詞だった。
ファタリテの者たちの間から、騒めきが生じる。
リクトはそれに構う事なく続けた。
「彼は死霊化者となった。しかし、私にとって彼は、亡きロディ殿を始め、誰が何と言おうと友としてのライガ・アンバースだった。だからこそ私は、死霊化者と純粋悪を等号で結ぶような価値観を改められたのだ」
「魂を消滅させる魔術は、純然たる悪だ」
ドーデムは尚も言ったが、その声量は先程までよりも落とされていた。何処か、自信を喪失したかのようにも思える。
「ライガにも晩年、その兆候が現れた。だから私は、彼の盟友だった者として彼に止めを刺したのだ。しかしそれでも、私は晩年のそれが、彼の”本性”だったなどとは思わない。彼には確かに、隕命君主となる以前から性格の一側面として危うさとも取れるような行きすぎた正義感があった。彼自身が信じたそれを貫く為なら、世間が悪と定めた事にも手を染めるような。
死霊化術は、代償として使用者をも蝕む。そのような力を、人間としての限界を知らぬまま持ってしまった死霊化者たちも、また不幸なのだ。ライガは決して、驕りに耽っていた訳ではなかった!」
リクトは、真っ直ぐにドーデムを見据えた。
「私一人の糾弾なら、甘んじて受けよう。私が英雄と呼ばれる器に相応しい程完璧でない事くらいは、私自身が最もよく知っている。しかし、私がその死に加担したとはいえ、亡き友を辱めるような事を言われて、私も黙ってはいられなくなった。ドーデム・ヤーツ、あなたが尚も死んだ彼に対して誹謗するような言葉を口にするというのであれば、私も本当の心を言おうと思う!」
「聖光士……」
ドーデムは、気圧されたかのように言葉を切った。
誰も、何も言わなかった。ファタリテの者たちは多くが、ドーデムによってライガをこの先も憎み続けるように教育され、ライガの死後に起こったロディ前騎士長の早逝を彼の怨念によるものだと信じている。そう思う事を、良い事や悪い事といった判断を超越し、至極当然の事として捉えている。
そのライガを討った自分が──聖光士本人が、未だに彼への友情と信頼を口に出したのだ。それは彼らにとって、自分たちの”当然”の価値観を転覆させる事に等しい台詞だっただろう。
リクトとライガが生前は親友だったという事を知る者は、決して少なくない。だからこそそれを知る者たちは、リクトが彼を討ち、英雄となった事で自分の事を恐ろしい人間だと思ってもいたはずだ。ライガの討伐は五大騎士団の総意だったとはいえども、その後リクトは彼の死に悲しむような素振りは一切見せず、当然のように彼の継ぐはずだったフォルトゥナの騎士長という立場と、アルフォンス・デルヴァンクールの戦楽器を継いだのだから。
その自分が、今でも彼を友だと思っていると言い、六年間に渡って秘匿し続けてきた本心を口に出したのだ。
リクトは、自分の放った言葉がそれ程に大きな意味を持つものである事を、口に出しながら既に自覚していた。これを口にする事で──また、それをフォルトゥナから軍事の主導権を奪う事を悲願とするドーデムとその部下たちに聞かれる事で──、今後の自分の立場が危うくなるかもしれないという事も。
しかしそれを言った時、リクトの胸中に満ちていたのは達成感だった。自分にとっては、英雄である事を失うよりも、ライガの友達だった自分を失う事の方が恐ろしく悲しい事だった。
ライガが、こちらの顔を見上げている。その顔が一瞬輝き、すぐに怯えるような表情へと変じた。自分の為にそのような事を言ってしまっても大丈夫なのか、というように。
リクトは微かに肯き、「いいんだ」と口に出して言った。
正体を明かせない彼に聞かせる為でも、ドーデムたちにはっきりと理解させる為でもあった。
「皆がそれを許してくれなくても……ライガがそれを許してくれなくても、僕が彼を親友だと思う気持ちは、この先も変わらないよ」




