『リ・バース』第二部 第15話 Comrades④
④ フー・ダ・ニット
暗殺者ギルドに協力を仰ぎ、リンペラトリーチェ王国北部の農民たちが収穫月の献上品を帝国に輸送するという日程とルートを聞いたのが、一週間前の事だった。現地の伝統的な行事に関する情報であれば、やはり現地の住人たちから集めるのが最も手っ取り早く済む。
三日前、絶霊喰鬼キルヒム・アサップに率いられたフーたち「蠍」は、帝国との国境を通過する直前の車列を襲い、護衛の傭兵団は無論の事、輸送の農民たちをも皆殺しにして荷馬車と彼らの衣装を奪取した。
通行証がなければ、彼らは関所を越えて追っては来られない。だが、近隣の進駐軍に通報されれば、兵士たちの持つHMEからペンタゴナ・パラスに連絡が行く可能性があった。農民たちには気の毒だが、やむを得ない。
彼らの亡骸は、例によって国境に定められていた山奥の、登山客は無論修行者も滅多に訪れない渓谷から投げ捨てた。自分たちは彼らが本来辿るはずだった日程の通りに動くので、作戦を遂行している間、身内は彼らが帰って来なくても不審に思う事はない。発見も十分に遅らせられるだろう。
「くよくよ思い悩むなよ、お前ら」
フーとアノニムにはそのような思いは全くなかったが、キルヒムは何を誤解しているのか、そう言ってきた。
「お前らはとっくに、ネイピアで村人をぶっ殺してんだ。それが俺たちの仕事なんだから、ああだこうだ考えたって仕方ねえんだよ」
──自分たちが、そのような覚悟もなく「蠍」をしていると思っているのか。
フーはそう反論したかったが、黙っていた。言わなくていい事をキルヒムに言った結果、生意気だなどという評価を下されたのでは堪ったものではない。ただ「承知しております」とだけ応えた。
中継役を通し、「頭部」を除く十四の聖体が──カルマ騎士団やエロイス、ニースによる一斉捜索が開始されてから十個が発見済みとなり、ペンタゴナ・パラスに集められたようだという報せが入った後、キルヒムは騎士たちを追っていた「蠍」たちを全員ユークリッドに向けて出発させた。フーたちが収穫物の献上の為に王宮に入る頃には、トラブルなどによって日程通り到着出来なかった者たちなどが居なければ総勢千人が首都に集っている事になる。
現在、城の内部では緊張感が高まっているはずだ。
風聞に、支配階級の者たちの間で、城に十四の聖体が集まるのと時をほぼ同じくしてお家騒動めいたいざこざが発生したという話が流れてきた。都の者たちも詳しい経緯を知っている訳ではないようだが、元老長とその息子が「影」と繋がっているという疑いが流布しているらしい。
フワーリズミーにて、ファタリテの騎士フォースタス・ハントが聖体を得る為にエロイスたちを殺害しようとした事を鑑みれば、さもありなんとも思える話だ。
それ以前から、白羊宮に「影」の侵入を許したという話もあり、彼らが影に潜る降霊術を使用するからには警戒が厳しくなるのは仕方がない。外部の人間の城への出入りに関しては言わずもがなだろう。
そのような状況で、あえて例年通りに各地の不特定多数の農民たちを城内に入れるような行事を中止しないのは、外に弱気を見せない為だ。むしろ、敵にとって攻撃を行う絶好の機会を与えるという事は、警戒さえしていれば冷静に対応しやすいという事でもある。
自分たちは、それを理解した上で仕掛けようとしている。だが、当然「蠍」の全員が、一つの村の──式は一週間に渡って行われ、期間中は毎日数個ずつの自治体が入城する──農民に偽装する事は無理がある。
(分かっていても、防げない事というものはあるんだよ)
凱旋門を潜りながら、フーは心の中でそう呟いた。
都に入るとすぐに、目標地点は見えた。元々小高い丘の上に位置するユークリッドの中央区、その頂に位置する、尖塔を天高く伸ばす五角形の城。こちら側から見えている三つの建物は、五大近衛宮の中で南側にある白羊宮、獅子宮、宝瓶宮であろうと思われる。
──思われる、というのは、自分がこの都について持っているのは”知識”だけであり、実際に訪れるのは初めてだからだ。
フーもアノニムも北方生まれで、旧ジフトの建国の頃には既に生を享けてはいたものの、まだ就学年齢にも達しておらず、未曾有の戦乱の渦中を生きた記憶は幼少期の事として忘却されていた。フーが自分の事として出来事を思い出せるようになる頃には、世間では隕命君主の名ばかりが人々の口の端に上るようになっており、十代に入った時、彼は既に人々にとって恐怖の象徴になっていた。
自分たちが戦後派としてのジフト的な思想教育を受けるようになったのも、丁度その頃だった。故に自分たちは、ユークリッドを知らない。「蠍」として諜報に参加するようになった後も、周辺のオイラーやラグランジュでの活動経験はあれど首都を訪れた事はなかった。
(ヴァイエルストラスとは比べ物にならないな……人も、建物も。きっと、城の規模もそうなんだろう)
キルヒムに率いられた自分たち主力部隊の役割は、端的に言ってしまえば”囮”だった。精錬された騎士たちが警戒態勢の城内に堂々と入り、その大部分を引きつける事になるのだから。
どのような行事に於いても、会場には警備が置かれる。が、それは万が一に備えてという意味合いが強く、主催者たちが、襲撃を掛けられる事を承知の上であえて自分たちを危険に晒そうとしているという事を意味するものではない。いざ攻撃が始まれば、どれだけ身構えていたとしても、瞬間的に多少の動揺が発生する事は避けられないものだ。
その間に、可能な限り事を進めるのだ。そして、自分たちのその働きによって、次に続く仲間たちが行動を成功させるか否かが決まる。
囮は囮でも、作戦上最も重要な囮だった。
「……フー」
荷車の荷台の上で、斜向かいに座ったアノニムが小声で言ってきた。
「囮とはいえ、俺たちは天秤宮の、最もイスラフェリオ殿下やイブン様に近い場所まで行く事になる」
「ああ、分かっているよ」
フーは囁き返す。出発前、作戦会議の段階でキルヒムとも確認した事だ。
「警備網を突破する事が出来たら、誰が同胞たちを助けに行ってもいい……勿論、俺たちが殿下やイブン様をお助けする事になっても構わないのだ」
自らの言っている事が、相当厳しい事である事は自覚している。
しかし、それは目下自分たちの最大の希望だった。
(俺たちは、諦めはしないぞ……その執念深さこそが、俺たちが『蠍』たる所以であるのだからな)




