『リ・バース』第二部 第15話 Comrades⑨
キルヒムも全く予想しなかったであろう方向から、除霊術が飛来した。それは無防備な彼の真横から、肥大化した魔物の左腕に吸い込まれるように命中し──その効果を解除した。
彼の左腕の毛皮と筋肉、右手に握られた剣に纏わっていた氷の結晶が、共に蒸発するように消滅した。
ニースとエロイスは、共にあっと声を上げた。
「……何だと?」
キルヒムは一瞬動揺を滲ませ、それから額に青筋を立てて除霊術の飛んで来た方向を見る。その視線をなぞり、ニース、エロイスは何が起こったのかを理解した。
「騎士見習い舐めんなよ、絶霊喰鬼!」
転倒した魔物の背の上に乗り、赤色のマントを靡かせたフォルトゥナの騎士見習いが叫んでいた。その周囲には、ファタリテ、デスタン、フェート、カルマの者たちも並んでいる。
「お前たちもだぞ、エロイス、ニース!」
別な方向からも声が響く。振り向くと、先程エロイスがキルヒムの体技による凍結の波及効果から庇った者たちが、各々の剣を抜いてこちらを向き、キルヒムを睨んでいた。
「逃げられないのは俺たちも同じだ。お前たちが聖光士に何を任されているのかは知らんが、自惚れるなよ」
「お前たち……」
エロイスは目を円くする。
「俺たち、お前たちに比べたらセンスはそこまでじゃねえし、まだまだ訓練の真っ最中だ。けど、双頭の片方を相手にしてんだ、そんなの大した差じゃねえだろ? 同じ訓練生に守られて、そんな事で俺たち、一人前の正騎士になれる訳があるかってんだよ。そうだろ、お前たち?」
また別の誰かが言い、あちこちから「そうだ」という声が上がった。
「お前たちが戦うっていうなら、俺たちも戦う。これだけ居りゃ、幾ら絶霊喰鬼でもただじゃ済まねえはずだ」
ニース、エロイスが絶句していると、
「ガキどもが──」
キルヒムが、その双眸に瞋恚の焔を湛えて一同を睨め回した。
「そんなに死に急ぐってんなら、いいぜ、皆殺しにしてやる。本当はそこに居る二人だけ殺れりゃあそれで良かったんだが、てめえらが成長したら俺たちの今後の為にもならん」
「来るぞ!」
エロイスが、鋭く叫んだ。
「悪い芽は最初に摘み取っちまうんだ。どうせ遅かれ早かれ、騎士団にゃあ居なくなって貰わなきゃ困るんだからよ! 露玉闇宵宮!」
キルヒムは叫ぶと、剣を構えたまま全身を発条の如く捻り、渾身の力で広域に斬撃の渦を飛ばした。
防御、と、ニースは皆に叫ぼうとしたが、その必要はなかった。攻撃の範囲内に居た者たちは誰かが合図するのを待つでもなく、セオリー通りだ、というかのようにそれぞれに防御魔術を──障壁因子や「電力の盾」を──展開する。それらに斬撃が到達し、鋭い音が響く前に、
「そのまま突っ込め、二人とも!」
誰かが声を発した。
ニースは素早くエロイスを見る。彼もまた、自分の方を見ていた。肯き合い、同時に剣技を放つ。
「青海波!」「画竜点睛!」
共に、上向きの剣軌を描く技だった。螺旋を描きつつこちらに肉薄した斬撃の、最も地面に近い位置を通っている軌道が掬われるように跳ね上げられ、騎士見習いたちが銘々に展開した防御魔術に当たってエネルギーを拡散させようとしていたそれは大きく乱れて舞い上がる。
空中で螺旋状の斬撃の渦は解け、四方に散って訓練場の全ての壁を大きく損壊させた。が、誰も脱出に向けて動いてはいなかったので、それらの真下に居て降り注いだ瓦礫の下敷きになる者は現れなかった。
キルヒムは、さすがに動揺したらしく、二撃目を繰り出すよりも先に周囲を見回した。まず、自らが安全な状況にあるのかどうかを確かめようとしたらしい。そしてそれこそ、自分たちに与えられた最大のチャンスだった。
