『リ・バース』第二部 第15話 Comrades①
① ニース・バーディガル
天秤宮の地下牢へと降りる階段の踊り場でエロイスと共に立っていると、思っていた通り、ジブリ公が照明石のカンテラを手に現れた。
通常では、フェート騎士団の行うような司法捜査の結果逮捕された者を除き、各地での戦闘に於ける捕虜は、それを捕らえた兵士に命令を下していた騎士団の管轄宮に身柄を拘束される。天秤宮の地下牢に投獄されるのは、極めて重要な戦闘の中で捕らえられた者や、目下帝連にとって著しい脅威として認識され、指名手配が出されている者のみだ。
故に、必然的に天秤宮の地下牢には、万が一の事があった場合、周囲に極めて甚大な被害を出しかねない危険人物が集う事になる。そのような場所に、必要があるとしても要人が単独で訪れる事はない。
しかし、現れたジブリ公は一人で、看守の兵士が護衛として付き添っているという様子もなかった。
「……其方たちか」
彼は、やはりこのような事になるのか、というように呟いた。普段はマネキンのような白皙の面に、些かげんなりしたような色が滲んだように感じられる。ニースは一歩前に出て開口した。
「ジブリ公が、赤峨王の尋問を行われるのですか?」
「私しか、出来る者は居らなんだろう」
彼は、当たり前の事を聞くな、というような調子で言った。
「陛下や先帝妃に、単独で彼と相対して頂く訳には参らぬ。尋問の内容が”同志”間だけの機密事項に及ぶ以上、護衛の兵士を付ける事も能わぬしな。イェーガー副騎士長は戦死し、ライガと聖光士は外に出す訳には行かん。私しか、目下この役割を担える者はない」
今日──十月一日、先のリーマンでの戦いで聖光士によって捕らえられた新生ジフト皇太子、赤峨王イスラフェリオ・イスラフェリーの尋問がいよいよ行われる事となった。
その旨は、昨夜ジブリ公からHMEで通達された。先月下旬は次々に状況に急展開があり、イスラフェリオの尋問は後回しにされ続けていたのだ。
その最後にして最大の出来事が、ファタリテ騎士長ドーデム・ヤーツによって、ライガと聖光士が拘束された事だった。
それまで、モルガンの戦いの際に聖光士がガラルとして同行させたライガと初めて顔を合わせた時から、ドーデム騎士長は彼の正体が隕命君主ではないかという疑いを抱き続けていたという。それでも彼が動けなかったのは、ガラル=ライガという決定的な証拠が存在しなかったからだ。
その証拠が──現場を押さえるという形で──掴まれた為、ドーデムは合法的に彼と、その事を知りながら彼を庇っていた聖光士を捕らえる事に成功した。テレサ先帝妃は直ちに彼らの身柄を天秤宮に引き渡すように命じた為、最悪の事態に発展する事だけは辛うじて防げたという具合だ。
六年前に世界を震撼させた隕命君主であれば、天秤宮の地下牢へ収監される事には何の不思議もない。ドーデムも、この事で殊更にシアリーズ女王や先帝妃を糾弾する事は出来ないだろう。
だがそれも、あくまで応急処置に過ぎない。
彼らを「非常時に於ける特例措置」として牢から出し、改めて”同志”としての活動に従事させては、ファタリテからの非難は免れない。彼らが人々を煽動し、女王らにライガたちの早期の裁判と処刑を行うよう圧力を掛けさせる為の大義名分を与えてしまう事になる。
ニースはエロイスと共に、この事をジブリ公から告げられた時には茫然自失に陥った。女王たちの方で自粛すべきだと判断されたのか、ファタリテから圧を掛けられているのか、それとも聖光士たち自身が拒んでいるのか、それから現在に至るまで、自分たちが囹圄の難に遭った後の彼らと面会をする機会は、何度か訴えたものの実現していない。
女王や先帝妃やジブリ公が、彼らとその後面会を行ったのかという事についても明かされないままだった。自分たちにはただ、このままでは皇族の権限でも彼らを庇い続ける事は出来なくなる為、早期にドーデムが隠匿しているであろう「右手」を取り戻さねばならない、という事を告げられただけだ。
