『リ・バース』第二部 第15話 Comrades⑤
⑤ エロイス・ネイサン
「エミルス殿!」
茶色のマントを翩翻と翻し、速足で廊下を行くデスタン騎士長の姿を認めるや、エロイスとニースは彼に声を掛けつつ駆け寄った。
「おお、君たちか」
ネクアタッド・エミルスは足踏みしながら振り返る。
「合同訓練場に居たはずではなかったのか?」
「先程、水筒が空になったので補給に行っていたのです」
エロイスは、早口に彼に問うた。
「庭園の方から、先程何やら尋常ならざる音が聞こえてきました。何かあったのですか?」
「……さすがだな。聖光士に見込まれただけの事はある、察しが早い。しかし、君たちは出て来てはいけないよ。自分たちの身を守る事だけを考えて、合同訓練場で待機しているんだ」
ネクアタッドは言い、「敵襲だ」と続けた。
「『蠍』の絶霊喰鬼らが、皇太子らの奪還に現れたらしい」
場所は、天秤宮一階の廊下だった。
騎士見習いたちは今日、共同訓練の予定日であり、皆が天秤宮に集まっていた。というよりも、昨日から一週間、自分たちの訓練は五大騎士団それぞれの管轄宮ではなく、天秤宮のみで行う事という連絡が、先週突然皆に告げられた。
ネクアタッドから、今し方エロイスとニースは「察しが早い」と言われたが、実際には昨日から、ずっと「敵が攻めて来るのではないか」という事は考え、神経を尖らせていた。
今日から丁度一週間前、捕虜となったイスラフェリオを尋問したジブリ公が、彼から「千人規模の『蠍』が城に現れる」という可能性を示唆された。それはあくまでもイスラフェリオ自身の予想であり、特に根拠のある事ではなかったが、時期を考えると決して有り得ない話ではなかった。
エロイス、ニースは”同志”としてシアリーズ女王らと話し合い、テレサ先帝妃から、来週──つまり今週──行われる収穫月の感謝祭に際して地方の農民たちが収穫物の寄贈の為に入城するという事を告げられた。行事自体は毎年恒例のものなのでエロイスたちも知っているが、先帝妃はその際、農民たちに紛れて城内に「蠍」が現れる可能性が懸念される、と語った。
「その作戦が採られる事を私たちが想定する、と、更に向こうも考えるはずよ。彼我の戦力差が歴然としているだけに、向こうは策を講じなければ勝ち目はない訳だけれど──」
先帝妃は、「当然警備は厳重にするけれど」と前置きした上で言われた。
「元からユークリッド自体に出入りする者たちについて、検問を行ってはいるわ。けれど、それも完全じゃない。ドーデムが宝瓶宮への侵入に際して使用した認識阻害や変身術、それにこちらも千人の敵の顔を全て把握している訳ではないのだから、正式な身分証を使うとか、偽造するとか、あとは交易品に紛れ込んでとか、都に入る手段は幾らでもある」
「ざっくばらんに言ってしまえば、検問は気休め程度にしかならないのです。既に少なからぬ『蠍』が都で動いている事については、我々も覚悟しておかなくてはなりません」
シアリーズ女王の言葉だ。
「その全員が、収穫物を寄贈して下さる農民に化けて城内に入るというのは、現実的ではありませんわね」
「しかしその先の行動については、畢竟『読めない』というのが事実です」
ジブリ公は「最優先すべきは人命です」と言った。
「非戦闘員は無論の事、襲撃が懸念される一週間のうちは、騎士見習いは可能な限り一所に固めておくのがベストでしょう。そこで、急遽共同訓練の予定を組み込み、デスタン騎士団のエミルス騎士長に指導を担当して貰います」
「訓練生の警護を兼ねて頂く、という事ですね」
ニースが呟くのを聞きながら、エロイスは疑問を口にした。
「状況が状況です、ライガ……殿はともかく、聖光士は一時的に出獄を許可し、共に警備に当たって頂く事は不可能なのでしょうか?」
「それがね、まず大前提として」
テレサ先帝妃の声は厳しかった。
「私たちの今話している事の一切が、イスラフェリオの”推測”を基にした根拠のない未来予想なのよ。可能性はゼロではないとはいえ、『蠍』たちは感謝祭の期間中に、襲撃を掛けて来ないかもしれない。僅かな可能性の為に、既遂の罪に問われている人物に自由行動を許可する事は難しいわ」
「しかし、女王陛下の究極権限をお使いになれば──」
「エロイス」
ニースが、こちらの言葉を遮った。
「本当はそれを使って、陛下は聖光士の”罪”を不問にして差し上げたいと思われているはずなんだよ」
相棒からの言葉に、エロイスははっとした。申し訳ございません、と詫びると、シアリーズ女王は寂しそうに微笑まれた。
「別に警備は、リクトにしか出来ない事という訳でもありませんからね」
「では、我々は”万が一”が起こった場合、どう動けば?」
エロイスは”同志”としての役割を尋ねたつもりだったが、それに対してはテレサ先帝妃に、知ってか知らでか即答された。
「あなたたちは、他の訓練生たちと一緒にネクアタッドに守られるのよ。但し、もしも敵が天秤宮の奥の方まで入り込むような事になったら、戦える全員に戦って貰わなきゃいけなくなるわね」
「しかし──」
「その辺りはやっぱり不確定すぎるから、”納刀状態で用意”という方針で行きましょう。その方が融通が利くわ」
ニースからはこの後、騎士見習いという立場の中で自分たちだけが特異な行動を取れば、こちらが特別に女王や聖光士から機密を明かされて動いている事が他の者たちに勘繰られかねない、という理由もあるだろう、と説明された。
しかしやはり、聖光士が表舞台に立てなくなった瞬間に自分たちの未熟さが突きつけられたような気がして忸怩たる思いを感じているのは、彼もまた同じであるようだった。
「やっぱり、城に入った農民たちが……」
独りごつように呟いてから、「やっぱり」と言ったのは失言だったか、と思い慌てて口を噤んだ。が、ネクアタッドは特に気に留めなかったらしく、「どうやらそうらしいな」と肯いた。
「陛下はバルコニーから、庭園に集まった者たちとの接見を行われていた。お傍にはフォルトゥナの者たちが控え、お守りしているとの事だ。目下、城に居る全正騎士がここ天秤宮に集おうとしている。だから心配するな」
エロイスは農民たちに化けていた「蠍」たちの人数や、絶霊喰鬼の様子についてなども尋ねたかったが、ネクアタッドはそれよりも早く、話は終わりだと言わんばかりに身を翻した。
反射的に「お待ち下さい」と声を掛けようとし、その気配を逸早く察知したニースに肩を叩かれてその言葉を呑み込んだ。
──聞いて、どうするというのか。今し方連絡を受け取ったばかりのネクアタッドに、知る由などない。第一に、自分たちはテレサ先帝妃から、このような事態が発生しても待機しているようにと命じられていた。
だが……
(本当に、俺たちには何も出来ないのか?)
そう思い、エロイスは爪が掌に食い込む程に拳を握り締めた。
一週間前のジブリ公の言葉が、脳裏で渦を巻く。
──其方たちは騎士見習いだ。まだ、一人前であるとは言い難い。
──今の状況では、『命を賭ける』とは言わない。投げ出すと言うのだ。
確かに、その通りだ。
その通りだと思うから、余計に悔しいのだ。
(俺たちだって……俺たちだって”同志”なのに……!)