技を使う必要は、最早なかった。
「行くぞ、エロイス!」「ああ!」
キルヒムがこちらに向き直った頃には、自分たちは既に交錯した制空圏の中に彼を捕捉していた。
ニースの剣が袈裟懸けに、エロイスの剣が逆袈裟に、絶霊喰鬼の胴を肩口から腰にかけて切り裂いた。突進の衝撃が加わり、キルヒムは背中から魔物が突き崩した壁の方へと吹き飛んで行く。
数秒間、ニースとエロイスはそのまま立っていた。
が、やがてどっと疲労が覆い被さり、どちらからともなくがくりと頽れた。
「エロイス! ニース!」「大丈夫か!?」「しっかりしろ!」
他の騎士見習いたちが、口々に叫びながら駆け寄って来る。自分たちが負傷したものだと思ったらしい。
実際は、二人ともほぼ無傷だった。だが、かつてない程に神経を研ぎ澄ませた一瞬だった。最初の斬撃を相殺するタイミングで僅かにでも遅れていたら、キルヒムがそれを防がれた事によって動揺を見せた際、どちらかの攻撃が届かず反撃の余裕を与えていたら、自分たちは今頃死んでいたはずだ。
下半身から力が抜けてしまい、駆け寄って来た者たちの手を借りて立ち上がりながら、「大丈夫だ」と口々に伝えた。
「恐らくは致命傷だ。けど、如何せんあいつは絶霊喰鬼だ、まだ動ける可能性もゼロじゃない」
ニースは言い、床に突き刺した剣を杖代わりに、キルヒムの吹き飛んで行った瓦礫の方へと歩み寄る。彼が勢いよく衝突した為に土煙が立ち込めており、この距離からではどうなったのかは分からない。
その時だった。
「天上よりの賜物、凛々として禍星の如く墜つ! メテオライト!」
目の前に、突如として巨石が落下して来た。
「ブラキオプネウマ!」
エロイスが後方から腕状霊魂を放ち、こちらの襟首をぐいと引く。間一髪で、巨石はニースから一、二メートルの距離しか隔てられていない場所で砕け散った。恐らくエロイスが引っ張ってくれなければ、自分が「回避しなくては」と思った時には頭をかち割られていただろう。
何事か、と思った時、瓦礫の山で誰かの影が動いているのが見えた。その動きによって、土煙が徐々に散らされていく。
「キルヒム様! しっかりして下さい!」
その声ではっとする。
質素な農民服を鮮血に染め、瓦礫に背を凭せ掛けるようにしてぐったりと伸びているキルヒムの胸に手を翳し、回復魔術で応急処置を施しているのは、「蠍」のアノニム・アノニマスだ。その傍らにはフー・ダ・ニットが立ち、こちらを牽制するように青金鋼の剣を突き出している。
「フー、アノニム──」
「近づくな!」
フー・ダ・ニットは叫び、再び「落下星」を落とした。
「アノニム、作戦の続行は不可能だ。特攻を行っている者たちに指示を出し、速やかに撤退を開始するぞ」
「背を向けて逃げれば、追撃される可能性があるんじゃないか?」
アノニムが、腕状霊魂でキルヒムを抱え上げる。フーは「ではどうするのだ!」とヒステリックに喚いた。
「俺も、もう少しでイブン様たちをお助け出来る段階まで来て撤退とは業腹だ。目の前にはエロイスとニースも居る、フワーリズミーでの忘れ物を取り戻したい気持ちは山々だ。だが、そいつらはキルヒム様でさえこうして戦闘不能にまで追い込んだんだぞ! 敵が追って来たところで何だ、元々使い尽くすつもりで動員された我々だ、反転して何十人か自爆させれば騎士団も諦めるだろう!」
「いや、フー、俺は別に……」
アノニムは微かに下唇を噛み、口籠った。
「……ちょっと、懸念を口にしただけだ。キルヒム様の治療を何よりも優先せねばならない事くらいは理解している」