再び女王から命令書を発行して頂き、獅子宮の捜索を開始した際、ニースとエロイスはドーデムの立ち会いの下で彼の執務室──ライガはここを捜索している時に現場に踏み込まれて拘束された──を隈なく調べた。しかし、ドーデムが自信満々に捜索を許可した時から嫌な予感を感じてはいたものの、やはり「右手」は発見する事は出来なかった。
追加で命令書は発行され、ドーデムの部下が既に捜索を行った場所にものを移し替えたり出来ないようにフォルトゥナの騎士たちを獅子宮のあちこちに展開させ、先月フェート騎士団が捜索したヤーツ邸や、ペネロープ・イタキの寮室やエッガ・セルら主立った幹部の自宅も調べたが、やはり発見には至らなかった。そこまで及んでからテレサ先帝妃は、一度一切の捜索を打ち切るようにと言った。
それ以上は、ドーデムへの容疑が確定していないだけに皇族の権限でも継続は困難であり、彼らに「横暴だ」と抗議を行う事を許す事になりかねない、という判断のようだった。
無論女王や先帝妃に直接言う訳ではなかったが、エロイスはニースと二人きりで居る時、「何を容疑者の顔色を窺うような事をしているのだ」と憤慨していた。そのような抗議など、黙殺してしまえばいいではないか、と。ニースもそう思ったが、彼女らが人々から寄せられている信頼と、それに基づいた秩序の統制の事を考えれば、やはりそれは出来ないだろう、と言わざるを得なかった。
エロイスの憤慨する気持ちは分かるし、自分も同じ気持ちを感じている。明らかに現在の状況を掻き回すような事を行いながら、大きな顔をして場内を闊歩しているドーデムが、事件の解決の為に心を砕いている聖光士を牢に放り込んだ事については理不尽以外の何物でもないと思う。
だが、それ以上に、この状況が自分とエロイスに対して苛立ちにも似た焦燥を抱かせている理由があった。
「……私やニースだけでは、力不足だと仰るのですか?」
ジブリ公が最初にイスラフェリオの尋問に関してメッセージを送って来た時、時刻の指定など詳細な事については何も文面に記載されていなかった。その時点で「もしかしたら」という予感はあった。
しかし、ここで朝早くから待ち伏せた結果、「行えるのは私しか居ない」という旨の発言が飛び出した瞬間、それは確信へと至った。
エロイスが、問い質すようにジブリ公に言葉を放った。
「聖光士に選ばれた”同志”たちの中には、まだ我々も居ります。何故、私とニースにお任せ下さらないのですか?」
「其方たちは騎士見習いだ。まだ、一人前であるとは言い難い」
ジブリ公の返答は、予想していた通りのものだった。
「其方たちには”同志”として働いて貰っているが、それはあくまで聖光士が監督役として傍についている為だ。ネイピアの一件に際しても、半日足らずとはいえ赤峨王の手の者たちが動いている可能性の高い中で聖光士が其方たちだけを先行させた事についても、私は本心では反対だった」
「しかしあの時は!」
「実際に其方たちは『蠍』に奇襲を受け、聖光士よりも先に連中がガラル少年へと接触する事を許してしまったではないか」
「それは……」
エロイスが口籠る。確かにその通りだったので、反論出来なかった。
ジブリ公は「其方たちの為でもあるのだ」と続けた。
「其方たちのセンスは、同期の者たちの中で卓越している。人格も、責任感についても申し分ない。だからこそ、聖光士は正騎士の者たちよりも其方たちを、重要機密を共有する者として相応しいと見込んだのだ。しかし、だからといってその可惜センスを、成熟しきる前に散らせてしまう危険を冒す事はない」
「私たちは」
エロイスは再びきっと顔を上げた。
「自分たちの経験の為だけに、聖光士に付き従っていた訳ではありません。一人前でないからといって、命を賭けずして”同志”の一員が務まりますか!?」
「今の状況では、『命を賭ける』とは言わない。投げ出すと言うのだ」
ジブリ公は、この際はっきりと言わねば伝わらない、とでもいうかのような調子だった。絶句したように半開きの唇を戦慄かせるエロイスの肩に、ニースは背後から手を置いた。
「エロイス、もういい。やめよう。……確かに、ジブリ公の仰る通りだ」