「ならば余計な事を言うな。苛立ちが酷くなる」
フーは忌々しげに吐き捨て、こちらに向けた剣先をさっと振った。
「エロイス・ネイサン、ニース・バーディガル! これで勝ったなどと思い上がるなよ、手の内を晒したからにはもう俺たちに怖いものなどないのだ! 恨み重なる騎士どもも、何百人か殺してやった! キルヒム様が回復され次第、俺たちはまたこの城を襲うぞ! 何度も、何度も!」
「フー……」
エロイスが、声を低めて言う。
「絶霊喰鬼の死なない事が、決まっているかのような口ぶりだな」
「死なせなどしない、俺たちがな」
フーの声音には、断固たる決意が孕まれていた。
「聖光士に伝えておけ。次に会う時には、イブン様とイスラフェリオ殿下を奪還せしめるとな。俺たちは命ある限り、勝利に貪欲になる事を諦める事はない! 万歳、ジフト!」
「おい、あいつら──」
騎士見習いの数人が、立ち尽くしているニースよりも早く、身を翻したフー、アノニムに向かって足を踏み出しかけた。
エロイスが「待て!」と叫び、彼らを制した。「追うな」
「何でだよ? あいつら、まだ俺たちと同い歳くらいに見えたぞ。何か特別な奴らなのか? ……いや、そんな事より」
中の一人は、「教えてくれないか?」と真剣な表情で言った。
「あいつらは何で、お前たちを名指ししたんだ? 絶霊喰鬼もそうだった……そういえば今までにも、お前たちは何か、聖光士やイェーガー殿に同行して公欠で何処かに行く事があったな。一体、何をしていたんだ?」
「………」
皆の面持ちに、ニースはエロイスに「どうしようか」と目で訴え掛ける。
エロイスもまた、同じ眼差しでニースの方を見ていた。無論、ライガの復活に関する事を独断で明かす訳には行かない。しかし──。
(今、僕たちが勝てたのは……)
視線を、ゆっくりと皆に移す。
「俺とニースは、聖光士の”同志”だ」
エロイスが言った言葉の後に、ニースは「そして」と続けた。
「ここに居る皆も、それはきっと同じだ」
第十五話「Comrades」はこれでおしまいです。最近は心理戦・政治戦ばかりだったので、第十一話以来、久々となる濃密な戦闘シーンを公開出来ました。ジフト戦役時のライガとリクトもですが、男の子二人が連携して戦っている場面はいいものです。
実を言うと、当初の予定では今回は比較的軽いエピソードにするつもりでした。前回と前々回はごちゃごちゃとした伏線回収の場面が多かったので、今回はメインとなるエロイス、ニースがこれまでの葛藤に一区切りをつける事にフォーカスし、それ以外は一旦置いておこう、と。が、結果的には彼らのパートを繋ぐ為に挿入したそれ以外の人物たちのパートでも重要な出来事は起こりました。その最たるものが、ドーデムがアウロラを唆して「右手」を保管させていた事が明らかになった事です。第十四話の最終日、ドーデムがライガを捕らえ、彼に「『右手』はシアリーズには予想もつかない場所に隠した」「自分には心強い味方が居る」と言っていたのは、この事を表していました。
更に今回、ライガもジブリ公によってこっそりと脱獄させられています。次回は城を脱出した後の彼をフィーチャリングしたエピソードですが、彼はここで復活後最大となる試練に直面します。本作ではリクトを始めとする多くのキャラたちは成長のきっかけとして試練に直面しますが、ライガの試練は徹底して罪と償いです。次回もそのつもりでお読み頂ければと思います。
○モンスター図鑑
・サスカッチ
適性属性:地
外見:雪男
生息地:不明
元ネタ:カナダ西海岸部のインディアンの伝承。