現実を突きつけられたような気がした。それは、リーマン攻略作戦に赴く聖光士たちと離れ、自分たちがカルマのラナ副騎士長に同行して各地の聖体の捜索に当たるように、と命じられた時から感じてはいた事だった。
最初にラナ副騎士長と共に赴き、「左肩」を発見した旧ジフト領ディアブル地方のルジャンドル鍾乳洞で、ニースは出発前の聖光士から「実力を信じている」と言われた事について考え、やはり自分たちにはその期待は重すぎる、と感じた事を思い出した。それ以前に、出発する前の時点で、自分たちの実力不足は拭えない、と思って迷った事も。
その事を吐露しかけた時、エロイスからは「心の中では何を思っても構わないのではないか」と言われた。更にその上で、自分たちは聖光士らに協力する事を、やめようなどとは微塵も思ってはいないではないか、とも。
しかし、その結果はどうだっただろうか。
二箇所目にして、自分たちはフォースタス・ハントの襲撃を受け、もう少しで命を奪われるところだった。結果的に、半ば奇跡のような形で救われたとはいえ、それで自分たちの捜索は終わった。
空振りは他のカルマの騎士たちも覚悟していたようだったが、ニースは果たして自分たちが、聖光士に期待して貰った──それだけであっても本来とても光栄な事なのだ──だけの活躍が出来たのかどうか、ユークリッドに帰還した後もずっと考え続けていた。
「ニース、お前……」
エロイスは振り返って何かを言いかけたが、すぐにまた口を噤んだ。
ジブリ公はこちらに歩いて来ると、二人の肩をぽんと叩き、擦れ違って階段へと足を踏み出した。
「赤峨王から更なる情報を得られたら、きちんと其方たちにも伝達する。任せられない事はあるとはいえ、其方たちの助けを借りねばならない場面は、きっとこれからもあるだろう。だからこの事で、殊更に自信を失くしたりする事はくれぐれもないように願いたい」
──そう言われても、ニースには自らが分からない。
悔しそうに俯き、拳を震わせるエロイスの隣で、自らが感じているのは同じ気持ちだろうか、と考えた。
聖光士から信じていると言われながら、ジブリ公やテレサ先帝妃からは一人前として認められないから悔しいと思うのか。その事に対して自らも分かっているから悔しいのか。或いは、どちらも同じ事なのだろうか。
どのような努力をすれば一人前と呼ばれるようになるのだろう、と思い、ニースは葛藤した。
本日より第十五話「Comrades」が開始です。サブタイトルは「同志」の意味で、前回の「後書き」で予告した通り、リクトの”同志”であるエロイスとニースが中心となるエピソードです。
彼らは同期生たちの中でセンスが卓抜しており、人格面でも申し分なく、大人たちのように様々なしがらみに囚われていない為リクトも信頼して秘密を共有した、と書きましたが、作中でいう「センス」というのはあくまでも潜在能力のようなものであり(執筆しているうちにやや多義的にしすぎた感は否めませんが)、経験を積んだ敵と戦えばやはり実力的には劣ります。しかし、最初のネイピアでの戦いの時から彼らはどうも今一つのところで力が及ばず、ライガやリクトに助けられる場面が多く、リクトに信頼される程役に立っていない感が出てしまっていたので私としても悩みどころでした。フォースタスとの戦いでは明らかに相手が悪かったとはいえ、聖体の暴発に助けられたりもしているので余計にそれが際立った感があります。
その上過去編に登場しないという事もあり、当初予定していた以上に存在感のなくなってしまった彼らにどう見せ場を作ろうか、どうやって能力の高さに説得力を出そうか、と考え、このエピソードは挿入される事になりました。その為、冒頭ではジブリ公の口から読者の方々が思っていそうな事をあえて彼らに対して言わせています。第二部が始まってから彼ら二人が(特にニースが)随所で見せていた「自分たちは本当にリクトの期待に応えられているのだろうか」という葛藤は解消されるのか、是非最後まで温かな目で見守って下さいませ。




